蒼と裕馬
裕馬は大岩に向き合った。
その岩には、光の力が縄に沿って無数に伸び、岩を固定していた。裕馬はその力を感じると、息苦しくなる自分を知った。やはり自分は、闇なのだ。絶望感が全身を包んだ。
《さあ、あの女の力で、この楔を取れ。》
大岩の向こうに、大きな闇の存在を感じる。これが出て来たら、いったいどうなるんだろう?
でも、もうそんなことはどうでもよかった。自分にはもう、戻る道はないのだ。
裕馬は両手を上げた。
その両手が光り輝き出した時、後ろから息を切らせた蒼が叫んだ。
「裕馬、ダメだ!」
裕馬はビクッとして振り返った。蒼が、全身を光に包まれて立っている。その後ろから、蒼の母や弟、妹が、同じように光りながら走って来ているのが見えた。
「裕馬…闇を解放してしまったら、大変なことになる。その闇は、オレ達の祖先が、命を掛けなきゃ封じられなかったものなんだ!」
裕馬はためらった。闇が畳み掛けるように言う。
《今さらヤツは命乞いをしているぞ。虐げられて来たお前の気持ちを思い出せ。》
裕馬は手をしっかり上げ直した。
「もう決めたことなんだ!」
「なんで、」蒼は叫んだ。「なんでなんだよ裕馬!」
裕馬は動作を止めると、ゆっくりと蒼の方を向いた。闇に憑かれた裕馬の目は、真っ黒になっていた。
「蒼にわかるものか!オレはずっと…ずっとお前が妬ましかった。お前は優秀で人気者で、家族に恵まれてそれでもそれが当然のような顔をしていたじゃないか!」
蒼は一瞬言葉を失った。オレが?オレはそんな大した人間じゃない。裕馬は何を言ってるんだ?
「オレは…オレはそんな大した人間じゃない。」
裕馬はさらに言った。
「それだよ!自分が普通、自分が当たり前って考え方。オレなんてお前の足元にも及ばないってことか!」
「違う!」蒼は激しく首を振った。「オレは…オレは人見知りで人とうまくやって行く自信なんてこれっぽっちもなかった。裕馬は会った時から友達も多くて人懐っこくて、お前が居なきゃ、オレは未だに学校でも一人だった。今でもお前のおかげだと思っている。」
裕馬はためらった。
「な…何言ってんだよ。」
蒼は続けた。
「家族の中ではオレが一番の落ちこぼれで、覚醒するまでは、家の中に違う空気を感じて、ずっと疎外感を持っていたんだ。だからお前の家で放課後遊ぶのが、居場所のような気がしてたんだ。」
「蒼、お前…」
裕馬の目の黒さが、一瞬元に戻るかのように揺らめいた。蒼は叫んだ。
「オレの方が、ずっとお前を羨ましく思っていたさ!オレはお前のように、人とどう接していいかなんか、いつも分からなかったんだよ!」
裕馬の手の光が消えた。
「蒼…」
そう呼び掛けてこちらへ踏み出そうとした時、裕馬は身を屈めて頭を抱えた。
「うわあああ!」
裕馬から黒い霧が溢れ出て、裕馬を包み込んだ。裕馬は抵抗しようともがいた。目が黒くなったり元に戻ったりしている。
「蒼…ダメだ、」裕馬は絞り出すような声を出した。「ダメだ、早くオレごと封じてくれ…」
「何言ってる!そんなこと出来ないよ、裕馬!」
裕馬はもがきながら、手を自分の胸にあて、光らせた。涼の力で自分を封じようとしているのだと蒼にはわかった。
「裕馬!」
「蒼」裕馬はささやくように言った。「ごめん」
手が激しく光り輝いた。大岩の中から、闇の唸るような雄叫びが聞こえて来る。光の中、闇が黒い蛇のようにのたうち、裕馬に巻き付いたままもがいているのが見えた。
「裕馬ー!」
裕馬はばったりとその場に倒れた。もはや光は見当たらない。蒼が慌てて駆け寄ろうとした時、裕馬の体から低い声が聞こえて来た。
『厄介なヤツだ』裕馬はゆっくりと手をついて起き上がった。『始めからこうするべきだったな。』
開いた両目は真っ黒だった。




