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「一年ぶりだな。あ、ショーコちゃん、そこ危ないから俺の腕に捕まってて」


 ここはあちら側、ファーランドのとある大陸の東側にある大きな森の中。辺りは一面暗闇の世界。月明かりがあるものの、木々に遮られて殆ど地上には届いていない。

 そんな中をどこにもぶつけず、まるで昼間のように歩くユキリが居た。

 この森は庭みたいなものである。何せ物心ついた頃から、しょっちゅうここに来ていたのだ。

 実は僅かな光りでもあれば見えるほど、ユキリの目は強化されているのが一番の理由なのだが。

 懐かしそうにあちこちを見るユキリ。

 そして数分も歩いたとき、森が僅かに開けた場所にたどり着いた。

 その中央には古いが、しっかり手入れのされている木で出来た家がぽつんと建っていた。


 ユキリは三歳の頃、目を塞いで念じるといつの間にか自宅とこの森の中を一瞬で移動出来る事に気がついた。

 そしてこっそりこちらに来て一人で遊んでいた時、この場所で剣帝グランダルと出会ったのだ。

 初めて会った時、ユキリはグランダルの姿にとても驚いた。

 薄ぼんやりと透けた黒い影に妖しく光る二つの目を持った、まさしく亡霊の姿だったからだ。


「全くあの時は驚いたよな。びーびー泣いたっけ」


 突然目の前で泣かれた彼は、ユキリをあやすようにこの場所の木々を一瞬で切り払い、そして切った木でせっせと家を造り出した。


「ほ、ほーら。爺ちゃんの得意技、お手軽一軒屋造りじゃ!」


 今思えば、馬鹿だろ、という行動である。子供をあやすのに何故家を建てるのか、全く分からない。そもそもあんな透けてる姿で、どうして物を持てるのか、この世の七不思議の一つである。

 それはともかく僅か三十分ほどで家を造り上げたグランダルは、あっけに取られたユキリを誘って家の中へと招待した。

 それから十年弱、ユキリはこの家の前でグランダルから剣を習ったのだ。



 家の扉の前に着いたユキリは、軽くノックをした。


「ハイ、ドチラサマデスカ」


 やけに機械的な声が家の中から聞こえてきた。


「ルッツー、俺だ、ユキリだ」

「ゴシュジンサマデスカ、イマアケマス」


 その声と共にガチャリとドアが開けられた。

 そして中から現れたのは、ドラム缶のような姿で横に細い腕が二本ついている、どこかで見たことのあるようなロボットだった。

 目の辺りには安物の豆電球が入っているようにピカピカ光っていて、頭(?)の横には可愛らしい赤い小さなリボンがくっついている。

 更に胸には『R2D3』と書かれていた。


 R2D3、通称ルッツー。

 剣帝グランダルがユキリの為に造ったゴーレムである。

 脳内彼女を完全に作れるようになるには、それ相応の時間と妄想力が必要だ。

 だからユキリに対して一番最初に課した修行は、このゴーレムを女だと思え、だった。 赤いリボンを頭の横につけたのも、グランダルである。

 あの頃の俺は素直だった。よくルッツーなんかを女と思えたよな。

 そんな事はおくびにも出さず、ルッツーへ挨拶をするユキリ。


「久しぶりだな、ルッツー」

「ハイゴシュジンサマ、コチラヘドウゾ。ワタクシニハミエマセンガ、ショーコサマもドウゾ」


 意外と気の利くゴーレムである。

 ルッツーには成仏したグランダルの代わりに、この家のメンテナンスを任せている。何せゴーレムだし、壊れるまでずっと文句を言う事も無く黙々と働いてくれる。動力源のコアには、グランダルがかなりの魔力を付与していたため、当分壊れることはない。

 そして見た目とは裏腹に、ルッツーは高機能なゴーレムである。

 普通ゴーレムと言えば単純な命令しか受け付けないが、ルッツーは言語機能や記憶機能、そして判断力までも備わっている非常に優れたゴーレムだ。ユキリは知らないが、これほどの高性能なゴーレムを造る事が出来る魔法使いは、そうはいない。


「ああそうだ。ルルは最近ここに来ているか?」

「ルルサマハ、ハントシホド、オミエニナラレテオリマセン」

「一年くらい留守にする、と伝えてたしな。悪いが念話魔法書テレパスブックを持ってきてくれないか? あと俺の剣も。ショーコちゃんはそこに座って待っててくれ」

「リョウカイイタシマシタ」


 念話魔法書は、対となる魔法書同士で会話できる魔法道具である。一年前、ルルから渡されたものだ。

 魔法道具は非常に高価なものであり一般市民には到底買えないが、さすが一国の皇女である。


 ルッツーが部屋の奥に引っ込んで一分もすると、手に収まる大きさのメモ帳のようなものと、一振りの木刀を持ってきた。

 その二つをユキリは受け取る。


「ドウゾ、ゴシュジンサマ」

「さんきゅ」


 メモ帳に見える念話魔法書を手に持ったユキリ。

 しっかし何度見ても安っぽいよな。どう見ても、これ一つで四人家族が五年くらい食えるほどの高価なものには見えない。紙という媒体は珍しいけどさ。

 ユキリの世界では、紙という媒体は殆ど使用されていない。ユキリ自身もファーランドに来て初めて見たのだ。

 念話魔法書の上に手を翳し、そして微弱な魔力を送る。


 爺ちゃんには剣しか教えてもらっていないし、正直に言って魔法は苦手だ。

 爺ちゃんが成仏した後、二年ほどルルから風魔法を教えてもらったけど、せいぜい人を軽く吹き飛ばせる程度しか使えない。

 魔法を使うよりも剣で斬った方が早いしな。

 俺も沢神の事は言えないな。


 魔力を受けた魔法書が淡く光りだす。対の魔法書は今頃けたたましい音を立てているだろう。

 二十秒ほど経った頃、淡く光っていた魔法書が点滅し始めた。そして、可愛らしい声がユキリの頭の中に響く。


「ユキリ? ユキリなの?」

「そうだ。ルル、久しぶりだな」

「やっと帰ってきてくれたんだねっ!! もう待ちくたびれたんだから!」


 声しか届いていないが、あの小さな妖精族の姫様が念話魔法書を担いで部屋中を飛びまくっている光景が、ユキリの目に浮かんだ。自然と頬が緩む。

 見た目はどうであれ、ルルはユキリの一つ下だ。

 グランダルが亡くなってから、ユキリが受験のため留守にするまで約二年。その間、ルルとユキリは自然と仲良くなっていた。

 脳内彼女、という設定もルルはある程度許容してくれた。

 何と言っても光王剣を受け継ぐものなのだ。更に自分の国を救ってくれた人物でもある。多少変なところがあっても、救国の英雄なのだ。

 今はどうにかして、ユキリを自分の国に招きたい、出来れば婿にしたい、と思っているのである。


「すまないな、少し勉強で忙しかったんだ」

「ふーん、ユキリの故郷の勉強かぁ。どんなこと覚えるんだろ?」

「こっちの世界じゃ殆ど必要の無い知識さ。それより明日辺りに来れるか? お土産を持ってきたんだが」

「行く! ぜ~~~ったい行くっ! 今から行くっ!!」

「いや、もう時間も遅いし今日はゆっくり休めよ」

「ぶー。あたしがどれだけユキリを待っていたか知らないの? 今すぐにでもユキリの胸に飛び込みたいんだからね」


 女性に、ここまで言われるとユキリとしても悪い気分はしない。

 あと五倍身長が大きければなぁ、と非常に残念に思う。


「もう夜も遅いし、外も真っ暗だろ? 可愛いルルにそんな時間に外へ出させるわけにはいかないよ」


 椅子に座ったショーコちゃんの美しく長い眉がぴくりと動く。ユキリは必死で、ショーコちゃんが一番だよ! とジェスチャーする。

 幸い魔法書は声のみ届く。ルルはユキリの異常について気がつかなかった。


「か、か、かわいいっ?! あたしかわいいっ?! わーい!!」

「だから明日な」

「うーん、ユキリにそう言われたら仕方ないね。じゃあ明日の明け方に飛んでいくから!」

「はいはい、お待ちしております、お姫様。じゃあおやすみ」

「おやすみなさーい!」


 そして翳していた手を魔法書から離すと、点滅していた光が消えていく。それで念話は終わった。光の消えた魔法書をルッツーに渡して立ち上がり、椅子に座らせたショーコちゃんへ謝り倒す。

 全く細かい設定である。逆にここまで細かくないと、光王剣は使えないのだろう。


 一頻り謝って何とかショーコちゃんの機嫌を取ったあと、窓の外を見た。

 ルルは本当に明け方から飛んでくるんだろう。

 ここからルルの住んでいる城まで、徒歩で歩けば三日はかかる。だがルルは羽を持っているし、あいつ自身風魔法の使い手だ。文字通り風の速さで飛ぶ事ができる。

 ルルが本気を出せば二時間でここまでつく。

 となれば、朝七時には来るだろう。早めに寝ておくか?

 ふと、左手に持っていた木刀をに気がつく。

 いや、久々に剣でも振るか。

 ルッツーに持ってきてもらった木刀。

 これはこの家の裏に生えている一本の巨大な木の枝を切って、グランダルが造ったものだ。ただの木刀ではない。魔法を宿した剣ですら、この木刀を切る事は出来ないほど硬いのだ。


「ルッツー、それ仕舞っておいてくれ。俺は少し外で剣振ってくる。ショーコちゃんは先に寝てて」

「リョウカイイタシマシタ」


 ドラムカンの下にある小さなキャタピラをきゅるきゅると言わせながら、ルッツーは部屋の奥へと消えていった。

 それを見てからユキリは家の外へと出て行く。


「さて、久しぶりだし基本の型から行きますか」


 片手で軽く剣を振ると、ぶおん、という空気を斬る音が響いた。



 その日、夜遅くまで素振りをしたユキリだった。



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