王都オースガード(2)
「んじゃ、後で飲むからよ!しばらく待っててくれや!」
マルクは周一の背中をバシンと叩いて奥へと消えていった。ここは冒険者ギルド、オースガード本部だ。マルクとカーリスは大事な用件があるとかで、本部奥の部屋へと入っていったのだ。
周一は圧倒されていた。今まで冒険者ギルドは2件ほど訪れたが、3件目のここは恐ろしく広い。入り口から入って左側にはギルドの受付カウンターがあり、依頼の受諾や報告はここですることになっている。
反対の右側にはバーのカウンターがあり、背の高い椅子がならんでいる。もちろん、カウンター以外にも大量のテーブルが並んでいる。小さなステージもあるようだ。テーブルでは金髪の綺麗な女騎士を男達が口説いていたり、次の依頼について話し合う冒険者達がいたり、昼から非常に賑わっていた。
周一は左側のカウンターに立っている。前回受けた依頼の報告をするためだ。今は書類作成のため受付嬢が中へと入っていった。
前回受けた依頼は『迷いの森』の調査であり、主に出現するモンスターや植生、洞窟や丘といった地理的な要素について調査内容を報告すれば依頼達成となる。小走りで受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。それでは報告をお願いします。」
「あっはい。えーとまず環境ですけど、僕が調査した限りはずっと平坦な森でした。低い木でこれぐらい、高い木はその10倍くらいですかね。あ、毒キノコは全域に渡って木の根本に群生してました。」
((いきなり嘘ついちゃったな。魔人の集落あったし、油が流れる滝もあった…。ま、これは仕方ない。))
「次にモンスター。2足歩行の大きなトカゲのようなモンスターが夜にウロウロしてます。こいつの油はよく燃えて火種にもなります。昼間は木の上の方で大きなハチのようなモンスターが行動してますね。」
((こいつらは嫌というほど経験したからスラスラ話せるな。それに嘘もついてない。))
「はい。ありがとうございます。以上ですか?」
周一がひと呼吸置いたところで受付嬢がメモを終えて切り出した。周一はもうひとつ、といった具合で付け足す。
「樹上に足が退化した腕の太いサルのようなモンスターがいました。恐ろしい腕力で木々を跳び渡ってきて大変でした。」
「えっ?」
受付嬢は素で疑問の声を出した。周一は自分の発言の、どの要素が伝わらなかったのか困惑し、言葉を変えて続けようとする。
「えーと、デカい手と腕の、毛むくじゃらのモンスターがですね…」
「えっと、あの、ふふふふ…」
受付嬢は困って笑った。いつの間にか周一の後ろにいた冒険者の連中も声をあげて笑った。周一は状況を分析しようと試みる。だがそれよりも、冒険者の1人が切り出す方が早かった。
「だってよ…ヒヒヒヒ……おまえ…ビッグハンドなんか実際に居るわけねえじゃねえか…フフハハハ!」
ギルドのカウンターに置かれた周一の冒険者ID、そこに刻まれた『E』の文字がますます他の冒険者どもの笑いを誘った。反対側のテーブルから何の騒ぎだとますます人が集まる。
そんなこととはお構いなしに酒を飲む連中も、相変わらず口説かれる女騎士もいる。真剣な表情で作戦会議をする連中はやかましそうにこちらを見た。雑多な冒険者ギルドならではの空気も合間って周一は萎縮する。
((なるほど……ビッグハンドて。多分ビッグフット的なやつだろうな。UMAとか都市伝説をいい年こいた雑魚が真剣な顔して喋ってたら笑えるだろうな。ましてや現実主義の冒険者ではなおさら笑い話ってわけか。
なんかちょっと恥ずかしくなってきたじゃねーかチクショー。))
「大体Eランク程度のやつが『迷いの森』に入って帰って来れんのか!?その報告事態嘘じゃねーの?ハハハ!」
「確かに!オラッ!」
周一の背後に立つ男が不意打ちとばかりに拳を突き出した。
「ハハハァ!この程度の不意打ちに当たるようじゃ森では……あ?」
男は、自分が殴ったものが氷の塊であることにようやく気づく。口ではああ言いつつも、不意打ちは本気であった。彼はからかうつもりで繰り出したが、目の前の若造がまともに対処できるとは夢にも思っていなかったのだ。それが魔法によって食い止められている。しかも、この緑っぽい若造は振り返っていないのだ!
「お前……!」
冷気で拳に貼り付いていた氷解はごろりと床に落ちる。不意打ちを損ねた男は怪訝な目で周一を見た。




