過去の記憶
「もういい!」
私は家を飛び出した。
「お母さんのバカ、私のこと、少しも考えてくれないんだから」
知らないあいだに、近くの山の麓まで来た。
これから、どうしよう。
小さな田舎の村で生まれ育った私は幼い頃から大の自然好きだった。
森の中を歩けば、木の実を探すリスの気分になったし、高い山に登れば、鳥のように空を飛んだ気がした。
他のうちのことは違う。
まわりの家の子は都会生まれの都会育ちで、空気の澄んでいる田舎を求めて移り住んできた、という子がほとんどだ。
その子たちは、危ないから、と、山や森に、一人で行かせてもらえない。
私とはまるで逆だ。
私は山にも森にももう慣れている。山や森のことなら何でも知っている。
そう、思っていた。私も、家族も。
小学四年生の時だっけ。一人で少し遠いが小さい森へ出掛けた。
私は小さな森で見事に迷子になった。
時間がたっていくのは分かるのに、出口だけは分からない。不安と恐怖が私をおそった。
私は怖さのあまりしゃがみ込んだ。そのまま、大声で泣き出したのを今でも覚えている。
だが、そんなこと、七年以上前の話だ。
今は絶対にそんなこと有り得ない。
もう、高校生になったのだから。
どうしよう。
満月が遠くに見える。
私は小さくため息をついた。
「あれだけ叫んで普通に帰れないよ」