闇の襲撃
裕馬と十六夜を加えて八人になった団らんは、とても賑やかなものだった。十六夜はものを食べたりはしないが、窓際に座って皆の話を聞き、穏やかな笑みを浮かべていた。
あの体にはすっかり馴染んだようで、蒼も十六夜が、実は人なのではないかと思う時があるほどだった。人ではないと思うのは、青銀の髪と、金茶の瞳を見た時だった。これだけは、いくら蒼が念じても、変わることはなかった。
しかし十六夜の髪は、とてもきれいだった。染めたような質感はまるでなく、傷みのないサラサラとしたその髪は、時に女子軍のからかいの対象となっていた。
夜も更けて、裕馬が部屋に引き取った後、居間の座敷を片付けて、いつものように皆で布団を敷いた。十六夜が立ち上がった。
「そろそろオレも戻らなきゃな。」
「ここに居てもいいよ。みんな寝てるから退屈だろうけど。」
蒼はからかうように言った。
「ここは守りがあるからいいんだよ。オレは戻って回りを見てなきゃな。」
十六夜は大真面目にそう答えると、戸口へ歩いて月を見上げた。
「戻してくれ、蒼。」
蒼は頷いて十六夜の体への力の流れを止めた。
十六夜は光に包まれて玉になり、戻って行った。
涼は目が覚めて寝返りをうった。時計を見ると、午前2時を少し回ったところだった。トイレに行こうと起き上がり、台所横の廊下を抜けて向かった。
トイレのドアを閉めると、窓から月が見えた。涼は呟いた。
「まさか見えてるんじゃないでしょうね。」
《見えねぇよ。》十六夜の声だ。《見えたとしても、オレはなんも感じねぇしな。》
「まあ!」涼は驚いた。「私にまで、月の声が十六夜の声に聞こえるじゃない!」
十六夜の声は面白そうに言った。
《ほんとかよ?ハハハ、お前も蒼に洗脳されたな。》
「笑い事じゃないわよ。」
涼は落ち着きなく用を終えると、トイレのドアを開けた。ふと、台所の方に人の気配がする。また蒼かしら?最近は夜中にものを食べたりしなくなってたのに。
「蒼?あなたなの?」
涼が声を掛けると、急に真っ黒な何かが彼女を包み込んだ。「十六夜…!」
涼は小さく叫んだが、気を失った。
《涼!どうした?!》十六夜は叫んだ。《蒼!蒼、起きてくれ!》
蒼は目を覚ました。「十六夜?」
《涼に何かあった!オレは建物の中は、お前達の目を通なきゃ見えないんだ。台所の方だ!》
蒼は横を見た。涼が居ない。
飛び起きた蒼は、一目散に台所へ向かった。
そこには黒い霧が、前が見えないほど充満していた。ここは守りの結界の中なのに!
「涼!どこだ!」
蒼は叫びながら、歩き回った。涼は、トイレに続く廊下で倒れていた。
「涼!」
抱き起こすと、涼はグニャリとしていて冷たかった。蒼の脳裏に最悪の事態が思い浮かんだ。
「十六夜!涼が…」
《生きてはいる》十六夜が淡々と言った。《だが力が感じられない。生気もほとんどない。》
「どういうことだよ?!」
《何かが涼の浄化の力と生体エネルギーを奪ったということだ。》
騒ぎに駆け込んで来た維月は叫んだ。「涼!」
「母さん…布団へ運ぶよ。」
蒼は抱き上げて涼を運んだ。
布団に寝かせると、有がカバンを手にして横に座った。有は医学部に通う医大生で、カバンには、くすねてきた医療器具が入っていた。
「まだこんなの習ってないのだけどね。」
有は素早く点滴の針を刺した。
蒼は辺りを浄化し始めた。涼をこんな目に合わせた元凶を探さなければならない。
ふと、裕馬が気になった。
「裕馬!」
蒼は裕馬の部屋のふすまを開けた。
裕馬は、そこに立っていた。回りは、黒い霧に覆われ、定かに姿が見えない。
「裕馬!心配するな、すぐに浄化してやる…」
裕馬は突然走り出し、窓を開け放した。十六夜から声が飛ぶ。
《蒼!ダメだ、そいつが涼の力を持ってやがる!》
「なんだって!?」
裕馬はニッと笑って目を開けた。真っ黒だ。
『こいつはうまくやってくれた。長かったぞ…しかしオレは自由になる!』
その裕馬は、窓から飛び出して行く。蒼は追いかけようと窓枠に手を掛けた。
《蒼!一人ではダメだ!皆と行くんだ!》
蒼はぐっと思いとどまり、居間に向かって走った。
そして、有と涼を残し、恒と遙、維月と共に、あの大岩の場所へと向かった。
闇の憑いた裕馬は、大岩の場所へとたどり着いていた。大岩の前で、今正に涼の力を使おうとしていた。
裕馬は、全ての意識を飲まれているわけではなかった。闇と話し、闇の言葉に納得して、闇に体を貸したのが始まりだったのだ。
あれは、二年前の夏の事だった…。




