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約束

闇は、形を成さない球体に近いものだった。

中心部は濃く、端に行くほど薄い霧状になって、本体が物質的に形のあるものかどうかも見分けがつかない。

それを目にした途端、蒼は全身に鳥肌が立つのを感じた。なんて深い悪意を感じるのだろう。それは裕馬や沙依の母に取り憑いていた闇とは、比べ物にならないぐらいの圧力と強い念を発していた。

ツクヨミはこんなものに、たった一人で挑んだのだ。

母が蒼と反対側に走り出て行った。蒼はその後ろ姿に、ツクヨミを見た。

「来なさい!私が相手よ!」

闇は耳障りな声で笑った。

《お前などが相手になるのか?》

闇の声は回りの霧を伝わって、体に直に感じる。蒼は吐き気がした。

維月は自分の作れる最大限の光の玉を作って構えた。十六夜から大量の力が維月に向けて降ろされているのがわかる。これは多分、常人にも見えている。蒼は思った。十六夜の必死さが伝わって来る。にわかに緊張感が蒼の背に走った。

維月の光の玉は闇に向かって放たれた。闇はそれをまともに受けたが、全くひるむ様子はない。維月はすぐに次の光を出した。今度は盾だ。闇の攻撃に備えている。

闇はその体から、黒い玉を鋭い勢いで維月に打った。玉は容易く光の盾を破壊し、その反動で維月は弾き飛ばされた。

維月は川原の石に体を打ち付けながらも、すぐに立ち上がってまた光の玉を作った。闇はまた黒い玉を発した。今度は維月は光の玉で狙い、黒い玉を叩き落とす。それでも力の反動で後ろへ倒れた。

《さてさて、お遊びはこれで終わりだお嬢さん。》

闇の声は、維月をいたぶるように言った。

維月は立ち上がって構えた。今だ。

蒼は闇が母に気を取られているうちに、一気に十六夜から力を吸収し、巨大な闇と同じくらい大きな光の玉を瞬時に作り出し、闇を攻撃した。

《なに?!》

闇はもろに光を食らってバランスを崩し、浮いていた真ん中の漆黒の球体が地に落ち、グニャリと形を変えた。蒼は当たった光の玉に向かってさらに光を注ぎ、闇を飲み込ませようとした。

《うおおおお!》

闇は雄叫びを上げた。蒼はあたうる限りの力を注ぎ、闇を光に取り込もうと巨大な力を出し続けた。今まであり得なかった量の力が自分を抜けて出て行く。体が熱を持って来ているのを感じた。

闇は光から逃れようと暴れ、維月を弾き飛ばした。そのあと無差別に黒い玉を周囲に向けて発し、暴れ続けた。

弾き飛ばされた維月は、立ち上がろうと必死に体を起こし、もがいていた。体に力が入らない。

そんな母の姿を横目に、蒼は早く闇を取り込もうとさらに力を入れた。

ふと、闇が動きを止めた。そして小さくなったかと思うと、次の瞬間、爆発するかのように巨大に膨れ上がった。


一瞬、蒼は本当に闇が爆発したのかと思った。

がしかし、光の玉はその勢いで破壊され、蒼は爆風のような風に巻き上げられて木に叩きつけられた。

背中と脚に痛みを感じる。蒼は頭も打って、朦朧としながら立ち上がって闇を見た。

《…危なかったぞ…光の継承者め!》闇は激怒して叫んだ。《油断した。次はお前だからな!》

闇はそう言うと維月を狙って黒い玉を打った。

維月は立ち上がることも出来ず、倒れたまま薄い光の盾を出した。もうこれ以上のものが作れない。維月は覚悟して目をつぶった。

「母さん!」

蒼は母の前に盾を作ろうと構えた。間に合わない。

「母さん!」

恒が飛び出して母の力を強化した。遙の手をしっかりと握っている。

盾は一瞬で大きくなり、闇の玉を弾き飛ばした。しかし、盾はその一撃で消滅した。

「ダメだ、早く逃げろ!」

蒼は傷めた脚を引きずって走った。闇はそれを嘲笑うかのように次の一撃を発した。

もうダメだ。当たってしまう。蒼にはその場面がスローモーションのように見えた。そして叫んだ。

「十六夜!」

月から光の玉が素早く降り、人がたになって宙に浮いて移動した。しかし、間に合わない。闇の玉に弾き飛ばされた三人を、十六夜は地面に激突する前に抱き止め、離れた川原に横たえた。

闇の玉の直撃を受け、恒と遙は気を失っている。維月は言った。

「ああ、月」維月の生気はほとんど感じられない。「お願いよ。約束を、守って。」

「維月…。」

十六夜はその頬に触れた。ああツクヨミ、お前と同じだ…しかし今度は違う。

十六夜は蒼を見た。

三人を気遣うように見たあと、再び闇に向き合っている。


十六夜は思った。約束を果たさなければ。

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