#3
「ほら、もう慣れた」
後ろから優しく抱き締められたかと思えば、ついばむように首筋に口付けをされる。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃないです」
「ごめんごめん」
胡内は無邪気な笑顔で手を合わせた。
「お風呂入ったの、初めてでしょ?」
本来なら、有り得ない質問。しかし耶神は目を逸らして頷いた。
「この辺り、温泉とかはなかったんだ?」
「そうですね。教えてくれる存在もいなかったし」
そもそも人がいなかった。自分には母しかいなくて。
「兄弟も友達もいないの? 生まれてからずっと、ひとりで神社に?」
ゆっくり頷いた。と同時に、脱衣場の方で音がした。
「胡内さーん? お湯加減大丈夫ですか?」
宿の主人だ。中を覗いたりはしないと思ったが、耶神は反射的に浴槽の中にしゃがんだ。
「ありがとうございます、大丈夫です」
胡内は明るく答える。主人の返事の後、去っていく足音が聞こえた。危なかった……。
ほっとしてため息がもれる。
「危なかったね。お風呂に入るとは言ったけど、客を連れてきてるとは伝えてないんだ」
「えぇっ! それ見つかったら大変ですよ! お風呂代払わなきゃ」
「いーのいーの。“二人”にはカウントされないんだから。そもそも“一人”ですらない」
矛盾した不可解な言動。しかし何故か、彼の言葉の意味が分かる気がした。
いや……言葉だけじゃない。彼という存在が。




