表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時時  作者: 七賀ごふん
二泊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

#1



山中の神社から十五分ほど歩いて向かったのは、田園の中にぽつんと建っている小さな民宿、松風だ。外にある看板が小さいため一見ただの民家に見える。宿泊客も一年に数組いるかいないか。だから普段は家庭料理を振舞う食堂を経営している。

夜は仕事仲間が集って小さな宴会をすることもある。ここも町の大人達にとっては大事な場所だ。


胡内はこの町に来てからずっとここに泊まっていたらしい。管理人の老夫婦は物腰が柔らかく親切で、素直に居心地が良かったという。夜中に散歩へ出ていいか訊いたときも表情ひとつ変えず、おすすめのルートを教えてくれた。子どもはいないそうだが、仲が良い夫婦だった。

生涯の伴侶とは彼らのような関係を言うのかもしれない。

理想の絆……いつか自分にも、そんな存在ができるだろうか。

耶神は冷たい床を歩きながら想見した。


「こんな時間だけど、宿の人にお願いしておくからお風呂に入っておいで。その間に汚れた服洗濯しちゃうから」

「えっ」

胡内は自分が利用している客室へ耶神を案内した。その後タオルと浴衣を用意し、彼の手を引く。

「風邪ひくといけないからさ」

「いっ、いや……大丈夫です」

しかし耶神は風呂に入ることを嫌がった。

それも尋常ではない嫌がり方だ。浴室まで連れて行ったものの、ただ遠慮しているわけではなく、湯気の立った浴槽を見て絶望しきった顔を浮かべている。まるでこれから断罪される罪人のようだ。

まさかと思いつつ、一応尋ねてみる。


「あの、ひとりじゃ……ちょっと怖くて」


耶神は胡内の袖を掴み、露骨に目を泳がせた。

風呂に入りたいわけじゃない。入れないことを分かってほしかった。理由はひどく単純で、情けないもの。

「……お湯って、やっぱり熱いですか?」

怖かったのだ。温かい水とは、まるで魔法のような存在。自分とはまるで縁のないものだった為、扉から中を窺って警戒していた。

そんな様子の耶神を、胡内は可笑しそうに見ている。


「そうだねぇ。熱くないとお湯じゃないからね」


確かに……。

正論過ぎて嘆息が止まらない。我ながら馬鹿な質問をしてしまった。申し訳ないのと、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

けどどうしようもないのだ。火というもの自体がたまらなく恐ろしいので、やっぱり熱を持った水は怖い。できれば入りたくない……。

そして、それを見透かされることも恥ずかしい。

「そうか。耶神君はお風呂に入ったことないんだ?」

その一言は、心臓を握られたのと同じだった。馬鹿にされたような質問でもある。本当なら「違う」とすぐに否定しないといけない。

でも、その一言が言えない。震えながら俯いていると、大きな掌がシャツのボタンを外しにかかった。

「こうしてる間にも風邪ひいちゃうし……怖かったら俺も一緒に入るから、お風呂に入ろう?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ