#10
夢だと思いたかった。あれは母さんじゃない。なにかの間違いだって必死に願った。けど無力な自分が祈ったところで何も変わらない。車のブレーキ痕が残るアスファルトに視線を落として、夜の闇に紛れた。
車って怖い。人って怖い。
あれからずっと独り、誰とも喋らない日々が始まった。町へ行けば誰かしら笑顔で近付いてきてくれるけど、虚しさばかりが募ってしまう。
大好きな町だ。でも、母がいない。それだけで全てが悲しい。何もかも色褪せて見える。俺の時間は止まったんだ。
子どもたちが家に帰るように、月も徐々に姿を消す。でも自分には帰る場所がない。
暁闇に目を細め、大地を照りつける太陽を見上げる。空が夕焼け色に染まれば、夜に備えて恰好を暖かくした。
独りの夜が戻ってきた。弱い自分はこの場所から動くことができない。きっと、もっと遠くへ行けば見たこともない景色を見られるのに。……母のように命を失うことが怖かった。
独りが怖い。人が、怖い。
「耶神君?」
今が何時かも分からない。けど虫の声も聞こえなくなったから、夜更けに間違いない。耶神は長く閉じていた瞼を開けた。
祠の前で蹲る彼の前に佇んでいたのは、心配そうにこちらを見ている胡内だった。
昨夜は気まずい別れ方をしたのに、また会いに来てくれたようだ。彼も相当お人好しで、……変わり者だ。
「胡内さん。どうして……」
来てくれて嬉しいのに、そんな質問が口をついて出た。純粋に疑問だったからかもしれない。何もない町だから、暇を持て余して会いにきてくれてるだけという可能性も有るけど。
それにしては、彼は優しすぎる。
「君に会いたかったからさ。……来ちゃだめだった?」
それには慌てて首を横に振った。本当に嬉しい。氷のように冷たかった心がみるみる暖まる。
胡内は汚れるのも構わず、耶神と同じように石畳に腰を下ろした。そして自分が着ている上着を彼の華奢な肩に掛ける。
暖かくて安心するけど、何故彼がここまで優しくしてくれるのか分からない。か弱い少女相手ならともかく、男の自分に優しさを振りまく必要などない。あと少しで別れる相手なら、なおさら。
「……って耶神君、すごい冷えてる! 今日は寒いし、もう家に帰った方がいいよ」
彼の温かい掌が頬に触れる。反射的に後ろへ引いてしまったけど、背中に回った手が逃げることを許さない。石灯篭に背中を預けたまま、崩れるように俯いた。




