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 光り輝く剣と漆黒に蠢く剣。二振りの剣が交差し、その衝撃波が石畳の床を割る。


「うおぉぉぉぉ!!」


 少年……まだ十歳を少し超えたくらいであろう、彼が吼えるとより一層剣の輝きが増し、黒く短い髪がそれに反射して眩しく光る。


「くそっ、こいつ!」


 少年に対峙する男は二十歳前後の青年。

 だがその青年の頭には二本の黒く不気味に光る角が生えていた。がっしりした体躯に妖しく光る紫色の目が少年の持つ剣を捉える。

 消えうせる程の速度で襲い掛かってくる少年の剣を、必死で漆黒の剣で受け止め、あるいは受け流し、弾き返す。

 青年が両手で剣を持つのに対し、少年は片手だ。それでも彼の剣は非常に重い。

 少年の剣を持つ右腕がぶれたかと思った瞬間、目の前に鋭い突きが獲物を串刺しにせんと真っ直ぐ突き進んできた。

 が、それはこれだけの接近戦では大きな隙だ。剣先を弾かれるだけで体勢が崩れるだろう。

 思わずほくそ笑んだ青年は、光る剣の尖端を弾こうと右腕に持つ漆黒の刃を合わせた瞬間、まるで踊るように相手の剣が揺れ、弾くどころか逆に押し返された。


 誘いっ?!


 そう思った次には少年の蹴りが腹部に入り、派手に吹き飛んだ。青年の頭二つ分は低い体躯から繰り出された蹴りとは思えない程の威力だ。

 石で出来た壁に背中から激突し、着ていた黒い鎧にヒビが入る。咄嗟に左手で後頭部を庇ったものの、骨が砕ける感触が伝わった。


──何なのだ、この子供ガキは?!


 バウンドし地面に落ちるかと思われた青年だが、体勢を器用に変えて足から着地する。更には、はあっ! とまともに動かせない左手に気合を入れ魔力弾を生み出し、噴出させた。

 が、少年は易々とその弾を剣で打ち返した。

 逸らされた弾が部屋の壁に当たり、派手な音を立てて大穴を開ける。


「うわっ、すっげぇ威力だな」


 それを横目で見ていた少年は、まるで他人事のように、そして楽しそうに話す。


「貴様は一体何者なのだっ! この俺を、ファテルギウスの第一皇子カイ=デーラザインと知っての狼藉か!」


 激高するかのように叫びながら名乗る青年。

 ファテルギウスといえばこの世界最強の国であり、そして侵略者としても有名だ。

 年がら年中周りの国に戦争を仕掛け、領地を増やしている。

 国民皆戦士であれ、がモットーの国であり、その国のほぼ頂点に立つ王族は全員が一騎当千の強者である。

 他国の人間が恐れひれ伏すような相手を、だが少年は鼻で笑った。


「お前が誰なのか知らねーよ。俺はここに囚われているファンダイルの姫様を助けるのが目的なんだ」


 確かにカイは妖精国ファンダイルに攻め入り、前線に出張ってきていたファンダイルの第二皇女を人質として捕えた。

 しかしそれはもはや過去形となりつつある。無敵を誇っていたカイの軍は、今二人がいる城の前で屍となって転がっていた。

 その状態に追い込んだのがこの少年だ、しかも僅か十五分で。


 あれは我が国で最も強い者のみを集めた軍だぞ?

 十倍の敵ですら楽に打ち破るほどの強さを誇っていたはずだぞ?

 それをたった一人で。


「ならば、貴様はファンダイル国に雇われた傭兵か?」

「いいや、そっちに頼まれた訳じゃない。師匠に悪者をしばき倒して姫様を救い出してこい、と言われただけだ。暗くならないうちに帰らないと、また師匠にどつかれるんだよ」


 師匠のどつきは痛いからな、と呟く少年を見たカイはガリッと歯軋りをした。


「貴様、この俺をおちょくるとは!」

「別におちょくってねーよ。全部本当の事だからな」


 やれやれ、といった様子で首を振る少年。それを見たカイはカッと頭に血が昇る。

 がああぁぁぁぁぁっ!! と吼え、床を蹴って一瞬で少年へと肉薄した。カイの持つ禍々しい漆黒の剣が少年を捉え、一気に両断せんと襲いかかる。


「遅いよ」


 が、少年はハエを追い払うように、無造作に剣をぐるりと回した。

 頭上からくる漆黒の刃を光が打ち払う。まるで踊るような剣筋が、そのままカイの右腕を根元から断ち切った。

 血しぶきが舞い散り、右腕がどさっと地面へ落ちる。


「なっ?!」


 左手で落ちた右腕を掴み上げるカイ。

 目は大きく見開かれ、まるで起こった事実を受け止められないかのように震え、そして絶叫した。


「お、俺の右腕がぁぁぁ!!」


 痛みに耐え地面に座り込むカイの前に少年は立った。

 そして手に持った光り輝く剣を握り締める。


「お前の剣は力任せで乱雑だ、まるでなっちゃいない。見せてやるよ、本当の剣技って奴をな」


 少年が両手で剣・・・・を持ち、大きく振りかぶりながら叫んだ。


ショーコ・・・・ちゃん! 危ないから後ろに下がってて!!」

「……っ!?」


 もう一人敵がいたのか? と視線を動かしたカイだが、少年以外に人影は見えない。だが少年は誰かを庇うように立っている。

 俺に見えない何かがいるのか? まさかそいつがこのガキに力を与えていると言う事なのか?


「いくらショーコちゃんの姿を探しても、お前には見えないさ。俺の頭の中にしか居ないからな」


 そんなカイに、なぜか少年は少しだけ悲しそうに目を細める。が、次には目を大きく開き大声で吼えた。

 彼の持つ剣が、彼の叫び声に呼応するかのように光が収束して眩いばかりに輝き出し、それが次第に熱量を伴い赤く変化していく。まるで太陽のコアだ。

 少年を中心とした周囲の地面が円形状に陥没し、更に風が舞い起こる。剣の圧力が増して行き、びりびりと大気が震えた。

 その光景は今も尚伝わる有名な絵、悪魔王を討った三人の剣士の一人に酷似していた。


「こ、光王剣?! まさか貴様、剣帝グランダルかっ!!」


 光王剣。

 悪魔族の王を倒すため、剣帝グランダルが編み出したこの世界最強の剣技。

 かの剣技は女を護る為に編み出されたと伝えられている。裏を返せば、女が居ないと一切使えない剣技である。

 だってその方がかっこいいし、燃えるじゃろ? と剣帝の名言が残っている

 だからユキリと名乗った少年は脳内に彼女を作り出し、あたかも目の前にその彼女が居るかのように振舞って、光王剣を習得したのだ。


 何と言うべきか……馬鹿である。


「いいや、俺の名はユキリ、ユキリ=キョウだ。さあいっくぜぇぇぇぇぇ!! 光王剣奥義、龍覇消りゅうはしょう滅斬めつざん!!」


 次の瞬間、少年の目の前にいた第一皇子は背後にあった壁と共に消え失せた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さて姫様を助けにいくか。ショーコちゃんはここで待っててくれ」


 脳内彼女のショーコちゃんにそう伝えると、壊となった建物の上層階へ跳んだ・・・

 壁を蹴りながら、二階、三階へと跳んで行き、そして頂上へとたどり着く。

 頑丈そうな扉を蹴破り中へと押し入ったユキリの目に、とても豪華で且つ邪悪そうな部屋が映った。

 分厚い絨毯、部屋の奥には大きながっしりとした机、壁にかけられている重厚なカーテンが太陽の輝きを防ぎ、まだ夕方だというのに部屋の中は薄暗い。

 だが壁一面には血で描かれた大きな六芒星が仄かに妖しく光り、部屋をより一層邪悪そうに仕立てている。


「うっわ、なんだよこの趣味は」


 そして部屋の中央には、応接室によくある大きな机、そしてその上には鳥かごがぽつんと置かれていた。

 ユキリはきょろきょろと周りを見るも、人影は無い。


「あれ? ファンダイルの姫様が捕らわれてると爺ちゃんから聞いたんだけどなぁ。もしかして地下室とかあったりして……」


 もしそれなら早く降りなきゃ、と壊した扉から出ようとした時、どこからか小さく可愛らしい声がユキリの耳に届いた。


「ああ勇者様! 私を助けに来てくれたんだねっ!」

「ん?」


 後ろを振り向くも誰も居ない。ユキリの目が細くなり戦闘態勢へと移る。先ほど下に置いてきたショーコちゃんが、いつの間にかユキリの背後にいる設定へと頭の中を切り替えた。

 ある意味とても便利である。

 彼女を庇うように光り輝く剣を両手で持ち、不意を突かれないよう油断無く視線のみを動かす。

 かすかに何者かの気配は感じるものの、相変わらず姿は見えない。


「誰だ! どこにいる!」

「この大きなかごの中よ! 早く助けて!」


 かご? 大きな?

 ユキリの目には机の上にある鳥かご以外、それらしきものは見えない。分厚い絨毯をゆっくり滑るように足を動かし、そして剣を構えながら机まで歩み寄る。

 その鳥かごの中には羽の生えた人型の生き物が閉じ込められていた。


「……虫?」

「ち、違うよ! 私はファンダイルの第二皇女ルル=リラ=フェルフよ!」

「な、なんだって?!」


 鳥かごに顔を近づけてよくその生き物を見る。

 エメラルドグリーンの綺麗な長い髪に、背中には透明な二枚の羽、葉を模した服を着ていて、ふわふわと浮きながら必死でかごの骨を掴み、揺らしていた。

 俺が助けたかったのは美人のお姫様なのに、何だこのちんまい生き物は?

 確かに良く見ると長い髪は数日風呂に入っていないためか、若干輝きを失っているものの、顔の造詣は美人の類に入る。

 ただし、体長は約三十センチ。妖精族、という種族である。


「そ、そんな……頑張ったのに……俺めっちゃ頑張ったのに……。お姫様を恋人にして脳内彼女から卒業して、爺ちゃんにドヤ顔したかったのに……」

「えっ?! 私を恋人にっ?!」


 途端真っ赤になるルル、翻って四つんばいに項垂れるユキリ。

 彼の脳内では、ぷりぷり怒るショーコちゃんの姿が克明に映し出された。


「わっ、ちがっ! 俺はショーコちゃん一筋だってば!」


 慌てて後ろを向いて、誰かに弁明するユキリ。それを訝しげに見るルル。


「……あの、ショーコちゃん……って?」

「ちびっこはどうでもいい」

「ち、ちびっこ?! あたしは皇女よ! さっさと助けなさいよ!」

「ああ、そうだった。ショーコちゃん、ちょっと待っててくれよな。一応あんなちびっこでも姫様だし助けないと。いやだから俺はショーコちゃんだけだってば!」


 彼の脳内では修羅場を迎えているらしい。


「だからどこにいるのかわかんないショーコとやらはどうでもいいからたすけてよ!!!」

「どこに居るのか分からない?! なんてことを言うんだお前は!!」

「だからいるならあたしの前に現れなさいよっ!!」

「お前の心眼には見えないのか! この美しい黒い長い髪の、まるで天使のような大和撫子のショーコちゃんが!!」

「何が心眼よ! 見えないわよっ!! そんな事より早く助けてよ!!」




 こうしてユキリと名乗った少年と、ルルという妖精族の皇女が出会った。

 ついでにユキリの脳内彼女であるショーコちゃんとやらも。




「だから早く助けろって言ってるでしょ!!」

「わっ、お前自力で脱出してるじゃん! っていうか顔に突っ込んでくるな!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いってぇ?!」


 顔に向かって飛び込んでくる妖精の少女を避けようとして、ベッドから転げ落ちるユキリ。


「……あれ?」


 周りを見渡すと、そこは六畳程度の大きさの部屋の中。空中に浮かぶデジタル時計が午前六時二十九分と描いていた。

 どこにも妖精の少女の姿はないし、当然豪華で且つ邪悪そうな部屋でもない。

 またユキリの姿も十歳を超えた少年ではなく、十五~六くらいの高校に入る年頃の体格だった。

 デジタル時計が三十分に切り替わると、けたたましい音が室内に鳴り響く。


「あー、なんだ。夢か。もいっかい寝よう」


 ユキリは右手を空に浮かぶデジタル時計へと向け、下へ振り下ろすと音が鳴り止んだ。そして再びベッドの中へと潜り込む。




 時は西暦2584年。

 人類は地上を捨て、地下に潜る生活をしていた。




「って寝ちゃダメじゃん! 今日は中学の卒業式だよ!!」



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