序章:別の朝(1)
ここから30話までは前日譚のようなものとしてお読みいただけると幸いです。まどろっこしいのが嫌な人は31話から読んで下さい。
物語は三人称視点で進んでいきますが、かっちりとした三人称ではなく、かなり登場人物の視点に寄り添います。
各章の始めからなら、どこからでも読めるような構成にしていきたいと思っていますので、目についたタイトルから読んでいただくのもアリです。
少しでも多くの人に楽しんでいただけたら嬉しいです。では。
ここは森である。鬱蒼と生い茂り、高さのまばらな木々が地を照らそうとする日差しの多くを遮っている。そして空を覆う青々とした葉の下、乾いた落ち葉に体を半分埋め、今まさに目を覚まそうとしている青年こそ、この物語の主人公である。
時刻は朝であった。彼はいつもの時間に目を覚ます。今日は何曜日だったか。研究室は……いや、卒業したんだったか。なんだかカサカサとしたものに包まれている。昨夜はそれほど飲んだか?眼鏡をかけなきゃな。頭の体操をしつつ身を起こす。彼は眼鏡をかけたまま寝ていたことにはまだ気づいていない。
ようやく目が視界に慣れ、脳が視覚情報を処理し、異常事態に気がつく。
「森だ…」
朝起きるとそこは見渡す限りの森。彼は昨晩まで現代日本人であったゆえ、混乱するのも無理はない。ぼんやりとした意識のなかで彼はなんとなく悟った。そういうやつだと。
立ち上がり、服についた落ち葉を叩いてはらう。服装はボーダーのTシャツに薄緑のシャツ。灰色のジーパン。バックスキンのスニーカー。何とはない格好である。心なしか視点が高くなったことに彼は気がついた。それよりも考えるべきことは山ほどある。
はて、今日の日付は…?そんなことを思い浮かべ落ち葉を踏み進む。もちろん行くあてなどない。意識がぼんやりする。綺麗な石ころだ、拾っておこう。
しばらく行くと水の音がする。フラフラと近づくと、動物とおぼしき何かが水辺を離れたが、それはまあよい。泉だ。彼は半ば無意識のなかでルーティンワークをこなす。顔を洗って口をゆすぐ。泉は驚くほどに澄んでいる。
顔を洗って心なしか目が覚め、もう一度水を掬おうと泉を覗きこんだところで、今度は本格的に目が覚めた。
「は?」
そう、ハンサムだ。自分の知る自分の顔ではない。自分の顔を全体的に端正にしたような顔つき。きっと元の顔をイラストレーションソフトで思いきりかっこよくしても、ちょっと届かないような程度の進化である。記憶にある自分よりも数年若いか?
そして髪は彼の着ているシャツより遥かに黒い緑に染まっていた。黒緑色の髪は光の当たるところで明るい緑に見え、影になったところではほとんど黒と見分けがつかない。
彼は水面に写る己の顔を見つめ思案する。こういうやつはスタートが肝心だったはずだ。今こそ決意表明すべきだと直感が告げた。
「よし。生まれ変わったっぽいし、なんかがんばろう。」
こうして彼の、叢場周一の、新たな人生が幕を開けたのだ。




