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「ふーん、そこそこの広さだな」
ユキリが中を覗くと、そこは十帖ほどの広さの殺風景な部屋だった。また別にユニットバスも備え付けられている。
衣類は全て端末から呼べるし、必要な家具は机とベッドくらいだろう。こちらも後でショッピングモールにいって実際に見てくるか。
購入は全て端末を通せば、買った品物はすぐ転送されてくる。実物が見たい場合はショッピングモールなどの店に行けば、実際に触れられる。
「さて、あとは……念のため身代わり君の用意だけしなきゃな」
端末からネックレスを取り出し、自分の首へつけた。
あの女は後で魔法競技場というところに連れて行くと言っていた。おそらく俺の魔法がどの程度使えるのか試験をするのだろう。
多分こちら側だけで済むとは思うが、先日あちら側でも遭遇したのだ。
もしかすると、あちら側に行って試験するかもしれない。
俺は他の人とは違って、身体ごと転移する。それはこちら側の身体が消えてしまう、と言う事になる。試験というからには試験員が何人もいるだろうし、いきなり俺が消えたら大騒ぎになる。
そのために、グランダルは魔法のゴーレム人形をユキリに渡した。これは使用者と全く瓜二つの姿へと変形するものだ。
元々はVIPの影武者として使われていたものであり、高機能なものになればある程度の自律も可能だ。
更にあちら側では魔法で暗殺対象者を確認することもある。だから使用者の血、魔力などもそっくりコピーされる。
ゴーレムというより、ホムンクルスと言った方が近いであろう。事前に設定しておけば瞬時に入れ替わることもできる。
これによりユキリは家のシステムを誤魔化して、あちら側へ行っていたのだ。
幼児だったユキリに様々な悪知恵を教えたのは紛れも無くグランダルである。剣の腕とは裏腹に性格はかなり杜撰でいい加減なのは間違いない。
腕に着けた端末を翳して、部屋の広さと間取り図を記憶させる。ピピッという電子音が聞こえた。
こうして記憶させておけば、家具の配置を決めるときに便利なのだ。
「じゃあ戻るか」
しっかりペンダントを握り締めて、ユキリは外へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『測定結果、魔力強度数値二十八、ランクHアッパー』
ユキリが的に向かってルルに教えてもらった風魔法の突風を当てると、機械的な声が響いた。
ユキリの身体のあちこちには、吸盤のようなものが付けられている。
ここは魔法競技場と呼ばれる場所であり、現在ユキリの魔力を計測しているところであった。かなりの広さがあり、いくつかに区分けされている。昔風で言えば東京ドーム三個分と言った所であろう。
その区分けされている中の一つに、腕を突き出したままのユキリと、それをじっと見るリリア、それ以外に白衣を着た二人の研究員がいた。
ただしリリアは僅かに眉をひそめている。
「喬雪利さん、本気を出しましたか?」
「だから俺は魔法が苦手だって言ったじゃないか」
ランクとは魔法強度の強さを大まかに示すものである。より魔力が大きく、威力の強い魔法を使うとランクが上がっていく。
そしてランクは上のAから下のJまで十段階に分かれ、更に同ランクでもロー、ミドル、アッパーの三つに分けられている。つまり合計すると三十段階と言う事だ。
ちなみにEとFが一番多い。
魔力強度数値の平均を真ん中のランクにした、とも言うが。
ちなみにリリアは魔力強度数値が百四十二であり、オーバーランクとなっている。
「ではどうやって空を飛んでいたのですか?」
「空を飛んでたのは、あっち側の知り合いの魔法」
「私が確認した限りあなた以外に人影は居ませんでしたが」
「妖精族というちっこい奴だし、俺の頭の上に乗ってたから下からじゃ見えないだろ」
「ではあのジャンプ力は?」
「単に跳んだだけだよ、ほら」
そう言ってユキリは軽く地面を蹴って空へ跳ぶ。途端研究員二人が息を呑む。
傍目からすると軽く地面を右足でトンっと蹴った程度にしか見えないのにも関わらず、十メートル程度跳んだのだ。
ユキリの身体については事前に健康測定を行っている。
同世代の男に比べかなり体脂肪率が少なく筋肉もついているが、それだけであった。人間というカテゴリを逸脱するような身体ではなかった。
しかし現実には、軽く十メートルも跳んでいるのである。
オリンピックが無くなって久しいが、もし復活し、更に彼が参加すれば殆どの競技で金メダルが取れるのではなかろうか。
「今のどうやって……」
リリアも少なからず驚いていた。手元にある魔力強度の測定器の数値は0を指している。つまり今のユキリの異常な跳躍力は、魔力を使っていないという事になる。
ならば魔力以外にも何らかの要素があるのではないか?
「もしや肉体強化の魔法ですか?」
「いや、気って言う物を使っているんだよ。魔力に似たようなものかな、よく知らないけど」
その発言に白衣の研究員が互いに顔を見合わせた。魔力以外にも未知のモノがあるのか、と。
「そ、その気という物をもっと見せてくれんかね?」
「ん? ああ、剣があれば少しならいいけど」
「剣……」
途端研究員の顔が曇る。
地域によって差はあるが、この世界にも銃刀法というものは存在する。特に日本地域はこれが非常に厳しい。当然、剣もそれに該当するため認可が無ければ持つことは出来ないのだ。
もちろん研究という形で認可を取ることは可能だし、現にアビ学に通う生徒の中にも帯剣する者はいるが、いつの時代もお役所仕事は時間がかかるのだ。
今から申請したとしても、一週間程度はかかるだろう。
「その、剣が無ければ無理なのか?」
「俺は剣士だからな。さっき見せた軽い体術くらいなら出来るが、やっぱり剣がないと気合が入らない」
「ではその、気、とやらを他の生徒に教えることは出来るかね?」
「うーん、かなり厳しい修行に耐えないとまともに使いこなせないし、正直お勧めはしないし、俺に教えられるか不安がある」
ユキリはグランダルから気の使い方は徹底的に覚えさせられた。光王剣の光も元をただせば気であるからだ。
ただし、気とは何ぞや、と言う事については全く知らない。
どのように出せばいいのかもフィーリングでしか伝えられない。だから人に教えることなど出来るのか不明である。
「喬雪利さん」
そのとき何か思いついた様にリリアが口を挟んだ。
「ん? というか、いちいちフルネームで呼ばなくてもいいよ。同じ歳なんだし」
「あなたも私の事を、さんづけで呼んでいますから」
つまり、互いに呼び捨てしろ、と遠まわしに言っている。
それに気づいたユキリが一瞬口ごもる。
「さ、さすがに女性に対して、よ、呼び捨ては」
「では私も喬雪利さんとお呼びします」
「はい、それでいいです」
思わず丁寧語になっちゃったじゃないか! と心の中で思うユキリ。
しかし悲しそうにリリアは目を伏せた。罪悪感が押し寄せてくる。
たかが名前を呼ぶだけだろ? 何を気にしているんだよ俺。ルルだって呼び捨てにしてるじゃん。この人も呼び捨てでいいって言ってるんだし、恥ずかしがるな。
大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐き出す。
「……あー、リ、リリア」
明後日の方向を向いて、ぼそぼそとなるべく聞こえないようにした。
なぜか顔を赤くするユキリ。
「はい、ユキリ」
そう呼ばれたユキリは横目でリリアを見ると、少し嬉しそうな顔の美少女がユキリの事を見ていた。
すぐに元の無表情へと戻ったが、その笑顔が脳裏から離れない。
うわなにこれやばいよかわいいよショーコちゃんごめんちゃんとショーコちゃんひとすじなんだってば。
と慌てて隣にいる脳内彼女へ心の中で謝る。
研究員の二人は、せーしゅんだなぁをい、という生暖かい目で二人を見ている。
リリアが、女の子慣れしてないなんてちょろい人ですね、と思ったことは内緒にしていただきたい。
「で、な、何だっけ?」
「剣を申請してから許可を得るのに時間もかかるでしょうし、研究員の方には悪いですがあちら側で見せていただけないでしょうか?」
「ああ、それくらいならいいよ。今から?」
「いえ、私も午後から学校がありますし。今夜九時頃、以前お会いした草原でもよろしいでしょうか?」
「あそこで? 魔物が結構居ると思うけど?」
「だからこそ、ユキリに見せて頂きたいのです」
気を使って魔物を倒せ、と言う事らしい。
それくらいなら、とユキリは了承した。
先に行って木刀を取ってこないと。
しかし良く考えてみれば、木刀ならばこちら側の世界でも銃刀法に引っかかることはない。
ウィッシュ能力はあくまで精神だけを移動するが、ユキリは身体ごと転移する。
だから自分で持てる範囲のものであれば、当然持ってこれるし、持って行くことも出来る。ルルにお土産で渡したケーキなどもそうだ。
と言う事は、ルルもあの小ささなら持ってこれるのでは?
しかしさすがにこちら側でルルが見つかったら大変な事になるだろう。
やはり木刀だけにしておこう。それにあれは単なる木刀にしか見えないから、持っていても不思議ではない。
そう結論付けたユキリに、リリアがわざとらしい笑みを浮かべた。
「では今夜九時に。楽しみにしています」