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「ユーーーーキリーーーーーー!!」


 木で作られた意外と頑丈で立派なベッドでユキリが寝息を立てていると、突然何かしゃべる物体が顔にダイブしてくるのが分かった。

 首を横にしてその物体を避ける。

 こう見えてもユキリは剣士なのだ。寝ていてもそれくらいの気配は読める。


「ぷぎゃ?!」


 耳元で奇声があがる。勢い余って枕にぶつかったようだ。

 塞いでいた目を開けると、目の前わずか数センチ先に三十センチほどの大きさの羽の生えた少女が、着地に失敗して顔を抑えているのが映った。


「ユキリ酷いっ! あたしの愛を避けるなんて!」

「ルル、お前の愛は顔に当たると意外と痛いんだよ」

「痛みを伴う愛! これこそが真実の愛だとあたしは思うのよ」

「物理的な痛みは真実の愛じゃねぇよ。あ、ショーコちゃんおはよう」


 どうやらショーコちゃんもルルの声に起こされたようである。


「またショーコちゃん?! いい加減あたしのほうも振り向いてよ!」

「ショーコちゃんが一番、ルルは二番だよ。あ、ショーコちゃんが断トツだからね!」

「……はぁ、一年も経ったのに相変わらずね」


 呆れるルル。それを見たユキリは思った。

 そういえば、ルルは一年前と印象が随分違う。

 いや言動は全く同じだが、着ている服が白を強調させたドレスだったからだ。昔は葉を千切って作ったような服ばかりだったのに。

 それにやけに開いている胸元には、小さなペンダントがきらりと光っている。


「おはようルル。それにしてもドレスなんか着てどうしたんだ?」

「おはよう! 今日はちゃんとおめかししてみたの。ユキリを悩殺させようとセクシーな服でね!」


 くねくねと色っぽいポーズを取ろうとするルルだったが、未開発の原住民に昔から伝わっているような不思議な踊りにしか見えない。

 思わず苦笑いをするユキリ。


「お、おう。ショーコちゃんの次に可愛いぞ」

「……その言い方が気に食わないけど、まあいいわ。あたしが可愛いのは当たり前だしね」


 ショーコちゃんは実在しない、と言う事は実際はあたしが一番なのだ。とルルは思い直す。

 それにしてももっと他に褒める点はたくさんあるだろ? と更にユキリへ詰め寄る。


「少しだけ身長伸びたか?」

「七ミリも伸びたの! これで一歩大人に近づいたわ。あたしも十四歳だしね」


 だが悲しいかなユキリから見れば七ミリなど誤差の範囲である。


「あと胸もまた大きくなってるな」

「ふふん、バストは十七センチまで成長……って何言わせるのよ!! 変態っ! スケベ!」


 自分の胸を両手で隠しながら少し赤くなるルル。

 これでルルが人間サイズならユキリも正常にいられなかっただろうが、三十センチの人形サイズに言われても特に何も感じない。


「心配するな、ショーコちゃんの方が大きい」

「どういう設定なのよ……」

「詳しく聞きたいか?」

「遠慮します。二年前に一晩延々と語られた事があるし。あれは地獄だったわよ。それより他にいう事ないの?」

「あー、はいはい。ルルは大人っぽくなったし、可愛らしさの中にセクシーさも混じるようになったね」

「何その投げやり感。まあいいわ、ほらほら起きて早く遊びに行こうよ」

「その前に朝飯だろ。ああそうだ、冷蔵ボックスにお土産のケーキ入れ……って、おい早いな」


 ケーキ、という単語を聞くや瞬時に飛び上がって冷蔵ボックスの前にホバリングし、近くにいたルッツーに開けてと命令していた。

 この行動のどこが大人になったのか、小一時間問い正したい。

 ユキリはまだ眠い頭を振って、ベッドから抜け出した。そしてふと自分の服装に気がつく。

 夕べは着替えずそのまま寝てしまったらしい。久しぶりに剣を振ったせいで身体が疲れていたのだろう。やはり一年というブランクは思った以上に長い。

 たまに勉強に飽きて一時間ほど走りこみをしていた程度しか運動はしていなかったし、この分だと昔のカンを取り戻すのに一体どのくらいかかることだろう。


「あっまーい、おいしーい」


 大きく伸びをしていると、語尾にハートマークが付きそうなセリフを言いながら、ルルはケーキにかじりついていた。

 既に一切れの半分が消えている。


「お姫サマ、もっと行儀良く食えよ」

「いいじゃない、お城じゃないんだし。それより何で同じものばかりなの? もっと何種類もバラエティに飛んだケーキを買ってきてよ」

「選ぶの面倒」

「そんな事じゃモテない……でもユキリはあたしのだからモテなくていいんだし、でもケーキは何種類も味わいたいし、ああこのジレンマ!」

「たかがケーキで……」

「何を言っているの! こんな甘くておいしい食べ物、こっちには無いよ! これ食べられるだけであたし幸せを感じるよ!」


 既に一切れが消えていて、二切れ目に突入しているルル。自分の身長の半分はあるケーキが、一体どこに消えているのか全く謎である。

 お腹も特段膨れているわけではない。


「どうでもいいけど食いすぎるなよ。それ二日くらいは持つし、あとに残しておけよ」

「うん、今は二つで我慢する。お昼に二つ、そして夜に残りの一つを食べる計画だよ!」

「……俺の分は?」

「ユキリはあっちに帰ったら食べられるし、いいじゃない」

「一人で五個も! 一日で! 食うなよっ!!」

「おいしいに国境はないわっ! って、ああっーーー!!」


 二切れ目、半分食べかけのケーキをひょいと手に掴んで一口で食べるユキリ。

 ルルの悲痛な叫びが木霊した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「んで、何するの?」


 家から徒歩半日ほど離れた運動場くらいの草原。ここまでルルは飛んで、ユキリは跳んできたのだ。しかも三十分ほどで。

 ここは水場が近くにあり下級~中級の魔物がそれなりの数を群れている。またそれを狙った上級の魔物もちらほらと姿が見える。

 そんな草原の中央、ど真ん中にユキリとルルは立っていた。

 当然他の魔物からは丸見えであり、間断的に襲い掛かってくるものもいたが、全てユキリの木刀が魔物を真っ二つにしている。

 ルルはユキリの頭の上に乗っていた。ただし、今だ落ち込んでいたが。


「あたし……のケーキ……」

「まだあと三個あるだろ。一個は俺が食うけどな」

ゴブリンおに! デーモンあくま!! ゴーストひとでなし!!!」

「半分でいいよ、もう。それよりどうするんだ?」

「あたしのケーキをまだ半分も食べる気なのね。スライムいじめ。あたしのこのやるせない気分をどこかへぶつけたいの」

「スライムって、剣で斬っても切れないし面倒なんだよな」

「風で散らせばいいじゃない」

「性質悪いな、それ被害を更に大きくしてるようなもんじゃねーか」


 スライムはゲル状の生き物であり、切ったところで二つに分裂するだけである。風でばらばらにしても、それぞれが小さなスライムに変わっていく非常にやっかいな魔物だ。

 しかし火には滅法弱い。火系の魔法は言うまでも無く、松明でも楽に狩れる。


「それより、何で俺の頭の上に乗ってるんだよ」

「髪の毛あるし、掴んでいれば落とされないし楽だよ?」

「自前の羽があるんだから、楽せず自分で飛んでろよ」

「嫌よ。それよりハゲにならないよう気をつけてね」

「不吉なこと言うなよっ! それより面倒なんだけどさ。ルルも手伝えよ」


 ユキリの木刀が一閃し、体長一メートルほどのイモムシのような魔物を断ち切った。

 今ユキリたちに襲い掛かってきているのは、糸を吐いて獲物を絡め、動けなくしてから貪り食うロッククローラーだ。

 岩のように硬い甲殻を持っていて、下級の魔物の中ではかなり上位に位置する。熟練の魔物狩りハンターでも切るのに苦労する敵である。

 それが群れを成していれば、危険度は跳ね上がる。

 だがそのロッククローラーの甲殻を、まるで豆腐を切るように易々と切り裂いていくユキリ。

 よく見ると斬る瞬間、僅かに木刀が光るのが分かる。気を送り込んでいるのだ。つまり木刀を通した気が敵を断ち切っている、と言う事だ。

 剣の達人になれば気を剣に貯めて、ドラゴンですら一刀両断に出来るという。

 もちろん魔法でも似たような事は出来るが、剣という媒体を使う限り、気のほうがより鋭利に切断する。


「いいじゃん、ユキリにとってここは遊び場だったんでしょ?」


 ルルはそういうが、ここら辺りはファーランドの第一級危険区域に指定されている。

 その上が特級危険区域しかない事を考えれば、相当危険な場所だ。

 魔物一体であれば熟練のハンターでも対処可能だろうが、ユキリの周りにはまだ二十体以上ものロッククローラーが蠢き、彼らの隙を狙っていた。

 上級のハンター数人がいたとしても、真っ青になるレベルである。


「そうだけどさ、よっと」


 ユキリの前後から襲い掛かったロッククローラー二匹が、あっという間に両断される。

 グランダルに剣を教えてもらって三年後、ユキリはここで実戦を覚えた。もちろん最初は苦労したが、半年もせず今のように狩ることができるようになったのはグランダルが常に彼をサポートしていたからであろう。

 それほどグランダルは強かった。


「でも光王剣を使わなくても、ここに立っていられるなんて、やっぱりユキリは強いよね」

「あれは剣技であって、基本は他と殆ど変わらないしな。極めればこれくらい誰にだって出来るよ」


 それに光王剣は女の子を護るとかの理由がないと使えないしな。なぜそんな条件が必要なのか全くわからないが、事実としてあるのだ。

 ただしルッツーの女装姿(?)の時でも使えたので、意外と曖昧なのかも知れないが。

 それ以前に脳内彼女を護る、という設定ですら使えるのだ。実在しなくとも本人がそこに女がいる、と思い込めば使えるのかも知れない。


「でさぁ、本当に何故こんなところにルルは来たがったの?」

「もちろんユキリの剣を振る姿がかっこいいからよ!」

「あー、そうですか。頭の上に居て見えるなんてすごいですねー」

「そこはそれ、心眼よ」

「お前、どれだけ達人なんだよ……ん?」


 呆れる口調のユキリが、何かに気づいたようにふと目を細める。ユキリの異変を感じたルルが、髪の毛に隠れるようにしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」

「いや、なんか人の声が聞こえたような気がしたから」

「人の声?」


 しかしルルにはロッククローラーがざわめく音しか聞こえない。


「うん、ってまただ。誰かの悲鳴のような……。ここ一級危険区域だしハンターでも来たのかな?」

「それで返り討ちに合っていると?」

「さあな、まあ取り合えず様子見してくるか。ショーコちゃんおいで」


 ユキリは左腕でショーコちゃんを抱き寄せるようにし、そして右手で剣を構え、自分を中心として一回転する。

 そしてそのまま地面を蹴ってジャンプした。元の世界でも見せた異常なまでの跳躍。ユキリは声のした方向へと急いだ。


 残っていたロッククローラ十一体は、先ほどユキリがくるっと回ったのに合わせたように斬られていて、事切れていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ユキリ、あれ!」


 頭の上にしがみついているルルが叫ぶ。

 放物線を描くように跳んでいたユキリは上から地上を見ると、十人ほどのハンターらしき人間が、大量の魔物に囲まれていた。その魔物とは、先ほどユキリが圧倒したロッククローラーの大群である。

 しかもそのハンターたちは見るからに動きがド素人である。一人を除いて。


「ベテランが初心者の訓練の為にここへ来たってところか?」

「そうかも」


 ここは一級危険区域だ。ベテランが数人集まっていても殺られる可能性がある場所だ。ましてや足をひっぱる初心者が大半、どころが九割だと勝ち目はないだろう。


「ありゃ全滅するな」

「どうするユキリ?」


 今はルルの起こした風に乗って空に浮いている。ルルは小さいナリではあるが、風魔法のベテランである。人一人くらいなら楽に飛ばす事も可能だ。

 いつものユキリならすぐ助けに入っただろう。ただその初心者のうち、約一名ユキリの良く知る人物に酷似していたから、戸惑っていた。


「……沢神」


 必死で後衛から風で敵の動きを妨害しようとしているが、元々ロッククローラーは岩のような硬さの甲殻を持っているから体重が重い。下手な風などまるで効果は無いだろう。

 そのうち、一名がロッククローラーの糸に絡まれて動けなくなった。その一名にロッククローラーたちがうようよと集まっていく。

 その犠牲者は血を撒き散らしながら、魔物に食い尽くされていく。

 先ほどユキリが遠くから聞いていた声、あれは断末魔だったようだ。


「ありゃ、アビ学の課外授業ってところか」


 ウィッシュ能力を保持しているものは、精神のみをこの世界へ移動させる。つまりあのように死んだとしても、本当に死ぬことはない。

 沢神がいるという事は、あのハンターのように見える人たちはアビ学の新入生というところだろう。一度死を体験させるために、こんな無謀な場所へ来たに違いない。

 そして一名のベテラン、あれが引率の先生と言った所か。

 かなりの高度から見ているため詳しい事は分からないものの、その引率者は女性のようだ。スカートを穿いてるように見えたからだが。


 その女性らしき人物の銀色に光る髪が動き、ふと上を向く。刹那、ユキリと視線がぶつかった。


「助けなくていいの?」

「ああ、あれはこっちじゃ死んでも問題ない奴らだ」

「え? 死んでも問題ない?? え? え?」

「まあいい、それより帰るぞ。ほらルル、風を起こしてくれ」

「う、うん。まあユキリがそう言うなら」


 ルルの起こした風でユキリたちはその場から立ち去ったとき、下にいたハンターたちは全滅していた。ただ一人、引率者の女性を除いて。

 ロッククローラーが残った最後の人間に襲い掛かろうと集まってくる。

 しかし彼女は慌てず両手を交差させ、一言「ウェーブ」と呟く。

 すると突然彼女を中心とした衝撃波が周囲へ巻き散らかされ、それに触れたロッククローラーが粉々に粉砕されていく。

 音による衝撃波。

 硬い甲殻を持つロッククローラーが、あっけなく粉々になっていく。

 魔物が全滅するのに三十秒もかからなかった。


 そして彼女は再び上空を見上げる。

 そこにユキリたちの姿はもう無いが、「やはり能力持ちでしたか」と呟いた後、彼女はきびすを返して森から出て行った。



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