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戦い前夜

蒼は、落ち着かなかった。

母や有から散々作戦を聞き、涼とのコンビネーションもなんとか取れて来て、なんとか形にはなって来たものの、実戦経験の少ない自分が、果たしてうまく出来るのか自信が持てずにいた。

今日はゆっくり休むように母に言われたが、蒼はぶらぶらと公園まで出て来た。

明日は裕馬にも、絶対に来ないように釘を刺したし、きっと大丈夫だ。

蒼の心に引っ掛かっていたのは、沙依の母に取り憑いていたのは、十六夜がツクヨミと封じた、あの闇の一部だと聞いた事だった。

ツクヨミが命を掛けなくては封じられなかった闇の一部…。そんなものを、オレは退治できるのだろうか?母や涼の足手まといになるのではないだろうか?

蒼はずっと自問自答していた。

「十六夜」蒼は黙っている月に話し掛けた。「ここへ来ないか。」

十六夜はフッと笑ったようだ。

《また腹が減るぞ。》

「母さんに大福持たされた」維月はハンバーガーより腹もちのいいものに替えたようだ。「そこに居るより話しやすい気がしてさ。」

《フン、どっちでも変わらんと思うがな》

十六夜はあきれたように言ったが、蒼に向かって光の玉が降りて来た。蒼はその光を受け、エネルギー体をイメージした。光の放流は蒼を抜け、この間より早く十六夜は人の形になって地に足をついた。

『慣れたもんじゃねぇか。』

蒼の目の前に立つ十六夜は、ぼんやりとした光に包まれているものの、前よりハッキリとした実体に近かった。

「前に見てるから、イメージしやすかったんだ。」

蒼はそう言って微かに笑ったが、十六夜は蒼が力を使い慣れて来ているのを感じた。全く力むことなくこのエネルギー体に力を送って来ている。その上、大福にも手を付けようとしない。

『腹は減らないのか?』

「十六夜のエネルギー体を保つのに必要な力の加減がわかったんだ。前は目一杯出してたから。そんなに量は要らないんだよ。」と自分の座るベンチの隣を指した。「座れよ。」

『簡単に言うじゃねぇか。』

十六夜は手足を見て試しに少し動かし、ぎこちなく一歩を踏み出した。

慎重に歩くと、十六夜は見よう見まねで蒼の横に腰を下ろした。

『ふー、全くバランスの悪い体だぜ。』とベンチを見て、『こんな物に体を預けるなんて、人は勇気があるもんだ。』

蒼は笑った。

「十六夜は歩き回るなんてなかったもんな。どんな感じなんだ?」

十六夜は考え込むような表情になった。

『お前らは月というが、オレにはあれが体だという意識はねぇ。実体としての存在ではない気がするな。』十六夜は背もたれにそっくり返って月を見た。『お前が作ったこのエネルギー体は、そういう意味ではオレの初めてのオレ個人の体だ。地に足をついた感覚もあるし、ベンチに触れれば触った感覚もある。月を見ればお前らが見ている色やら形がどれだけ鮮明かわかる。視野が狭いのが難点だがな。』

蒼は横から十六夜の肩に触れてみた。エネルギー体なのに、まるで実体のようにそこにあった。十六夜はビクッとした。

『なんでぇ、びっくりするじゃねぇか!』

「ごめんごめん、オレの作ったエネルギー体ってすごいじゃないか。」

十六夜はフンッと横を向いた。

『そんなことより、オレに何か話したかったんじゃねぇのか?』

蒼はため息をついた。

「オレさ、明日行くべきだと思うか?」

十六夜は蒼を見た。

『なんでぇ、藪から棒に。』

「自信がないんだよ。」蒼は大福を見つめた。「実戦経験もないのに、いきなりラスボスだろ?」

十六夜は背もたれから身を起こした。

『ツクヨミの話を聞いた後だからそう思うのかも知れねぇが、あれはほんの一部だ。取り込まれさえしなければ、恐れるもんじゃねぇ。』

「取り込まれたら?」蒼は十六夜を見た。「なんかオレ、とんでもないことしてしまうような気がして…。」

十六夜は蒼の恐れと不安を感じ取った。

『不安なのはわかる。だがお前には仲間が居るじゃねぇか。ツクヨミみたいに1人きりで立ち向かう訳じゃねぇ。』

「だからこそだよ!」蒼は言った。「母さんや涼達に、オレのせいでなんかあったら、オレ…。」

膝に乗せた大福が震えている。十六夜は大福を掴んで手渡した。『食え。』

蒼はそれをひっ掴んでパクついた。十六夜はまた月を見た。

『お前にはオレがついてる。どこに居てもあそこから力を送ってやる。』

「部屋の中でも?」

『部屋の中でもだ。』十六夜は答えた。『お前達の目で見たものは、オレにだって見えてるんだ。お前達の視野だから、そりゃ範囲は狭いがな。力はどこでも関係ねぇ。突き抜けて送ってやれる。』

蒼は目をこすって顔を上げた。

「明日、オレ目一杯力出すよ。間違ってたら、すぐ言ってくれよ?」

『心配すんな。うるさいぐらい言ってやるよ。』

蒼は笑った。十六夜も笑って立ち上がった。

『さあ、そろそろガキはお休みの時間だろ?早く寝ないと、肝心な時におねむになるぜ。』と蒼の前に立った。『戻してくれ。』

蒼は頷いた。「また話そうな」

十六夜は笑って意地悪く言った。

『いつも話してるじゃねぇか。』

蒼は立ち上がった。こうして見ると、十六夜の方が少し背が高い。そして、手を差し出した。

『なんだ?』

十六夜はためらっている。

「握手するんだよ。明日よろしく。」

『何でも簡単に言いやがって』

十六夜はぎこちなく手を差し出した。そして思った。怪我させちゃいけねぇ、さっき大福はどれぐらいの力で握ったっけな…。

蒼は十六夜の手を握った。少し温かい。本当に実体があるようだ。一方十六夜は、初めて触れる「人」というものに驚いていた。大福とは違って、温度を感じる。これが温かいという感覚か。

『人は大福よりは丈夫なんだな。』

「なんだって?」

十六夜は手を放した。

『ほんとにお前は、おもしれぇヤツだ。』

十六夜はまた光に包まれて実体を無くすと、月へ戻って行った。

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