旅の始まり(1)
実質1話になります。これからも頑張って書きますので楽しんでいただけると嬉しいです。
彼は、目が覚めたら異世界にいた青年、叢場周一。
現在、彼の異世界"初"の"宿"が、すぐ前に出会った女魔法使いの家に強制決定したところだ。
周一の容姿は、一言で言えば細長い。背が高く、やや痩せぎみである。彼のローブは深緑色に染まり、大きなフードがついている。これはつい最近買ったものだ。ついでに彼のかけるメガネのフレームも緑色であった。緑は彼の好きな色だった。
周一はマリーと名乗った女魔法使いの家に引っ張り込まれ、ローブを壁に掛け、今、椅子に座ったところだ。連れてこられた理由は、先程披露した魔法が凄かったかららしい。本当はインチキだ。
壁にかかった周一のローブ、その大きなフードは妙に膨らんでいる。その中には、周一の相棒であるオリオンが隠れている。オリオンは何かの幼虫であり、この世界に来た周一の、唯一にして初めての友だ。そしてインチキ魔法の正体は、隠れたオリオンによって行われたものだ。
周一は混乱していた。なにも女の家に来たからではない。
彼はこの世界に来たとき、大まかに記憶を失っていた。何らかのきっかけにより少しずつ思い出しているのだが、先程は大量の記憶がよみがえったのだ。
では先程何があったのか、先程は冒険者ギルドに登録するため、テストをしていたところだ。そこでインチキな魔法を披露した。魔法を披露したとき、女魔法使いは『器用だ』と言った。これが原因である。
『器用』という言葉は、この世界に来る前の周一にとって、非常に重要なファクターであった。彼のアイデンティティと言っても良い。彼は『器用』と褒められたことによって、急速に記憶を取り戻しつつあり、混乱しているのだ。
彼は必死に考えていた。
((今まで記憶が無くなったと思っていたが、そうじゃない…。多分、俺自身が無意識で忘れようとしているんだ……。
何か思い出したくないことがあって、それにフタをするようにして意識を反らしている…。記憶を取り戻そうとするのはあまり良くないんじゃないか…?))
「ちょっと!話聞いてるの!?」
目の焦点が合っていない周一に、マリーが声をかける。
「あなたの魔法の話をしてるんだからちゃんと聞きなさい!
田舎から出て来て何も知らないっていうあなたのために話しているの!」
そういう設定になっている。周一にとって都合が良いからだ。
「ああ、すんません。ちょっと俺も考えてて…。」
「もういいわ…あなた、疲れて混乱してるって言ってたし。
そうね、代わりに私の話を聞いてちょうだい?この町のことも分かると思うし…。」
自分語りに付き合うのはごめんだが、この世界のことをよく知らぬ周一にとってこういう情報が得られるのはまたとない機会だ。大人しくマリーの話を聞くことにする。
そしてマリーは口を開いた。




