旅の始まり(4)
((どうしてもっと早く思い出さなかったんだ。
もう思い出したくない。))
無意識が考えることを拒否する。元いた世界を離れ、異世界に来る。この事実が示す明らかな現実が無慈悲に周一を責め立てる。
『私死んじゃったら…』
((違う……死んだのは俺だ…。))
『しゅーくん、どうする?』
((どうすればいい…?もうお前には会えない………。
ああ、記憶が。また消える。お前が消える。やめてくれ。やめてくれ。))
『ちゃんと人生使いきってからにしなよ?』
((やめてくれ。頼む、やめてくれよ。なあ…。))
地面に突っ伏していた周一は顔を上げた。いつしか朝日が昇ろうとしている。彼の頬には一筋の涙が伝う。
まもなく、二度と会えぬ最愛の人は、彼の混沌とした記憶の闇に葬られるだろう。それは彼の意識せぬところで彼自身が望んだ選択であった。
周一は必死に口を動かす。頭から消えかかる名前を声に出そうと。だが呼べたとしても、呼びかけに答える彼女はもういない。このとき周一は初めて、自分が死に、この世界に来た現実を受け止めた。
周一は生きた屍のようにゆっくりと立ち上がる。地平線の向こうから光が差し込み、彼の影を長く伸ばした。最愛の人は記憶の彼方に押しやられた。今の彼自身がもはや知覚し得ぬ理由により、その瞳は絶望に濁る。
『お前とはまだまだ見たいものとか…行きたいところとか…沢山あるんだぞ』
周一は昨晩を共にした女の元に戻る。女は不安そうな表情で彼を迎えた。そして周一は告げた。
「すみません。やっぱり俺は旅を続けます。」
鎖の勇者・叢場周一の旅が始まる。




