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第十六話「再戦」

 月光を受け輝く銀髪で、宵闇(よいやみ)を白く刻み。その宵闇よりなお濃い暗黒の鬼が駆けていた。

 ヒトの(かたち)を超えたその脚力は、瞬く間に周囲の光景を流し去り、最も日常に近い異界へと変えていた。

 すなわ即ち、蒼白に照らし出された、コンクリート製の校舎。

 日中なら喧騒(けんそう)に包まれているそれは、今や沈黙に沈み、死の呪詛を内包した巨大な(ひつぎ)にさえ見える。

(チェルノブイリ原発って、こんな感じなんだろーな……見たことないけど)

 そこに漂う静謐(せいひつ)な、しかし確固たる違和感に、銀はそう思った。

「待ちかねたぞ」

 バリトンが、銀を現実に引き戻す。

 振り返ると、校庭に二つの人影が佇んでいた。

 銀色の軽装鎧と藤色のマントに身を包み、左右それぞれの腰に、深紅と紺碧の宝石をそれぞれ(つば)に持つ剣を()いた、長い金髪の青年。傍らには、メイドがただ静かに影の如く付き従っている。

 後者は言うまでもない。日中に闘ったベルンである。

「待たせて悪いな。始め――」

(いな)

 構えようとした銀を、青年は手で制した。

「何だよ」

「公正ならざる勝負は我の望むところではない。ゆえに、我らも名と戦術とを明かし、公正を期すべきと考える」

「なっ……」

 青年の物言いに、銀は感嘆を禁じえなかった。敵に自分の手の内を明かすなど、よほどの自信がなければできまい。

「すげえ……それが、騎士道精神ってやつか。いいぜ、終わるまでオレも手を出さねえ」

「感謝する。我が名は――ヴァルター・フォン・シュタインベルク。そして、これはベルン。日中会っているはずだな」

 ヴァルターの言葉を受け、ベルンは銀に一礼を送った。

「吸血鬼の身なれど、獣の力などの付け焼き刃には頼らぬ。我が武器は――」

 言って、ヴァルターは腰の二振りの剣を抜いた。

 同じ刀匠の手になるものなのだろう、その白銀の刀身はよく似ており、ヴァルターの左手にあるものには緋の、右手にあるものには藍の、流麗な象眼(ぞうがん)がそれぞれ施され、個性を主張している。

「この〈紅啼(クリムゾン・コール)〉と〈蒼唱(ペイル・クァイア)〉。精霊を宿す剣ゆえ、貴公の『無間(むけん)の爪』――我らの命名せし(あか)き爪――にても折れぬし、精霊たち単体でも攻撃が可能である」

 その言葉に応えてか、剣のそれぞれに重なるようにして、半透明な女の姿が現れる。

 やはり、よく似ている。顔はもちろんのこと、長い髪や、背から生えたこうもり蝙蝠のようなはね羽、挙げ句の果ては、体の線がはっきりと出る黒革のコートに至るまで、そっくり同じ。違いらしい違いといえば、髪、瞳、そして頬に描かれている紋様が、刀身に施されている象眼と同じ色をしていることくらいだ。

「……以上だ」

 説明を終え、精霊の姿を消し去った双剣を構えたヴァルターの傍らで、ベルンもまた変身を終え、構える――が。

「ついでに、あと三つ訊いていいか?」

 話が終わるのを待ちかねたように、銀が口を開いた。

 ふと思い出したこと。既に一触即発の状態にあるのは重々承知だが、訊いておく必要はあるだろう。

「構わぬ。何か?」

 言って、ヴァルターは剣を下ろした。

「一つ目。おまえら、一体何年生きてる?」

「六百年程になる」

「二つ目。話したりなんかして、イリスと少しでも一緒にいたことあるか?」

「無い。五十年程前、我らが王に召喚された時には、既に封印され、眠っていた。十八年前、一時的に覚醒したらしいが、その際も立ち会っていない」

「そう……か。じゃ最後。おまえら、ヒトを好きになって、そのヒトが寿命のまま死ぬのを看取ったことあるか?」

「それも無い」

 言葉が放たれたとたん。めきっ、と何かの軋む音がした。

「……ありがとよ。お陰で戦意ってもんが沸いたぜ」

 暴発しそうな感情を抑え込むように、低く唸る銀。

「解りません……それはどのような意味なのですか?」

「似たような長生きの知り合いが一人でもいれば、あいつが寂しさで泣くことなんか、なくて済んだんだよ」

 呟いた銀の周囲の空間が、不意に歪んだ。それは瞬く間に広がり、校庭を侵蝕、塗りつぶしてゆく。

 広がったのは、一面の芝から、ちらほらと咲く花に至るまで、そこに存在している全てのものが鋼鉄で形成された、漆黒の草原。

「これは……『牙城結界(ゲームボード)』!」

 自分たちを取り込んで閉鎖、完成された異界を見渡し、ヴァルターが感嘆の声を上げた。

「力を得てまだ間がないというのに、そこまで発揮できるとは……やはり、恐ろしい素質ですね」

「自分でもどうやったかわからねえ。ほめられてもな」

 ベルンの呟きを遮り、構える銀。わずかな間を置いて、その左腕に真紅の――『無間の爪』が発現する。

「どっちが勝つか――それだけだろ」

 鋼の地表を陥没させ、弾丸の勢いで飛び出す黒い鬼。

「うむ。いざ――勝負」

「では、参ります」

 応え、二人も飛び出す。

 がきゅん! と、音は一つ。しかし、交差し、一旦間合いをとった三人は、どこかしらに二つ以上の傷を負っていた。

 もっとも、傷とは言っても、銀の甲殻やヴァルターの鎧にはほんのわずかな引っ掻き傷しかないし、ベルンも多少乱雑に毛が切られた程度だ。

 恐るべきはそこで行われた剣戟(けんげき)の数。少なく見積もっても五十合は下るまい。ヒトの容を超えた者同士だからこそできる戦闘だった。

「じゃあッ!」

 銀の咆哮と共に生まれた紅い槍が、幾本にも分裂しながらヴァルターたちへと襲いかかる。

 だが、単調な攻撃を受けるほど彼らも経験は浅くない。難なくそれをかわす――が、銀はその時点で彼らのかわす方向を予測し間合いを詰めていた。獣そのままの動きで、低い位置に四つん這いで着地する。

「おおぁっ!」

 さらに間合いをとって跳躍するヴァルターたちを追うように、着地した体勢のまま銀の振るう『無間の爪』が瞬時に三メートル近く伸びた。

「くっ!」

 その超高熱に対抗する手段を持たぬため、特大の横な薙ぎを跳躍でかわすベルン。

「ぬうっ……!」

 ヴァルターは――先程言った通り双剣で『爪』を受けていた。そして、自分をも凌駕する膂力がもたらすその勢いに逆らわず、弾かれるままに任せて受け流し、自然、距離を離して着地する。

 ヴァルターを仕留めることこそできなかったが、今の攻撃で開いた距離によって、彼を若干の間は戦力外にできたのを悟ると、銀は『無間の爪』を消し去って瞬時に跳躍、空中のベルンに襲いかかった。

 降下する者、上昇する者、それぞれが空中という不安定な状況で凄まじい爪の応酬を行う。だが――不意に死角からの攻撃が銀を襲った。

「!?」

「そこです」

 銀がひるんだ一瞬の隙をついて、ベルンの爪が銀の胸元、日中えぐった個所に突き込まれた。果たしてそこは再生が完全ではなかったらしく、甲殻はやすやすと衝撃に屈し、貫通した爪が内部の筋繊維を引きちぎった。

「っが――ぁ!」

「まだ終わりではございませんよ」

 のけぞる銀に、ベルンがさらなる打撃を加え、地表へと叩き落とした。

 落下しながら、銀はベルンの近くの空中に、有翼の影が二つ佇んでいたことに気付いた。

(そういや言ってたな、精霊単体でも攻撃できるって――!)

 地表からの殺気に、振り返るより先に紅の雷を放つ。

「狙いが甘いぞ」

「ちいっ!」

 襲ってくる刃を、着地しざま爪で受け止める。金属音と共に激しく火花が散った。その間に、銀の胸に開いた傷が塞がってゆく。

「これなら狙いもクソもねえだろっ!」

 言いつつ双剣の刀身をつかんでヴァルターを足止めし、周囲一帯に放電する。

「むうっ――確かに」

 銀の狙いに反し、何のためらいもなく剣を離して後方に離脱するヴァルター。

「――邪魔だ!」

 双剣を捨てて一喝し、別の方向から襲ってきたベルンや精霊たちをまとめて一撃でねじ伏せる銀。

 フォルティスとウァリドゥスとの間には、能力に開きがある。そして、さっき受けて判ったことだが、精霊たちも単独ではさほど大した攻撃能力を持っていない。

 不意をつかれたり、ヴァルターと同時に攻撃されたりしない限り、正攻法で銀が負けることはまずありえなかった。

「しゃああああっ!」

 障害を排除し、一気にヴァルターの懐へと飛び込み仕留める――ことはできなかった。地を這うような低い跳躍の直後、何かが銀の足を刺し貫いたのである。

「なっ……!」

 痛みをこらえ見下ろしてみると、それは、ヴァルターの手から奪って捨てたはずの剣の一振り。青い象眼を持つ〈蒼唱(ペイル・クァイア)〉であった。不気味なことに、なんとその柄には拳が付いている。手首から先が白く霧状に霞んで消失した手が、剣を握っているのだ。

「なんじゃこりゃあ!?」

「驚くことはあるまい。私は吸血鬼なのだ、この身を霧と化す魔力も当然具えている」

 言葉通り、白く霞んで先を失っている両手首のうち左に、〈紅啼(クリムゾン・コール)〉を握る左手が飛来し、接合した。次いで、銀の脚を貫いていた剣も右手ごと離脱し、ヴァルターの元へと戻る。

 その様を見た銀の脳裡には、拳を撃ち出すという斬新な必殺技を持つ巨大ロボットの姿が浮かんでいた。

「……まさか、女の吸血鬼は胸が外れて飛ぶんじゃねーだろーな?」

「何だ、それは?」

 不可解な銀の呟きに、まともに眉をひそめるヴァルター。

「不可能ではなかろうが……意味もなかろう。なぜそんなことを訊く?」

「……御主人様。差し出がましいようですが、それは、御主人様のお見せになったその能力が、この国のサブカルチャーの一つに似ているためかと」

 銀に刻まれたものの治癒しつつある爪痕を押さえ、歩み寄ったベルンが、訝しげなヴァルターにそう応えた。

 呑気な風が、三人の間を吹きぬけた。

「……いくぜっ!」

「承知」

「はい」

 だれた空気を振り払うかのように、更に苛烈な死闘が始まった。



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