フタマタ
目の前で彼女が泣いている。
いや、現実を受け入れて元カノと言うべきかも知れない。
いきなり喫茶店に呼ばれて、別れ話を切り出された僕は、ある意味納得して元カノに理由を聞いた。
「……その、なんで?」
その言葉に元カノ、サヤカは涙声で告げた。
「タケトシくん、頼りないから……やってける気がしない」
頼りない……か、最後くらい本当の理由を言って欲しかったな。
サヤカとは会社の同期として知り合い、付き合い始めて一年だった。
一年、しかも同じ会社であれば良くない噂を耳にすることもある。
それはサヤカが会社の先輩と親密な関係という噂であった。
気になって一度、問い詰めたことはある。しかし、サヤカは否定していた。
あのとき、もっと問い詰めていれば……と考えても今更か。
目の前で泣いている彼女の左手の薬指には指輪が輝いている。
「その指輪……やっぱりそういうことなんだろ?」
「違うの!」
人目も気にせずサヤカは声を荒らげて否定した。何が違うと言うのだろう。
気がついていないと思っていたのか?
僕に隠れて先輩と会っていることは知っていた。でも、僕はサヤカを信じていた。
その信頼が見事に裏切られた形だ。信じていた自分への呆れもあり、怒りはあまり感じなかった。
サヤカと口論する気もないので、僕は今後の話をすることにした。
「会社はどうするの?」
「……辞める。実家に帰る」
「寿退社か。おめでとう」
僕の皮肉に対して、サヤカは苦虫を噛み潰したようになったが何も言わなかった。
相手にも口論する気はないのだろう。
「もう話は終わり?……じゃあ帰るね」
僕としてはもう話すことはない。サヤカとの関係は終わったのだから。
先にレシートを持ってレジに向かった。フラれたとは言え、最後に甲斐性ぐらい見せてもいいだろう。
お会計を終えてもサヤカは席に座ったままだったので、僕は一人で喫茶店を出た。
「……はぁ」
もうすぐ春だというのに、安堵のため息は白くなって消えた。
僕は外していた指輪を左手の薬指つけて駅に向かった。
一つの関係を無事に終えて、その足取りは軽く感じた。