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第二話「孤高」

 放課後の体育館裏といえば、活劇や惨劇の舞台になるのが定番なのだろう。

 実際、ここもそうだった。

「だーっはっはっはっはっ! 正義は勝ぁつ!」

 真紅のマフラーを風になびかせ、銀は両手を腰に当ててむやみに力のこもった勝利宣言を発した。

 周囲に広がる惨状。十人を下らない数の少年たちが、顔を腫らしてほうほうの(てい)で転がり、折れた木刀や曲がった鉄パイプが、墓標よろしく間近の地面に刺さっている。

 数人の、いかにもひ弱そうな生徒たちが、取り囲まれてカツアゲに遭っていたところに銀が乱入した結果が、これである。これだけの被害をもたらしておきながら、背中の竹刀袋の中身は出ていないから尋常ではない。

 乱闘の最中に礼の一つも言わずに逃げてしまっているらしく、既に本来の被害者たちの姿は見当たらないが、銀にとってそんなことはあまり気にならなかった。

 正義を行ったかどうか。要はそれなのである。

「もう人様に迷惑かけんじゃねーぞ。じゃな!」

 言いたいだけ言うと、銀は教室棟の方へ走り去っていった。実は孝次を待たせているのだ。

「……遅えよ」

 案の定不機嫌そうに、孝次は銀を軽くにらんだ。

 しゃべっている最中に相手がいきなり「悪の匂いだっ!」などと叫んで教室を飛び出して行けば当たり前だろう。日常茶飯事とはいえ、容認しきれることでもない。

「心配はしてくれねーんだな」

「校内に銃を持ち込む高校生なんて、少なくとも日本にゃいねえだろ」

 要するに、銀はそれほど突き抜けた戦闘能力をもっているのだ。しかも、それが暑苦しい根性論と勧善懲悪(かんぜんちょうあく)思想に染まっているから余計に性質(たち)が悪い。

「おまえを見てると「心配」なんて言葉自体がバカらしくなってくんだよ」

「そりゃ悪かったな」

 あからさまにいやそうな顔で、銀はカバンをかついで歩き出した。

「よし、銀。タコ焼きおごれ」

「は?」

「人を待たせた罰だ。……っつーか腹減ってんだ」

「ったく……いいぜ。オレもなんか食いたくなったし」

 そんなわけで、しばしの後、二人の姿は街角にあった。

「……うまいけど……付いてくるマヨネーズがひでえな。ほとんどただの脂肪じゃねーか」

「そーか? デリケートな奴だな」

 ぼやく孝次を意に介さず、孝次に数倍する量のタコ焼きをもぐもぐとほおばる銀。

「おまえが鈍感すぎるんだよ。今まで、調理実習でおまえと同じ班になった奴がどんな目に遭ってきたか忘れ……いや最初から覚えてねえんだろーな」

 言いかけて、全くきょとんとしている銀の顔を見た孝次は口をつぐんだ。責めても無駄な気がしてきたのだ。

「オレ、なんかやったっけ?……お、そうだ」

「いや、やっぱいい。忘れろ……ってまだ食うのか!?」

 さらに一箱買って来た銀を見て、孝次がのけぞった。

「違えよ。家に持って帰る分だ」

「つくづくよく食う奴……」

 銀にしてみれば、いきなり留守を任せた幼女イリスへのみやげのつもりだったのだが、孝次にそんなことを知るよし由もないし、銀自身面倒くさいから言うつもりはない。それに、彼女が去っていた場合は、やっぱり自分で片付けることになるのだから、孝次の驚愕もあながち間違いではない。

 ただ、帰ってしまえばいくら騒いでも独りだということを考えたくないだけだ。

「気分悪くなってきた……。じゃな」

「おう」

 相方がいなくなり、銀も家路についた。


 玄関の鍵は開いていた。

「ただい……?」

 ドアを開けたとたん、何かが銀の鼻先をくすぐった。

「何だ、この匂い?」

 怪訝な表情を浮かべたまま、明かりの点いている居間へ。

 そこには――予想だにしなかった光景が広がっていた。

 銀自身の部屋にも劣らず散らかっていたはずが、綺麗に片付いている。そればかりか、ほとんど物置と化していた食卓に、湯気を立てるほかほかの料理がのっていたのだ。

「……おいおいおいおい……なんだよこれ……」

「ん……?」

 銀の呟きを聞きつけてか、死角になっていたソファーの向こうから小さな声と衣擦(きぬず)れの音がし、目をこすりこすりイリスが起き上がった。

「あら……お帰りなさい……」

「おか……え……まさか、これ、全部おまえが?」

「ええ」

「すっげー……ありがとな!」

「一応、一宿一飯の恩があるから……?」

 いきなりタコ焼きの箱を手渡され、イリスは怪訝そうに銀を見上げた。

「みやげ。礼代わりに食っとけ」

「あ、ありがとう……。じゃ、私はこれで……」

「あ、おい待てよ」

「え?」

 これでもう義理は果たした、と立ち去ろうとするところを呼び止められ、イリスは(いぶか)しげに振り返った。

「もう暗いぞ。最近物騒らしいし、メシくらい食ってけ……っつっても、おまえが作ったやつなんだけどさ」

「物騒って……それ、夜行動する吸血鬼に言う台詞ではないと思うわ」

「うっせーな、それに……その、……なんだ」

 自分から言い出しておきながら言葉に詰まって困っている銀の様子を見、イリスはくすっと笑みを洩らした。

「独りの食事が寂しいのね?」

「っだーっ!」

 図星を突かれた。

「そーだよ、文句あっかちくしょー、年下に言われると余計むかつくぜっ!」

「うふふふ、いいわよ。付き合ってあげる」

 地団駄を踏んで悔しがる銀に、イリスは柔らかな笑みで応えた。

「はい、あーんして」

 妙に嬉しそうに、銀の向かいに座ったイリスが器用な箸さばきで銀の口におかずを運ぼうとする。

「……おい」

「ほら、口を開けて、銀」

「おいってばよ」

「なに?」

「いきなりなれなれしくねーか? しかも全っ然、腕届いてねーし!」

 銀の言う通り、イリスの腕の長さは、隣に座っていて箸の助けがあっても、銀の口に到達するには足りない。小柄すぎた。

「どうも他人という気がしなくて。でも、寂しがって私を求めたのはあなた自身じゃないの」

 心外だと言いたげに肩をすくめて、銀に食べさせ損ねたおかずを自分でもぐもぐ始めるイリス。

「誤解を招くような言い方すんなっ!」

「怒ってばかりだと寿命が縮むわよ」

「くっそー……」

 言い返せないのが悔しい。

「……ほら、これならいいでしょう? はい、あーん」

 軽く膝立ちになったイリスが、改めて箸を伸ばす。

 何でこんな年下が自分より口がうまいのだろう。世の中何か間違っているような気がする。

 憮然とした表情でされるままになりながら、銀は思った。

 そして食後。

 何をするでもなく居間でぼーっとテレビを見ていた銀の膝に、やって来たイリスがちょこんと座った。

「またかよ……」

「人に触れるのはいや?」

「ふん、別に」

「寂しくて寂しくてたまらないとき……誰かに触れていたいと思わない? 少なくとも、私はそう」

「だ……誰が、んな女々しいこと思うかよ」

「……男の子って不便ね」

「うっせえ」

 先程と同様に思わず揺れてしまった本心を見透かされ、銀はすねてそっぽを向いた。

「ねえ、抱っこして」

「……変なとこガキなんだな。別にいいけどよ」

 言われるまま、腕を回す。

「だって『抱きしめて』なんて言ったら照れない?」

「!」

 イリスのその一言に、銀の体が固まった。

「……ロリコンの()はねえよ」

 そう言いつつ、銀の頬はうっすら赤い。だが、イリスの態度に異性を意識してしまっただけなので、厳密な意味のロリコンではない。多分。

「やっぱり照れているじゃない」

「ふん!」

 いっそまた蹴落としてやろうか、と思ったりもしたが、腕の中に感じる人肌の温もりも決して悪いものではない。思い直し、銀はしばらくそのままじっとしていた。

 ぼうっと二人そろって上の空でテレビを眺めていてどれくらい経っただろうか、不意にイリスが身じろぎした。銀の腕を離れ、白金の髪をかきあげる。

「しょくじ……してくるわ」

「……吸血鬼って、伝染(うつ)るのか?」

「いいえ、唾液感染はしないし、今までに私と同じモノになった人もいないわ。じゃ……行って来ます」

「……おい」

 何となく、呼び止める。

「なに?」

 意外そうに振り返るイリス。

「なんだ……その、あんま遅くなんなよ」

「ええ。日の出前には戻るわ。あなた……暖かいから」

 柔らかな微笑を浮かべると、イリスはきびすを返して部屋を去って行った。

「……ちくしょーめ、年上おちょくんじゃねーよ、クソガキ……」

 残された銀の呟きには、言葉の厳しさに反して、ほとんど(とげ)がなかった。



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