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 トントン、と部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

 もぞもぞとベッドから頭だけを出して、部屋に浮いているデジタル時計を確認すると、まだ朝の六時。

 いったい誰だよこんな朝早くから。

 昨夜あちらの世界へ行く前に学校の位置は地図で確認した。ここからゆっくり歩いても十五分もかからない。そして学校は八時半からなのだ。八時に出れば十分間に合うだろう。ユキリは無視して寝る事にした。

 トントンと再びノックされる。

 それを子守唄代わりに浅い眠りの世界へ入ろうとした時、ドアが開き誰かがベッドの側へ歩いてくる音が耳に入った。


 あれ? ちゃんと鍵閉めたはずなのに。

 それ以前に部屋は認証登録された人以外は入室する事が出来ない。もちろんシステムである以上改ざんは可能だが、ここはつい一年前に建てられたばかりである。

 何より現在国が最も注力しているアビリティ開発学校に通う生徒たちが入居している寮なのだ。

 最新、どころか世間一般にはまだ出回っていない最先端のセキュリティシステムが導入されている。

 それをクラックし改ざん出来るような人物など、そのシステムを作った関係者以外不可能であろう。

 しかしユキリは落ち着いていた。万が一不審人物だとしても、タダの人間ならあっという間に制圧は可能だ。


 布団から少しだけ顔を出してその足音の人物を確かめる。


「おはようございます、ユキリ」


 銀色の髪を肩で切り揃え、無表情だが凛とした雰囲気を持っている少女、リリア=カストロ=レレシスだった。


「…………っ?!」


 驚きで目が開かれる。

 おかしいここは男子寮だ。なぜ女がここへ? 

 それ以前にどうやって俺の部屋に入ってきたいつの間に認証してたんだというかなぜこんな時間にこいつは来たのだなにこれ幼馴染設定か朝飯は味噌汁に漬物と白米に焼き魚が定番だよな海苔もあれば完璧だ。


「何顔を隠しているのですか。早く起きてください」

「えっと、何でリリアはここに?」


 目の位置まで出していた顔を首まで出し、改めてリリアを見た。

 紺色の制服に身を包み、手には学生カバンを持っている。

 荷物は全て腕の端末に収納可能だからわざわざカバンというものを持つ必要はないのだが、たまにお洒落感覚で持つ人もいる。

 その彼女はユキリの顔を見て疑問を口に出した。


「……なぜ頬にもみじが?」

「夕べお前がつけたんだろ」


 昨夜未明、ユキリはリリアから強烈な平手打ちを頬に喰らったのだ。正直、衝撃波を超える一撃だった。

 ただでさえ、まだ学校に一度も行っていないのに女子のスカートを無理やり脱がした男として、噂されるかも知れないのだ。

 幸いあの場には目の前にいるリリアしか居なかったので、彼女さえ何も話さなければ洩れる事はない。

 だから平手を避けることは容易かったが、敢えて喰らったのだ。


「なぜあちら側のダメージが本体に残るの?」


 しまった、とユキリは思った。

 普通のウィッシュ能力者は、精神のみをあちら側へと移動させる。例えあちら側で死んだとしても、こちら側の世界での肉体に影響はない。

 またあちら側で受けた傷も、こちら側の肉体につくことはない。

 ただしユキリは身体丸ごとあちら側へと移動できる特殊な能力だ。

 ただでさえ魔力とは異なる『気』を使う生徒、として研究員に目を付けられているのにこれ以上目立つことはしたくない。


「って、あ、あの、それは……」

「感応力が高いのね」


 ユキリが言い淀んでいるとリリアは勝手に一人で納得する。

 感応力とはあちら側で得た魔法がどれ程こちら側の世界で再現できるか、を指標としたものだ。あちら側の世界の魔法力を百%とすると、感応力が高ければこちら側でも百%に近い割合で魔法が使える。逆に低いと半分以下になる事もある。

 そして感応力が高いと、あちら側の影響がこちら側へも出やすくなる。

 それは良い面もあり悪い面もある。

 良い面とは、魔法がより強力に使えることだが、悪い面は、あちら側で死んだ場合こちら側の影響が多大になる事だ。

 非常にまれだが、あちら側で死亡したとある生徒は精神的ダメージを負って廃人一歩手前まで陥ったケースもある。と言っても今の医療技術は非常に高く、精神的な病ですら時間をかければ完治できる。

 ただし完全な記憶操作は国の方針として行わないため、当の生徒は死亡した恐怖を拭い切れず、今はウィッシュ能力は使っていないが。


 ユキリは感応力という単語自体を初めて聞いたが、まあ勝手に勘違いしてくれているのならそれでいいか、と思った。


「それより、なぜリリアが俺の部屋に?」

「もちろんユキリを学校へ誘いにきました」

「場所くらい知っているけど」

「まだあなたが行くクラスを教えていませんでしたよね」


 学校の場所は分かるが何年何組になるのか聞いていなかった。

 ユキリは取り合えず職員室らしきところへ行けば分かるだろうと思っていたのだが、わざわざこのリリアという少女は、それを教えに朝早くから男子寮の男の部屋へ押しかけてきたという事になる。


「わざわざそれを? それより何で勝手に俺の部屋に入れたんだよ」

「ナインウィッシュの権限です。私はごく一部の研究施設を除いた全ての建物に入れますから」

「ナインウィッシュ??」

「そうですね、他の学校で言うところの生徒会のようなものです。特に研究員の方々はあちら側の世界へいけませんので、代わりに私たちがそれを代行する役割を持っています」


 それは相当な権限を持っている事になる。いくら生徒会っぽいものだとしても、やりすぎなのではないだろうか。


「生徒会だろうが、勝手に他人の部屋、しかも異性の部屋に入れる権限はねーよ」

「確かに異性の部屋に入ることは稀ですが、私はユキリの監督者として任命されておりますので。それよりも早く起きてください」

「いつの間に俺の監督者?!」

「あなたの使う、気、とやらについて全面的にバックアップせよ、とのお達しでした」

「まだ時間早いだろ。もう少し寝かせてくれよ」

「始業の三十分前には教室に着くよう心がけましょう」

「なにその優等生」

「早く着替えてください。表に車を待たせていますので」


 ふぅ、とユキリは大きくため息をついてベッドからもそもそと抜け出した。

 起こしにきたのはおそらく今日一日だけだろう。幼馴染イベントは一回のみ限定だし、今日くらい我慢するか、と。

 そして端末から服一覧を表示させようとしたが、考えてみれば制服はまだ服一覧アプリに設定していないのに気づく。

 春休みはあちら側で殆ど過ごしていたし、昨日はリリアに連行されて色々とやらされていたからすっかり忘れていたのだ。

 面倒だけど普通に着替えるか。

 端末に仕舞った制服を取り出して、ふとユキリをじっと見るリリアの視線に気がついた。


「着替えるから外で待っててくれよ」

「良いじゃないですか。あなたも私のを無理やり見たのですから、おあいこです」


 反論を許さない言葉である。拒否すれば昨夜の事を言いふらす、と裏の声が聞こえた。リリアの興味津々な視線に晒されながら、ユキリは渋々着替えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ここがZクラスです」

「やけに遠いところにあるな」


 アビ学の校舎は広い。様々な研究用の部屋がいくつもあるからだ。だがリリアに案内された場所は校舎の外れにあった。


「それだけ特殊という事です」


 その特殊という言葉に、ユキリはリリアから車の中で聞いたことを思い出す。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「Zクラス?」

「本来であればユキリの魔力強度はランクHアッパーですので八-三クラスが該当しますが、気、というものが研究員の方にも不明瞭なため、特殊クラスに在籍する事が決定されました」

「……つまりそのZとやらは、不明な能力のたまり場って事?」

「言い方は問題がありますが、概ねその通りです。私もZクラスですが」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「臭いものに蓋をされている気分だな」

「ですからそういう事は言わないようにお願いします。では中へどうぞ」

「リリア姉さま!」


 リリアが教室に入ると一人の少女が、綺麗なプラチナブロンドの長い髪をふわっと靡かせながらリリアへ抱きついてきた。

 が、リリアは見事な体術を披露して反射的に避ける。ユキリとの戦いの時に見せた掌底は伊達ではないようだ。

 がしゃんと半開きのドアにぶつかる派手な音が教室に響いた。少女はそのまま床へうつぶせ状態で落ちていく。

 結構痛そうだな、などとユキリは思った。

 床に伏せたままの少女にリリアは挨拶をかける。棒読みで。


「エミルさん、おはようございます」

「……リリア姉さま酷い」


 顔を上げた少女はまだ幼く中学生くらいであろう、人形みたいな愛らしさを持っている。所々リボンをあしらった黒を基調としたゴシックな服装だ。到底制服には見えない。

 そして相当痛かったのか手で額を押さえ、半目で涙袋が浮かんでいた。


「鬱陶しいので朝から抱きついてこないでください」

「だって春休みの間一度も会えませんでしたのよ? エミル寂しかったのです」


 エミルと名乗った少女は立ち上がり、ぎゅっと両手で自身を抱き涙袋を浮かべたまま上目遣いでリリアを見る。

 その仕草は男を研究しているかのように、庇護欲を掻きたてていた。しかしリリアには効果がない様子である。

 エミルを無視してドアの後ろに立ったままのユキリを手招きした。


ユキリ・・・、席は開いているところをご使用ください」


 そのとき初めて教室のすぐ外に男が居たことを認識したのか、エミルは自分の背後にいたユキリへと振り向いた。


「あ、ああ。適当でいいんだよなリリア・・・

「ユキリ?! リリア?!」


 なぜか遠慮がちに話すユキリ。そして互いに呼び捨てしてる口調にぴくりと反応するエミル。そのままユキリとリリアを交互に見る。

 ユキリが教室へ入ろうとすると、エミルが立ちふさがった。


「あなた、リリア姉さまとどういったご関係ですか?」

「へ? えっと、昨日知り合ったばかりだけど」

「リリア姉さまが他の方を呼び捨てにするなど、ここ三年で初めて聞きましたけど」


 ずいっとユキリに迫るエミル。ユキリは十五歳の男性として平均的な身長だが、エミルはユキリに対して二十センチくらい低い。やけに小柄だった。

 更にユキリの視線からは少女の開いた胸元から、白いものがちらちらを見える。小柄なくせにリリアとそう変わらない意外とふくよかなものをお持ちのようだ。

 咄嗟にエミルから視線を外しリリアへと向ける。


「私はユキリの監督者です。やはり監督者という立場から考えれば呼び捨てが適切かと思いましたが」


 と、リリアが助け舟をよこした。


「リリア姉さまがこの男の監督者ですって?! では私の監督者にもなってください!」

「エミルさんも私と同じナインウィッシュの一人でしょう? あなたが管理されてどうするのですか」

「くっ……ううぅ~、ならばナインウィッシュをやめます!」

「不許可です、早く席に座らないと授業が始まりますよ? ユキリ、こちらへ来てください」

「……ちょっ?! 引っ張るな!」

「ユキリがノロノロしているからです」


 リリアが一番前の席へユキリの手を引っ張っていく。すれ違いざま「……後で殺す」とエミルが耳打ちした。




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