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Flame,Plus  作者: 鉄箱
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第二十一話 正義の騎士 (後編) ―第二章・完―

魔法学校に入学した。

名門とは言い難かったが、優秀な生徒を輩出してきた学校だった。


そこでも、彼に平穏は訪れなかった。


優秀な彼を自分の派閥に引き込もうとする教師。

才能の有る彼を妬んで嫌がせをする同級生。

それを心の隙だとつけ込んで、取り入ろうとする子供と大人。


彼の世界では、誰も彼もが同じ存在だった。


妬み、僻み、欲望、怨嗟。

醜く歪んだ人間に手を引かれる度に、彼はその人間を見下した。


やがて彼は、その優秀さを買われた職に就くことになった。

そこで見た者も、やはり他と変わらない。


自分の利潤に他者を陥れ、陥れられた者はその恨みを無関係な者に向け、向けられた者もまた、人を傷つける。


誰も彼もが、歪んだ世界。

醜く汚れた、泥まみれのセカイ。


やがて彼は、自分を――――。











Flame,Plus











手を引かれて、一階部分まで上る。

その先で、椿と奈津は安堵の息を吐いた。


「助かりました、香宮さん」

「ふぅ……ありがとうございます」


丁寧に頭を下げる二人に、陣は頬を掻きながら、照れたように笑う。

好青年、という表現が、よく似合う男性だった。


「いや、無事で何より、だよ」


陣はそう言うと、一転して真面目な表情になる。

そして、これまで倒した邪霊の事などについて、椿と奈津に訊ねた。


「カメレオン型のが一体、それから……」

「今し方、天井を崩したレギオンみたいな邪霊が一体です」

「二体、か……それで終わるとも思えないし、どうもここは強めの邪霊がいるみたいだね」


邪霊同士は、共に争うことはない。

けれど、強い邪霊が居るところに、弱い邪霊が居ることはない。

なにせ、その場所にいたら、いつまで経っても餌は入ってこないのだから。


「よし……少し気になるから、ここの見回り、付き合うよ」

「え、い、いいんですか?」

「お忙しいんじゃ……」


椿と奈津の言葉に、陣は笑顔で首を振った。


「気になったのなら、しっかり見ておかないと。それも、騎士のお仕事だからね。君たちが気にすることはないよ」


そう言って、その笑顔を二人に向ける。

椿と奈津は互いに顔を見合わせると、笑顔で頷いた。


「それじゃあ、行こうか」

「はい!」


陣が先導する形で、歩き出す。

一階部分と地下を見回った以上、この棟にもう用はない。

次は、一つ隣の棟――十五階建ての、本棟だ。


外へ出て、本棟へ向かう形で歩く。

相変わらず空はどんよりと曇っていて、いまいち気が乗らない空気だ。


まだ昼間だというのに、明るくなる気配はなかった。

それだけで気が落ち込むものなのだが、二人は今、そんな感情を抱いては、いなかった。


なにせ、椿にとって恩人で、奈津にとって親友の“憧れ”の人。

そして、国のエリート魔法使いでもある陣が、こうして一緒に歩いているのだから。


「あの、今まできちんと言えなかったんですけど、あの時は色々とお世話になって、その……ありがとうございましたっ」

「あ、あの、僕からも……“親友”を助けてくれて、ありがとうございましたっ!」


本棟に入る目前。

これから気を引き締める、その前に。

椿は陣に頭を下げて、奈津もそれに倣った。


「そんな……俺は、人々を守る“騎士”として、当然のことをしただけだから。――でも、そっか、“親友”か……良かったね、椿ちゃん」

「っ……はいっ!」


友達が、出来た。

それも、礼を言った内容から察するに、事情を話してなお椿の事を“親友”と言える、友達が。


陣はそのことに、どこか慈しみを含んだ視線で、笑った。


「大切にするんだよ、椿ちゃん」

「はいっ!」


勢いよく返事をした椿。

その様子に、奈津も頬を赤くする。


「さて、ここからが本番だ……気を引き締めよう」

「はい!」

「了解です!」


気合いを入れ直すと、三人は本棟に足を踏み入れる。

正面玄関は、すでにガラスのドアが割れて、開きっぱなしになっていた。

枯れ葉なども舞い込んでいて、元々の姿が病院とは思えない程、廃れていた。


「なんだか、空気が重い?」

「う、うん。そうだね、奈津」


粘つくような、威圧感。

鈍重で息苦しい、圧迫感。

そんな、べったりとした空気に包まれた、廃病院。


こんなところに長くいたら、身体を壊す。

一般人だったら、気が狂うかも知れない。

そんな空気だからこそ、そこに邪霊が居るということが解る。


「進むよ」


陣が小さくそう言うと、二人は頷く。

陣が先導をしてくれるので、椿たちは最大限まで、周囲を注意することが出来ていた。


一階をぐるっと回って、二階に上る。

そこで……椿たちは、息を呑んだ。


床も壁も天井も……廊下の全体が、真っ赤に塗られていた。

それはペンキなどではない。だが、だからといって血液でもなかった。


『ああ、あああああ』


声が響くと、壁から真っ赤な手が生えた。

その手の一つ一つ、手の甲の部分には、人間の顔が張り付いていた。

さきほどまで戦っていたレギオンよりも、遙かに醜悪な姿だった。


「どうしますか?香宮さん」


奈津が訊ねると、陣は顎に手を当てて意見を言う。


「こういう場合は奥に本体が居るから、周囲を一掃するか、素早く駆け抜けるんだけど」


陣は、そう言うと装霊器を掲げた。

そこへ無色の魔力が流れ、両手剣の鍔の部分に魔力が走って、その色を黄金に変えた。

銀色の装霊器、その鍔の部分の精霊石はやはり金色で、黄金の天秤が鍔の全体に刻まれている。


「今回は、ゆっくり歩いて抜けようか」


陣のその言葉に、二人は揃って首をかしげた。

意味がわからず、問い返そうとしたところで、陣が詠唱を始めた。


「【正義を司りし・公正なる者よ・清き魂に・麗しき美女の導きを・授けよ】」


陣と、椿と奈津。

三人の身体が、黄金の光に包まれる。


「これは?」

「これで、俺たちが歩くことは良い結果への道になる。さ、行こう」


言葉の意味が理解できずに首をかしげるが、さっさと歩いて行く陣に、慌ててついていく。

歩く度に周囲の手が椿たちに伸びるが、“偶然”他の手に阻まれたり、僅かなところで手が届かなかったり、と、椿たちを害することが出来ない。


幻想世界“ゾロアスター”の精霊、ラシュヌ。

それが、陣が契約した精霊だった。

善を為した人間を天国へ連れ行く際、彼が善と裁断した者は、美女に導かれて天国へ行く。


それを再現したこの魔法は、付加した者を良い結果へ導く“幸運”を授ける。

相手が強ければ実力で覆される程度だが、レベル九の魔法使いである陣が使う上に、相手はせいぜい中位から高位の中間か、少し下程度。


覆すことの出来る、実力はない。


奥へ奥へと進むと、廊下の先にいたのは、全身が血液のよなものでできた、人型の邪霊だった。この邪霊は本来、弱った人間を自分の元まで連れ来て捕食する。


そのため、無傷でここまで来た陣達を見て、驚いていた。


「二人とも!」


言うが早いか、二人は既に駆けだしていた。

椿の炎刃が胴と首を切り離し、空を舞うその首を、奈津が蹴り潰した。


鎧袖一触。

それなりに修羅場を潜り抜けたレベル四の魔法使い。

その二人に対して、この程度の邪霊が絡め手もなしに抵抗することなど、不可能だった。


「うん、それじゃあ、先へ進もうか」


陣の言葉に頷くと、二人は陣に並び立つ。

この調子で邪霊が居るのなら、先は長かった――。















商店街の付近。

寂れた駄菓子屋を見て寂しそうな表情を見せていたフランチェリカが、周囲の“異変”を感じ取った。


ペアであるルナミネスの元へ走り、それを伝える。


「ルナちゃん、なんか変だよ」

「そうみたいね。空気が、変わったわ」


ルナミネスはそう言うと、先に黒い精霊石が飾られた、大きな杖を構えた。

彼女の、装霊器である。戦鎧も、黒いローブといかにも魔女といった姿だ。


フランチェリカもそれに合わせて、装霊器を取り出す。

形状は、大きな葉団扇。天狗の扇である。戦鎧は、高下駄に山伏姿だった。


――ズンッ


地鳴り。

その大きな音に、身を竦ませる。


音はすぐに止んだが、代わりに、周囲に濃厚な魔力が満ちた。

その威圧感と圧迫感に、フランチェリカは思わず口元を抑えた。


『おお』


暗い声が、そこかしこから響く。

足を踏みならすような、べたんべたんという奇妙な音。

その音が響き渡り、周囲に闇が満ちる。


もともと薄暗かった空が、さらに暗くなる。

見れば、灰色だった雲が淀んだ黒に変わっていた。


『食べたい』


どこから響いてくるのか解らない声。

その重低音に呼び起こされるように、雨が降る。


肌を打つ雨の中、目を閉じることはしない。

周囲から目を逸らすのが怖く、いつでも動けるように気を張っていた。


『くれ』


地面から、腕が突き出る。

一つや二つではない、十か百か千か、もしくはそれ以上の、白骨化した手。


「ホラー映画、苦手なんだよね。わたし」

「こんなB級映画じゃ、素直に恐がれないわ」


やがて、全身が地面から出てきた。

白骨化した身体に、四本の腕。その手には、さびて切れ味の悪そうな斧が握られていた。


――カタカタカタカタカタカタ


顎を打ち鳴らす。

その動作の意味など知らない。

だが、フランチェリカの目には、それが嗤っているように見えた。


「まったく……ままならないわね」

「どーかん」


息を吐く。

軽口をたたける程余裕ではない。

だが、ここで挫ける程、弱くもない。


「行くよ、ルナちゃん」

「言われなくても」


魔力が走る。

緑と漆黒が二人を包み、その邪霊達を睨み付けた。


――動き出す。















力は弱いが、数は多い。

そんな面倒なだけの邪霊を倒して、椿たちはついに最上階へ辿り着いた。


最上階は、院長室だった。

かつては栄華を誇っていただろうその部屋も、現在は残滓を漂わせて寂れている。

壁に立てかけられた額縁の中の賞状は、字がかすれて内容を読み取ることが出来ない。


「到着……って、あれ?なにもいない?」


奈津が、不思議そうに首をかしげた。


「RPGのセオリーなら、ラスボスの間ってとこなんだけど……どう思う、椿?」

「うん、私もてっきり、元凶が潜んでいて“フハハハハッ”って言うモノかと」


別にゲームをあまりやっていなくとも、関係ない。

ヒーローファンなら、そう考えてしまうのは当たり前だった。

なにせ、変身ヒーローのセオリーも、あまり変わらないのだから。


「とくに何か居るようには、見えないね」


調べて回っていた陣が戻ってきて、呟いた。


「一端、戻って――っ!?」


戻る。

陣は、そう続けようとして、息を呑む。


「何だ……この気配」


椿と奈津も、戦慄した陣を見ながら、身を竦めた。

周囲に満ちる暗黒の力に、本能的な恐怖を覚えずには、いられなかった。


窓辺に駆け寄って、下を見る。

遙か眼下の風景は、寂れた街などではない。

白く奇妙なモノが、巣に群がるシロアリのように、地面を侵食していた。


それはまるで――裁きを待つ、咎人達の宴。


「俺はすぐに降りて、他の騎士達と協力してこの事態に対応する」


装霊器を握る手に力を入れながら、陣がそう言った。


「私たちも――」

「――だめだ」


そんな陣に協力しようと、椿と奈津は身を乗り出した。

だがその申し出を、陣は首を横に振って拒絶する。


「俺たちは、君たちを守るためにここにいる。こんな訳のわからない事態に、巻き込むわけにはいかない。君たちはまだ、独り立ちを許されているわけではないんだ」


陣は、二人の顔を真剣な表情で見る。

そして、言い聞かせるように、しっかりと理由を話した。


「それでもっ」

「足手まといだ」


言いたくないことを、言ったような。

そんな、辛い表情。


その表情に、椿は唇を噛みしめた。


「ここに結界を張る。君たちはここで待っているんだ。いいね?」

「私はっ」

「わかりました」


それでも食い下がろうとする椿を遮って、奈津がそう言った。

椿は奈津を驚いたような表情で見て――すぐに、俯いた。

どちらが正しいことを言っているかは、明白だった。


「わかってくれて、ありがとう。――行ってくる!」


そう言って、陣は簡易結界装置で結界を張ると、部屋を飛び出していった。

そのしんと静まりかえった部屋で、椿はぐっと拳を握りしめる。


一分経ち、二分経ち、十分が過ぎようとした頃。

椿は決意の表情を浮かべて、前を見る。


陣の言いたいことは、解っている。

それでも、この地獄に――恩人と友達を放り出したまま、止まっていることが出来なかった。


「奈津、私っ――」

「――そろそろ、かな」


今までじっと黙っていた奈津が、そう呟いた。


「奈津?」

「さ、行こう」


椿の手を引いて、前を見る。

そんな奈津の姿に、椿は首をかしげたままだ。


「なん、で?」

「え?そろそろ、香宮さんも下に到着しているだろうから、行こうかなって――だって、納得できないでしょ?黙って、見てるなんてさ」


奈津は、始めからそのつもりだったのだ。

だから、さっさと承諾して、先に行かせた。

より早く、参戦するために。


そのことに気がついて、椿は頬を綻ばせた。


「奈津――――うんっ!」


扉を開けて、外へ出る。

結界から抜けたその場所も、窓から見た眼下の景色同様、白骨の群れに囲まれていた。


「まずはこれを、片付けてからだね」

「うん……そうみたい、だね」


装霊器に、魔力を流す。

こんなところで足止めをされているわけにはいかない。

恩人との“約束”を破ってまで、動くのだから。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に旋風の加護を与えん】」

「【四元素が一柱を司る・火焔を呼ぶ槍の火蜥蜴よ・我が敵を・その吐息で焼き尽くせ】」


奈津が走り、椿の炎が一面を覆う。

白骨を炭化させて、焼ききれなかったものは奈津が蹴り砕く。


「せいやぁっ!!」

「はぁっ!!」


炎と風。

赤と緑。

轟と鋭。


突き抜ける二色の光を止められる邪霊は、そこには存在しなかった。

そう――――“邪霊”は……。


「【正義を司りし・公正なる者よ・悪しき魂に・北風の痛みを与えよ】」


階段までの廊下。

その空間に、響く声。


金色の魔力が迸り、先行する奈津に襲いかかる。


「うわっ!?」

「っつぅ!?」


衝撃とカマイタチ。

風の刃と槌が、まず奈津をはじき飛ばし、その後ろにいた椿を巻き込んだ。

人も邪霊も関係なく、黄金の暴力が蹂躙する。


ばらばらと砕けた白骨は、形をとどめる間もなく塵になって消える。

優秀な戦鎧のおかけで表だった怪我は無いが、それでも衝撃によるダメージがないわけでは、ない。


身体に響くような痛みをぐっとこらえて、二人は立ち上がった。


銀の装霊器、銀のマント、銀の鎧。

黒い癖毛、緑がかった目、優しげな顔立ち。


「助けるにしては、過激だね……香宮さん」


声を出せない様子の椿の代わりに、奈津が軽口で訊ねた。

だが、その唇は動揺から、震えている。


「まったく……もう少し待っていられなかったのか?」

『椿……こいつ』


何一つ変わらない表情と、口調。

だがその異様な空気に、椿の肩で雅人が囁いた。


「貴方は、一体」

「君と“似た様なもの”だよ、椿ちゃん」


そう言って、笑う。

優しげな微笑みなのに、その雰囲気が、それを否定する。


「なんでっ」

「椿……?」


声を震わせて叫ぶ椿の様子に、奈津は僅かな戸惑いを感じた。

似た様なもの……その意味が、解らずに。


「今ならまだ、間に合う」

「香宮、さん?」


陣は、真剣な表情を作り、椿に手を差しのばした。


「どこへ行こうっていうのかな?」


奈津が、椿を庇うように一歩前へ出る。

その様子に、陣は激昂することもなく、素直に手を引いた。


「そうだね、説明不足だった」


そう言って、苦笑いをする。

失敗したと言って笑う姿は、上司に怒られて照れているような、そんな“普通”の様子だった。


「この世は“悪”に満ちている」


それは、どこかで講演でもするような、口調だった。

廊下に、朗々と響き渡る声。その声は、人間の本能に、危機感を与える。


「誰も彼もが欲望にまみれ、自身とは違うものを排他する」


不思議と、胸に響く声。

そう感じているのは、椿だけではない。

隣の奈津も、同様に感じていた。


「自分より持たざるものを罵り、自分より持つものを傷つけ、自分と同じものを貶す」


その声に含まれている感情は、読み取れない。

歓喜、悲哀、憤怒、享楽。いずれの感情にもほど遠く、いずれの感情にも似ている。


「欲望の儘に人を傷つけて、殺すことしかできない醜い種族」


やがて、椿は、陣の双眸に映る色に気がついた。


その色の名は、黒と白。

両極端の、絶望と希望。


失い絶った希望の中に、新たな望みを見つけた、目。


「それが――――“人間”だ」


この世に満ちる“人間”……その全てが“悪”である。

陣は、椿と奈津に、そう断言した。


「人は醜い。それは君たちが、一番よくわかっているはずだ。人間は悪意に満ちている……そう、俺が、君に教えてあげただろう?椿」


その言葉の、意味。

それを考えて、椿は思考を止めた。


「まさか……あんた」


奈津が、険しい視線で陣を見る。

陣はその視線を真っ向から、受け流す。


「私を……あの時」

「あぁ……そう、そうだよ。椿。“選ばれた者”である君に、人間の“真実”を、教えてあげたかったんだ」


ぐるぐると頭を駆け巡るのは、過去の映像。

ベッドの脇に立つ、紅いマントの騎士。


あの時、椿を化け物仕立て上げたのは。

あの時、椿に手を差し伸べたのは。

あの時、椿を追い詰めたのは。

あの時、椿を救ったのは。

あの時、椿に憎しみを覚えさせたのは。

あの時、椿に憧れを与えたのは。


「誰?」

――誰だった?


フードの下から覗く、緑がかった双眸。

黒い癖毛と、柔らかな顔立ち。


その、姿は――。


「そう――俺だよ、椿」

「あ――――」


もう、声も出ない。

最後に悲鳴に似た声を零した。

ただ、それだけ。それだけでもう、何も零れない。

視界が――暗い闇に、閉ざされる。


「さぁ、俺の手を取れ」

「あんたは、なんでそうやって!」

「佐倉奈津、もちろん君にも“資格”はある。だが、椿の“それ”の方が上位――優先すべきは彼女だ。少し待て」


頭がぼんやりとして、目の前が暗くなる。

気を失うときよりもずっと重い身体を、椿は抱き締める。

その姿は、一人きりの家で、孤独に怯える幼子のようだった。


「“資格”?“上位”?何を言ってるのさっ!」

「なんだ、そうか……知らないのか」


そう言って、口元を歪める陣。

その姿に、椿は一時的だが、正気に戻る。


「彼女は、特別なんだよ」

「特別?」

――やめて


声は出ない。

絶望から、喉がからからに渇いて、声を発することが出来なかった。


「そうさ……人間も精霊も邪霊も、彼女は全てを超越している」

――やめて

「精霊を呑み込み」

――やめて

「邪霊を喰らい」

――やめて

「その気になれば、そう――“人間”だって」

――やめて

「彼女は、“支配”することができる」

「……めて」


目を見開く奈津に、陣は淡々と言いつのる。

その口調には、だんだんと強い感情が、込められていく。


「彼女は神霊者……全ての種の垣根を超えて他者を喰らい尽くすものなのだよ!!」

「やめてぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」


漸く声を出したときには、全てが手遅れだった。

得意な表情で語りきった陣と、ただ俯く奈津。


邪霊に改造されたという次元ではない。

椿は、邪霊を呑み込んでその力を行使する。

その力は――憎むべき邪霊と、どう違う?


――使用者が、変わっただけだ。

――変わっただけで、その力を行使する者は……。


――“化け物”だ。


大粒の涙を流す椿を、陣は面白そうに見つめていた。

親友に拒絶され、孤独になって、絶望して、その先の答えが“自分と同じもの”になると、陣は“確信”していたのだ。


「椿ってさ」

「――――」


何を言われても、せめて受け取りたい。

だから、その一言には反応できなかったが、次は答えよう。

椿はそう、決意した。


「案外――――抜けてるよね」

「うん――――って、えぇっ!?」


思いもよらない言葉に、間抜けな声が出る。

そんな椿の横で、奈津は肩を竦めていた。

いかにも“呆れている”という仕草だ。


「椿が何かを抱えてたって事くらい、知ってるよ」

「え――――?」


奈津の表情は、優しい。

何よりも、穏やかな微笑みだった。


「どれだけ椿と一緒に居て、どれだけ椿を見ていたと思うのさ」

「奈津……」


奈津はそう言うと、手を差し伸べる。

それは、その双眸に輝く光は――――。


「重いって言うなら、僕も持つ。僕が重くなったら、椿も持ってくれればいい。だって僕らは対等で、かけがえのない、存在なんだ。だから、大丈夫だよ――――“親友”」


――――椿がなにより、“憧れ”たもの。

希望と救いの、光だった。


手を掴む。

全ての迷いは、振り切った。

挫けそうになっても、折れそうになっても。


支えてくれる“親友”がいる。


もう――揺らがない。


「なぜ、だ?」


そんな椿と奈津を、陣は驚愕の表情で眺めていた。

まるで、理解できない“存在”を見てしまったかのように。


「何故解らないんだ、椿!」

「貴方は私に、解らせようとしていない。それなのに、理解する事なんてできないよ」


揺らがない心は、信仰にも似た悪意を弾く。


「あの副団長、白銀の城砦だって、実力も伴わない魔法使いを護りながら戦えば消耗する。そこを叩けば、騎士団を掌握することだって不可能じゃない!俺と君で、世界を手に入れるんだ!」


まっとうな言葉は届かないのか、ただ自分の意見だけを募っていく。

それでは、他者の心に言葉を響かせることなんか、できない。


「は、はは……いいだろう。まずは、その自信……打ち砕く」


陣はそう言うと、背を向けて歩く。

そして、階段を上っていった。その先は――屋上だ。


「椿」

「うん」


短く頷き合う。

繋ぎ合った手から伝わる温もりを、しっかりと覚える。


そして――陣を追って、階段を上った。















少年の両親は、普通の人間だった。

どこにでも居るような、普通の人間。


少年はずっと、そんな風に、自分の両親を――“勘違い”していた。


母親は、父親に黙って外に男を作っていた。

そのことを父親が知ると、父親は心に宿る暴君をさらけ出し、母親を殺した。


その光景を見ていた少年を、父親は殺そうとした。

そんな父親を少年は、恐怖のまま“喚び出した”精霊を用いて、殺した。


事故として処理された事件。

その裏側には、権力者の夫であった、母の浮気相手の影があった。

都合の悪いことをもみ消して、浮気相手は口止め料だと、少年に“寄付”をした。


その多額の“金”に、彼の親族が群がった。

全てを絞りだそうとする親族を振り切り、孤児院に入り、彼は魔法学校へ入学した。


自分が“響霊者”であることは隠しても、才能は現われる。

家柄という後ろ盾のない彼を、他の生徒は排除しようとした。


そうでない者も、いじめられる彼を見下して、優越感に浸っていた。


彼はある日、精霊を呑み込んだ。

彼は止まることのない才能を開花させ、真霊者となったのだ。


全ての存在を正しく裁く“公正なる者”――ラシュヌ。

その存在を呑み込んで、裁定者として他者を見るようになった彼は。


――他者を“悪”と定義して。

――自分を“正義”と定義するようになった。


それは、彼の人生の、本当の終着にして――始まりだった。















病院の屋上は、ヘリポートになっている。

その中央に、陣は佇んでいた。


激しい雨が降り注ぎ、視界を悪くさせる。

それでもなお、前を見ることを止めない。


「全ての人間は“悪”だ。同じ種族で争い血を流し、他の種族を欲望の儘殺す」


それは、真実だ。

だが、側面に過ぎないのだ。

それが全てでは、決してない。


「悪意にまみれて生きる人間は、本当の意味で人を理解することは出来ない」


淡々と、語る。

その顔に、感情は込められていない。


「憎むことでしか生きられない人間は、本当の意味で人を愛することなど出来ない」


剣を、天に掲げる、

黄金の魔力が、周囲を満たす。


「ならば、欺瞞に満ちた人間を――この醜い世界を、一度壊してしまえばいい」


椿と奈津も、魔力を通す。

真紅と緑と黄金の魔力が、溢れる。


「真霊者にして、邪霊の力を得たこの身体―――“魔霊王|≪ダークロード≫”たる俺と」


敵の出方が解らない。

だからまだ、詠唱はしない。


「人間も精霊も邪霊も、全てを超越した存在――“神霊者”たる君で」


真霊者で、悪に堕ちた――“魔霊王”

それは、神霊者たる椿に迫る、存在だった。


「幻想世界“エデン”の、アダムとイヴのように」


そして、陣は――凄惨に、嗤った。


「世界を真実の“正義”と“愛”で満たす、あらゆる生命の“母”になるのだよ!!」


黄金の魔力が集束して、精霊石に満ちる。

この石は契約の証ではない。


香宮陣“そのもの”だった。


「【正義を司りし・公正なる者よ・我を神の代弁者と認め・悪しき魂を裁く力を・もたらせ・ここに・正義の剣を顕現させよ】」


剣が、黄金に光る。


「証明しよう。俺が“正義”であると認めざるを得なくなる……絶対的な“力”を」


そして――閃光が走る。


「っ!」


椿と奈津は、同時に駆け出す。

互いに、神霊者の力と超越者の力で、肉体を強化する。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に旋風の加護を与えん】」

「【蛇鞭・流焔】」


炎のダメージを受け付けなくなる旋風の鎧と、大角大蛇の力を用いた、大きな炎の鞭。

このコンビネーションは、実力が上の者にも、通用する。


「せい!」


奈津の上段蹴りが、陣の側頭部へ放たれる。

陣はその一撃を、剣の腹を盾にすることで防ぐ。

さらに迫った炎の鞭を、受けた反動を用いて返した刃で斬り払い、刃を背中側へ回す遠心力を利用して、空中で停滞していた奈津に蹴りを放った。


更に、背中側に回していた刃を、正面に向かって振り上げ、降ろす。

その動作により黄金の衝撃が走り、椿を打ち据えた。


ほんの一瞬のあいだに大きく後退させられて、冷や汗を掻く。


「強い、けど」

「負けられない、ね」


折れない二人に、陣は何も言わない。

だがその目には、“絶対者”からの憐憫で満ちていた。


「【三槍・響炎】」

「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に飛翔の加護を授けん】」


椿は炎の槍を放ち、奈津は宙を舞う。


「【四元素が一柱を司どる・灼熱を統べし槍の火蜥蜴よ・我が手にその穂先を与えん】」


更に椿は、炎刃を展開して、地面を滑るように走る。

空と地からの、二方向同時攻撃。更に、妨害のために炎の槍も混ぜられている。


「わからないのか……椿」


小さく呟くと、空の奈津と地の椿を、視界に入れた。


「【正義を司りし・公正なる者よ・悪しき魂に・醜き悪女の導きを・与えよ】」


それは、幸運の魔法と真逆の効果を持つ魔法。

すなわち……。


空から踵落しを放つ。

その側面に“偶然”突風があたり、身体がずれる。


炎刃を振るおうとしたところに“偶然”奈津の身体が来て、咄嗟に炎刃を消す。


「残念だよ」


……他者に“不幸”を付加する、魔法。

力でねじ伏せられる程度の魔法だが、理解するまでは、その魔法は大きな脅威だった。


そして陣は――その剣で、椿の身体を斜めに切り裂いた。


「椿っ!」

「あとで“よく言うことを聞くように”目覚めさせてあげるよ」


それは、身体のみを“使用”する、悪魔の試み。

死者蘇生とは名ばかりの、人形作成だった。


「あんた、だけはっ!」


奈津は、その双眸を紫色に輝かせたまま、突貫する。

椿は大きく後ろに弾かれて、立ち上がる気配はなかった。


「椿が寂しくないように、親友の君も“同じように”してあげよう」

「ふざけるな……っ!!」


向こう側の子供達の能力“超越者”は、あらゆる肉体限界を突破することだ。

その限界は、奈津の認識の範疇で決まる。それは、天恵者にも言えることだった。


認識が、限界と境界を、変えるのだ。


今まで奈津が限界だと捉えていたこと。


“蹴りで空を切る程の威力は出ない”


その認識を、塗り替える。

僅か離れたところで放った蹴りは、付加された“不幸”をたやすく弾き、蹴りの延長線上の空間を切り裂いた。


「なにっ!?」


その一撃を辛うじて避ける。

だが陣の顔の前にはすでに、奈津の膝が迫っていた。


「ちぃっ!」


咄嗟に剣で、ガードする。


「嘗めるなぁ!」


魔力により強く剣が輝いた。

そして、ガードしたまま振り抜くことで奈津をはじき飛ばす。


「だぁっ!」


畳みかけるように、奈津に剣を振り下ろす。

奈津は自身の肉体の強度を“刃を通さない”と認識することにより切られるのは防いだが、勢い余って床を突き抜けて階下に落下した。


そんな奈津を、焦りから追撃して、殺そうとする。

だが、動く気配のないことに、安堵する。


威力に耐えきれずに、気絶をした。

陣はそう判断して、倒れている椿の方に、首を向けるのだった――。















頬に当たる、雨。

その雨の冷たさに、身体が震える。


雨に溶けるように、真紅の液体が絶えず流れる。

だんだんと感覚が消えて行く身体に、椿は恐怖を覚えていた。


やがて――――世界が、白に染まる。


「死ぬ……のかな……これで……終わり、なのかな」


真っ白な世界で倒れ伏す椿に、歩いてくる影があった。

黒い髪に、銀色の目。背の高い、男性。


――死にたくない?

「死に……た……」


一学期、歴史学で聞いていた声。

よくとおる、威厳のある声。

不思議なほど、澄んだ声。


――生きたいかい?

「私は――私は、まだ」


脳裏に映るのは、かけがえのない、親友。


「私はまだ――――死にたくない」


その思いを、聞き慣れた声に、告げる。

すると声が、小さく笑った。

それは――どこか、心地よい、音だった。


――ならば生きろ、宿主よ。

「生き、る?」

――“人間”に、縋り付くな。

「人……間」


授業の時のように、朗々と声が響き渡る。


――生まれて死んで、再び生まれ死ぬことで、新たな生に繋がっていく。

――それは、人間が人間である限り、逃れることの出来ない輪廻の牢獄。

――でも、それは……“人間”が“人間”であるということの、“証”でもある。

――確定した“死”を拒絶して、定められた“宿命”を覆す。それは……。

――……摂理から外れ、真理を超越し、運命を呑み込むということ。

――人間を、本当の意味で“外れる”ということだ。


――選べ、椿。

――それでも君は……“在りたい”か?


人間であると言うことは、椿がもっとも望んだことだ。

人間でなくなると言うことは、椿が何より恐れたこと“だった”。


それでも、もっと怖いことが出来た。

人間を捨てることよりも、怖いこと。


「私は……“親友”を――――“奈津”を、失いたくない」


影が、大きく頷いた。


――邪霊の王を吸収した、その力。

――我が力を以て……その死を“遮断”しろ。

――己の存在を、確立せよ。

――君は今より、人ではない。

――進化せし、唯一の種族。

――現実と幻想と歪みを統べる者。

――目覚めよ……“神霊王|≪トライロード≫”よ。


「【神絶】」――『【ロードアウト】』


全てを超越し、呑み込む。

その始めて感じる浮遊感の中、椿は最後に、“声”を聞いた。


――頑張れ、椿。















頬に伝う雨を拭いながら、陣は椿の方へ顔を向ける。

そして――目を見開いた。


雨の中、悠然と佇むその姿。

その身体に傷はなく、その存在に欠損はない。


唯一無二の“完全”が、そこにいた。


「は、はは…………はははははははははははっっっっ!!!!」


陣は、大きく笑った。

興奮から、歓喜から、声を張り上げた。


「超えたか、椿!」


椿はゆっくりと、顔を上げる。

その双眸に映る“憐憫”に、陣はたじろいだ。


「貴方は……可哀相な人だ」

「な、に?」


一歩、踏み出す。


「理解することから逃げて」


一歩、近づく。


「愛することから目を背けた」


その空気に――陣は、押されていた。


「与えられることを待つだけじゃ、得ることは出来ない。押しつけるだけじゃ、与えられることはない。貴方は愛することが怖くて、愛されることに逃げようとした」


そして、陣の目を見据えた。


「哀れな人だ」


陣は顔から笑みを捨て、剣を握る手に力を込める。

そして“初めて”……殺意を込めて、椿を見た。


「やはり君は、もう一度殺した方が、良さそうだ」


そう言って、剣先を向ける。

そして、殺意を込めて斬りかかろうとした陣の身体が――。


「づっ!?」

――ドンッ


――真横に、吹き飛んだ。

蹴りを放った体勢で佇むのは、奈津だった。

奈津は素早く椿の横に立つと、不敵に笑って見せた。


「信じてたけど、遅いんじゃない?」

「奈津ほど、お寝坊さんじゃないよ」


二人で目を合わせて、笑う。

そして、鋭く陣を見た。


「なん、だとっ!?」

「アンタさ……僕たちの“絆”を、嘗め過ぎなんだよ」


奈津はそう言って笑うと、握り拳から親指を立てると、それを地面に向けて下げた。

その仕草に、陣は顔を赤くして憤怒の表情を浮かべた。


「他人を排除して正義を執行する。そんなものは、独りよがりの箱庭だ」

「貴方が本当に欲しかったものは、そんな空虚なものなの?……香宮さん」


陣は、己の心が揺らいでいるのを、自覚していた。

だがそれを、憎悪と憤怒で覆い隠す。


「殺す、殺す、殺す!!」


剣を振りかざして、斬りかかる、

振るう度に放たれる黄金の斬撃は、触れるだけで脅威と言えた。


「【大気を統べる風の主よ・我が身体に宿り・我が身に烈風の加護を与えん】」

「【魔槍・三幻紅蓮】」


貫通特化の魔法は、攻撃力を担う。

その背後で、椿は左手を掲げた。


胸に浮かぶ紋章は、縦に並ぶ三本の槍と、それに生えた翼。

三頭の悪魔と傀儡の魔剣、二つの力の融合だった。


大剣の柄を槍のように伸ばした真紅の魔槍。

超攻撃力のそれは、完全な追尾と誘導で陣を追い詰める。


「あんたは、見ようとしていないだけだ」

「貴方が今まで接してきた人たちは、本当に“悪い人”だったの?」


思い浮かべるのは、両親が死んだ日。

本当に、自分に手を差しのばした人は、財産目当ての人ばかりだったのか?


本当に“悪人”ばかりだったのか?


孤児院でも、学校でも、本当に……そんな人ばかりだったのか?


どんな善人でも、人は心に“悪”を抱える。

正義の精霊ラシュヌを呑み込み、その視線で見た人間達は、確かに“悪”と裁定された。


それは、あくまで、幻想世界“ゾロアスター”の定義では、なかったのか?


正義への“信仰心”が薄れて、力が消える。

その姿に、椿と奈津は安堵の息を零す。


だが――陣は、ここで終わることが出来なかった。

自分を……“悪”と認めることが、できなかった。


めきめきと音を立てて、陣の身体がふくれあがる。

自身の“歪み”が、彼を化け物へと変貌させたのだ。


『殺す、殺す、コロス、コロサナケレバ、ナラナインダァァァァアアアッッッッ!!!』


大きな二本の羊の角。

黒い肌に、白骨の鎧。

全長三メートルほどの体躯。

金色の天秤の紋章を、胸に刻みつけた姿。


魔霊王“漆黒の裁定者”の姿が、そこにあった。


「椿……時間稼ぎ、頼んでもいい?」

「うん……大丈夫だよ」


その姿に、怯むことはない。

信頼できる仲間がいる。その事実が、彼女たちを、強くする。


『オオオオオオォォォォォォオオォオオ!!!!』

「通さないよ……【心盾・絶火】」


真紅の壁が、突進を防ぐ。

こちら側と向こう側を遮断する壁を、魔霊王は超えることが出来ずにいた。


左手を掲げる、椿の後ろ。

そこで奈津は、クラウチングスタートの体勢を、作っていた。


精霊と仲良くなる授業の日から、自分の精霊と言葉を交し続けた。

そのうちヒーローについて熱狂するおかしな精霊と意気投合して、霊秘宝を授かるに至った。


左手で、緑の石を握りしめる。

すると、左手の甲に、風をモチーフにした紋章が浮かび上がる。


「【大気を統べし風の主よ・健やかなる自由の象徴よ・我が右脚にその力を宿し・我に疾風怒濤の加護を与えん・我が望みに応えて・その力を解き放て・風精の王】」


椿に目配せをして、壁を張ったままにして貰うように、頼む。

狙いは、金色の天秤。その中央の、精霊石。


超越者の能力を最大限まで引き出して、一気に走る。

大きく飛んで、空中で回転。右脚を伸ばして、左足を畳む。


そして、狙った場所めがけて、一気に加速する。


身体がぶれて、蜃気楼のように消える。

再び現われた先は、魔霊王の後ろ。


『オ、オォ』


魔霊王が胸元を見ると、金色の天秤の中央、精霊石だけが、綺麗に砕けていた。


どこでも通ることが出来るエアリエルの特性を、最大限まで生かした魔法。

全てを貫通して、狙った場所のみを確実に攻撃する、防御を捨てた最高の一撃。


魔霊王は最後に天を仰ぎ見る。

そこに何を思ったのか――眼を細めて、かつての騎士は塵になった。


その姿を見届けると、奈津は椿に近づいた。

そのまま真横まで歩くと、互いに左手を挙げる。


――パァンッ


そして、勢いよくハイタッチを交した。


「あれ?」

「ととっ」


そこで精も根も尽き果てたのか、二人は地面に倒れる。

極度の疲労で動くことはできないが、不快感はなかった。


「終わったねー」

「うん。なんとかなったね」


互いに横を見ると、逆さまの形で顔が見えた。

そして、二人で大きく笑う。


辛く悲しい、切ない戦いだった。

けれど今は……今だけは。


掴み取ることが出来た未来を思って。


疲労で気を失うまで、笑い続けるのだった。















目を覚ました椿と奈津は、騎士団より正式にレベル五……グリーンクラウンが与えられた。

奈津が精霊魔法を使ってとどめを刺した。要約すると、色々抜けてはいるがこんな言い訳をした。


何故か学院長のフォローが入り、それで通ったのだ。


さんざんな二学期を、二人は心底疲れながら、終える事となった。


二学期の終業式も終えて、椿は自分の部屋にいた。

あれから姿を見ない、雅人。サポートユニットといっていた彼は、椿が能力を使いこなしたから、消えたのだろう。


解っていても寂しくて、椿は雅人を思って一筋だけ涙をこぼした。


『――と、綺麗に終われそうもないんだけどね』

「えっ?まーくん!?」


窓辺に降り立つ、黒い子猫。

こんな風に喋る猫は、雅人以外にはいないだろう。


「どうして?」

『どうやら私は、君の中で“ペット”として存在を確立されてしまっているようでね』


雅人はそう言いながら、呆れたように肩を竦める、

猫の身体なのに、実に器用だ。


『その認識が消えない限り、お役ご免という訳には、いきそうもないみたいだ』


雅人はそう言うと、椿の目の前まで歩いてきた。


『だから、その、なんだ……これからもよろしく、と言う訳だ――――椿』


椿は雅人の身体を持ち上げると、抱き締める。

そして、大きく頷いた。


「うん!……これからも、よろしくね。雅人さん」


再会と、契約。

雲一つ無い晴天の下……確かな絆が、結ばれるのだった――。

過去最高の長さとなってしまいました。

お疲れ様でした。


今回で第二章は終了し、次は冬休み編に入ります。

それを終えると、三学期・終章に入ります。

七月中に、終章を終えて完結、と計画しています。


このお話を書くのにかなり腕を酷使してしまったので、ある程度疲れがとれるまでは、少しお休みします。それでも、二日以上遅れることはないと思います。


それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。


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