ハイキング(3)
浮遊感。縦穴の中をしばらく落ちる。なるべく全身を鎖で覆って落下の衝撃に備える。そして、落ちきった。硬い地面に衝突し、全身が軋む音が鳴る。肺の中の空気が強制的に吐き出される。
「ひゅー…ひゅー…生きてる……。」
うまく息が吸えない。ほうぼうのていで体を起こすと、目の前には鎌首をもたげる…龍!
「ア……。」
悲鳴すら出ない。落ちた先は大広間のように広く、大きな紫の水晶が光っている。水晶の照り返しを受けて巨大な影がみじろぐ。体の底まで響くような恐ろしい爆音が響いた。龍の咆哮だ。
((馬鹿やっちまったな……。どうにかして逃げねえと…。))
周一は即座に状況を理解した。はじめから勝てる算段は無い。目の前にいる、ドラゴンと龍の中間をとったようなモンスターは常識外れに巨大だ。先程の咆哮だけで負ける気しかしない。
周一は鎖を構える。一瞬のよそ見が死を意味する。少しも相手から目をそらせない。
((出口はどこだ。落ちてきた入り口でもいい。生きてここから出ねえと。))
周一は目をそらさぬよう龍を凝視していたはずだったが、無意味とばかりに彼の反応速度を容易く上回った一撃が放たれる。それは龍にとって尾で軽くはたいた程度の一撃だったが、周一は10m近く吹き飛び、洞窟のゴツゴツとした地面を激しく転がった。勝てるはずがない。
意識が揺れる。どうやったら生き残れるだろうか。龍は鎌首をもたげ、のけ反っている。
((やばい!あれは十中八九ブレスの類いだ!))
周一は動かぬ体に鞭打ち、よろよろと走り出す。直後、龍の口から紫に輝く煙が発射された。そう、気体である。それは大広間の中を霧となって満たし、周一の視界と呼吸を奪う。そして静寂が訪れた。
((何もしてこない…チャンスだ。霧に包まれてなぶり殺しにされると思ったけどそうじゃないらしい…。なら音を立てないようにして逃げ道を探せる。何をするにしても一か八かだけどな…。))
周一は初めてこの世界に来た夜を思い出していた。あの日出くわしたトカゲのモンスターはあんなに弱そうだっただろうか。
周一はゆっくりと1歩を踏み出した。それが思考の限界だった。次の瞬間には龍の尾に絡めとられ、生殺与奪を握られる。ここまでか。圧倒的な力を前に周一は諦めた。
もはやこれまでか。周一が覚悟したその時、龍に氷の槍が次々と降り注ぐ!
龍は驚き、多少の手傷を負った。だが大して意に介してはいない。続いて周一を掴む尾を激しい突風が襲う。龍は煩わしく思い、一先ず周一を放り投げた。周一は洞窟の壁に叩きつけられる。くの字に折れ曲がりながら周一は目を見開く!
オリオンが、自身の何百倍もの巨大の前に立ちはだかった。
周一は制止の呼び掛けようとするも声が出ない。がむしゃらに声にならない叫びをあげる!
そして龍が!
縮んだ。
龍はどんどん縮み、人の形をとる。そして笑った。
「勇者だな。」
龍が喋った。




