孤独屋
「貴方の孤独買い取ります」という、看板が俺の目に止まった。
丁度いい、俺は今一人で家に帰るところだ。
家に帰っても妻どころか、母親さえも居ない。所謂、一人暮らしってヤツだ。
別に寂しい訳ではない。
ただ単に、この店はどうやって孤独を買ってくれるのか、好奇心が湧いたわけだ。
そして、俺はその店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。孤独屋へ、ようこそ」
機械的な声が耳に届き、奇抜なピンクか紫かも分からないグラデーションに目を奪われた。目がチカチカし気分も悪くなってきた。
俺は夢遊者病のごとくあどけない足取りで店の奥へ向かう。感覚が、無い。
ファンタジー風に言うと雲の上を歩いているような錯覚に陥った。
だか俺は、少し面白いと思っていた。
奥に行けば行くほど、グラデーションは暗くなり、大の大人が3人ぐらい並んで歩けたスペースだったのにいまや俺一人で十分なスペースになってきていた。
しばらく、それが続くだろうと推測していたが、目の前に大きくも小さくもないごく普通な(俺より少し背が高い)扉が見えた。そこに立ち止まると自然に扉が開いて中が見えるようになった。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへお掛けください」
男か女か分からない声と、甘い香水のような臭いが五感をくすぐる。
「貴方は孤独者ですか?そうですよね?貴方は今、○○区××町△丁目に一人で住んでいらっしゃいます。ここまでは間違いはないですよね?」
……当たっている。なので、俺は首を縦に頷く。
「そして貴方はさっきまで一人でした」
ここはさすがに推測にしがない、だからこう言ってみる。
「それは、どうでしょう?二人で途中まで来て、別れたから俺一人でここに来たかも知れませんよ?」
「……それはないでしょう……。私は何でもお見通しです」
だが、俺の反発はすぐに切られた。しかし”何でもお見通しです”とかほざきやがった。
「何でも……ね。実は俺がメェルヒェンチックってことも?」
というのは嘘だ。”はい”何て言ったら、それは嘘になるのだ。
「いいえ、違いますよね。貴方はメルヘンチックではない、でしょう?」
……やはりこいつはなんでも知っているようだ。俺が知らない事も多分知っているんだろうか……。
「さて、本題に入りましょうか……。貴方の孤独を買い取ります」
* * *
その後日、俺は一人で住むことがなくなった。というのは同居をしたせいであった。
今の俺は、同い年の奴と住んでいる。
そして、あれから、孤独屋の前を通るようになったが、それらしき店は全く見なくなった。
あの、孤独屋はもう一人の俺ではないかと思うようになったが、それは、ドッペルゲンガーに会ったことになる。
あれは、あの店は孤独を買ってくれるわけではなく、その孤独を埋めようとする事で、孤独を買っているだけだったのだ。俺自身が経験したのだから間違いは無いはずだ。
また、俺が孤独になったら、あの店は現れるのだろうか?
* * *
どこにあるのかも分からないとある店。
その店は、天涯孤独者が寄ってくる不思議な店である……。