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 ピンポーン。


 家のチャイムの鳴る音が家の中に届く。

 春休みももう残すところ一日。

 昨日まであちら側の世界でルルと一緒に過ごしていたユキリだったが、流石に最終日は色々と準備があるためこちら側の世界へ戻って来ていた。


「ああ、もう面倒くせぇ。一体誰だよ」


 新しい学校の制服を着て鏡を見て、教科書をカバンに詰め込み、更にあちら側へ持って行っていたカバンから服を取り出して洗濯機に放り投げている時にその音が聞こえた。

 ユキリは現在ほぼ一人暮らし状態である。

 両親は共に公務員であり、仕事で世界中のあちこちを飛びまくっていて、殆ど家にいないからだ。

 それなりの肩書きを持っている、と聞いてはいるがよく覚えていない。

 再びチャイムが鳴る。

 仕方なくユキリは腕に付けた端末に向かって話した。


「どちら様ですか?」


 ユキリが話し始めると、外につけたモニターが作動して映像を空に映し出した。

 外に居たのはユキリとそう年齢の変わらない女性。

 綺麗な銀髪の髪を肩で切り揃えた、青い目の少女だ。

 十人が居れば十人とも可愛い、と判断するレベルのルックスを保持しているが、感情の見えない目が機械的に感じる。

 一瞬ホームメイドロボかと思ったくらいだ。

 ここ最近のロボット技術はハンパないほど高く、人間と見分けが付かない程である。だからホームメイドロボは、必ず頬や額に認識コードを書いて、人間と区別するよう国から定められている。


「初めまして。きょう雪利ゆきりさん……ですね」


 その少女が僅かにお辞儀をする。

 ん? あれ、俺どこかでこの人と会った事ある?


「そうだけど」

「私はリリア=カストロ=レレシスと申します。アビリティ開発学校から、喬さんをお迎えにあがりました」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 無駄に高級な電気自動車に乗せられたユキリ。

 そもそもこの時代に車という乗り物自体が時代錯誤になっている。遠くにいくなら転移装置を使えば住む話だ。

 腕に付けた端末から転移先を選択すれば、瞬時にその場所へ転移される。もちろん建物内には転移されないような設定になっているが。


 車の中にはユキリとリリアと名乗った少女の二人しかいない。車は自動で動くので運転手は不要なのだ。

 いやユキリの脳内ではショーコちゃんがユキリの膝の上に乗っているのだが、こちら側の世界ではなるべくショーコちゃんの事は口に出さないようにしている。

 ショーコちゃんごめんよ!

 車に乗せられてから既に十分は経過していた。だが互いに無言のままである。

 ユキリはルルなら別に問題ないのだが、それ以外の妙齢な女性には苦手意識を持っていた。中学時代、散々女子たちに馬鹿にされた影響だろう。

 しかしいくら苦手な女子とはいえ、このまま無言で連行されるのも気に食わない。思い切って聞いてみよう。


「どこ行くんですか?」

「先ほどもお伝えしたとおり、アビリティ開発学校へ向かっています」


 より簡潔に隣に座ったリリアと名乗った少女に尋ねる。だが顔は外を向いたままだ。

 だがリリアは事務的な回答のみ答えた。

 そのまま、また暫く無言が続く。仕方なく、続けて質問するユキリ。


「なぜ俺を?」

「あなたはウィッシュ能力者ですので。国民の義務として、その能力を持つ人間は全員一定期間アビリティ開発学校へ通うことになっております」

「いや俺、もう高校は決まっているし、明日からそこ行かなきゃいけないんだけど」

「既にあなたの通う予定だった高校には転校届けを通達済みです」

「なっ! か、勝手に決めんなよっ!! あそこ受かるのにどれだけ勉強したと思ってるんだよっ!」


 衝撃の事実!

 あのレベルの高校なら、ユキリの事を知っている同級生はほぼ行かない。すなわち高校デビュー出来るという事だ。

 だからこそあれだけ頑張ったのに、この女は全てを壊したのだ。

 これにはユキリもつい大声で反論してしまった。


「そう言われましても。これは義務ですので」


 ユキリの大声にも動じず、やはり事務的に回答するリリア。

 いや確かに三年前、国から寝ている時あちら側の世界へ行った人は報告するように、という通達があったのは覚えている。

 詳細は両親から聞いた。両親も公務員だから、一般に伝わっている内容よりも詳しく説明をしてくれたのだ。

 だからこそユキリは黙っていた。別に俺は寝ていなくても行けるし、そのなんとか能力とは違う、と無理やり理由付けをして無視していたのだ。


「どこで俺の事を知ったんだ」

「以前第二日本地域の首都近辺を用事があり、出向いていた時がありましたが、そこで異常な跳躍をしている人物を見かけた事がありました」


 あの卒業式の時にやっちゃった奴か、しまった。

 そう思ったものの、おくびにも出さない。しかしリリアの追求は止まらない。


「それとつい先日、あなたあちら側に居ましたよね? 空に浮いていたのを目撃いたしました」

「あっ」


 つい言葉を出してしまった。

 あの時いた銀髪の引率者かこいつ。でも何で単なる学生が、引率なんて事やってんだ? いや、ウィッシュ能力は基本的に二十歳未満の子供にしかなぜか備わらない。

 能力が見つかったのは三年前、と言う事は現在一番年齢の高い人でも二十三歳だ。だから先生と呼ばれるほど年齢の高い人はあちら側の世界へは行けない。

 恐らくこのリリアとかいう女は、相当能力が高いのだろう。それこそ新入生に教えるほどに。


 しかしたった二回、それもどちらも殆ど一瞬と呼んでも差し支えない程度の時間しか見てないのに、よく俺を見つけたものだ。


「なぜあなたが能力の事を隠していたかは知る必要の無いことですが、これも運命だと諦めてください」

「はぁ……で、俺は何すりゃいいんだ」

「アビリティ開発学校は、主に魔法について開発研究するところです。喬雪利さんも魔法を扱えるのですよね」

「いや、俺は殆ど使えないが。せいぜい突風を出すくらいだ」


 それも一瞬。ルルから教えてもらった風魔法だが、どうにもユキリは魔法が苦手だ。魔法より剣を振っていたほうが好きだから、という理由もあるだろう。


「ご謙遜を。あの異常なまでの跳躍力、それに先日見た空に浮かぶ姿、どちらも何らかの魔法、それもかなり高位のものを使っていたと推測します」


 なるほど、勘違いか。後者については魔法だ。ただし俺ではなくルルのだが。前者については魔法すら使っていない、単なるジャンプしただけである。

 アビ学の目的は超常現象とも言うべき魔法の解析だ。

 現在この世界のエネルギー源は太陽光で賄われている。その為に地上を捨てたほどだ。

 だが太陽光以外のエネルギー源、所謂魔力が解明され、更にそれを使う技術が確立すれば捨てた地上へ戻ることも可能になる、と考えている。

 だから魔法を使える事の出来る人間、ウィッシュ能力を持った者をほぼ強制的に一箇所へと集め、日々研究を行っているのだ。


 ただユキリは、魔法を殆ど使えない、という事実をわざわざ説明する義理は無かった。しかし逆に魔法が殆ど使えないのであれば、アビ学を退学させられるかもしれない。

 しかし既に入る予定だった安治ヶ原高校には既に転校届けを出されている。アビ学が退学になったら、再び転入試験を受ける必要がある。


 あーもう面倒くせぇ。一体俺が何したっつーんだよ!


「で、アビ学とやらにはまだ着かないのか?」

「既に構内です。敷地内への転移は出来ませんので、あと五分ほどで到着するかと思います」


 転移は屋内、あるいは他人の敷地内へは出来ない。

 それは分かっているが、車で移動してもう十五分は経過している。それでもあと五分かかるとはどれ程の敷地面積を保有しているのだろうか。


「俺はこの先どうするんだ?」

「まずは寮の案内からです。その後、どの程度魔法が使えるか実力を見せて頂いたあと、クラスの割り当てを行います」


 寮とは珍しい、そうユキリは思った。

 転移装置を使えば、どんな遠くからでも一瞬で移動できるのだ。わざわざ寮で寝泊りする必要はない。


「家から通えないのか?」

「ここは第十一階層ですから、転移は許可された者以外行えません」

「十一……そんなところあったんだ」


 基本的に一般市民は第七階層までしか転移は認められていない。そして地下は十階層まで、というのが一般常識である。十一階層目があるという話は聞いた事がなかった。


「作られたのは三年前です」

「と言う事は、十一階層はアビ学だけしかないのか」


 それならば、これだけ移動に時間がかかるのも分かる。

 しかし拉致されて、更に寮へ監禁されるとは。


「そういえば、うちの両親には」


 と言いかけた途中で「既にご連絡済みです」と止められた。


「何て言ってた?」

「そのままお伝えすると、うちの息子がウィッシュ能力を? それは是非死ぬまで使い倒してください、だそうです。さすがお二人とも公務員ですね。ご理解が早くて助かりました」

「……あんのクソ親父どもめ」


 と呪詛を口に出した時、車が止まった。車のドアが開く。


「到着いたしました。どうぞ外へ」


 リリアに言われ、車から降りたユキリはまず上を見上げた。

 空が高い。

 概ね一階層辺りの高さは二百メートルであり、次の階層へは三百メートルほどの深さがある。つまり一階層五百メートルが基準である。更に地表から第一階層まで一キロメートルだ。

 それを考えると十階層まであるということは、地表から六キロの深さが最奥となっている。それよりも更に下にここは位置するのだ。


 そして目の前の寮へと視線を移した。

 モダンな建物である。木で作って更に漆を塗ったような建物で、ぱっと見る限り五階建てだ。


「生活に必要なものについては、後ほど指定の店から端末を通じてお買いください。サンプルを見るのであれば、構内にあるショッピングモールにてご確認ください。なお、指定の店以外からのご購入については必要経費となりませんのでご注意お願いします」


 同じように車から降りたリリアがユキリへ事務的に連絡し、鍵を渡してきた。それを受け取ると305、と書かれていた。つまりは三階の五号室と言う事だ。


「ここは男子寮で、主に日本地域の方が住んでおられます。まずはお部屋の確認をお願いします」

「リリアさん……だっけ? あんたはどうするの?」

「同じ歳ですし、リリアと呼び捨てで構いません」


 呼び捨てなんぞ出来るわけが無い。現実の女は怖い。なるべく関わりたくないのだ。


「リリアさんはどうするの?」

「……お部屋確認後、改めて魔法競技場へお連れ致しますので、私はここでお待ちしております」


 頑なまでにさん付けをするユキリに、リリアは少し微笑む。初めて見せた感情にユキリは不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。

 首を左右に思いっきり振り、隣に佇むショーコちゃんへ謝罪の言葉を心の中で送る。


「じゃ、じゃあちょっと見てくる」

「はい、いってらっしゃいませ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ユキリが部屋を確認しに行っている間、リリアは車の中へ戻り資料を眺めていた。そこにはユキリの詳細なプロフィールが書かれている。

 八月二十五日生まれの現在十五歳、身長百七十一センチ、体重五十九キロ、一人っ子、成績優秀、ただし妄想癖有り。両親は共に公務員。

 父親は日本地域の外交員、母親がウィッシュ能力開発研究チームのサブチーフ。リリアたちの能力を研究調査する国側の人間の一人が、喬の母親だ。ただし担当は西ヨーロッパ地域だから直接会った事は無い。


 灯台下暗し、とは良く言ったものです。自分の息子がウィッシュ能力者だと気づいていないとは。


 しかしどちらも大変忙しい職場であり、殆どが泊りがけで家に帰ることも儘ならないだろう。たまに帰れたとしても深夜で、殆ど寝に帰っているようなもの。

 おそらくあの喬雪利という少年は小さい頃から一人で過ごしていたに違いない。

 今の時代、幼児が一人で家にいるのも珍しくは無い。全て家のシステムが自動で面倒を見てくれるからだ。適切な食事、睡眠、運動を自動的にヴィジョンというホログラフ映像を用いて子供に教えるのだ。

 記録では三度ほど、いつの間にか家から抜け出して外へ出ている。本来であれば、いつの間にか、などと言う曖昧な記録はあるはずがない。

 しかしあの家のシステムはかなり古いタイプだし、バグも見つかっている。これもそのバグの一つだろう。気にする事はない。


 唯一気にする点は、喬家、というところだがこちらも古い話だ。両親共に公務員だし今更言う事はないだろう。


「あとはどの程度の能力があるか、私自ら確認することにしましょう」


 あの跳躍力、そして空を自在に飛ぶ魔法。おそらく風魔法の一種でしょう。

 私も風魔法の使い手の一人ですし、とても楽しみです。


 久しぶりに全力を出せるかもしれない。リリアは表情に出さないまま、心が躍った。



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