美月の里 2
その人物は大岩を振り返り、縄を引きちぎろうと掴んだ。
とたんに縄が青白く輝き、はじき飛ばされた。それでも諦める様子はなく、激しく縄を引っ張っている。よく見ると爪は所々剥がれ、はじき飛ばされるたびに全身を強く打ち付けていたので、服は破れ傷だらけになっていた。
『ウオーーーッ!!』
その人物は叫んで川へ飛び込んだ。浅瀬に膝をつき、何度も頭を水へ向かって振り下ろし、川底の石で額は割れていた。
『光め!オレをこんな所へ封じやがって!出しやがれ!』
維月は、あれは念のほんの一部なのだと気付いた。本体は、まだ中に封じられている。少しホッとした。
念の取り憑いた人物は、急に立ち上がった。
『この力の持ち主の所へ連れて行け。』足は動かない。『行け!』
転がるような足取りで、その人物はそこを去った。
木々はそれを不安な気持ちで見送った。
そこで、維月は目覚めたのだ。
木々は自分達が見た一部始終を見せてくれた。あの黒い念は、本体をここに残したまま、それを復活させようと力を求めている…。
あの憑かれた人物は、誰だったのだろう。明日は民宿に行って、聞いて来なくては…。
《維月、大丈夫なのか?》
月の念が問い掛けて来る。
「大丈夫よ。私は丈夫だし」と皮肉っぽく答える。「見ていたの?」
《朝からずっと見ていた。木は何と言っていた?》
維月は恒や遙にもわかるよう、声に出して月に、自分の見たことを話した。
「この出来事は、その時月には見えなかったの?」
月は言った。
《私は万能ではない。お前達にばかり意識を向けていて、全く気付かなかった。不覚だ。》
維月は考え込んだ。
「とにかく明日、あの人物の特定が出来るように調べてみるわ。」
恒は思い出したように割り込んだ。
「母さん、遙とも話したんだけど、あの場所に微かに残ってた念に、オレ覚えがあるんだ。」
「なんですって?」
遙も頷いた。
「もっとずっと前の記憶なの。とても小さかった時。とても恐くて、そしたら恒が手をつないでくれて…。」
《事故の時か。》
月が言った。維月はハッとして顔を上げた。
「そうよ、いろいろな念が寄り合って混ざりあって、中心部の念を読んでなかったけど…沙依さんの所でも、微かに感じたわ。覚えがあるように思ったのは、そのせいだったのね!」
記憶がつながったと親子三人で喜んでいると、月が言った。
《喜ぶのは結構だが、だとすると今回は大変なことになるぞ。》心持ち緊張しているかのようだ。《念の狙いは、本体の復活だろう。沙依の母の力を使って行おうとしているようだが、恐らく沙依の母自身の力と、白蛇の力で、沙依の母の中に封じられて思うように動けずにいると思われる。お前達が近寄れば、浄化される前に力をとろうと考えるだろう。沙依の父のように、体を乗っ取ってな。》
維月は、頷いた。
「でも大丈夫よ。私達は1人じゃないわ。」
《例えば、人質を取られたら?》月は言った。《一番力を持ち、一番慣れていないヤツを、忘れてはいないか?》
維月はグッと黙った。蒼…。
それでも、母は言った。
「だからこそ、よ」と息を吐き、「あの子を私達から離してはいけない。守らなければ。」
夜も更けた。明日は一番に家へ帰ろう。
「蒼をお願い、月。」
月は頷いたようだった。《大丈夫だ。私が見ているよ。》




