#11
「確かに……風邪ひくといけないから、胡内さんは帰ってください。俺は大丈夫だから」
「何言ってるの。顔も手もこんなに冷たいのに」
「本当に大丈夫なんです。俺は風邪なんてひかないから」
今までで一番強い調子で言い切った。こんな元気はやたら残ってるんだから、本当に困る。
対する胡内さんは怪訝な面持ちでこちらを見ていた。
「家に帰れない事情があるの?」
だけど、返ってきた声は子どもに話しかけるかのように優しかった。
けど苦しそうだ。さっきからずっと、辛そうに顔を歪めている。
「すごい……昔のことを思い出したんです。俺の母さんの話なんですけど」
言った瞬間、耶神は「しまった」と口を手で塞いだ。一瞬だけ、胡内を安心させるために話そうと思ったのだ。しかしどう考えても、話した方が心配させてしまう。わざわざ不幸話をする必要はないだろう。
「ごめんなさい、何でもないです」
「そこまで言ったら教えてよ。君が今ひとりなのは、お母さんと関係があるんだろう?」
胡内は耶神を抱き寄せたまま、彼の上着をしっかり掛けなおした。耶神はもうずっと震えている。唇も真っ青で、たまに触れる手は氷のようだ。それでもここに留まり続けている。もしかして、と胡内は言葉を続けた。
「君は帰る家がないの?」
心のどこかで引っ掛かっていた疑問だ。踏み込んでいいものかずっと悩んでいたが、疲弊した耶神を見たら黙っていることはできなかった。
「もしそうなら、俺と同じだね」
沈黙が嫌なわけじゃない。しかし耶神が口を開きそうになかったので、胡内は自身の事を打ち明けた。
「帰る場所はあるんだけど、別に俺が居なくても問題ないんだ。来るもの拒まず去るもの追わずって感じで、居心地は良いけど俺の存在感は薄い」
「……家族さんと一緒に住んでるんですよね?」
「前はそう言ったけど、家族ともちょっと違うかなぁ。うん。まぁ適当な感じだから、皆好き勝手にやってるよ。俺達はほんとちょっとの繋がりでも仲良くやってける性質だから」
話を逸らす目的もあった。
とにもかくにも、まずはもっと暖まる場所に移動したい。宥めるように頭を撫でる。胡内は体勢を変えた後、耶神のことを抱き起こした。何度触れても雪のように柔らかい肌。浮いてしまいそうに軽い体重。包み込んだらうっかり潰してしまいそう。
「強引でごめんね。俺、よくお節介だって怒られるんだけど……やっぱり放っておけないよ」
手を繋ぎ、二人で歩き出す。途中、何度も耶神の歩く速度が落ちていたが……胡内は構わず上を向き、暗い夜道を歩き続けた。




