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第六話「伴侶」

「アトラッハが死んだ!? どういうことだい!」

 ばしん! と机を叩く手。女はひどく殺気だった目で、机の主たる男をにらんでいる。

「満月の夜だよ!? あいつの力は完全に発揮され、あの女は逆に力を失いヒト同然になるはず! だのに、何でだ!!」

「解らんよ。何か、力押し以外の手段――あればの話だが――か、あるいは」

「あるいは……何だい?」

「解らんかね?」

「……! 冗談だろ!?」

「可能性の問題だ。まあ……、いいだろう。気を付けることだ、ナァク」

「まだ十六夜(いざよい)だよ、気を付けるまでもないさ。この力さえあればね。……中身はちゃんと持ち帰るさ。心配しないでいいよ」

 ナァクと呼ばれた女は、指先から伸ばした白い糸を男に見せると、背を向けその部屋を去って行った。

(まがね)

 声に応え、男の背後の闇から一人の少女が姿を現した。

「見て来るがいい。ただし、ナァクには干渉するな」

 男の言葉を受けて小さくうなずくと、少女は姿を消した。


 昼休みの到来を告げる鐘が、校舎に鳴り響く。

それは、戦いの始まり。聞こえたとたん、学食と売店は修羅場と化す。

 そして。その戦いにおいて、常に圧倒的な体力で勝利をものにするのは、銀だったりする。

 校内において知らぬ者のない歩く台風――は、今日に限って戦場に姿を見せなかった。

 校内の喧騒(けんそう)を遠くに聞き、青空を(あお)ぎながら、銀は屋上にいた。その手には、バンダナで包んである弁当箱三つ。中身はイリスのお手製だ。

 なぜこうも好かれてしまっているのか、良く解らなかったが、何にせよ「誰かが作ってくれた」という事実だけで充分嬉しい。思わず締まりのない笑みが浮かんでしまう。

「いっただっきまーす! ……おお?」

 喜び勇んでふたを開け、びっくり。

「なんであの外見(なり)でこういう土の匂いのするもの作れるんだ?」

 半ば呆れ気味に感心する銀。

 あんな異国情緒あふれる容姿の女性が、純和風の味付けで山菜の煮物を作ってのけるとは思わなかった。下手な日本人より日本語が流暢(りゅうちょう)で、しかも作る料理は今時珍しいくらい和食ぞろい。ワインでもたしなんでいそうな雰囲気なのに、不思議極まりない。

 猛然と食べ始める銀。その背後で、すとん、という軽い音がした。だが、銀はそれに全く気付かない。

「――おわっ」

 いきなり後ろから誰かに抱きしめられ、銀は思わず声を上げた。

「誰だっ!?」

「私」

 耳元からだけでなく、密着している体越しにも伝わってくる、今朝聞いたばかりのアルト。イリスだ。

「……おまえ、こんなとこまでどうやって来たんだ?」

 呆れ顔で訊く銀。

 この学校、屋上は本来立ち入り禁止になっていて、ここに続く扉は鍵がかかっている。銀の場合、すぐ下の階から壁に走った割れ目をよじ登って来るのだが……。

「校舎の壁を走って」

「ぶっ!」

 こともなげに言われ、思わず噴き出す。

「ああ、安心して。ちゃんと人目は避けているから」

 そういえばそうだった。日中ぬけぬけと行動しているので忘れがちだが、考えてみれば彼女は吸血鬼だ。それくらいの身体能力はあって当然なのだろう。

「……なんだよ、いきなり」

 かつてない「異性との密着」という事態を、改めて意識してしまい、動揺する内心を懸命に隠して問う。

「寂しくて」

 声と共に目の前に差し出される、タコ焼きの箱。

「?」

 当然のことながら、寂しさと一見無関係な物を見せられ、困惑する銀。

「食べましょう?」

「あ、ああ。……吸血鬼も昼に腹減るんだな」

「お腹は、すいていないの」

 銀の傍らに移動して腰をおろしつつ、イリス。

「ただ、一緒にいる口実が欲しかっただけ」

「ガキかおめーは」

「年上に向かって失礼ね。ただ、独りは……厭なの」

「……ふん」

 見ている方が切なくなってくるようなその表情を正視できず、銀は目を弁当箱に戻した。

「ところで、年上って言ってもどれくらいなんだ?」

「そうね……大体二千年くらいかしら。あちこち回っていたし、一種類の暦に正確に換算するのは結構面倒なのよ。したところであまり意味はないし」

 さらりと言われ、銀は絶句した。道理で語学、料理、と技能に()けているわけだ。

 銀が固まっている間に、午後の始業を告げる予鈴が鳴り始めた。


 昼下がりの人気のない道を、イリスは浮かない顔でとぼとぼと独り歩いていた。

 午後の授業が始まる際、銀に校舎から追い出されたのだ。

 もちろん、部外者が校内をうろついていては厄介なことになることくらい解っていたが、それでも人の気配がないところにいるよりは良かった。

「はあ……、あら?」

 ため息をついて帰ろうとした視界に、ふと見覚えのある木造の平屋が入った。

「ここは、確か……銀の行っていた道場だったわね」

 歩み寄り、初めて見た時とは違う目線の高さで、改めて見やる――と、その戸が開き、主である篤郎がひょっこり顔を出した。

「あれ、入門希望の人? いらっしゃい」

「あ、いえ、私は――」

 かけられた言葉を否定しようとして、イリスは硬直した。そのまま、穴の開くほど彼の顔を凝視する。

「……? あの、僕の顔に何か?」

「あ……あな……た……」

 篤郎の反応を無視し、イリスは震える声で呟いた。


 放課を告げるチャイム。それを皮切りに、校舎から続々と人波があふれ出す。

 時間ゆえ、人口密度の高まる場所はある程度限定され、かえって人通りの少ない場所は増える。そして、そういう場所では、やっぱりいやな事が起こってたりする。

 それは例えば、今は使われていない旧校舎で。

「だからぁ、貸してって言ってんじゃん? 無期限で」

「バーカ、そりゃよこせってことじゃねーか」

 げらげらという哄笑。

 それは例えば、カツアゲだったりする。

「かわいそぉーな金欠少年に愛の手をっ! っつーわけでよこせコラァ!」

 すっかり怯えて言葉すら出せずにいる獲物に業を煮やして、拳が振るわれる――その瞬間。

「悪の匂いがぁぁぁぁっ!」

 叫びと共にばきゃあ! と壁が蹴破られ、間近にいた少年を踏み倒しながら真紅のマフラーの少年が乱入してきた。

「なっ……てめえはっ――」

 驚愕の声を、はーっはっはっはっ! という高笑いがかき消す。

「人の嘆きがオレを呼ぶっ!たぎる血潮は悪への怒りっ !正義の使者、影山銀! ここに見参っ!」

 景気づけに木刀を一振りして背の竹刀袋に収め、銀は叫んだ。

「オレが来たからにはもう大丈夫! さっさと帰んな被害者A!」

「は、はいっ!」

 そのテンションの高さと声量にびくっと姿勢を正し、襲われていた生徒はそそくさと立ち去った。その動きを邪魔しようとした少年に――

「来る者は拒まず去る者は追わずキーック!」

 叫びと共にドロップキックが突き刺さる。

「ったく懲りねー奴らだな。ついこの間成敗されたばっかだろーが」

「やかましい! てめえが成敗されやがれ、正義バカ!」

 ぼやいてみせた銀に青筋を立てて怒鳴り返し、少年たちは一斉に銀を取り囲んだ。

 数刻後――。

「だーっはっはっはっはっ! 正義は勝ぁーつ!」

 やっぱり。死屍累々たる惨状を再現して、銀は高笑いを上げていた。

「絶好調! やっぱアイツの言ってたとおりパワーアップしてんのか、オレ?」

 両手を見下ろし、呟く。その顔に、笑みが浮かんだ。

「……よぉーし、待ってな篤郎さん! 今度こそ負かしてやるぜっ!」

 叫び、銀は勢いよく学校を飛び出していった。

 和泉一心流道場は、全行程が徒歩で二十分、全力疾走で五分、という通学路上にあるため、行くのに大した時間はかからない。

 程なく道場に着き、勢いのまま玄関を開けて飛び込む。

「こんちわ篤郎さん! さあ勝負!……って、あれ?」

 首をかしげる銀。道場には知った姿が二つある。

「やあ、いらっしゃい銀くん」

「こんちわ」

 主である篤郎は言うまでもないが……。

「……なんでおまえがここにいんだ?」

「そう、ね。気まぐれかしら」

 イリスが篤郎の向かいで応えた。何事か話し込んでいたらしく、すっかり打ち解けて随分と親しげだ。

「なんだ、二人とも知り合いだったのか?」

「いいえ、初対面よ」

「うん、さっき知り合ったんだけど、なんでも僕が彼女の知ってる人に似てるらしくてね。話が弾んでたんだ」

「ふーん……」

 わけもなく、二人を見る目が細く、洩れる声が低く平板になる。それを見てとり、篤郎が声を上げる。

「あ、言っておくけど、別に僕と彼女の間には何もないよ」

「は? いきなり何言い出すんだ、篤郎さん?」

 何のことか解らず、銀はきょとんと首をかしげた。自分が険しい顔をしていたことに気付いていないのだ。

「ありゃ……自覚ないのかい」

「……?」

 篤郎の後ろで、イリスもなぜかうっすらと頬を染めくすくすと笑っている。まるでわけが解らない。

「わけの解んねーこと言ってねーで、篤郎さん、勝負だ!」

「うん、いいよ」

 木刀を振りかざす銀に応え、いつも通りのんびりと立ち上がる篤郎。木刀を構えるだけで、その気配が一変する。

 磁石の両極が引き合うように、二人の剣士は真正面からぶつかり合った。



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