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THE HOLE  作者: chobe
1/4

前編

(終わった・・・)

俺は目の前が真っ暗になった。



思い返せば今日は朝からついてない事ばかりだった。

出勤途中に犬の糞を踏むし、会社では書類にコーヒーをこぼすし散々だった。

これだけ不運な目に遭えば今日はもう何も起こらないだろうと思いながら帰路についたわけだが、迂闊だった。


事の起こりは仕事帰りの電車の中。俺は満員電車に乗り込み吊り革に掴まって立っていた。

この時間帯は会社帰りのサラリーマンや、学校帰りの大学生が乗車してくるのでどの電車も満員だ。

勤め始めた頃は片道一時間立ちっぱなしという通勤が辛くて仕方なかったが、偉いもので五年間毎日通っているうちに慣れてしまった。


この日もいつものように他人と押し合いへし合いしながら何とか吊り革を勝ち取った。

吊り革に掴まっているだけで立ちっぱなしの一時間が随分楽になる。


ちなみに俺はいつも同じ車両の同じ場所に陣取る。

この場所に立っていれば降りる時には目の前にエスカレーターが現れるのだ。

五年間かけて見つけた絶好のポイントを誰にも渡すわけにはいかない。

俺はこの吊り革を握る度に妙に勝ち誇った気持ちになる。


帰宅中のささやかな楽しみを勝ち得た俺は何気なく視線を下に落とした。

そこにはいつもと違う人間が座っていた。


プロレスラーだ。


いや、実際のところ本当にそうなのかは分からないが、スキンヘッドに豊かな口髭、筋骨隆々な太い腕に大きな刺青とくれば誰もが悪役レスラーか、その筋の人を連想するだろう。

内気な俺はレスラーに体が当たらないように足を踏ん張る。

Vシネマに出てきそうないかついおっさんの前に立ってしまうなんてやっぱり今日はついてない・・・。


しかし、この日起こった数々の出来事は、これから起きる事に比べれば不運の内にも入らなかったという事を俺は知ることになる。


(このおっさん早く降りないかなぁ・・・。)

そんなことを考えている時だった。

隣に立っていた女子高生が髪をかき上げた時にその毛先が俺の鼻の穴に入り・・・


「ヘックション!!!」


ヤバイ!と思った時には遅かった。

手で口を押さえる暇もなく俺は豪快なくしゃみをしてしまっていた。

大きな声と共に唾やタンを目の前のスキンヘッドにぶちまけて。


一瞬車内の時間が止まったかのように思えたほどの静寂が訪れた。

全ての視線が俺に集まる。

俺は凍りついた。

それはくしゃみをした事に対する羞恥心によるものだけではなく、恐ろしいまでの殺気を感じ取ったからである。


悪役レスラーはゆっくりと立ち上がり俺の胸ぐらをつかんだ。

(終わった・・・)

俺は目の前が真っ暗になった。


人は死ぬ直前に人生の走馬灯を見るなんていう話を聞いた事があるが、俺は今日一日の走馬灯を見ていた。


朝家から駅に向かう途中に犬の糞を踏んだ事、会議中に書類にコーヒーをぶちまけ上司にどやされた事・・・。


目の前で悪役レスラーが物凄い剣幕で何か怒鳴っているがもう耳に入ってこない。

他の乗客の囁きや哀れみの視線さえも別の世界のもののように感じた。

明日からこの電車に乗れないな・・・。


(あぁ・・。穴があったら入りたい・・・。)


そう思った瞬間俺の体は宙に浮いていたーー


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