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ログハウスが十棟ほど並んでいる正面にユキリたちZクラスのメンバーは集まっていた。ここはアビ学の学生たちが建てたホームと呼ばれる場所である。
一級危険区域のすぐ側にあり至極危険な場所だが、逆に人気のない場所でもある。
現地の住人にはあまり知られたくない、と国の方針があるため、なるべく人里離れた場所を探した結果、ここになった経緯がある。
そしてそのホームの一段高くなっている台に巨漢の男が立っていた。
「さて、全員いるな?」
元生徒、現先生のラキウスがまさに仁王立ちといった風体で生徒をねめつけている。それはどちらが上の立場なのか教えている様である。
先生という立場はこの学校では弱い。何しろ十代の若者がほぼ全員で、更に他にはない力を持っているのだ。魔力強度ランクの低い、例えばJランクやIランクならば魔法を使うより肉体を使ったほうが効果は高いが、Hランク辺りからそれが逆転する。
Eランク程度まで上がれば、鍛え上げられた軍人数人を正面から打ち破る。彼らが少し本気を出すだけで、並みの人間を圧倒する事が出来るのだ。
先生と言っても普通の人間である以上、力では生徒たちに殆ど勝てない。
万が一を想定して学内には軍用の戦闘用ロボットを三十体ほど配置しているが、それでもBランクやAランクと言った最高ランクの者が相手では少し心もとない。
だからこそ彼らを纏め上げるのに、同じ生徒の中で最も力のある者を彼ら自身で治安維持させている。それがナインウィッシュである。
そしてここに立つラキウスは元生徒であり、更にナインウィッシュの序列一位だ。
アビ学が設立してから二年半、この学校のトップに鎮座してきている。その実力は非常に高い。
「はい、Zクラス十六名全員揃っています、ラキウス先生」
「……先生と呼ばれると違和感があるな」
彼の側に立つリリアがラキウスに答えると、先生と呼ばれたのに苦笑いをする。つい先日まで生徒だったのだ、元同級生から先生と呼ばれればそれも仕方のないことであろう。
「まあいい。では早速だが各自一人ずつ魔法を見せ……」
「ラキウス」「ラキウス様」
ラキウスが言葉を言い終わる前に二人の声が遮った。どちらもよく聞いた事のある声である。
「なんだ、守根とエミル」
「実はあなたが居なくなったあと、私と喬雪利君の模擬戦が決定しましてね。少しばかり時間を割いてもらいたいのですよ」
「ほぅ、お前自ら?」
ラキウスの眉がぴくりと跳ね上がる。
守根はナインウィッシュの序列二位だ。ラキウスですら本気を出さないと守根には勝てない。ラキウスに本気を出させるような相手など、この守根とリリアが歌った時だけだ。
だがそれにエミルが反対の声をあげた。
「ちょっとまって、彼はエミルの獲物よ?」
「エミル、あなたは私が彼と模擬戦をしたいと言っていた時何も言わなかったですよね」
「ですから、守根様が戦った後でよろしいですよ」
「それは認められんな。彼は今日が初だろう?」
「私はエミルと彼の模擬戦だけでもいいですよ。彼の剣技を見たいだけですから」
「リリアはどう思う?」
「特に問題はありません」
「ふむ、ならば良いだろう。では喬雪利とエミルロレミルの模擬戦を許可する。双方あちらの会場へ行くがよい」
鷹揚に、と言った風体でラキウスは話を纏めた。彼が指差した場所は、ホーム右手にあるちょっとした広場である。
これであのいけ好かない男にぎゃふんと言わせてあげられます、とほくそ笑みながらエミルはさっさと会場へ向かった。
リリアはリリアで、同じ剣を使う守根さんと戦わせてあげたかったですが、ここ最近エミルさんも調子に乗っていますし、少しお灸を据えてあげる必要もありますから、まあ良いでしょう、と思っていた。
しかしそこに肝心の喬の意見は反映されていなかった
「……あのー、何で俺抜きで勝手に決まっているんですか?」
「悪いがナインウィッシュの権限で君に拒否権は無い。野良犬にでも噛まれたと思って一回死んでおけ」
「…………」
ラキウスの一言にユキリは頬が引きつる。
冗談ではない。死んだらユキリは終わりなのだ。これは少しばかり本気を出してやる必要がありそうだ。
「ご愁傷様だな。まあ俺も先日一回死んだし、お前も一度味わっておいたほうがいいぞ」
「はぁ……死ぬのは嫌だしな。ちょっと頑張るよ」
哀れんだ声で慰めとも言えないセリフを吐く沢神に、ユキリはため息をつく。手を振って沢神に軽く応える。そのままラキウスが指差した広場のほうへ歩いていこうとすると、リリアが駆け寄りユキリにこっそり耳打ちした。
「ユキリ、エミルさんの銃撃には気をつけてください」
「銃撃? ああ、分かった」
銃? こっちじゃ銃なんて無いぞ?
そう首を傾げるも、それ以上の事は何も話さない、と言う表情のリリアだ。仕方なくユキリはぎゅっと木刀を握り締めて、止めていた足を動かし始める。その後を付いていくリリア。
「では他のものも見学しにいけ。そんなに時間はかからないだろう」
ラキウスの指示に従ってZクラスの残ったメンツが、ユキリたちのあとをぞろぞろとついていった。歩きながら「あの新人、何秒持つか賭けないか?」「じゃあ三十秒」「合図と同時に終わる」「相手は魔銃姫だし、いたぶってから殺るだろうから五分くらい」「あり得る」「どちらにせよあの新人、午後は休みになるな」等と話しをしている。
その声がばっちり届いているユキリは、エミルがどんな性格をしているのかある意味分かった気がした。ドの付くSであろう。
……それにしても魔銃姫、ね。
と、口に出さず心の中で思う。銃のような魔法を使う相手と言う事になるだろう。
でもそれは単に魔力の塊を弾丸にして、銃のように撃ち出しているだけだ。Zクラスは特殊な能力の持ち主が集まる場所である。それ以外にも何かある気がする。
ユキリは会場へ先を行くエミルの小さな身体を後ろから眺める。身体の重心が極僅かに後ろへずれている。少なくとも前衛タイプではなく、後ろに移動しつつ攻撃をする遠距離タイプであろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ではナインウィッシュの序列六位エミル=ロレミルと、喬雪利の模擬試合を始める」
ユキリとエミルの距離は凡そ三十メートル。その中央にラキウスが立ちながら、片手に持ったコインをもてあそんでいた。
ユキリは木刀を左手で軽く持ち、左足を前に右足を後ろへ、そして重心を若干前へずらす。対するエミルはユキリの格好を見て鼻で笑った。明らかに、ユキリは一気に詰め寄ってくる体勢だったからだ。
事前にユキリの魔力強度はHランクと聞いている。そして、気、とやらを使った異様な身体能力を持っているとも。
でも剣を使う以上、この距離ならば圧倒的に私の方が有利だよね。
一瞬で終わらせてやろうか、それとも足を撃ち抜いて動けなくしてからじわじわと攻めてやろうか、どちらか迷う。
「このコインが地面に落ちたら開始とする。双方、準備は良いか?」
「いいわよ」
「はい」
そしてラキウスが親指で、持っていたコインを天へと弾いた。ぎぃん、と甲高い音を立ててコインは太陽に煌きながら遥か天空へと登っていき……そして視界から消えた。
「…………」
「…………」
「すまん、ちょっと力入れすぎた。も、もう一度やるぞ」
少し頬を赤らめたラキウスが懐からコインを一枚取り出し、今度は慎重に弾く。コインの端を掠めるように親指が当たった瞬間、激しく回転しながら地面へ吸い込まれるように急激に落ちた。しかも回転は止まらず地面の中を潜っていく。
ユキリもエミルも、とてもタイミングは取れなかった。
「………………」
「………………」
「あー悪い、声で合図しよう」
「……それでお願いします」
「……私も同意見です」
「で、では。5! 4!」
カウントダウンをしながら両者の間から会場の端へと移動していくラキウス。改めて腰を落とし後ろ足に力を籠めるユキリ。エミルは人差指をユキリへと向け、まるで銃を撃つ様な仕草をする。
「3! 2! 1!」
じり、と左足を正面から僅かに右側へとずらす。それに気づいたエミルが一瞬怪訝そうな顔をする。まっすぐ突っ込んでくるならエミルの方向へ足を向けるはずだ。しかしユキリは斜めに走り出すような格好をしている。
となると、最初の一撃を向かって左側へ避けて次を撃つ前に一気にこちらへと肉薄するつもりなのだろう。
そんな甘い考えなど、私に通用するわけがない。エミルは指先を向かって左側へと少しずらした。
「ゼロ!」
「ばぁん」
ラキウスのゼロという声と共に、エミルの指先から青白い小さな魔力の塊が凄まじい速度で飛んでいった。
エミルの放つ魔法の弾丸は、この近距離なら音速の二倍に達する。いくら反射神経が良かろうと、まず反応できる速度ではない。
貰った、とエミルが思った瞬間ユキリのすぐ側を弾丸が通過していった。
合図と共に事前に横へずれると想定して事前に少しだけずらしたエミルだったが、ユキリは一歩も動かなかったのだ。
まさかこれを見越してのフェイント?!
慌てて次弾を指先に籠めるエミル。だが三十メートルもあるのだ、慌てなくとも十分間に合う。エミルは一秒弱で弾を籠められるのだ。
そして再び指先を今度はユキリの真正面へと狙おうとした時、既に敵は目の前にいた。しかも木刀の先が自分の額すれすれの位置に止められたまま。
驚きに目を瞠るエミル。
あんな一瞬で三十メートルの距離を詰められた?
「おい今の見えたか?」「いや、気が付いたらエミルさんのすぐ側に移動してたぜ?」「なんだあれ?」「瞬間移動?」
外野がざわめく。ラキウスも「ほぅ」と低い声で呟き、守根も「速いですね」と少し目を細めた。
「俺の勝ち……だな」
ユキリはゆっくり木刀をエミルの頭から下ろす。
遠距離タイプだからきっと俺の動きをよく見るはずだし、足を動かせばそちらに移動すると見越して、撃ってくるだろうと予想していたのだった。
ある意味賭けだったが、取り合えず上手くできた。
そして会場を出ようと足を向けた瞬間、「あなた馬鹿?」とエミルが指先に装填したままの弾丸をユキリへと放った。
「がっ!?」
不意を突かれ派手に転んでいくユキリ。更に手を休めず、エミルは次々と魔力の弾丸をユキリへと撃ち放っていく。彼女の放った弾丸は正確に両腕と両足へダメージを与えていく。
そうして一頻り撃ち終わった後、エミルはゆっくりとユキリへと近づいていく。
「な、なぜいきなり」
「あら、まだ息がありましたか。結構しぶといですわね。全く……審判のラキウス様が止め、と言っていないのに剣を降ろして背を向けるなんて。ちゃんと敵は止めを刺さないといけませんわよ?」
何とか顔だけエミルの方へ向けるユキリへ、冷酷に告げた。
「さて先ほどの速度は目を見張るものがありましたが、その状態ではもう動けないでしょう? 次で終わらせますから、あなたは死んで戻った後、ゆっくり今日はお休みしていてくださいね」
そしてエミルは両手を重ねて二本の人差指をユキリへと向けた。徐々に魔力が彼女の指先へと集まっていく。次第に魔力が丸い球体へと変化し、指先に浮かび上がる。
それを愛おしそうに眺めたエミルの視線がユキリへと移った。
「では、また明日」
彼女が告げると、指先から先ほどより数倍大きな弾丸がユキリへと撃ち放たれた。