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嵐の前の…

木々は赤く染まっていた。

秋も深まり、美月の里は一番美しい時を迎えていた。

蒼達がここへ来てから、二週間が過ぎていた。早く決着をつけたいと願う蒼は、穏やかな毎日に逆に苛立ったが、その間に父が来たり、沙依が来たりといろいろあって、来客の間は、闇が来ないかと気が気でなかった。

沙依が来た時、山のような授業のノートと、学校の様子の情報を持って来てくれた。

「山下くん、心配していたよ。」沙依が言った。「とても顔色悪くて、高瀬くんがしばらくお休みすると聞いて、すっごく驚いていたもの。」

沙依がそう言っていたのを思い出して、蒼は落ち込んだ。オレは自分のことばかりで、裕馬にメール一本してなかった。

後悔した蒼は、裕馬に電話して、無事で居ることを話した。少し元気になったようだった。

夏休みにここで一緒に遊んだことに話に花を咲かせているうちに、裕馬は言った。

「今度の土日に行こうかな?」

蒼は、裕馬に危険かもと思ったが、おばあちゃんの家に置いて置けば、きっと大丈夫だろうと思って、答えた。

「じゃあ待ってる」


それで、蒼は家の前で裕馬を待っていた。

遠くに、車が見える。こんなところまで来る車はまず少ないので、あれが裕馬だろうと、蒼は立ち上がった。

思った通り、車は蒼の目の前で止まった。目がとても裕馬に似ている女の人が、運転席から降りて来る。

「高瀬くん?」

「はい」蒼は頷いた。

「ごめんなさいね、具合悪くてお休み中なんでしょ?」その人は降りて来た裕馬を見た。「この子がどうしても行くって言うから…」

「よお」

裕馬はカバンを手にそう言ってぎこちなく笑った。

「中へ入れよ。」

蒼は応じた。裕馬が歩き出したのを見て、その人は言った。

「あの子も最近元気がなくって。ご飯もほんとに食べないし。理由を聞いてもだんまりで…いつもほったらかしの母だから、信用されてないかもしれないけど。」

裕馬の母は、悲しげに言った。

「あらごめんなさい。あの子の悩み、聞いてあげてね。」

そして車に乗り込むと、裕馬の後ろ姿を気にしながら、走り去って行った。


裕馬は、本当にやつれているようだった。蒼はあんなことを裕馬に話すべきではなかったと、後悔していた。十六夜の言った通り、裕馬は力を持たないただの「人」なのだ。

「カバンここに置けよ。」

蒼は裕馬のために用意した部屋に入って言った。

「蒼は一緒じゃないのか?」

裕馬は何かに怯えているようだ。

「オレはあっち。みんなと一緒なんだ。裕馬はオレから離れてたほうがいいよ。変なものが見えたら嫌だろう?」

裕馬は荷物を置いて座った。蒼もその前にあぐらをかいて座る。

「オレはむしろ見えてた方がいいって思うよ。」裕馬は言った。「見えないから、今にもオレに、黒い霧ってのがまとわりつこうとしてんじゃないかって、毎日怖くて仕方がないんだ。蒼の側なら、蒼が見えるから、何とかしてくれるだろ?」

蒼は裕馬が気の毒になった。十六夜が言った通りだ。あんなに陽気だった裕馬が、こんなにおどおどしているのを、見るのはつらかった。

「安心していいよ。ここはみんなの守りがあって、黒いのは入って来れない。この家の中に居れば、そんなのにやられることはないからさ。」

裕馬は頷いて目を反らした。蒼は話題を変えた。

「それより今日は、すき焼きだって母さん言ってたぜ。とにかく毎日食ってばっかりで、オレ体重5キロも増えたよ。」

裕馬は目を見開いた。「そういやちょっと体デカくなったな。」

「いい感じに霜降りだって母さんが言うんだよ」蒼は脇腹や背中辺りをさすった。「腹筋辺りは大丈夫だけど、ここいら辺にちょっと肉ついたよな。」

「前は筋肉だけって感じだったもんなー。」裕馬はそれを見ながら言った。「体動かしづらくなったんじゃないの?」

蒼はかぶりを振った。

「それがこの方が疲れないんだよね。人って分からないよなあ。」

夕日が沈もうとしている。そろそろだな。

蒼は立ち上がった。

「オレの友達を紹介するよ。」

裕馬はキョトンとしていた。


裕馬の目の前には、青い銀髪の、金茶の瞳の背の高い男が立っていた。驚いたことにその人物は、裕馬を見てニッと笑った。

「よぉ裕馬。お前にとっちゃあ、はじめましてだな?」

日が落ちて暗い中、その人物は月の光を受けて輝いているように見えた。

「え、オレを知ってるの?」

裕馬はおろおろして蒼に助けを求めるような視線を送る。

「話しただろ?十六夜だよ。」そして十六夜を見た。「ほら十六夜、裕馬にも見えるじゃないか。」

「大したもんだな。」

十六夜と呼ばれるその人物は頷いた。裕馬はびっくりして言った。

「十六夜って、月だろ?お前達にしか見えないし、聞こえないって言ってたのに。」

蒼は得意げに胸を張った。

「オレの力で可視出来る体を作ったんだ。すごいだろ?これでお前も十六夜と話せるよ。」

十六夜はポンと裕馬の肩を叩いた。

「まあ、仲良くやろうや裕馬。」

母が呼んでいる。「ご飯よ~!」

蒼と十六夜が声の方へ向かって行く。裕馬はその後ろ姿を、少し怯えた目で見送っていた。


その日は、三日月がきれいだった。

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