序章:別の朝(3)
周一は何かの視線を感じて振り返る。するとそこには、夜の暗がりのなかでもハッキリと獲物を見通すであろう、狩人の眼が光っている!それ以外は暗がりでよく分からない。しかし本能が危険を告げる!
「やっべぇ!」
彼は考える間も無いまま、その場から更に暗い森の中へと逃げ出す!すぐ後ろで足音がついてくる。恐る恐る後ろを振り返ると、狩人の影がすぐ後ろまで迫っている。彼の新たな人生はここで終わりなのか!
「え?」
事態はそれだけでおさまらなかった。前を向きなおすと、目の前には夜行性を全力でアピールする爬虫類の目が爛々と輝いている。巨大な2足歩行のトカゲだ。前門の虎、後門の狼!周一は心のなかで悪態をついた。
前の化物と何秒向き合っていただろうか。時間の感覚がゆっくりと感じられる。空を裂く音が聞こえたと思った次の瞬間、目の前の大きなトカゲが跳びはねた。目の前の巨体が避けたのは矢だ!木に突き刺さったそれを見て状況を察する。なるほど、弓矢を用いるということは、後ろからついてきた者は狩人であろう。では、狩人の獲物は自分か?それともこのトカゲか?
鱗に覆われた巨体はほんの数瞬止まった獲物、この場合は周一の動きを見逃さなかった。狩人も来てるし、さっさとこの緑のやつを捕って帰ろう。通常のトカゲよりも遥かに発達した脳内でそんなことを考えていたであろう。先ほどの何倍もの矢が飛んでくるまでは。
周一は気がつけばまた走り出していた。何かを制止するような声が聞こえた気がした。矢の雨の中を走り抜け、1本が右肩をカスっていったが、そんなことはどうでもよかった。息が切れ、頭に靄がかかったようになるまで走り続けた。
そして手頃な木を見つけてのぼる。気休めにしかならないだろうが、あの二足歩行のでかいトカゲはきっと木をのぼれないだろう。狩人の矢は届くだろうから、その場合はアウトだ。
((急展開すぎるだろ…))
まだ頭の整理がつかない。どれだけ走っていただろうか。日は沈み、もともと静かだった森はよりいっそうの静寂に包まれる。下を警戒しながら、先ほどの出来事はいったい何だったのかと働かない頭を必死で働かせる。
((夜営しようと思っていたらやばい奴に追いかけられた。するともっとやばそうな奴が目の前にいた。両者が一悶着している間に逃げてきた。))
なるほど、思っていたよりも事態は単純だ。
「はあ…どうしよう…」
結局その夜はまともに寝られなかった。異世界に生まれ変わったであろうことはさっきの恐竜のようなトカゲを見て嫌というほど分かった。あんなものは彼の良く知る世界にはいない。
((えーと…異世界だからなんだ…?1日で何回死にかけたか…。))
木の上で周りを警戒し続けたが、不思議と何も起こらなかった。気を張り続けて朝を迎え、そこが意識の限界であった。周一は糸が切れるようにして眠りについた。




