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Flame,Plus  作者: 鉄箱
36/42

第二十三話 雪月焔歌 (前編)

雪山にいるのなら、遭遇することがある天候がある。


ゆったりと降る分には、ロマン諸々の感情事情で心が躍る、雪。

あまり降らない地方にいるのなら、多少寒がりでも体感したいと思う。

そんな人は、少なくはないだろう。


ただし、前述でも述べたとおり、それは“ゆったりと降る”場合のみといえた。


温度が高いと、感覚は“温かい”から“痛い”にシフトする。

それは、温度が低い場合も同様だ。


低すぎる温度は、感覚を“寒い”から“痛い”にシフトさせる。

それでいてやはり“寒い”のだ。


肌に叩きつけられる、雪。

スキーウェアよりも防寒性能に優れている戦鎧を纏ってなおそう感じさせるというところに、応龍杯の天候操作は、実はあまり温度が低くなかったのだと実感させられる。


歯がカチカチと鳴り、むき出しの頬が痛みを感じさせる。


「さささささ、さむ、さむ、い」


吐く息は、白くない。

吐く息がどうなっているのかわからないほど、視界が悪いのだ。


椿は、思う。

自分たちが旅行へ行くと、必ず何かに巻き込まれる。

そんなジンクスでもあるのだろうか?と。


英雄考察研究会冬期合宿二日目。

舞い込んだ“厄介ごと”の調査のために……。


……猛吹雪の中、活動中となっていた。


「ひっくちんっ」


情けないくしゃみが、ごうごうと鳴る吹雪の音に、かき消えた。











Flame,Plus











合宿二日目。

それは、朝食を食べてすぐのことだった。


備え付けの電話が鳴り響き、レイアが取りに行く。

その待ち時間の間、奈津が小さく呟いた。


「嫌な予感がする」

「同感」


続く、ラミネージュ。

その言葉に、椿は顔を引きつらせた。

ただ一人、神楽だけは、なんのことだか解らず首をかしげていた。


「寒いねー、アレク」


椿は、顕現させているアレクに指を出して、遊ぶ。

現実逃避ともいう。


やがて、レイアが帰ってくる。

一目でイライラしているとわかる表情だった。

彼女は、母親同様“団欒”を潰されることに、怒りを持つタイプの人間だった。


「聞きたくない、聞きたくないけど……どうしたの?」

「私とて言いたくありませんわ。言いますけど」


奈津のフリに、レイアは前置きしつつ答えた。

この時点で、ため息が重い。


「ここら一帯はエルストルの私有地なのですが、そこに頭の悪い方々が侵入する事がありますの。亜霊石や稀霊石があると踏んでやってくるどうしようもないタイプの」


そう言いながら、席に座る。

その間に、ラミネージュがレイアの前に温かいお茶の入った湯飲みを置いた。


「二人でのこのこやってきて、氷漬けで発見されましたの。救出が早かったおかげで命に別状はありませんでしたが、厄介な証言をしてくれましたわ。……彼らは、ぎりぎりまで搾り取った方が良さそうですわね」


搾り取るのは、金ではない。

精神力や生きる希望ややる気や悪気……とにかく、生まれ変わって真人間に変身させるくらい搾り取る気であった。彼らの就職先は福祉系NGOだろう。


「聞きたくない、聞きたくないけど……証言って?」

「はぁ――――ずばり、“邪霊に襲われた”ですわ」


奈津は、額に手を当てて天を仰いだ。

大げさである。だが、こうしないと気持ちが沈む。


「まともに戦える人材は、ここ周辺で私たちのみ。当然、私たちにお鉢が回ってきましたわ」


冬休みに、地元の人が雪山にいるはずもなく。

更に言えば、レベル七の神楽がいて、レベル五が二人にレベル三が二人いる。

これで依頼が舞い込まないということの方が、不思議である。


「どうしますの?」


念のため、そう言った様子で、レイアが訊ねる。

すると、椿たちは顔を合わせて、笑った。


「断る訳にはいかないよね」

「そうそう、なんていったって僕たちは」

「英雄考察研究会」

「ヒーロー研の部員、ですからね」


神楽は部員ではなく顧問だが、細かいことは気にしない。

幸いにも、違和感のない風貌である。


「よし!二日目のプログラムは、邪霊退治!それで決まりで、いいね?」

『おーっ!』


手を振り上げて、奈津に呼応する。

レイアは楽しそうに笑いながら……口に含んだお茶を噴き出すのだった。


それは、ラミネージュのお手製である。















椿は、この気温でも変わらず暖かいアレクを、抱き締めていた。

雅人は、椿の戦鎧の胸元に収まっている。寒くて、奈津の冷たい視線を気にしている余裕がなかったのだ。


「ど、どこへ行けばいいの?レイア」

「椿、寒がりすぎですわ。ここからひたすらまっすぐ歩けば、目的の場所ですわ」

「ひ、ひたすら?」

「ひたすら、ですわ」


口調は至って平坦だが、逆に言えば平坦すぎる。

寒さのあまり、震えていたが、虚勢で胸を張っていた。


「いやー、この戦鎧防寒性能高いんだなぁ」

「丁度良い」


逆に、本当になんともないのが、奈津とラミネージュだ。

奈津は、全身を覆う軽装型の装霊器だけあって、保護部分が多くて厚い。

ラミネージュは、もともと寒い方が好きなので、肩口からガントレット、股下から膝のグリーブまではむき出しの戦鎧だが寒そうではなかった。


むしろ、手足は重装なので、そういった意味では暖かそうだ。


神楽の戦鎧は、チャイナ服だ。

スリットの入ったものではなく、黒の人民服で、長ズボンのタイプだ。


装霊器は、シールドだった。

両腕に装着する二つのシールドで、拳の先の方に台形の鉄板が、嘴のような形でナックルガードになっていて、肘側にはブーストのようなパーツがついている。特殊装着型装霊器だった。


「せせせ、先生は、さ、さむさむくないんです、か?」

「あははは……我慢強いんです」


そういう問題ではない気がしたが、それ以上突っ込む気力はなかった。

それよりも、さっさと進んでさっさと終わらせて、暖かいお風呂に入りたかった。


「とにかく、歩きますわよ。歩けば身体も暖まりますわ」

「うう、うん。そ、そうだよね」


震えながらも、進んでいく。

視界が悪いので、はぐれないように注意しながら歩く必要があるので、固まる。


「先が見えないと、憂鬱」

「そうですわね。……って、貴女は寒くないのでしょう?」

「うん」


では何が憂鬱なんだ、と愚痴をこぼしながらも、とにかく進む。

当然ながら身体は暖まらないが、それでも止まっているよりはマシだった。気分的に。


「眠くなってきた……」

「寝ちゃだめだよ?!椿っ!」


虚ろな目をし始めた椿を、奈津がゆする。

どうでもいいが、奈津の戦鎧が冷たいのが、椿は辛かった。寒い。


――……

「あれ?なにか、音が……」


風切り音に似た音。

それを聞き取って、奈津が首をかしげた。


「なんだろう?」


椿も気がついて、訝しげに周囲を見る。

右を見て、左を見て、視界が悪いため何も解らないことに落ち込んだ。


「うぅ、警戒のしようがないよ」


それで足を止めても、意味はないだろう。

そう判断して、それでも進んでいく。


「あれ?」


椿が、斜め上を見てそう呟いた。

奈津たちもその視線を辿って、首をかしげる。


「こんなところに、コウモリ?」


コウモリが、一匹だけ飛んでいた。

左右にふわふわと飛んで、旋回して、逃げていく。

視界が悪いため、不審に思っても追いかけることは出来ない。


「何だっただろう?」

「さぁ?」


椿が疑問符を浮かべながら小首をかしげると、奈津も同じ動作で首をかしげた。

今は気にしないで、進む。そう判断したが、進行は妨げられる。


――ゴウッ!!


そう……突風によって。

激しい風が、冷たい雪と一緒に椿たちに叩きつけられる。


椿は目を瞑りながら、倒れないように必死に耐えた。


「くぅっ!」


意図的としか思えない程の、風。

先ほどの風切り音は、この風が“近づいてくる”音だったのだ。


「はぁっ」


やがて、風が止む。

椿は息を吐いて、僅かな警戒と共に顔を上げた。


「みんな、だいじょう……っえ?」


周囲を見る。

だが、そこには、仲間は誰もいなかった。


「そん、な」

『落ち着いて、椿』


呆然と呟く椿に、雅人が言葉を投げかける。

胸元に収まっているのにそんなことを言うので、威厳も何もない。

その可愛らしい姿を目に納めることで、椿は何とか平静を取り戻した。


『君ってやつは……』


そんな椿の様子を、雅人は胡乱げに見ていた。

彼としては、男性として等と言うつもりはないが、せめて“ペット”ではなく“使い魔”として見て欲しかった。


「それで、いったい何が?」

『はぁ……邪霊の能力、だろうね。遭難させて、戦力を分散させたんだろうさ』

「それなら」

『うん。とりあえず進めば、いずれ進んでくる奈津たちと合流できると思うよ』


奈津たちも、邪霊を目指して進むはずだ。

なら自分も、邪霊の元まで進めば、辿り着くことが出来る。


遭遇しないということは、考える必要がない。

直接倒して餌にするつもりで、分散させたのだろうから。


「行こう、雅人さん、アレク」

『了解だよ、椿』


アレクは鳴きこそしないが、椿の言葉を正確に理解して、頷いた。















「……ア」


自分を呼ぶ声。

答えることが出来ずに、まどろみに落ちる。


「…イア」


声に抑揚はなく、感情が込められているようには思えなかった。

起こす気がないのなら、寝かせておいてくれればいいのに。そんな風に、思っていた。


「レイア」

「なん、ですの?」


漸く答えることが出来た。

その声が、少し安心したように聞こえて、心配していたような声だっただろうかと、疑問に思った。


「起きて」

「お、き?」


自分は寝ていたのだろうかと、レイアは働かない頭で考えて……思い至った。


「凍死、する?」

「しませんわよっ?!」


勢いよく飛び起きる。

寝そべるレイアの隣では、座り込んだラミネージュが安堵の息を吐いていた。

心配をかけてしまったことに胸が痛み、それ以上に“オールアクセン”にこんな感情を抱いた自分の心に、苦笑した。


「迷惑をかけましたわ」

「迷惑はかかってない。心配なら、した」

「……心配を、かけましたわ」

「うん」


素直でよろしい。

そう言いたげなラミネージュの様子は、腹立たしいものではない。

そこに宿るのは、温かい、感情だった。


「さて、ここはどこでしょうか?」

「洞窟」

「洞窟?」


ラミネージュの答えに、首をかしげた。

こんなところに洞窟なんてあったのだろうかと、疑問に思う。


「土の魔法で、作った」

「あぁ、なるほど」


ラミネージュが魔法で土を盛り上げて、そこに空洞を作った人工洞窟。

それならば理解できると、レイアは頷いた。


「モデルは、地下の鍾乳洞」

「あるんですのっ?!」


だが、続く言葉に驚く。

私有地だというのに、まだまだ知らない場所があったのだ。


ラミネージュは、そこにある鉱物や生物の有無はわからないが、地形や空洞の有無はわかる。鍾乳洞がある、ということだけ、地形から感じ取っていたのだ。


「他の皆さんのことは――」

「――わからない。でも」


レイアは「そう」と瞑目する。

そして、確かな自信の笑みを浮かべて、目を開けた。


「邪霊を目指していたのなら、こちらも目指せばいい……ですわね?」

「うん」


それを聞くことが出来た。

確認し合えたということは、ラミネージュも同じ考えに辿り着いたということ。

それならば、それでいい。前に、進むことが出来る。


「それでは、行きますわよ」

「うん」


抑揚無く頷くラミネージュの隣りを歩く。

友達として、ラミネージュがいることに安心をしている自分に、レイアは今日の内で何度目か解らない苦笑を零した。


考えてみれば、不思議である。


エルストルとオールアクセンは、何かと張り合ってきた家だ。

エルストルが騎士になれば、オールアクセンも騎士になる。

団長の座を争って、始めに負けるのはエルストル。その後、別の場所でも似た様な役職について、今度はオールアクセンが負ける。


終始張り合って、いがみ合う。

切っ掛けなんて誰も解らない。

張り合う気は無くても、縁があるのか遭遇する。


ラミネージュの母親と、レイアの母親は、未だに仲が悪い。


レイアも始めは、ラミネージュに噛みついた。

ラミネージュもそれに返すように噛みついて、険悪な空気になった。


レイアはその時、ずっとこんな関係が続くのだと、半ば確信していた。

それは、ラミネージュも同様に感じていたことだった。


それが、たった一人。

たった一人の少女が、二人の前に一歩出た。

それだけで――世界が、変わった。


不可能だと思ったことが、可能になった。

どんなに頑張っても、“運命”なら仕方がない。

どんなに頑張っても、“宿命”なら仕方がない。

そんな、逃げ腰で、弱気な考え。


そんな考えは自分“らしく”ない。


強気で挑めば、案外何とかなる。

だったら、心の内で“欠点”だと思っていた虚勢を張る癖も、“長所”に変えることができる。


だったら――“自分”を見失わずに、ただ前を向くことを忘れなければいい。


少女――椿は、レイアにそう思わせてくれたのだ。

そして、そう考えて、あらためて接した“オールアクセン”は、お茶目で友達思いな、どこにでもいる女の子だった。


人を見るのに、“家”というフィルターを通す。

それを何より嫌っていたのは、他ならぬレイアだった、はずなのに。


「どうしたの?」

「なんでも、ありませんわ」


和やかな笑みを浮かべるレイアの意図は、解らない。

だが、ラミネージュは……“信頼”できる友達に、ただついていく。


人工洞窟を出て、吹雪の中を歩く。

さくさくと雪を踏みならす音も、邪霊に警戒しなければならない状況下では、不快だった。


そうして歩いていると、空気が重くなるような独特な感覚に襲われる。


「どこから来るか解りませんわ。警戒していた方が良いですわね」

「【我が腕は矛・我が足は槌・汝は我の・堅き鎧也】」


ラミネージュは、返事の代わりに詠唱した。

肉体強化の基本魔法だ。


「さて、どこからでも来なさいな」

「あれ」


呟いたレイアの横で、ラミネージュが正面を指し示す。

その先には、邪霊が立っていた。


「堂々としすぎてません事?」

「警戒は、緩めない方が良い」


ラミネージュに言われて、気を持ち直す。

突飛なものをみると一瞬脱力してしまうのは、彼女の悪い癖だった。


邪霊は、不思議な形をしていた。

青い肌と、三本の角を持った大柄の鬼。

足は短く、鋭い牙を持った大きな口がある。

目は一つ目だ。瞳孔が白い、気味の悪い目だった。


だが、なにより気にしなくてはならないのは、その両腕だろう。

まるで、抉られているように、両腕は存在していない。


両腕があるべき場所は、鈍色の鉄板のようなもので覆われていた。


出方を待っているだけでは、打ち破ることは出来ない。

レイアはラミネージュと目を合わせると、頷いた。


「【起源より来たりて・誕生を司る水よ・我に応えて・我が敵を叩け・水蛇の鞭】」

「【暗雲より来たりて・破壊を為す雷よ・我に応えて・我が敵を討ち滅ぼせ・稲妻の槍】」


まずは、基本の属性魔法。

属性さえ同じなら誰でも使えるこの魔法は、発動が早く威力調整が簡単なので、凡庸性が高かった。


水が伸びて、鞭のように撓る。

そして、高速で発射された稲妻の閃光を守るように、巻き付いた。


そのまま、魔法は一直線に鬼へ飛んでいく。

その魔法を、鬼は軽く横に飛ぶだけで、避けてしまう。


「動きは鈍くはない、ようですわね」

「短足なのに」


さりげなく失礼なことを言っているが、相手は邪霊なので気にしない。


「まずは接近戦で、畳みかけますわ!」

「うん」


レイアの魔法は、広範囲のものが多い。

それは俊敏な邪霊相手にも通用するものだが、負担が大きいので簡単には使えなかった。


「【起源より来たりて・誕生を司る水よ・我に応えて・我に剣を与えよ・清流の剣】」


クルタナ型装霊器を、水が包み込む。

刃となった水の切っ先を、邪霊に向けた。

ラミネージュは、肉体強化を施しただけだが、巨大な筒の形をした装霊器は、重量による威力がある。肉体強化だけで十分だった。


一気に、走り出す。

戦闘に入ってしまえば、寒さなど関係ない。

みなぎる闘志が、熱を持って身体を動かす。


「せいや!」

「ふっ!」


かけ声で気を引き締め、小さく息を吐くことで、威力を上げる。

力押しにも種類がある。これは、呼吸法などを用いた“技術を持った力押し”だった。


あと一歩で、邪霊を切り裂くことが出来る。

それで終わり。だというのに、邪霊は動くそぶりを見せない。

だからレイアは、警戒心を引き上げる。


そして、わざと剣を空振りさせて、遠心力による勢いを利用して後ろを向く。

こういう場合、一番危ないのは背後だからだ。


「【豊穣を司りし・大いなる水の神よ・エルストルの契約に基づき・我らを害する悪意から・その大いなる抱擁を以て・大滝の守護を与えん】」


多少魔力を使っても、命には代えられない。

保険に現実味を持たせる程の、邪霊の様子が気にかかって、レイアは振り向くと同時に大きな水の壁を生み出した。


――ドンッ!

「ビンゴですわっ!」


空に浮く、巨大な青い腕。

雪の下に潜んでいたのだろう。見れば、ラミネージュの筒もその腕に止められていた。

邪霊の目的はシンプルだ、おそらくこうして、装霊器を掴み取ることなのだろう。


レイアは魔法を維持したまま、装霊器でラミネージュの装霊器を掴む腕を切りつけた。

怯んだその一瞬の隙にラミネージュは後退し、レイアもそれに追従する。


そこで休んでいる、暇はない。


「【大地に宿りし・小さき民よ・汝が身体を以て・彼の者を貫き穿て】」


土の中より放たれた岩の槍が、積もった雪を越えて邪霊に襲いかかる。

レイアとラミネージュを追いかけてきた二本がここにある以上、この攻撃には追いつかない。


だが、チェックメイトというのには、早かった。

上空に待機していたのだろう。空から二本の腕が降りてきて、邪霊の本体を守る。

その手のひらには、大きな目が二つついていた。


「あの目で上空から、私たちを監視していたということですわね」

「うん」


ラミネージュが、こくりと頷いた。

その間にも、攻撃のための二本は二人を襲う。

それを避けながら、次の手を考える。


「レイア、あの目」


ラミネージュの言葉に、腕についた目を見る。

腕は上下に動きながら、視界を調整しているようだった。


「あの目が情報の窓口で、本体が司令塔といったところかしら」

「たぶん、そう」


それならば、まずは目を潰すべきだ。

だが、二本の腕の猛攻から避けるので精一杯で、このままではそこまで辿り着くことが出来なかった。


「レイア」

「っ……危ないですわね!……なんですの」

「潜る」


身体からすれすれの空間を掴んだ腕に悪態をつきながら、レイアは問い返した。

そんなレイアに一言そう告げると、詠唱する。


「【大地に宿りし・小さき民よ・汝が身体を以て・我が身を隠せ】」


ラミネージュがそう唱えると、レイアとラミネージュは土の中へ沈んだ。

その不思議と息が出来て周囲が見回せる空間に、レイアは目を瞠る。


まるで、水中から水面を見上げているようだった。


ラミネージュは、レイアに目配せすると、レイアが頷いたのを確認した。

地中を泳ぐように移動して、レイアが周囲を伺う邪霊の“正面”に飛び出る。

そして、素早く突きを繰り出して、二つの目をついた。


本体の目は傷つけることが出来なかったが、問題はない。

本体の目は、指令の送受信装置でしかなかった。


対象が見えなくなって、邪霊は四本の腕を激しく動かした。

その遙か後方には、地中を泳いできたラミネージュが、飛び出したところだった。


ラミネージュは、装霊器の筒をパージさせると、長剣をむき出しにして、構えた。


「【雷霆纏いし・稲妻の神よ・戦車を駆りし・苛烈なる英雄よ・力の象徴たる・金剛杵を用いて・世を乱す悪を討て】」


雷の、巨大な槍に似た閃光。

それはまっすぐと走り抜けて、邪霊を襲う。


無防備になった背中を狙った一撃は――三本目と四本目の場所なのだろう、背中の鉄板に阻まれた。


その頃には、腕の目が再生していて、レイアを襲う。


「くっあぁっ!!」


当てが外れたレイアに、その巨大な拳が当たる。

全力で後ろに飛ぶという対処法が幸いして、威力は最小限に抑えられる。


だが、最小限の威力だというのに、レイアは自分の左腕が、動かないことを自覚していた。


はじき飛ばされた雪の上で、レイアは勢いよく立ち上がる。

いつまでも寝ていたら、邪霊の餌食だ。


ラミネージュとの位置は離れすぎている。

遙か後ろと遙か前。両極端の位置だった。


ラミネージュは、その状況に、決意の感情を抱く。


追撃はこない。

向こうの腕の射程外に居るからなのだろう。

だが、攻撃手段がない以上は、条件は同じだった。


邪霊は、自分から動き出すことは出来ない。

どちらかに、隙を見せることになるからだ。


レイアはそんな邪霊に苦笑すると、決意の表情を浮かべた。


始めに動いたのは、ラミネージュだった。

ラミネージュは、戦鎧の一部として登録してあったのか、腰の部分から銀色の十五センチほどの筒を取り出した。どう見ても、水筒だ。


地面の雪を水筒に素早く詰め込むと、電気の熱を用いて溶かし、水にする。

そして、その水筒を、目の前にかざした。


「【雷霆纏いし・黄金の神よ・勇気を讃えし・猛威たる軍神よ・勇気の証したる・力の神酒を・我が為に貸し与えよ】」


オールアクセンの家に伝わる精霊、インドラ。

その力を用いて、ただの水を神酒“ソーマ”に作り替える。


ラミネージュは、それをためらうことなく飲み干した。

すると、ばちばちと音を立てて、ラミネージュの身体を電気が包む。


この魔法の効果は、一言で表すのなら強化だ。

肉体、感覚、魔力、攻撃威力、その全てを、極限まで強化するドーピング魔法だ。


踏み出す度に、電気の熱で雪が溶ける。

ラミネージュを、邪霊が注視する。なにかするタイミングがあるとしたら、ここだ。


「【全ての大河の源たる・偉大なる水の神よ・生命の主たる・大いなる母よ・その身体の在りし地に・豊穣と癒し・愛と誕生の加護を与えよ・今ここに・其の契約者が望む】」


まだレイアが片鱗しか使うことが出来ない、超高位魔法。

アナーヒターの力により、包み込んだ対象の中で指定されたものに加護を授ける。

その加護とは、治癒、再生、硬化、といった、あらゆるものだった。


邪霊を怯ませながら、水は流れてラミネージュを包み込む。

その水に触れることで、レイアは左腕を瞬時に治した。


「【雷霆纏いし・金色の神よ・稲妻を従えし・勇敢なる戦神よ・力の象徴たる・金剛杵を・我が剣に貸し与えよ】」


通常よりも何倍も早くなったラミネージュが、走る。

肉体にかかる負担はレイアの魔法が軒並み取り払うため、ラミネージュは歴代で初めて“デメリット”を極限まで減らしたこの魔法を使用していた。


電撃を纏った剣が、煌めいた。


「一刀、両断」


その勢いを防ぐことが出来ず、邪霊は盾にした腕ごと真っ二つに切られて、塵となった。


「ふぅ……お疲れ様ですわっ!?」


近づいてきたレイアを、ラミネージュが抱き締める。

その頬は、朱に染まっていて、目が潤んでいた。


「ラミネージュ、貴女……酔っているでしょう?」


ラミネージュは、答えずにレイアに顔をこすりつける。

極限までデメリットは減らした。だが、強力な霊酒であるソーマを口にして、酔うなという方が無理があった。


押せども引けども動かないラミネージュに、レイアは温かい笑みを浮かべる。

そして、気を引き締めて前を見据えた。


「ええい、女は根性ですわっ!!」


抱きついたラミネージュを引きずるように、レイアはゆっくりと歩き出した。

魔力がつきかけているので、早歩きも出来ないのだった――――。

前中後の三編に分けた方がすっきりと書けそうなので、分けることにしました。

なるべく、早めにあげていきたいと思います。


さて、内容にあまり関係のないことで申し訳ないのですが、ここのところ評価が伸び悩みモチベーションが上手いことあがりません。果たして需要があるのだろうかと考えると、書くことに没頭しきれず、どうにも執筆速度が落ちているような感覚を、抱き始めて来ました。


この作品をお読みいただき、続きが読みたい、楽しみにしているなどと感じていただけているようであれば、一言、感想をいただけないでしょうか。もちろん、評価の方でも大歓迎です。


長々と、内容に関係のないお話を、失礼致しました。

お気に入りに登録してくださった皆様、評価をくださった方々、あなた方のおかげで、今までモチベーションを維持し続けることが出来ました。


なんにしても、一作者、一書き手としてこの物語は完結させます。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次回、中編も、よろしくお願いします。


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