コントロールシステム(1)
「いいか~オリオン。俺の故郷には、『心頭滅却すれば火もまた涼し』っていう諺がある。
どんなに苦しくても気の持ちようを変えて頑張れば余裕ってことだ。要は集中力と機転だよ。」
ここは太陽の光がほんの少しだけしか届かない木々の下だ。それでいて地面は妙に乾いた落ち葉で覆われ、彼が歩く音しか聞こえないほど静かであった。『迷いの森』が異常な地域であることが如実に現れている。
森を歩く周一は、深緑のローブを羽織り、背中には珍妙な楽器を背負っている。ローブのフードのなかでは話半分で寝ているオリオンが丸くなっている。右手の薬指には、古の文字が刻まれた無骨な鉄リングが嵌められていた。これについては説明をせねばなるまい。
周一はこの森へ向かう途中、鎖が邪魔だと思い始めた。というのも、ほとんどの手荷物は背中に背負ったギターの裏蓋、そこにかかった空間魔法の一種により収納できたからだ。しかし、鎖は彼の手元を離れることを良しとしなかった。鎖は古の神器であり、彼は鎖に選ばれし者だからだ。
しかも、鎖は普段首にかけるようにしていたため、右肩にベルトをかけて背負った楽器と、首にかかった鎖がかさばって仕方なかったのだ。加えてフードにはオリオンがいることが多かった。鎖は不思議と重さを感じないのだが、それでも肩周りの違和感は凄まじかった。
そんなわけで、彼が小さくならないかと思っていたところ、なった。鎖はすきま風のようにフワーンとした音を出しながら縮み、やがて巧みな意匠の施された指環となったのだ。しばらく迷った後、彼はそれを右手の薬指に付けることにした。
「なあ、オリオン聞いてたか?それで思ったんだけどさ。この辺って四季はあるのか?
こっちに来てから結構経つけどずっと春だし晴ればっかりだし。心頭滅却を要求されるようなヤバい季節が来るんじゃないかと思うと不安だな。」
物騒な鎖が無くなり、見てくれはすっかり吟遊詩人になった周一は、首の後ろで丸くなる唯一の友に呼び掛ける。しかし寝ているオリオンから返事はない。
「寝てんのか。あ、キノコキノコ~っと。」
森に生える毒キノコは、鎖の持ち主故に毒無効な彼にとってのみ有用な食料だ。それらを摘みながら森をずんずんと進む。辺りはもう暗く、数メートル先は闇だ。そして夜のこの森は危険であった。
「来たか……。」
キノコを摘み、立ち上がった周一の背後で獰猛な目が光った。




