叢場研究室・甲(1)
果てしなく続く森、そこを抜けたまっ平らな草原。その境界線付近に、一人の青年の影あり。
彼は叢場周一。この世界にやってきたばかりの元現代日本人である。そんな彼の背には、岩でできているかのように硬く頑丈そうな幼虫がくっついている。オリオンと名付けられた虫だ。
彼らは旅人であり、新たな行き先を考えているところであったが、それよりも先に考えるべきことがあった。そのため、この草原に一旦腰を落ち着け、色々と実験を始めようとしているのだ。
「よし、オリオンはとりあえず見ててくれ。」
周一は背中にくっついた幼虫を片手で持ち、近くにあった大きな岩の上に乗せた。
「まずはこいつの限界を測る。よぅし!」
周一は右腕を前に突き出した。一瞬遅れて、彼の右腕に巻き付いた鎖の先端が、突き出した右手の方向に勢いよく伸びる。しばらく伸びた後、ピタリと止まった。
「うん。目測10mと少しってところか。やっぱり初めて伸ばしたときよりずっと伸びるようになったな。よし次!」
鎖は伸びきった状態で先端から徐々に、根本に向かって波打ち始める。周一の右手首、鎖の出どころまで波が来ると、動きを止めた。
「あー…今の疲れた。鎖はどこでも動かすことができる、でも恐らく動かす長さに応じて疲労が増えるな。多分、伸ばす時も多少の疲労がたまってるはずだ。」
オリオンは周一の話を静かに聞いている。
((…となると鎖を動かすときはなるべく一点に絞って動かすのが良いな。基本は先端のみを動かして、後の部分は物理法則に任せる。
進行方向を変えるときは、先端と曲がり角の二点で曲げる。やたらめったら鎖を使うと消耗が激しいから節約しなきゃな。))
「次!」
周一は右手をまじまじと見つめながら鎖をほんの少しだけ伸ばした。鎖は、先端の輪に新たな輪が生じる形で伸びた。
「やっぱりな。これは元々わかってたけど、鎖は何もない空間に新しい輪がどんどん発生して伸びるんだよな。つまり……」
オリオンは首をかしげた。
「こうすればどうなるか。」
周一は地面に向かって鎖を伸ばす。鎖は次々と新たな輪を作り下に伸びると、地面に到達し、そのまま土の中に潜り込んだ。鎖をぐいと引っ張ると、僅かな抵抗がある。今度は思いっきり引っ張る。すると、周りの土を巻き込みながら鎖は抜けた。
「やっぱりな。森の中じゃどうなるかわかんねえし危険だからできなかったけど、鎖は障害物の有無に関わらず、伸びる。これはすげえな…。
となると……」
周一は両手を地面に向け、鎖を伸ばした。鎖をしばらく地面にめり込ませた後、周一は勢いよくジャンプ。
「うおおー!高けー!!」
飛び上がってから両腕の鎖を全域にわたって緊張させ、棒のようにする。すると周一は、鎖を打ち込んだ地面の真上に持ち上げられたのだ。地面から生えた2本の棒に掴まるような体勢だ。これで、遠くを見渡すことができる。
「うっわ……森広すぎ……。」
オリオンは、自分も高いところに行きたいとばかりに両手を広げて抗議した。
「はぁー疲れた。ずっと腕立て伏せの姿勢をするようなもんだな。
まだまだやることはあるし、お前にもそろそろ手伝っ…痛っ!」
喋りながら地面に降りようとした周一は、片手の鎖の緊張が解け、ドサリと地面に落ちた。オリオンは満足そうに頷いたのであった。




