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「であるからして、この公式を使うとこうなる」


 眠気を誘う教師の声が、ユキリの脳を夢へと誘いそうになる。

 ユキリがアビ学へ入学してから一ヶ月が過ぎていた。今だ日本地域にある学校は四月入学であり今は五月だ。

 祝日と言うものはなくなっており、一ヶ月に一日金曜日に休みがあり、更にその次の土曜日が休みとなっている。

 従ってゴールデンウィークというものは存在しない。

 ユキリは大きなあくびをした。

 こう見えてもユキリは住んでいた地域の中でもトップクラスの高校に合格していたのだ。いくら高校の授業とはいえ、最初に学ぶ程度のものであれば公式さえ覚えておけば普通に理解できる。

 教室の机で必死に降りてくる瞼と戦っていると、何か小さなものが頬に当たった。

 視線を落すと机の上には小さく折りたたまれた紙が転がっている。


 誰だよこんな古典的な方法を使う奴は?


 教師の目を盗んで連絡を取り合う方法は、回線を非公開モードにして一対一の通信にさせ、尚且つパスワードを設定する。

 更に傍受、感知されないよう先に伝えたい言葉をローカルに記憶させ、一瞬で転送させるのだ。ずっと通信し続けるとそれだけ教師に見つかる可能性があがるからだ。

 逆に言えば古典的な方法であるが故に、教師に見つかり難い

 それにしても紙なんて珍しい。一応通販で買えることは買えるが、非常に高価である。。需要が低いからだ。


 折りたたまれた紙を広げると『放課後あっちで付き合って エミル』と書かれていた。俺の右にはリリアが座っていて、更にその後ろにエミルが居る。ちら、と背後を見るとこっちを見ながら小さく手を振ってきていた。

 エミルは魔銃姫の異名を取る。こういったものを投げるのも得意なのだろう。

 しかしあの妙にすがすがしい笑顔が逆に怖い。

 それにしても、エミルはまだ十三歳のはずだ。なんで高一の授業に参加しているんだよ?

 授業の終わりまであと二十分。それまで退屈な時間を過ごすユキリだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 午前中の授業が終わり、十五時から三時間あちら側の世界で一頻り訓練した後、ユキリはそのままログハウス内にある椅子に座りながら待っていた。

 暇だったので手に持った木刀をしげしげと見つめる。

 どんな武器でも弾くほどの強度、気の通りも非常に良く、更に木でありながら熱や冷気にも耐久があり、竜族の炎や氷のブレスに晒されても燃え尽きることも凍りつく事もない。手に馴染むようにしっくりくる重さと使い勝手。

 爺ちゃんが作ってくれた木刀。子供の頃は少々大きくて扱いづらかったけど、今となっては丁度いい大きさだ。

 椅子から立ち上がり木刀を構え、目を塞ぎ気を流す。周りの空気が震えるように暴れだした。

 目を開き十分に渡っている気を止めると、次に気の種類を変えて再び流す。先ほどまで震えていた空気が止まり、今度は気温があがっていく。

 こうやって気の種類を変えることにより、いくつもの違った効果が発現するのだ。


「へぇ、上手いものね」

「……っ!?」


 突然声をかけられたユキリは、瞬時に気を纏わせた木刀を声の主へと向け振りかぶり、気を放った……瞬間相手の正体に気がつき無理やり放出した気を逸らした。

 エミルのすぐ側をものすごい勢いで気が通り過ぎ、ドアを壊してそのまま外へ出て行く。

 たらーっと、エミルの額に汗が流れ落ちる。


「……い、いきなり何するのよっ!」

「あ、あれ? ご、ごめん」


 慌てて木刀を下ろし謝る。が、エミルは腕を組んできつい目線をユキリへ送りつけた。


「まさか私を亡き者にして、リリア姉さまを奪おうという魂胆?」

「ち、違う!」

「それともナインウィッシュの地位を狙って?!」

「別になりたくねぇよ!」


 そう叫びつつユキリは背筋が凍る思いをした。


 ……全く気がつかなかった。


 いつの間にエミルはあそこにいたのだ?

 気の扱い方に慣れているユキリは他人の気もある程度読み取る事ができる。それで敵の動きを事前に読み取るのだ。生き物である限り、気が無い、と言う事はない。

 だからこそ、以前エミルが召喚したゴーレムに最初は苦戦したのだ。ゴーレムは無機質であり、気が無いからだ。

 また他人の気を読めるという事は人が近くに居れば分かる。

 そしてユキリには突然エミルがそこに現れたように感じたのだ。


「それよりいつそこに居たんだよ」

「さっき転移してきたのよ。授業が終わって一度あっちに戻ってシャワー浴びてきたの」


 なるほど。精神がこちら側に転移してきたとき、肉体は世界に作られる。そしてエミルはこのホームの入り口に出現した。だからいきなり現れたように感じたのか。確かに他人がこちらの世界へと飛んできた瞬間に遭遇する、というものは初めてである。

 しかし……あれはいきなり現れたというよりも。



──空の入れ物に何者かが入ったように感じられた。



 きっと勘違いだろう。そう思い直し、頭を振るユキリ。そして思考を切り替えるようにエミルへ尋ねた。


「で、何故急に俺を呼び出したんだ?」


 一瞬これは告白か? と淡い期待を抱いたのは事実だが、こいつに限ってそれはないだろう。リリア大好き少女だしな。


「ええ、実はユキリに頼みごとがありまして」

「…………」

「何ですかその嫌そうな顔は。まったく……大抵の男は私に頼まれると二つ返事で了承してくれるのに」


 確かにこいつ、性格は悪ものの見た目だけは保護欲を誘うような愛らしさがある。更に上位九人の一人というある意味学院内でも有名人だ。

 それは一般の生徒からすれば、頼まれると嫌とは言えまい。


「だって面倒くさそう」

「面倒くさい、というのは合っていると思いますが……。頼みごととは、私のウィッシュメンバーとなってくださらない?」


 やけに上から目線な言葉であった。実際はエミルの方が遥かに身長は低いので、下から目線ではあるが。


「は? 何それ?」

「ナインウィッシュは一人につき、三人までウィッシュメンバーという仲間を選ぶ事が出来ます。ナインウィッシュの重要な仕事の一つに学院内の秩序維持というものがありますが、流石に九人では学院内全てを見張ることは不可能よ。その為の制度ですね。ちゃんと学院制度にも載っているから、しっかり制度は読んでおいて下さい」

「リリアと組まなくていいのかよ」


 そう言うユキリに対し、エミルは大きくため息をつく。


「それが可能なら、とっくになっていますわ。ナインウィッシュ同士は組めません。そもそも人手が足りないからこそのウィッシュメンバー制度ですのに、ナインウィッシュ同士が組めるわけないですわ。で、ご返事は?」

「断る」

「そう言うと思いました。でも残念ながらナインウィッシュの権限により、あなたに拒否権はありませんわ」

「……俺の監督者ってリリアだったはずなんだけど、言わなくて良いのか?」

「問題ありませんわ。ウィッシュメンバーの選定権の方が監督者より上位ですもの」

「あー、俺以外のメンバーって誰がいるんだ?」

「居ませんわ。このエミル=ロレミル、初のウィッシュメンバーになれるなんてあなたは光栄ですわよ?」

「その……リリアにはいるのか? そのウィッシュメンバーとやらが」

「ナインウィッシュでメンバーを持っている人は、チックかキリムスくらいですわ。まあこの二人は戦闘向きじゃないですから仕方ありませんけど、普通に戦える人は自分で行動したほうが手っ取り早いですしね」


 それなら何の為のメンバーなんだよ、と思ったものの口には出さない。


「そもそも何で俺なんだよ」

「それは……その」


 珍しく口ごもるエミル。

 主な理由として、きっとこのままだとリリアが先にユキリを自分のメンバーにする。そうなってしまえば、ずっとこの男とリリアが二人っきりになる。それはエミルとして絶対避けたい事だ。しかし自分が先に獲得してしまえば、そういった懸念も消える。

 それに先日ユキリに負けた時、悔しい反面、ほんの少しだけ……かっこいいと思った自分がいた。エミルの生み出した何十体ものゴーレムをたった一人で打ち破った男。

 強さだけで言えばおそらく守根以上。見てくれは正直中の下というところだが、別にエミルは面食いではない。

 そんな彼をよりにもよって、自分より可愛いリリアに渡すなど出来るわけがない。


「べ、別に何だっていいじゃない! それより明日からよろしくね」


 なぜか頬を赤く染めながら言い切ると、そのままエミルはホームから飛び出していった。

 それをぽつんと見送るユキリ。


「……一体なんだったんだ?」

(鈍感)


 脳内にいるショーコちゃんがそう呟いた気がした。



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