王都オースガード(4)
「お前吟遊詩人だったのか!一曲やってくれよ!」
誰かの一言により周一に期待が集まる。あのカーリスの弟子と分かった途端に、今まで我関せずを貫いてきた者達も一緒になって騒いだ。やらねばならぬ空気がギルドの中に満ちている。
「あー、ショットで。強いのを。」
店主はニヤリと笑い、酒を並々注いだグラスをカウンターに叩きつけた。周一はそれを一気にあおる。熱い液体が喉を焦がした。周一は素早くローブを脱いで畳み、椅子の上に置く。オリオンはこっそりフードから出てきた。
周一はそのまま楽器を引っ付かんで小さなステージへ。
「どうやら新人には厳しいところのようなので……
まあ、盛り上がってくれ!」
精一杯生意気に声を張り上げる。カーリスからはまだきちんとした唄を習ってはいない。だがそんなものは関係ない。彼は彼の世界で得た音楽がある。それをぶつけるのみだ。
さて、この世界での文明はお世辞にも発展しているとは言いがたい。大まかに言えば中世ヨローッパと同等か、それ以下であろう。そんな世界にはもちろんスピーカーも、音楽を記憶する媒体も無い。ひょっとしたらもう有るかも知れないが、少なくとも一般的に普及しているものではない。
つまるところ、吟遊詩人の唄というものは貴重な娯楽なのだ。時に厳しい土地に出向き、時にモンスターと命のやり取りをする。そんな殺伐とした日常を送る冒険者達にとって吟遊詩人という肩書きは、それだけでスターになりうるものである。
楽器は高く、幼少の頃より習うことができるのは裕福な家庭のみであり、荒々しい冒険者達の大半はそんなものとは無縁の人生を送ってきている。音楽は貴重なのだ。
結論から言うと、周一の歌は大いにウケた。3曲ほど歌ったところで思いきり酒が回り、代わりに呂律が回らなくなって終了した。外はすっかり夜だ。周一はギルドの外でうなだれ、夜風に当たっていた。
((あんのマスター……何飲ませやがったんだ……。一気とはいえショットでこれだけ酔うのはやべえぞ…。))
周一はそれとなく酒に自信があった。
石造りのギルドの、窓代わりの木枠からはカンテラの温かい光が漏れる。そんな薄暗い道に、夜闇とは全くの無縁といった男が現れた。
男は何も言わずうなだれる周一の背に手を当てる。すると、先ほどまでの酔いが嘘だったように覚めた。周一は驚いて顔を上げる。
目に飛び込んできたのは、なんとも爽やかな好青年だ。白いローブに身を包み、背中には何かを背負っている。
「すまない。余計なお世話だったかな?」
青年は爽やかに声を発した。
「いえ、ありがとうございます。」
周一は立ち上がり礼を言う。
「失礼、今日はギルドマスター殿はいらっしゃるかい?」
「はい。居ると思いますよ。多分奥の部屋です。もうすぐ出てくるかと。」
短い会話を交わし、爽やかな青年はギルドの中へと入っていった。代わりにマルクが大きく音を立てて現れる。
「おい!シューイチ!祝杯の時間だ!!」
その夜、冒険者ギルドの灯りは中々消えなかったという。




