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 青白い弾丸がユキリの頭へまっすぐ飛んでいく。エミルの魔法で生み出した銃の初速は、音速の二倍に達する。そしてユキリまでは僅か数メートルに過ぎない。まさしく一瞬でユキリの命を刈り取るだろう。

 この距離ならばまず間違いなく外すわけがない。そして万が一ユキリが立っていたとしても、避けられる距離ではないだろう。

 それを見届ける暇もなくエミルはそのまま踵を返して、そして違和感を感じ、足を止めた。

 細長い眉を僅かにしかめ、そして背後へと振り返る。

 既にユキリの死体はない。

 精神だけが移動してきた場合、世界がそれを矛盾と判断して一時的に仮の肉体を与えるのだ。このため、もし死んだとしても一時的な肉体はそのまま消滅する。ただし、流れ落ちた血はこちらに残ったままである。これは血は肉体ではない、と世界が判断した為であろう。

 そしてエミルが最初にユキリへ放った弾丸はまっすぐ彼の背に当たった。強力な肉体であっても良くて背骨は複雑骨折、下手をするとそのまま身体を貫通するはずである。

 少なくとも一滴も血が流れていない、という事は無いはずだ。

 が、地面にはそれらしき痕がない。


「……おかしい……わね」


 なぜそんなことに気がつかなかったのだろう。最初に一瞬で木刀を突きつけられて、判断力を少し失っていたのだろうか。

 ハッと何かに気がつき、咄嗟にバック転をするエミル。

 次の瞬間、少し前までエミルがいた場所に烈風のような風が舞い起こった。凄まじい速度の太刀筋により空気が絶たれ、一種の真空状態になったのだ。もしあのまま動かなかったら、真っ二つにされていたであろう。


「な、何が起こったの?」

「おー、今の避けられるとは思わなかったな」


 エミルが唖然とした表情で呟くと、そこに軽い口調の声が上から飛んできた。

 上?!

 見上げると、遥か頭上に風を纏ったユキリが跳んでいた。完全に飛んでいる訳ではない。自由落下の速度が異様に遅い。自身の足元に風を生み出して落下速度を落としているのだろう。


「な、なぜ。あんなに私の弾丸を喰らったはずなのに?」

「最初の一発はまともに喰らったからそこそこ痛かったけど、二発目からは気を身体に纏わせてお前の弾丸を弾いていたんだよ」

「そんな非常識な、私の弾丸は薄い鉄板くらいなら撃ち抜けるのよ?! 一発でも当たったらかなりのダメージを受けるはずなのに!」


 自由落下が終わり、ユキリが地面へと降り立つ。

 そして左手の木刀を構え「あれくらい、爺ちゃんの拳骨に比べれば全然大したことないよ」とうそぶく。

 グランダルは幽体なのに、なぜ拳があるのか甚だ疑問である。


 が、エミルは顔色を変える。あれほど弾丸を喰らっても、しかも最初の一撃はモロに喰らっているはずなのに殆ど無傷なのだ。

 自分の最大の攻撃が通じないなんて。


「お前の弾丸の速度は確かに速いけどさ。でも軽いんだよ。その程度じゃ俺は倒せないね。で、降参する?」


 ユキリの使う光王剣は基本、女を護る為のものだ。決して女を斬るためのものではない。むしろ斬れないと言っても良いだろう。だから先ほど空から放った一撃も当てる気は全くなく、エミルの身体すれすれを狙っていたのだ。


しかし「はっ、降参なんてするわけないわよ」と、エミルは鼻で笑うようにきっぱりと言い放つ。


「でも例え千発喰らっても、俺、多分死なないよ?」

「この私が! 降参なんてみっともないこと出来るわけないじゃない!!」


 それに、とエミルが両手を挙げた。

 降参のポーズ? いや、まだ打つ手があるのか?

 ユキリはエミルの一挙手一投足を全て見逃すまいと鋭い視線を送る。

 しかしエミルは一言「ゴーレム!」と叫ぶと、エミルとユキリの間の地面がいきなり隆起し、まるで組み立てるように人の形を取り始めた。


「うえぇぇ?!」


 驚くユキリをよそに、僅か数秒でラキウスを超える大きな土のゴーレムが生まれた。その大きな土のゴーレムがユキリへ向かって意外と素早い蹴りを放ってきた。

 慌ててその場から離れ距離を取るユキリ。更にもう三体、エミルを護るように土のゴーレムが生まれる。


「私は魔銃姫、そしてわたしを護るナイトも作れるのよ?」


 姫の盾となるように一体がエミルの正面に、そして残りの三体がユキリへと攻撃を始めた。しかもエミルが操っているからか、意外と連携も取れている。

 単純にパンチや蹴りが主体のゴーレムだが、なにせ土の塊である。当たればタダではすまない。ステップを刻みつつ、巧みに避けるユキリ。

 エミルのもう一つの能力、それがゴーレム作製である。逆に言えば、魔法の銃も一種のゴーレム作製能力だ。

 この能力がZクラスに在籍している理由となる。無機質の土をゴーレムへと変化させ、自由に操るのは他の魔法と異なるからだ。


 二人の戦いを見ていたラキウスと守根が、それぞれ面白そうに会話をする。


「俺らナインウィッシュ以外にアレを使うとはな」

「相当追い詰められていますね」

「だが、あのゴーレムは意外とやっかいだぞ。お前の剣でも相手が土の塊では剣のほうがぼろぼろになるだろう?」

「この美しい日本刀をあのように無粋な醜い土の塊に切りつけるなど、愚の骨頂ですね。私なら魔法を使って吹き飛ばします」

「しかしそうそう魔法は使わせて貰えない」


 エミルはゴーレムたちを戦わせながら、更に牽制目的で弾丸をユキリへと放つ。反射的に飛んでくる弾丸を木刀で受けるが、それがゴーレムの隙となった。

 ユキリを囲むようにゴーレム三体のうちの一体の攻撃が避けきれず当たった。派手に吹き飛ぶユキリ。

 更に追い打ちでエミルの弾丸が放たれる。だがそれはユキリの身体に当たった後、地面へとぽとぽと落ちた。


「ほんっとに硬い身体だよね。一体どうなってるのかしら」


 呆れ口調のエミル。そもそもゴーレムの一撃を受けて尚、普通に立ち上がる事が信じられない。しかも起き上がってすぐゴーレムの攻撃をいなしている。

 どれだけ体力があるのだろうか。


 次第にエミルの操るゴーレム三体がユキリ一人に押され始める。操られたゴーレムと戦った経験がないからか最初は慣れなかったものの、徐々にゴーレムたちの動きに慣れてきたようだ。

 ちっ、と舌打ちすると更にもう二体のゴーレムを作り出す。そのまま新たに生み出した二体へとユキリを攻撃するよう命令する。

 だがユキリの持つ木刀が一瞬輝くたびに、ゴーレムたちの手や腕、頭、そして身体、足が斬られて行く。

 都合五体のゴーレムが次々と崩れ落ち、土くれに戻っていく。

 魔法で作られた剣であればともかく、普通の鉄製の剣ではどうあがいても刃が欠ける。そしてユキリが持っているものは単なる木刀だ。木ならば割れたりするはずだが、なぜか彼の持つ木刀が光ると土が豆腐のように抵抗も無く切り落とされる。

 またどういう反射神経をしているのか、エミルの放つ弾丸までも巧みに避け、あるいはゴーレムを盾に、また或いは木刀で弾き返す。

 さながらダンスを踊っているかのような動きである。


「ちょっと慣れてきたな」

「くっ。まだまだよ!」


 更に三体ゴーレムを作るものの、それもあっさりとユキリによって切り刻まれた。


「こうして見ると、あの動きは一種の芸術ですね」


 リリアが人知れず呟く。

 自身が昨夜、まさにこの近くでユキリが魔物たちと戦っていた時に見た技だ。十体以上もの魔物の群れに飛び込んで、あの踊るような剣技で次々と魔物を屠っていく様は、見ていて惚れ惚れする。

 それは相手の動きを完璧に把握し、瞬時に一番効率の良い攻撃を判断し、そして実際に行動できる運動能力を持っていると言う事だ。


「ふむ。これは……凄い」

「全くあんな棒切れでよくあのゴーレムが斬れるものですよ。私でもちょっと彼に勝てる自信がありません」


 ナインウィッシュの序列一位と二位も同時に唸る。

 序列を決めるのは強さではない。序列が上位だとしても強さには繋がらない。

 あくまで魔法という資源の代わりになれる能力が優劣を決める。そのためには魔力の出力である魔力強度、そして魔力保有量が最も大切だ。

 事実ナインウィッシュのうち四名は、並みの能力者よりは強いものの戦闘力に秀でている訳ではない。

 しかし室内での訓練だけでは、なかなかあがらない。が、戦闘をする事により訓練以上のレベルアップを果たす。それはまるでゲームのように戦闘をすることで、より大幅な経験値を得られるように。

 そしてラキウスと守根の二人は、特に相当な数の戦闘をこなしていた。いわばアビ学のツートップだ。

 その二人がユキリの動きを見て感嘆している。


「そろそろいいか?」

「良くないわよっ!!」


 エミルは押されているのを自覚した。生み出したゴーレムが片っ端からユキリの木刀で、土くれへと戻されるのだ。

 そろそろ魔力も心もとない。

 ここまでエミルが生み出したゴーレムの数は三十体を超えている。いくら魔力量が人より多いと言っても限界はある。


 また逆にユキリも攻めあぐねていた。

 エミルを斬るだけなら簡単だ。ユキリの気を木刀に乗せて放出すれば、数メートルの距離くらいなら届く。エミルの前に立ちふさがっているゴーレムごと斬れば良いだけだ。

 でもそんな事をすれば、天国……にいるかは分からない爺ちゃんに、女を斬るとは何事じゃ! と、どつかれるに違いない。

 当て身で気絶させることも考えたが、何せ手加減というものを習った事がないのだ。そのまま手が滑ってスパッと斬ってしまうかもしれない。

 これは今後の課題だな。

 それはともかく、今ユキリが打てる手は、このままエミルの魔力切れを狙うしか他に考え付かない。


「なぁ、そろそろ負けを認めない?」

「はぁっ……はぁっ……い・や・で・す!」


 そうユキリが言うものの、エミルは諦めなかった。大きく肩で息を吸い、またゴーレムを一体生み出す。が、それもユキリによって一瞬で壊されていく。

 既にエミルの前で盾となっていたゴーレムも壊されている。

 もうゴーレムは一体も居ない。


「でも息上がってきてるよ? そろそろ魔力も切れるんじゃないの?」

「ぜぇったい! はぁはぁ……い・や・で・す!」


 そしてとうとうエミルが「ゴーレム」と呟いても、土が盛り上がるだけでゴーレムが作れなくなった。

 魔力切れである。


「ここまでだな」


 それを見たラキウスはそう言うと、悔しそうに地面へしゃがみ込むエミルの前に立った。ちらとエミルを見たあと、ユキリへと視線を向ける。


「喬雪利の勝ちとする。それにしても、お前もとことん甘い奴だな」

「師匠から、決して女は斬るな、と厳命されているので」

「ははは、なるほどな。まあお前の力は十分見せてもらった。服を着替えて少し休んでろ」


 エミルの弾丸を何十発も受け、更にはゴーレムの蹴りを喰らったのだ。ユキリの服はあちこち破れていた。


「あー、はい、分かりました先生」

「ちょっとまて」


 一礼したユキリはログハウスへと足を運ぼうとすると、ラキウスに止められる。


「はい?」

「ついでにそこでへばってる奴も連れてってくれ」

「私一人で……歩け……ます」


 あごでエミルを指すラキウス。エミルは何とか立ち上がろうとするが、ふらふらな状態で、尻餅をついてしまった。


「はぁ……わかりました」


 リアルの女に肩を貸すなんて事、ユキリには出来ない。ほら、噂なんかされると恥ずかしいし。

 少しだけ悩んだ後、片手でエミルを持ち上げ、まるで荷物のように肩へ乗せる。これならば角も立つまい。

 持ち上げる瞬間、腕に弾力のある二つのものを感じた。


「きゃっ、ど、どこ触ってるのよ!」

「わっ、ご、ごめん」


 ……柔らかい。

 女性に身体に触れるなんて、記憶している限りルル以外ない。

 くそ、惑わされるな。俺にはキョーコちゃんが居るじゃないか。これはちょっと小さめの風船だ。気にするな。

 じたばた暴れようとするエミル。しかし魔力切れのため上手く身体が動かず、少し身をよじる程度である。

 そのたびに、背中に柔らかくそれでいて弾力のある感触が当たる。

 色即是空色即是空。

 ぶつぶつと呟きながらユキリはエミルを運んでいった。


「よし、他のものは一人ずつここで魔法を見せろ」


 ラキウスが声を張り上げると、魔法の炸裂する音が木霊し始めた。

 熱心にそれを見るフリをしつつ、ラキウスは口の中で呟く。


(まさかあの時の子供ガキとこんな所で出会うとはな。光王剣の使い手よ、いずれあの時の屈辱は返させて貰うぞ)


 自然と口元を愉悦に歪めながら、ラキウスは自分の心が弾んでいくのを感じた。




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