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Flame,Plus  作者: 鉄箱
37/42

第二十三話 雪月焔歌 (中編)

肌を打つ冷たい風。

痛みを伴う凍てつく突風。


その衝撃に、奈津は一歩、後ろに下がった。


――ボコッ

「え?」

「佐倉さん!」


ぐらりと身体が傾いて、浮遊感に包まれる。

空を飛ぶことを経験したことのある奈津でも、意図せず襲ってくる感覚には、僅かな吐き気を覚えていた。


穴なんか、無かったはずなのに。


そんな混乱から、一瞬思考が停止する。

だがそれは、隙というのにも短い間隔。

それだけで、奈津は立ち直る。


「嘗めるなっ!」


落ちた程度。

その程度で、どうにかなる奈津ではない。


「へぶっ!?」


だが、持ち直したところで、顔面にコウモリが張り付いて、再び体勢を崩した。

それでも奈津は、風を操作して持ち直そうとする。


「あわわわっ!?」

「へっ!?」


だが、その行動は三度潰されることになった。

コウモリに引っ張られる形で、救助に向かおうとした神楽が落ちたのだ。


今度こそ抗うことはできずに、落ちる。

なんとか地面に着地することには成功したが、穴はコウモリによって塞がれた。

行きの時もこうして、地面に見立てていたのだろう。


最高のタイミングで、引きずり落とすために。


「あう、ごめんなさい」


着地をするとき、奈津はついでに神楽を横抱きに抱えていた。

抱えられた神楽は、その体勢のまま申し訳なさそうに謝った。


「いえ、今のは仕方がないですよ」

「うぅ、ありがとうございます」


項垂れる神楽。

そんな神楽の様子を見て、奈津は年下の少女をいじめているような気分になり、顔を引きつらせた。


神楽を地面に降ろすと、周囲を見回す。

そして、一度上を見上げて、息を吐いた。


「ひとまず、進みましょう。誘いに乗るのは癪ですが、合流するのにはそれが手っ取り早いでしょうし」

「そうですね。って、先生が言わなければならないことでしたね」


落ち込みながらも、神楽は顔を上げる。

まず邪霊を倒して、それから意気揚々と合流する。


二人はそう決めると、鍾乳洞の中を歩き出した。











Flame,Plus











洞窟の中だけあって、鍾乳洞は薄暗い。

だが、視界が閉ざされる程ではなかった。

天井の所々から光が漏れていて、その光が、僅かではあるが洞窟を照らしていた。


「この洞窟、崩れるんじゃないかな」

「そうですね。所々光が漏れていると言うことは、穴だらけと言うことですからね」


むしろ、地形としては鍾乳洞だが、実は別の何かである。

そう言われた方が、安心は出来ないが納得することは出来る。


そうして歩いていると、奈津は上空に気配を感じた。

普通ならここでするのは“警戒”だろう。だが、妙に不意打ちの経験が多かった奈津は、実体験からそれを“不意打ち”と判断して、飛び上がる。


「せい!」

『ギィッ!?』


そして、身体を縦に回転させて、オーバーヘッドキックを放った。

すると、奈津の上空に来ていたのだろうコウモリが、悲鳴と共に塵になった。


「おぉっ!良い反応ですねー」

「あはは、ありがとうございます」


神楽はそう言いながらも、周囲の警戒レベルを引き上げる。

コウモリが邪霊なら、ここは邪霊の巣だ。


『キィッ』『キギッ』『ギィッ』『キギギ』『キィーッ』


奈津達の頭上を、邪霊が飛び回る。

その数は――千をくだらない。


「絶対に“核”持ちですよね、あれ」

「そうですね。ちょっと大変そうです」


神楽は苦笑しながら、腰を落とす。

両手の甲を外側を向けて、腰の横に持っていく。

左足を半歩前に出して、右足を一歩後ろに退く。

盾の部分が身体の両側面を守る、神楽の構えだった。


『キギキキィィィッッッ!!』


邪霊は、大きく鳴くと、束になって奈津と神楽に襲いかかる。

その姿は最早、黒の津波と言っても過言ではない、怒濤のうねりだった。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に疾風の加護を授けん】」


一匹一匹が脅威ではないのは、わかっている。

ならば、使うのは速度上昇の魔法だ。

奈津は疾風の加護をその身に宿すと、蹴り出せるように構えた。


「【北方を守護せし・亀と蛇を象る・聖獣よ・我に怒濤の・力を与えよ】」


対して、神楽は動かない。

詠唱をしても、その構えは崩さなかった。

だが、シールドのブースト部分に青い光が走っていることが伺えることから、何らかの魔法を付加したことは解った。青と言うことは、水に属する魔法だ。


『キキィッ!』

「はぁっ!」

「シッ!」


先頭の一匹を、奈津が右足で蹴り落とす。

そして、すぐに足を畳んで再び蹴る、連続蹴り。


神楽は、腕を前に突き出す。

ブースト部分に宿った水が爆発して、スピードを上昇させる。

それによって邪霊を落とすと、逆噴射により腕が元の位置に戻る。

それを左右で繰り返すことによる、超高速の連続突き。


目を瞠る速度で減っていく自身の“身体”に、邪霊は形勢の不利を悟る。

当初の物量で押しつぶす作戦を変更して、大きく後退する。


だが、体勢を立て直すことを許す程、甘くはない。

二人は一気にその場から走って、後退した邪霊に追いすがる。

邪霊とて、無限の力を持っている訳ではない。核を壊されなければ死なないとはいえ、消耗はする。


雲のように纏まっていた邪霊は、二人の突撃で数十の肉体を塵に変えた。

邪霊は分散して、上空に飛び上がる。


量がだめなら、質を使う。

天井付近で再び集まると、今度は密集していく。


「先生……」

「……はい」


奈津が嫌そうに呟くと、神楽はそれに頷いた。

言いたいことは、嫌という程解った。


邪霊は密集して、合体していく。

それだけならば、まだいい。スライムもそうだった。


「なんだか、減ってますね……鍾乳洞」

「減ってますね」


鍾乳洞ではなく、鍾乳洞に見えるように形を変えていた邪霊だった。

ラミネージュがこれに気がつけば、突然消えた鍾乳洞に目を丸くすることだろう。


天井も無くなり、ついにその場所が開く。

そこは、地面の窪みの下に位置する、特殊な雪原だった。


そう、元からこの山に――洞窟など、無かったのだ。


やがて、邪霊の全容が顕わになる。

赤黒い肌と、鋭い牙。目はなくて、耳が大きい。

巨大な翼と細い足、背中からは、無数の“茨”が生えている。


なによりも注目すべきは、その大きさだろう。

吹雪の中でなければ間違いなく悪目立ちするサイズ。

横幅だけで十五メートルはありそうだ。


『ギギィッッッ!!!』


邪霊が、甲高い声で鳴く。

すると、背中に生えた茨が伸びて、奈津たちに襲いかかった。


「【大気を――」

――ィィイインッ!!

「――っ!?」


詠唱をしようとすると、響いた高い音に潰される。

奈津は咄嗟に超越者の能力を使うと、それを用いて飛び退いた。


神楽はそれをみて、奈津の力に納得をしていた。

楓、アンジェリカ、ミファエル、神楽、そして学院長。

この五人は、奈津の力を知っている。椿のそれと違って、公式に残っている事件で得た能力のため、担任や顧問といった関わりが強くて理解がある大人には、知らされていた。


ちなみに、理解があるかと言われれば疑問視せざるを得ないという理由で、慎二郎には教えられていなかった。


「先生!詠唱が、潰されます!」

「邪霊の能力でしょうね。私がなんとかします」


神楽はそう言いつつも、動かない。

そんな神楽に、邪霊は狙いを定めた。


茨を集束して、鎚の形に変える。

その巨大な鎚を、神楽に振り下ろした。

詠唱をされても、問題はない。

喉から出す音は、魔法使いの詠唱を潰す。


「先生!」

――ドゴンッ!


振り下ろされる。

それは周囲にクレーターを作り、その威力を物語っていた。

魔法による防御もなしに受ければ、その身体は粉々に砕け散るだろう。


雪が舞い上がり、煙となる。

奈津は超越者の力で、相変わらず襲う茨を避けながら、神楽の方を見て歯がみする。

目を逸らしたくなる気持ちを抑えて、煙の晴れたその場所を見た。


変わらず、神楽が立っている。

神楽は左手一本……たったそれだけで鎚を受け止めていた。


「“不動”の魔法です。貴方ごときの力では、動かざるものを潰すことは出来ません」


神楽は、魔法と言った。

それが例え詠唱の短い自創言語だったとしても、唱える暇などなかったのに。


神楽がその状態から右腕を出す。

すると、そこから放たれた水のレーザー……ウォーターカッターが、邪霊の喉を貫いた。


『ッッッ!!?』


悲鳴を上げることも出来なくなり、邪霊は動揺する。

人間程考えられなくとも、意志はある。だからこそ、詠唱をせずに魔法を発現した神楽に、驚愕と困惑の感情を抱いた。


「これが私の“天恵”」


奈津に教えているのだろう。

その声は、授業でも感じられない。教育者の威厳に満ちていた。

それが、魔法使いとしての彼女――レベル七の、姿。


「ありとあらゆる過程を一段飛ばす力――“境界跳躍|≪ワンステップ≫”」


個人の認識によって、天恵者や向こう側の子供達は、能力の規模を変える。

どれだけ“人間”の価値観から外れることが出来るか?それを表す、力。


神楽は、魔法に対して、詠唱、発現の二段によって行われると解釈していた。

口に出した方が威力は上がるが、それは認識不足でしかない。それでも、詠唱をしたときに迫る威力を持つ魔法を、神楽は無詠唱で放つことが出来た。


「佐倉さん!本体は、左肩です!」

「っ――はい!」


邪霊の集合体であるため、核を隠すのは用意だった。

それ故に、見た目では解らない本体を見透かされたことに、邪霊は再び動揺する。

動揺して、茨の動きを、止める。


神楽が“探す”という過程を飛ばして、“発見”したのだ。


「【大気を統べる風の主よ・我が身体に宿り・我が身に烈風の加護を与えん】」


あまり丈夫な邪霊でないことは、解っている。

ならば、使用するのは貫通特化の魔法だ。


超越者の能力により一気に駆け出す。

動き出した茨を足場にして、飛び上がる。


邪霊はその鎚を持って奈津を叩き落とそうとするが、失敗した。


「【北方を守護せし・亀と蛇を象る・聖獣よ・我に地の力を秘めし・槍を授けよ】」


大地で構成された巨大な槍が、地面から突き出て宙に浮かぶ邪霊の足を貫いた。

その痛みに怯んで、動きが鈍る。音波によって奈津の位置を特定すると、奈津が自分の“背後”にいることを突き止めた。


『ッッッ――!!』


既に貫かれていた邪霊は、藻掻いたあげくに霧散して、一匹一匹が天に昇る。

そして、霧のように広がって、塵になって消滅した。


その塵も吹雪に呑み込まれて、奈津たちに降り注ぐことなく、消えていった。


「終わったぁー」


奈津はそう言って、大きく息を吐いた。


「お疲れ様です、佐倉さん」

「神楽先生も……って、疲れてませんよね?」

「あはは、鍛えてますから」


神楽はそう笑って、力こぶを作ってみせる。

華奢なように見えて、腕はしっかりと引き締まっている。

本当に鍛えているのだろう。


天恵者も向こう側の子供達も、能力を使用する際に魔力的なデメリットはない。

その代わりに体力を使うため、鍛えることには意味があった。


「今度一緒にトレーニングしましょうよ」

「いいですね。それなら、神崎さん達も誘いましょうか」

「ははっ、喜びますよ」


女の子は、いつでも気になることがある。

その憎き腹回りや二の腕の悪魔を退治するためならば、喜んで参加するだろう。

奈津としても、レイア辺りはそろそろ胸回りの脂肪を減らすべきだろうと、考えていた。


「そうそう、先生」

「どうしました?佐倉さん」

「そう!それ!」


首をかしげる神楽に、奈津は声を上げた。


「その“佐倉”さんって、止めましょうよ。奈津で良いですよ」

「あ――そう、ですね。解りました。奈津さん。ふふ、神崎さん達も、そうしましょう」

「ええ、喜びますよ。絶対」


顧問で、一緒に苦難を乗り越えて、こうして戦っている。

ならば、あまり他人行儀な呼び方をするのは、やめよう。

神楽は、教師として、慕われていることを自覚する。

そして、頬に僅かな朱を刺した。


「絶対、ですか」

「絶対、です」


頷き合う。

それで、もう十分だ。


「さて、休憩終わりっと」

「そうですね……では、椿さんたちを助けに行きましょう!」

「はい!」


神楽が、邪霊の気配を探す過程を飛ばして、方向を定める。

そして、椿の元へ歩き出す。


――どこかで、紅い光が渦巻いた。

今回は、中編でした。

次回後編は、椿パートです。


モチベーションが上手く上がらず、どうも質が落ちているような気がしてならないです。

ご意見ご感想ご評価のほど、どうかよろしくお願い致します。


後編も、できるだけ早めにあげたいと思います。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次回、後編も、よろしくお願いします。


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