いくさがみさま
「だからね、私だって本来の仕事したいのよ。でもね、やっぱ仕事しないのがベストなのかなって」
軍神、戦の神と呼ばれるもの。乱世に置いて絶対の力を手にし、軍を導き、勝利をも導く信仰の結晶。
「実際の所、誰もが自分が死ぬのも家族が死ぬのも嫌でしょうし、仕方が無いですって」
人間の本能の一つである闘争。その先の果てを司るはずの軍神が今。
「あ、蜜柑取って」
「分かりました。どうぞ」
我が家の居間でこたつに入って蜜柑を食べている。もきゅもきゅと。
亜麻色の髪に、深い海の様な翠色をした瞳、10人が見れば10人が振り返る、といった定型句が当てはまるような現実ではありえない容姿をした美人が蜜柑を口に入れたまま愚痴を続ける。行儀が悪い。
「いや、昔はさ。勇者導いたり英雄に加護あげたりとか仕事もいっぱいあったんだけどさ。今ではヒトも魔族も妖精も亜人も皆仲良くしちゃってるのよね。いや、戦え戦え言う『アイト』みたいな血気に溢れる神様じゃないの。どっちかって言うと優しく導く綺麗な軍神様で、勝利の女神さまなのよ」
彼女はそう言い放つとまだ白い筋が残っている蜜柑をひと房千切って口に放り込む。気に食わない。僕は綺麗に全部剥かないと気が済まない性分だ。彼女はそういう事を気にしない。
「私もお金の神様とか廃れないようなもの司れば良かったのかな? 『ジェラ』とかめっちゃ楽しそうなんだよな~」
この人が少し漏らす情報からどのような軍神か調べようと思った事もあった。しかし、全く分からなかった上に、調べた事がバレて不機嫌になった事があったのでなるべくこの手の情報はスルーするように心がけている。時々、知っている名前が出てきて非常に冷や冷やさせられる。
彼女曰く、仕事を忘れようとこっちに来ているのに仕事の事を聞かれるのは我慢ならないらしい。しかし、毎日の如く仕事の愚痴を聞かされる。神様という仕事にはどのくらいのストレスが溜まるのだろうか。
正直、知りたくはない。
「今ではさ、大会での勝利とか挙げ句の果てには商売繁盛まで祈ってくる人もいるのよ。私って軍神なのに」
彼女はそこまで話すと残った蜜柑を全て頬張り、新しい物に手を伸ばす。
人の家でよくそこまで食べれるなと思う。実際にはほぼ同棲状態になっているのだけど。
この女神様は我が家に入り浸りすぎなのだ。
「結局大きい仕事もないし有り余ってる力をガッツリ使って加護つけてあげたら大成功しやがったよあの商人」
「何やってんですか」
この神様も大概である。しかし、神様の力というものはそこまで応用が効くものなのだろうか。
ある種の戦いという拡大解釈でいけるものなのか?
「この話に落ちをつけるとするなら、その商人が触れ込みまくって結果、勝利の女神としての格が全盛期の2割増ぐらいまで上がったって事なのだけれど」
「それで良いんですか軍人様……」
「私も困惑してるのよ……」
外見だけは超絶美女神、しかし中身はちょっと残念なこの女神さまは現在不貞腐れてニート生活である。