中編
俺だって大人の男だ。体格だって悪くない。
それがこれ程までに軽々と持ち上げられるなんて・・。
大の大人を片腕で持ち上げるなんてさすがはプロレスラーだ。
ん?
いや待て。
落ちてる!!
俺の体は確実に下に向かって落下していた。
誰だよ、こんな所に落とし穴掘ったのは・・・。
そう思いかけてすぐに自分が電車の中にいた事を思い出した。
あまりの出来事に頭がおかしくなったか。
冷静になり周りを見渡してみる。
そこにはさっきまでいたはずの乗客も、怒り狂うプロレスラーも誰もいない。
あるのは闇。果てしない闇だけだった。
---ドスン!!!
どれくらい落ちただろう。
俺の体は地面に叩き付けられた。
「いてててて・・・。」
どうやら尻を強打したようだ。本当に今日はついてない。
それよりここはどこだ?
何も見えない。
電車の中であまりの恐怖に気を失ってしまったのか。
それにしては意識がはっきりしている。
自分の名前や誕生日、住所まで鮮明に思い出せる。
ではここは異次元空間か何かか?
電車から異次元にワープするなんてまるでファンタジーの世界だな・・・。
ファンタジーならばここで可愛らしい小人が何人も出てきて、おとぎの世界へと案内してくれそうなものだが何も起きない。
訳も分からず途方に暮れていると次第に目が慣れてきた。
どうやらここにいるのは俺だけじゃないらしい。
辺りを見回すと老若男女様々な人達が、俺と同じように座り込んでいた。
人がいた事に少し安心を覚えたが、この状況が意味不明な事に変わりはない。
「こんばんは」
「うわっっ!!!」
突然話しかけられて俺は後ろに飛びのいた。
目の前には中年太りの禿げたおっさんがにこやかな表情で座っている。
「突然話しかけて申し訳ない。君、ここ初めてだろ?」
相変わらずにこにこしながらおっさんが聞いてきた。
なんか大仏みたいだな。第一印象はこれだ。
確か大仏は禿げてもなかったし微笑んでもなかったと思うが、おっさんからにじみ出る雰囲気が俺の中の大仏のイメージとリンクした。
「こ・・ここって・・・。どこ?」
俺は驚きの余韻を隠せないまま問い返す。
「ここは文字通り‘穴’だよ」
大仏が微笑む。
そんな事を言われても意味が分からない。
困惑する俺を見て大仏が続ける。
「君、ここに来る前にとっても恥ずかしい思いしただろ?」
図星だ。
「ほんで穴があったら入りたいとか思っただろ?」
こいつは超能力者か?
「この穴は死ぬほど恥ずかしい思いをした人達が落ちてくる場所なんだ。」
なるほど、それで昔の人は穴があったら入りたいなんていう言葉を作ったのか。
いや、納得している場合じゃない。
「そんな話信じれるかよ!大体なんであんたそんな事知ってんだよ!」
「私はここに来るのが三度目だからね。もう慣れっこさ。」
明るく笑っているが死ぬほど恥ずかしい思いを三度もしてるのか、このおっさん。
「まぁいいや。ここからはいつになったら出られるんだ?
明日も会社で大事な会議があるからいつまでもこんな所にいられないんだけど。」
「心配しなさんな。ここにいる間は上の世界での時間は止まっているから思う存分ここにいなさい。」
冗談じゃない。
何が悲しくてこんな中年のおっさんと傷を舐め合わなきゃいけないんだ。
「どうやったら出られるんだよ!?」
「覚悟を決める事だね。」
またしても大仏が意味不明な事を言い出した。
「どういう事だよ?」
「自分が起こしてしまった恥ずかしい出来事に対してこれからどうするかよく考えなさい。
そして本当に腹をくくってその恥を乗り越える事が出来た時に上の世界に戻れるよ。」
周りの人を見てみなさい、と大仏に促され左右を見渡すと確かに皆何かを考え込んでいる様子で座っている。
座禅を組む者、顎を手でさする者、上を見上げボーっとしている者・・・。
「乗り越えるったって・・・。」
俺の体は今、上の世界でプロレスラーのような男に襲われている。
あの状況をどうやって乗り越えればいいのだろうか・・・。
「大丈夫。君はまだ若いんだからまだまだチャンスはあるさ。」
大仏が俺の肩に手を置く。何だか本当に仏に見えてきた。
「分かった。とりあえず考えてみるよ。」
「その意気だ。」
大仏がガッツポーズをして励ましてくれる。
「では、ゆっくり考えたまえ。私も早くここから出られるように頑張るよ。」
大仏が立ち去ろうとした時、俺はどうしても気になっていた事を質問した。
「あんたは何でここに落ちたんだ?」
「道端で靴ひもを結び直して立ち上がった時に、女子高生のスカートの中に頭を突っ込んでしまったんだよ。」
大仏が照れ臭そうに笑う。
いや、それってもう通報されるしかないんじゃ・・・。
「今回はなかなか出られそうにないなぁ・・・。」
ぶつぶつ言いながら大仏は去って行った。
大仏を不憫に思いながらも俺は精神を統一させ目を閉じた。