迎合(1)
「陛下!陛下はいずこに!!」
大陸の西端は慌ただしい喧騒に包まれる。北方には海、その海と平野を隔てる厳しい山々の、山と平野の間には冗談のような大きさの城塞がどっしりと構えていた。
「ああ!王子どの!陛下はお見えになられましたか?」
城塞は大きく、何より大きい。1つの町がすっぽり入るほどの大きさだ。それが山と1体となり、登る朝日を受けて巨大な影を地面に描いた。
「はい。はい。そうなのです!
"また"でございます!!」
巨大城塞都市イィールグラード、この城塞の最も堅牢な天守の廊下を慌ただしく走るのは、皇帝お抱えの執事だ。彼は慌ただしく走りすぎて眼鏡がずり落ちそうになっている。
「またですか。僕も心当たりのあるところを探してみますが、多分もう国外だと思いますよ。」
「申し訳ありません!王子殿の兄上様も捜索せねばならないというのに!」
「いえ、兄は時間がかかってもなんとか自分で見つけ出しますよ。それより父上をお願いします。」
「そ、それでは失礼致します!」
執事は風のように去っていった。
「兄貴……生きてるよな…?」
城内に風が吹き込む。どことなく青みがかった短髪は風を受けてほんの少しだけそよいだ。偉丈夫の彼は遥か向こうを見やり、兄の生存を祈った。
――
((あれから6年が経過した。もうすぐ俺も15歳、大人の仲間入りも近い。
え?俺だよ。リーフだよ。イケメンに育ちすぎて気がつかなかったかな?))
「リーフくん、何考えてるの?」
透き通るほど白い肌の美少女が話しかける。その目の覚めるような美しさにリーフは現実に引き戻された。
「ああ、いや。ヴァンさんは無事かなあ。だとか、この町のより良い発展のためには何が必要か。だとか、そういうことだよ。」
「ふーん、なんか嘘ついてるのね。」
「いやいや、ナナよ。俺はいつだってみんなのことが心配なんだ。
独りで向かったヴァンさんもそう、心配にならないわけないさ。めちゃくちゃ強いけども。」
「そう?まあ、そういうことにしよっか。」
「そういうことにして欲しい。」
リーフは立ち上がる。彼が纏うのは木の幹を思わせる茶色のローブであり、その色は背後に堂々とそびえる巨大樹の保護色となった。その腰には木の棒のようなものが釣られている。
それを見ればただの木の棒ではない事が明白に分かるであろう。そう、彼は杖に選ばれし勇者である。彼の住む巨大樹の町は6年前に焼き討ちに遇い、彼とその幼馴染みのナナ、そして数人の町民と狼の頭を持つ獣人ヴァンのみが残った。
彼の持つ"芽生えの杖"はあらゆる魔法の増幅装置であり、とりわけ木魔法は恐ろしく発動効率が良くなる。心身ともに成長したリーフが杖の力を借りて木魔法を使えば、たちまち家が完成するのだ。
そういうわけで、6年間で町はほとんど元の姿を取り戻した。ただし、ほぼ全てが空き家である。家はまた建てれば良いが、人はそうはいかない。そして、この雌伏の間はただ家を建てていただけではない。
ヴァンや残った町民と話し合い、2度と悲劇を繰り返さぬよう防衛の準備を着々と進めてきたのだ。そして裏工作は終了し、その最終段階、もしくは表立ったの最初の一手として冒険者ギルドの誘致を行うこととなった。
ここで名乗りを上げたのがヴァンである。彼はしばらく活動を休止していたもののA級冒険者であり、本部に直接向かって書状を渡し、交渉をするためにこの町を出たのだ。
ヴァンが戻ってくるまでの間、防衛の要はリーフであり、彼は町全体を見渡せる自分の家の屋上でボーッとしていた。
そんな大樹の町ユグルに1人の訪問者が現れる。




