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Flame,Plus  作者: 鉄箱
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第二十二話 雪原冬合宿!

空には満天の太陽が、爛々と輝いている。

だというのに、暖かさを感じることがないのは、十二月下旬の真冬だからだろう。


楼城館女学院も、他校同様に冬休みに入り、椿たちにも時間が出来た。


そこでやってきたのが、レイアの持つ“別荘”である。

更に言えば、今回はただの“旅行”ではなかった。


白銀に染まる山々。

秘境とも言える、山奥の私有地。

その場所にある、大きなログハウスの前で、椿は大きく伸びをした。


「はぁーっ……寒い」


吐く息は白く、身体の節々は凍てつくように軋む。

椿の後ろでは、スキー板を引っ張り出してきた神楽が、使い方が解らず戸惑っていて、そんな神楽にレイアが教えていた。


その脇では、既に滑り出す準備の整ったラミネージュと、ボードを出してきた奈津がいた。

椿を含めて、スキーウェアをしっかりと着ているのだが、それでも寒いものは寒かった。


今回は、旅行ではない。


英雄考察研究会――ヒーロー研の“合宿”である。











Flame,Plus











二学期も終了して、椿たちは冬休みの初日に部室に集まっていた。

奈津の提案で、合宿について決めるためだった。


冬休み前に決めておくべき事なのだろう。

だが、色々と事後処理などで忙しく、結局今日まで持ち越されてしまったのだ。


「やっぱり、冬は雪山だよねー」

「うん」


ラミネージュは、暑いのは苦手だが、寒い分には好きだった。

だから、素直に頷いてみせる。


椿にとっても、異論がある訳ではない。

寒いのは苦手だが、椿は雪が好きだった。

雪を踏みならす感覚が、特に好きなのだ。


「なら、私の別荘でやりましょうか?その方が、申請をするにしても楽ですわ」


レイアの提案に、頷く。

神楽も、初顧問の初合宿ということもあり、胸を高鳴らせているようだ。


「……そうと決まれば、次は……」


場所が決まると、次は日程や用意するものなどを聞いていく。

ここまでくると、奈津はぐいぐいとみんなを引っ張って、決めていった。


そして最後に神楽に許可を貰って、申請を頼んだのだった。


「いやーしかし、合宿かぁ」

「移動は私の“バス”を使いますわよ。椿も、それなら二度目で安心でしょう」

「安心……かなぁ?」


温泉の時と合わせて考えれば、レイアの“バス”……リムジンを使用するのは、確かに二度目だ。しかし、一度乗って慣れる程、安い車ではない。


前回のようにはしゃいでしまうのは自重できるだろう。

しかし、やはりどうしても緊張してしまう。

そんなことを思って呻る椿を見て、奈津も苦笑していた。


慣れないのだろうと予想はついているが、リムジンで移動するのは楽なのだ。

雪山に相応しい車かどうかは、別にして。


「アレク~まーくん~」


温かい火蜥蜴と、温かい黒猫。

その二匹を、椿は抱き締める。


肌寒い季節だからこそ、こうやって二匹を抱き締めることが、心地よかった。


椿から“まーくん”の正体を聞いていた奈津は、抱き締められてもがく雅人を見て、ため息をついた。それは“男性”だと言いたいが、どうもペットか、可愛い兄弟程度にしか考えていない節があった。


アレクは、椿によく懐いている。

椿が神霊者であるという要素ももちろん大きい。

だが、こうまで懐いているのは、椿からの“親愛”を感じ取っているからだった。


雅人は、椿の腕の中で項垂れていた。

初めのうちは暴れていたのだが、疲れて諦めたのだろう。

心なしか、煤けて見える。


「エアも出る?」


奈津が精霊石に語りかけると、淡く光って了承の合図が返る。

緑と風を纏う妖精を指に乗せながら、奈津は眼前の光景に、楽しそうに笑うのだった。















日程が決まって、椿たちは別荘にやってきた。

自給自足を楽しむために、大きなログハウスに使用人は居ない。


リムジンは相変わらず緊張して、奈津に“借りてきた猫みたいだね”と、椿は揶揄されていた。実際そのとおりで、椿は身体を固まらせていた記憶しかなかった。


ログハウスに荷物を置くと、早速スキーウェアに着替えた。


椿が、赤に白のライン。

ラミネージュが、白に灰色のライン。

レイアが、青に銀のライン。

奈津が、緑に黒のライン。

神楽が、銀に青のライン。


それぞれ、好きな色のウェアに着替えていた。


「椿はボードとスキー、どっちにする?」

「うーん……ボード、かな?」


ちなみに、椿は初心者だ。

どうせどちらも出来ないのなら、好きな方を覚えたい。


「僕もボードだから、教えるよ」

「うん、ありがとう。お願いね」


ボードを用意していると、ラミネージュは既にいつでも滑り出せるようなフォームをとっていた。


「私は、神楽先生に指導してから滑り出しますわ」

「それじゃ、僕は向こうで椿に教えてくるよ」

「滑る」


それぞれ、練習と指導と滑りに別れる。

ラミネージュを見れば、すでにリフトに乗っていた。


「うわ、あれ一番上だよ」


どうも、上級者コースで思い切り滑るようだ。


比較的なだらかで、広い場所を使う。

そこで、奈津が椿に手ほどきをしていく。


「滑りたい方向の、前の足を固定するんだ。で、後ろ足ですぅーと滑る」

「こ、こうかな?」


奈津が実践して見せてくれるので、椿もそれに倣う。


「とっ、と?」

「前足が、身体より先に出ちゃってるから、こう自然な感じで」


教わって、倣っていく。

雅人は暇なのか、肩で欠伸をしていた。


「遠峰先生はできないの?」

『この身体で、かい?』


周囲に誰もいないので、奈津はどうどうと雅人に話しかける。

雅人はそんな奈津に、ため息を吐きながら答えた。


「人間だったときは?」

『一応、私はなんでもできるよ』

「うわ、嫌みだ」


友達同士のような会話である。

そのやりとりに、椿は苦笑する。

奈津は入学当初から比べて、本当に動じなくなった。


「よいしょっと」

「おお?そうそう、良い感じ」


ゆっくりだが、奈津と並走していく。


「止まるときは、後ろ足を前へ動かしながら、こう」

「こう?」

「うんうん、そんな感じ」


滑り方、止まり方、転んだときの起き上がり方。

曲がり方や姿勢について学ぶと、あとは兎に角実践あるのみ。


「ちょっと上の方へ行ってみようか」

「うん」


リフトに乗って、上へ行く。

といっても、まだまだ初心者コースだ。


ベンチに乗って空を進む感覚にどぎまぎしていると、上の方から何かが滑ってくるのを確認した。言うまでもなく、ラミネージュだ。


「風に、なる」


一言呟いて、下っていく。

その白銀の閃光に、椿は目を丸くしていた。


「はりきるなぁ」

「うん。楽しみにしてたんだね」


それきり、感想は出てこなかった。















滑りきった後は、ログハウスに戻る。

昼食を済ませると、部活動だ。


「最古のヒーローって、誰だろう?」

「伝説のレベル十一ではありませんこと?」


奈津が言った一言に、レイアが切り返す。

幻想世界の住人を考えなければ、確かにレベル十一の英雄が、人間の歴史、魔法使いの歴史でもっとも古い英雄といえるだろう。


邪霊が出現してからの歴史ならば、確実にこの“英雄”が、最古だった。


それまでの間、歴史に存在する革命の英雄などは、人間であったか確証がない。

それはいずれも、英雄とされていた存在を、幻想世界から召喚した者が、これまでで何人か確認されていると言うことに理由があった。


すなわち、彼らは“幻想世界の住人”なのではないのか?

その疑問は未だ解明されておらず、それ故に最古の英雄が近代の者とされているのだ。


精霊単体では、邪霊を倒すことは出来ない。

効力があるのは、あくまで“魔法”の力なのだから。

亜霊石や稀霊石は、別と言えるのだが。


「逆に、一番新しい英雄は?」

「カイン・アッシュ・ミリゴート?」


奈津の問いかけに、今度はラミネージュが答える。

最年少の元帥。かれは確かに、現代の英雄だった。


「その辺りはどうなんですか?先生」

「もっとも新しい英雄ですか……エミリア氏、でしょうか?」


その名に首をかしげた椿に答えたのは、レイアだった。


「あー……エミリア・リレイン・エルストル。私の、お母様ですわ」

「え?お母さん?」


驚く椿に対して、神楽が説明をする。


「最高位の巨大邪霊が出現するという事件を、知っていますか?」

「えーと……確か、三年前の事件ですよね?太平洋に巨大な石像型の邪霊が出現したっていう」


石像型と銘打たれたが、ようはゴーレムだ。

それも、海面ぎりぎりを浮上する。


意志が希薄なため、王ではなく邪霊とされた。

だが、その身に内包する力は、王と呼んでも差し支えなかった。


「圧倒的な防御力を誇るその邪霊を、エミリア氏は己の“天恵”を用いて倒したのですよ」


攻撃が通じず、為す術が無くなった時に現われたのが、エルストル家現当主の、エミリアだった。


「お母様の能力は“悠久永遠|≪インフィニット≫”……魔力の永久機関ですわ」

「エミリア氏は、練り上げられた魔力を用いた強力な水の槍を無限に作り、島程ある巨大な邪霊を消滅するまで削り殺すという、信じられない力業で打ち倒したんです」

「えー……」


信じていない訳ではないが、言いたくなる。

力業でどうにかなるものではない。


「その日は久々の家族旅行で、お母様、楽しみにしておられたの。それで、そのような時に起こったこの事件に腹を立てて、元凶を輝かしい笑顔で消滅させに行ったのですの」


息を吐いて、憔悴した表情を見せるレイア。

怖かったらしい。何せ彼女は、そのころは中学一年生なのだから。


「あの頃は、お母様はよく仕事に出ていましたわ。さっさと引退して楽隠居と言っていたのに、お父様に涙ながらに止められて、まだ現役ですわ」


レイアの母、エミリアは、とにかく家族が好きな人間だった。

それ故に、家の権力のせいでレイアに友達が出来ないことを悩んでいたことも、レイアは知っていた。


気恥ずかしかったが、エミリアに報告したときは、大変だった。

乗り込んでこようとするのを父が止めて、応龍祭の時も虹睨祭の時も、大事な仕事をゴミ箱に放り込んでまで来そうになって、父に泣きながら叱られた。


そうエミリアに愚痴られたことを思い出して、レイアはどこか嬉しそうに、苦笑した。


友達が出来た。

これでやっと、母を安心させられる。


そう思っていても、口に出すことは出来ない。

恥ずかしいのだ。


だが、そんな表情の変化を、椿は読み取っていた。


「素敵なお母さんだね」


だから、そう言って微笑む椿の姿に、レイアは嬉しくなって、微笑み返した。


「ええ……自慢の母ですわ」


笑い合う。

そこへ、奈津とラミネージュがごくごく自然に割り込んだ。


「そろそろ二人の世界から、帰ってきて欲しいなぁ~」

「まったく」


ジト目で二人を見る奈津とラミネージュ。

その様子に耐えられなくなったのか、神楽が笑い出す。


それを切っ掛けに、結局五人で大きく笑い合うのだった。















夕飯は、カレーライスだ。

こんな素敵なログハウスに来たのだから、定番のカレーライスも食べておくべきだろう。


奈津がそう熱弁して、椿もそれに頷く。

そうしている内に、レイア達はいつの間にか乗せられていたのだ。


材料を切り分けて、大鍋に投入する。

釜でご飯を炊いて、ルーを用意する。

チープな味の方が良いと言って、あえて市販のものを用意したのだ。


「隠し味に醤油は?」

「チョコレートとか入れると、甘味が出るよ」

「すり下ろし林檎でも作ってきますわ」

「蜂蜜なんかもいいですね」

「ソース」


とにかく、色々やってみる。

どんなことになっても食べきろうと覚悟していたが、できあがったカレーは濃厚でおいしいものだった。


旨味の出ている、いいカレーだ。


「うーん、この一口が、たまらないねっ!」

「大げさですわ……とも、言い切れませんわね」


みんなで作って、みんなで囲んで、みんなで食べる。

そのことが、チープなカレーライスをより美味しく調理していた。


友達と食べるご飯は、美味しいのだ。


やがて食べ終わると、横一列に並んで食器を片付ける。

五人で出来るスペースなんか普通はないのだが、ここは別だった。

かけているお金が違うのだ。


「デザート」

「用意してたっけ?」


呟いたラミネージュに、奈津が訊ねる。

ラミネージュは、ガラスのお椀とシロップを取り出して、外を指さした。


「なるほど……付き合うよ」

「おやめなさいな。あまり綺麗ではありません事よ」

「おなか壊したら、治癒魔法お願い!」


止めるレイアを振り切って、天然かき氷のために外へ飛び出る。

そんな奈津とラミネージュを見てため息を吐く。


「風邪を引いても知りませんわよ、ねぇ?椿、神楽……先生?」


レイアが二人の方へ顔を向ける。

そこには、グラスとシロップを用意する椿と神楽の姿があった。


「二人とも?」


無言で目を逸らす二人に、レイアは大きくため息を吐いた。

そして、自分もグラスとシロップを用意した。


「こうなったら、自棄ですわ……行きますわよ!」

「うん!」

「はい!」


元気に返事をする友達と、教師。

それでいいのだろうか、この童顔教師は。


外に駆けだして、雪を相手にかき氷をほおばる。

その様子を、一番最初に外に出ていたラミネージュが、こっそりと撮影していた。


そして、カメラをしまうと、おもむろに雪玉を生産し始める。

かき氷に満足していた奈津がそれに気がついて、一緒に作り始める。

木陰だから、ばれずに作れると踏んだのだ。


「甘いですわ」

「え?」


だが、気がついていたレイアが、前蹴りで木に衝撃を与えた。

下品には見えないのだが、複数の意味で女王様に見える。


――どさっ


木に積もっていた雪が落ちてきて、埋もれる。

辛うじて顔を出すと、椿と神楽が雪だるまを作っている様子が見て取れた。


「私は、向こうに参加してきますわね」

「え?ちょっ、助け……」

「待って」


縋り付くような二人の視線を華麗に受け流すと、レイアは椿と神楽の輪に加わる。

呆然と固まる奈津とラミネージュの様子に、椿の肩にいた雅人が鼻で笑った。


「奈津……」

「……うん」


ラミネージュは雅人の様子に気がつかなかったが、レイアの視線だけで十分だった。

魔力で軽く電気を起こして雪を溶かす。そして、始めに抜けた奈津がラミネージュを引っ張り上げた。


「一番大きいの作るよ!ラミ!」

「うん」


ラミネージュと奈津も加わり、とことん笑い合う。

肉体強化まで用いた雪だるま作りは、普通の人ではつくることのできない、巨大なサイズとなっていた。


だが、バランスが悪かったのか、倒れてきて運悪く神楽が下敷きになった。

結局、四人は協力して、目を回す神楽を引っ張り出した。


そして、五人揃って、安堵の息を吐く。

それがおかしくて、結局顔を見合わせて、笑いあった。


合宿一日目は、なんとも平穏で温かい、終わりとなった――――。

今回から数話、冬休み編に入ります。


次回が予想以上に長くなり、場合によっては前中後の三編使ってしまうかも知れません。

現在、なるべく前後編に纏められないか、調整中です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。

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