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Flame,Plus  作者: 鉄箱
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第五話 大角大蛇 (前編)

学院校舎の、資料室。

ここでは、教員が授業で使うことができる資料が置いてあった。


もうすぐ日も暮れるというのに、この場所で女生徒が資料を探していた。

彼女は、教員に手伝いを頼まれた、模範的な生徒だった。


「先生、この辺りにはありませんよ」


言われた資料を探すも、一向に見つからない。

その苛立ちを隠すように、黒縁眼鏡をぐいっとあげた。


「先生?」


返事が来ない事を不審に思い、彼女は自分が“先生”と呼んだ人物の方へ、首を回した。

だが、そこにいたのは――大きな角を生やした、巨大な蛇だった。


「っ」


叫び声をあげようとした。

だが、それが音声となって空間に響く前に――女生徒の姿は、蛇の腹の中へ消えた。


「さぁ、次はどうかな?」


楽しげな笑い声が、夕暮れの校舎にひっそりと響いた。











Flame,Plus











四月の、ある平日。

中庭の大きな木の根元で、椿は目を丸くしていた。


「連続失踪事件?」

「ええ、そうですわ」


聞き返すように呟いた椿に、レイアはゆっくりと頷いた。


「最初に行方が解らなくなったのは、模範的な優等生。彼女の友人達は、口を揃えて“ふらふらと遊びに行くような人間ではない”と言ったそうですわ」


レイアの説明に、奈津が手を挙げる。


「連続失踪で最初がその子なら、今は?」


何人、消えたのか?

そう訊ねる奈津の目は、真剣なものだった。


「これが起こったのが、先週の初め。今週に入って、これで五人失踪していますわ」


先週の初めという言葉に、奈津とラミネージュは苦い表情をつくった。

その日は、奈津達の中では“青い邪霊事件”と呼ばれていたのだから。

椿だけは、よくわからず首をかしげていたが。


「ねぇ、レイア」


椿に呼ばれて、レイアは説明を中断した。

といっても、これ以上説明することもなかったのだが。


「この学校って、よくこんな事件が起こるの?」


安全という保証はされていないとはいえ、名門校である以上セキュリティーはしっかりしているはずだ。それでも、短い期間で二度の事件。今回はまだ邪霊と決まった訳ではないが、短い間隔で起こった事件ということには、変わりない。


「そんなことはありませんわ」


レイアはそう、肩を竦めた。


「校舎に入り込むことが出来るような知恵のある邪霊は、魔法使い達の巣窟のような学校関係施設に侵入するなどという、大きなリスクを負うような真似は致しませんの。ですから、今回が異常なだけ、ですわ」


そういって苦笑いをつくるレイアに、椿は安堵の息を吐いた。


「でも、安心するには、早い」


ラミネージュが、そんな椿に待ったをかけた。

話に加わると言うことは、満足するだけ食べ終わったということだ。


「また、巻き込まれないように、注意が必要」

「――オールアクセンの言うとおりですわ。あなたたち」


ジト目で見られて、椿は顔を引きつらせた。

だが、あれは巻き込まれたくて巻き込まれた訳ではない。


「うぅ……気をつけます」

「わかってるよぅ」


うなだれる椿と、頬をふくらませる奈津。

確かに、警告されるような時期に放課後まで残るというのは、如何なる理由があろうと不用心が過ぎた。そのことは、既に楓からも注意されていたのだった。


「ま、そうそう二度も三度も巻き込まれるとは思えないけどねー」

「奈津……そんなことを言う人が一番信用ならないと、解っています?」

「う」


レイアだけでなくラミネージュと椿の視線にまで晒されて、奈津は冷や汗をかきながら目を逸らした。

もっとも、椿はただ目をやっただけで責める心算などなかったのだが、結果的に視線に負けた奈津には、知る術はなかった。















いつものように、のほほんとした雰囲気でミファエルの授業が始まった。

今日は、実践ではなく座学のため、場所は教室だ。


「はいはい~……それでは今日は、まずレベルについてお勉強しましょう」


魔法使いの実力に密接な関係があるのが、実力のレベルだ。


「ランク、レベルでも構いませんが、これは実績と力量により定められた階位のことです。これによって任されるお仕事や就ける職業も変わるので、よく覚えておいてくださいね」


ミファエルは、黄色のチョークを使って黒板に、クラウンと書いた。


「この階位の事を“選定の王冠|≪クラウンコード≫”といい、十一段階に分けられます。これは、戦鎧と装霊器に王冠の紋章を刻むことを義務づけられています。ちなみに、つけ忘れてしまったり、故意につけなかったりしたら、罰則を受けた上で罰金を払わなければならないので、つけ忘れたりしないように注意しましょうね」


ミファエルはそういって笑うと、黒板に十一個の数字を書いた。


「選定の王冠は、全部で十一段階あります。下から、無色、黒、白、黄色、緑、紫、青、赤、銀、金、虹とあります」


数字の横に、それぞれの色を書く。

ミファエルは、このためだけに無色、黒と虹と金、銀を抜く五色のチョークを仕入れていた。黒を持ってこなかっただけ良心的かもしれないが、緑は非常に見えづらい。


「教員資格が必要なのは、レベル六の紫からと原則として決められています。見合った実績があれば叩き上げでも高レベルにはなれますから、頑張って上を目指してくださいね~」


そこで一息入れると、生徒達の顔を見まわす。

決意に満ちた表情をする何割かの生徒に、ミファエルは優しい笑顔を浮かべた。


「国直属の魔法使い集団である騎士団に入るには、レベル八の赤が必要です。険しい道ですが、皆さんなら出来ると信じています、頑張ってくださいね」


言いながら、黒板に情報をまとめたものを書いていく、

生徒達は、それをかりかりと板書していった。


「レベル七以上の魔法使いは、国からその実績と力量を讃えられて二つ名が与えられます、この二つ名のことを“称号|≪ウィッチクラウン≫”と呼びます」


称号で、魔法使いのタイプが解る。

レベルの高い魔法使いは、急な呼び出しで戦闘に加わることが多々ある。

そんな時に、称号を伝えておけばいちいち得意なポジションを伝えることなく急造のコンビネーションがとれる。そのような配慮と、純粋に魔法使いに対する名誉として考えられた制度だった。蛇足だが、称号が贈られた魔法使いは年金が出る。


「皆さんの身近なところで称号を持っているのは、このクラスの担任の先生、楓先生と医務室のアンジェリカ先生、それに、私ですね」


楓はレベル七の青。ミファエルはレベル八の赤。アンジェリカはレベル九の銀だ。

アンジェリカは戦闘要員でこそないが、治療に関しては並ぶ者の居ない魔法使いだった。


「それでは、今日のところはサービス問題として試験に出しますので、皆さんしっかり覚えてくださいね~」


ミファエルはそう締めくくると、授業を終えた。















寮への帰り道。

椿と奈津は、選定の王冠について話をしていた。


「一般の魔法学校で、卒業時にレベル四か五くらいが普通かな。名門は、大抵は六や七を輩出しているんだよ。特に楼城館学院ここは、レベル十を輩出したことがあるって有名なんだ」


いまいちレベルや身分の話に疎い椿に、奈津が説明をしていく。


「あ、それは知ってる。確か、騎士団の“元帥|≪ロードオブナイト≫”さんが、この国で唯一のレベル十、なんだよね」


祖父母が騎士団出身と言うこともあり、それに関係することならば、椿の耳にも入っていた。現在レベル十は、各国に一人ずつしかいない。


「レベル十一は、過去に一人だけ。むしろその人のために設けられたといっても良い地位なんだ。だから、亡くなられたその人に追いつくものが現われるまで、空席なんだ」


一番最初の邪霊王を倒すことにもっとも貢献した人物で、最後は邪霊王と相打ちとなって死亡した。動乱の最中、叩き上げだったためか性別すらも伝わっていないが、その圧倒的な力量と、人類でも最大級の功績をたたえられて、レベル十一を彼、もしくは彼女のために作った。今のところ、英雄と呼ばれたその人に並び立つ存在はいないため、空席となっているのだ。


椿は、自分の学生証を開いた。

学生証は、透かしで選定の王冠が刻まれていて、角度を変えると見えるようになっている。

椿と奈津のクラウンは黒。先日の邪霊との戦いが認められて、ランクが上がったのだ。

二学年に上がる際の平均は白、レベル三なので、庶民の出にしては調子が良い程度の扱いだった。


「卒業までにレベル六。それがこの学院で目指す場所」


椿は、学生証をかざしながら、そう呟いた。

その視線の先に何があるのか……何を、見ているのか。

奈津がそれを問おうとしたとき、椿は不意に足を止めた。


「うん?……どうしたのさ、椿」

「あ――今、何か聞こえなかった?」

「何かって?」


後ろを向いて遠くを見る椿に、奈津は首をかしげる。

だが、その意味もすぐに理解することになる。


――…キ…ァ……ァァッ!!


叫び声。それも、そう遠くはない。

奈津の耳に聞こえてきたのは今が初めてで、椿が何を聞き取って振り返ったかは解らない。

だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。椿は既に、走り出していたのだから。


「あー……もうっ!」


奈津は、急いで鞄から装霊器を取り出して足に装着すると、走っていった奈津を追いかけた。例えスタートが遅れても、彼女の“風”は、少しの距離などものともしない。















――食ベ、ル、食、ベル、食ベル


断続的に頭に響く声と痛みに、椿は顔をしかめた。

頭痛を振り払うために頭を振って、走りながらも息を整えようとする。


――コロス、コロセコロセ、コロス


音量と共に、頭痛も非道くなる。

だが、それでも椿は走った。この声の主は、誰かを“殺そうと”しているのだから。

出来る場所にいながら、何も出来ない。

そんなのは嫌だと、椿は唇を噛む。


頭痛が強くなる方へ走っていく。

すると、寮への道から外れた広場で女生徒が倒れているのを見つけて、椿は駆け寄った。


「大丈夫ですかっ!?」


大きな声を上げると、不思議と頭痛が治まる。

それと同時に声も聞こえなくなり、椿は突然の展開に困惑し、眉をしかめる。


『シャアァァァァアアアアアア』

「っ!?」


頭上から聞こえた鳴き声に、椿は女生徒を抱えて飛び退く。

そこにいたのは、蛇だった。漆黒の鱗と闇色の角を持つ、巨大な蛇。

大蛇は、椿と女生徒を呑み込もうと口を開けていた。


焦ってきたことと頭痛のせいもあって、椿は装霊器を嵌めていなかった。

そのため、大きくうねって突進する大蛇を、退ける術がなく呆然とする。


「させるかぁっ!」


そんな大蛇の攻撃を退けたのは、奈津だった。

片足を曲げたドロップキックで、大蛇の横面を蹴り飛ばす。

バイザーが陽光に反射して輝く様子は、妙に格好良かった。


「正義のヒーローなめんなっ!」


左手を腰について、右手の人差し指で大蛇を指す。

ここまで綺麗に決まったことがよほど嬉しかったのか、奈津の顔はにやけている。

椿は、逆光のせいでその表情を見ることが出来なかったので、純粋に格好良いと感心していた。両者にとって、幸運である。


椿は、“黒縁眼鏡”にお下げ髪の少女を地面に降ろすと、自分もバッグから装霊器を取り出し装着して、戦鎧を身に纏った。


『シュゥゥゥゥウウウウウ』


目があるはずの位置には、ぽっかりと闇が広がっている。

それは、漆黒の鱗に埋もれることなく、椿たちに深淵を見せていた。


「なんでこうも僕たちに絡むかなぁ、邪霊め」

「本当に、迷惑だよね」


二人は肩を竦めて軽口を叩いてはいるが、緊張から脂汗をかいていた。

唇と喉はからからに渇き、手足は震えている。たった一度の戦闘で慣れるような訓練は、積んでいなかった。彼女たちは、まだ魔法を習い始めたばかりのひよこなのだから。


大蛇は威嚇のために、大きく身体を持ち上げる。

五メートルほどの高さから見下されるという滅多にない体験に、怯えが強くなる。

甲冑の時でさえ“少し大柄だった”程度の大きさだった。


このように巨大な化け物相手に立ち向かう経験など、まったく無い。


「それでも――」

「――逃げる訳には、いかないよね」


椿と奈津は、恐怖による震えを、正義感で覆い隠した。

今ここで逃げ出したら、後ろにいる女生徒は助からない。抱えて逃げたら共倒れで、そして、捨てて逃げる訳にはいかない。


だから、二人は心を振るわせる。

自身の意志を貫き、前を見据えるための一歩を踏み出した。

逃げることが正しいことだとは、思わない。

いや、思いたくないから、戦いを選ぶのだ。


『キシャァァァァァアアアアア!!』


後ろには退けない。

横にも飛べない。

上にも行けない。

だったら――正面から、破ればいい。


「【四元素が一柱を司る・火焔を呼ぶ槍の火蜥蜴よ・我が敵を・その吐息で焼き尽くせ】」


新しく覚えた、アレク固有の魔法の、二つ目。

威力は拡散するが、多少大きい相手でも視界を埋め尽くすことが出来る、火炎放射だ。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に旋風の加護を与えん】」


奈津が纏う風は、速さのそれではない。

今彼女が纏っているのは、熱や冷気を通さない風の衣だ。


すなわち――――椿の放った炎の中を、無傷で移動することが出来るということだ。


「砕けろォッ!」


炎に怯み、身体を反らした大蛇の角に、奈津は強烈な空中回し蹴りを叩き込んだ。

大蛇は怯みながらも勢いよく首を戻し、体勢を直しきれていなかった奈津の足を、咥え込んだ。


「げっ」


引きつった顔で怯む奈津を、大蛇はそのまま呑み込もうとする。

そんな大蛇の腹を、椿は装霊器を使って、ストレートを叩き込んだ。

友達が食べられるのを見て黙っているほど、大人しい気性の持ち主ではない。


「【四元素が一柱を司どる・灼熱を統べし槍の火蜥蜴よ・我が手にその穂先を与えん】」


そして、先端を当てたまま魔法の刃を展開することにより、大蛇の腹に大きな衝撃を与えた。その衝撃に大蛇は奈津を離すが、ただ離したりはしなかった。


――ドンッ

「づっ!?」


首を振ることにより、奈津に思い切り身体をぶち当てる、

咄嗟に腕を交差させて身体から力を抜くが、勢いを殺せる程鍛えてはいない。


そして、椿もまた、大蛇に衝撃を与えた無茶な攻撃の反動で、肩を痛めていた。


「奈津っ!」


奈津は、そのまま遙か後方へ飛ばされる。

そして、奈津を気にかけた一瞬の隙を、大蛇は見逃さなかった。


『シャアッ』


最早逃れられないタイミングで、大蛇は椿を呑み込もうと口を開けて襲いかかる。

ゼロ距離展開でも傷つけることができなかった鱗を持つ大蛇に、椿は対抗策が思い浮かばなかった。


反射で動けるようになるほど経験を積んでいないのは、この年代の魔法使いならば、当然のことだ。そう頭では理解しているが、感情は追いつかない。


悔しさに歯がみしながらも、瞬きはしない。

どんな絶望的な状況でも、諦めたくなかった。


そして――視界に大蛇しか映らなくなる程に接近を許してしまった椿の耳に、歌うような声が聞こえた。


「【豊穣を司りし・大いなる水の神よ・エルストルの契約に基づき・我らを害する者を・その力強き激流を以て・大河の底に沈めよ】」


聞き覚えのあるその声の主は、魔力を用いて詠唱を紡いだ。

それは、名家に伝わる伝統言語。守護精霊の力を借りた、特別な魔法。

完成されたその魔法は、椿の眼前から大蛇を押し流した。

その威力は並のものではなく、大蛇の鱗に大きな罅を入れた。

蛇の鱗なのに罅というのも奇妙な話だが、相手は邪霊だ。常識で語るべきではない。


「まったく……“嫌な予感”がしてみれば、これですわ」

「れい、あ?」


クルタナ型装霊器に青い光を灯し、悠然と佇む少女。

陽光を反射して尚呑み込まれることなく輝く金色の髪が、噴出した魔力の残滓によって揺らめいていた。その姿は、天より降り立った戦乙女のようにも、見えていた。


魔法使いにとっての“嫌な予感”は、必ずしも気のせいで済ませられるものではない。

精霊と契約をしている魔法使いは、個人差はあるが幻想に引っ張られている。そのため、こういった直感の類には、十分に注意しておく必要があるのだ。


名門エルストルの次期当主であるレイアは、抜群のセンスを持っていた。

それ故に、こうして感じた直感に従い、一番何かありそうな椿を探して学校の周辺を探していたのだった。


『フシュゥゥゥウ……』


毅然と佇むレイアと、体勢を立て直した椿。更に、満身創痍だが女生徒を抱えて距離をとった奈津。三人の姿を認めて分が悪いと感じたのか、大蛇はゆっくりと後ずさりながら、闇に消えていった。


「はぁ……た、助かりましたわ」


完全に姿が消えたことを確認すると、レイアはクルタナを杖にして肩を落とした。


「ホントだよ、立ってるのがやっとだよ」

「あ、あはは……わ、わたしも」


結局は、三人ともやせ我慢だったのだ。

レイアとて、本格的な魔法の勉強は学院に入った後から始めた。

それまでは伝統言語の理解と使い方を家で習ってきただけであって、実戦どころか実験で使うのすら初めてだった。慣れない魔力行使は体力を削り、たった一度で支えがないといられなくなったのだ。


「そ、そうだ!奈津、その子は大丈夫?」

「うん、気を失ってるだけだよ」


椿がほっと息をついたのを見て、奈津は優しげに微笑んだ。

そんな二人の様子に、レイアは肩を竦めてため息をついた。

そんなにお人好しだから、巻き込まれるのだ――と。


「大丈夫かっ!」


聞こえてきたのは、椿たちの担任教師である楓の姿だった。

その姿を確認して、椿と奈津は安堵から膝をつく。

その横で、レイアは虚勢からか、震える足で背筋を伸ばしていた。
















「どういうことですかっ!?」


両手で叩かれた机が、悲鳴を上げて軋んだ。

やや広めの研究室で、室内は綺麗に整理整頓されていた。


磨かれたのかと疑いたくなる程の、美しい事務机。

その奥には、一人の男性が爪を磨いていた。


「ですから、彼女は怪しいといったのですよ。草加先生」


その言葉に楓は、音が漏れる程強く、歯を噛みしめた。

くすんだ黄色の髪と黄色の目、短い髪だが、前に垂らした左の一房だけ、伸ばして編み込んでいた。


中性的な顔立ちの教師――彼の名は、三上院慎二郎みじょういんしんじろうといった。


「校舎に侵入できる邪霊が、レベル一の魔法使いに敗れる?……私はね、先生」


慎二郎は、他者を見下す冷たい目で、一言一言をゆっくりと紡いだ。


「子供の戯れ言に付き合っている暇は、ないんですよ」

「――っ……神崎達の言葉が、嘘だと?」


教え子を貶されて唇を噛む楓に、再び爪を磨く作業に戻った慎二郎が、興味を見せない平坦な口調で答える。


「断定は致しませんよ。ですがやはり――様子を見るべきだと思うのですが、ねぇ?」


邪霊が出た際に、楓達は魔法戦闘を察知してすぐに出ようとした。

だが、椿を怪しむ慎二郎によって、足止めされていたのだ。


「こう何度も侵入されている以上、疑ってかかるべきだと、私は忠告しているのですよ」


一年生担当の学年主事に就く彼に許可を貰わなければ、救出に行くことすら出来ない。教職員とはいえ縦社会で仕事をしている以上、ついて回る問題だった。


「もしかしたら、彼女は――」

「先生っ!」


言おうとした言葉を楓に遮られて、慎二郎は肩を竦めた。


「まぁいいでしょう。なんにしても、しばらくの“監視”は必要です。疑いたくないということも結構ですが――そうですね、疑わせない証拠でもあれば、別ですがね」

「っ……わかり、ました」


そんなものは無いと暗に告げる慎二郎の言葉に、楓は怒りによって漏れ出す魔力を抑えながら、肩を怒らせて退出した。


「さて、どう出るか見物ですねぇ――――神崎椿君?」


その呟きは、誰の耳にも入ることなく、泡となって虚空へ消えた。

後書きは後編で。

今日中には、遅くても明日の朝には後編をあげたいと思います。


それでは、後編もよろしくお願い致します。


2010/08/20 加筆修正

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