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Flame,Plus  作者: 鉄箱
33/42

第二十一話 正義の騎士 (前編)

白いベッドに横たわる、二つの身体。

目元にかけられた白い布。


その二つを、少年は感情を表情に出すことなく、ただじっと眺めていた。


彼の親族達は、口を揃えて自分のところへ来るように、彼に言う。

その顔に映る笑顔は、欲望という醜い泥にまみれていた。


彼を引き取ることで、彼の両親の財産を望む、卑しい“物欲”の奴隷達。

そんな存在に縋ることを望まず、少年は首を横に振り続けた。


それから始まる、嫌がらせ。

幼い子供にすることとは思えないような脅しにも、彼は耐えた。


やがて、施設に行くことになった。

そこでも平穏は得られず、失望すら抱かない日々が続いた。


彼は、ただその瞳に闇を映していた。

自分に手を差しのばす者達は、誰も彼も“欲望”にとりつかれていた。


彼は、いつしか彼らを――――。











Flame,Plus











文化祭も終わると、とくに変わり映えのない日常がやってきた。

中間試験も終えて、今はもう十一月の中旬になる。


邪霊の被害も無く過ごす一ヶ月というものは貴重で、椿たちはのんびりと勉学、部活動に励んでいた。


実戦授業も、後半になると規模が大きくなっていく。

その中でも、一年生の二学期後半からは、実際に“仕事”の空気を肌で感じる必要が出てくる。


集団で学外へ出る。

そこで、騎士の監督の下、実際の依頼をこなすのだ。


これが、楼城館女学院最大の演習授業。

騎士団監督総合実戦授業――通称“騎士演習”である。


期末試験が近づいてくると、いよいよ、この騎士演習の季節がやってくる。

一学年総出で騎士団の待つ、実習のための場所へ行くのだ。


今回彼女たちに用意された舞台は、邪霊に襲われた際に人が住めなくなった、小さな街だった。襲った邪霊は退治したが、まだまだ邪霊は出てくる。


今までは騎士団が監視をするに止まっていたが、この土地をどうすることも出来ない土地の所有者が、倒しきれなくても構わないから邪霊をできるだけ退治してくれと頼んだのだ。


そこで、騎士団はこの依頼を受諾する条件として、楼城館女学院の授業に使うことを求めた。本来、監視だけで済む場所には騎士団は送らないのだ。なにせ、本部の騎士団は、そんなに手が空いているわけではないのだから。


依頼人はこの条件を快く承諾して、こうして楼城館女学院が介入することになった。


学年で移動するということもあり、移動は飛行機から大型バスで移動することになる。

飛行機と聞いて即座に普通の集団で賑やかに乗る物を思い浮かべた椿は、いざ乗るという段階になって絶句することになる。


「ねぇ、奈津……これ、なに?」

「なにって……なにが?」


ジャンボジェットのような大きな外見。

その中は、広くてとにかく豪華だった。


レストランみたいな場所や、ちょっとしたカジノも伺える。

さらに、シャワーも完備されていて、色々ありすぎて逆に落ち着かない。


そう――――ファーストクラスというヤツだ。

椿はいい加減、学習するべきなのだろう。

どう考えても、今の価値観ではついていけない。


ゆったりとした座席に座り込み、外を見る。

アナウンスが鳴り、だんだんと飛行機が進んでいく。


ふわりとする、独特な浮遊感に、椿はのんびりと身を任せるのだった。















空は、曇りで薄暗い。

雲が覆っているため、日の光がほとんど通らず、どこか陰気な雰囲気だった。


「これは、また」

「旧校舎を思い出すね……」


奈津の小さな呟きに、椿が答えた。

廃れた街は、薄暗さも相まって、非常におどろおどろしい。

一人で迷い込んだら、泣いて逃げ帰る。そんなレベルだ。


「みなさん、滞在するための場所へ移動しますよー」


そう言って、のんびりとした声をかけるのは、引率のミファエルだ。

魔法学の担当として、彼女が一年生の引率を務めていたのだ。

通常はそれと各クラスの担任がサポートのために来るのだが、今回は、新任と言うこともあり神楽も同席していた。


一年生担当の医師であるアンジェリカも、一緒だった。


滞在するのは、ホテルといった施設とは少し違う。

騎士団が用意したプレハブ小屋だ。お嬢様だ何だと言っていられない場所で行う演習のため、それも仕方がない。


「各クラスに、それぞれ騎士の方が一人ずつついてくれます。その方の指示をあおってくださいね~」


ミファエルがそう言うと、去っていく。

椿たちも、その人物を待った。


「誰だろうね、椿」

「騎士団に知っている人って……フィーリさんくらいじゃないの?」


奈津の言葉を聞いて、椿はそう、首をかしげた。

彼女が知っている騎士など、フィーリと噂で聞いた最年少元帥、カインくらいだったのだ。


「あ……でも、私、一人だけ知ってる人がいる」

「え?そうなの?誰?」


椿が首を捻りながらそう言うと、奈津は興味深そうに椿を覗き込んだ。


「えーとね、確か――」

「――みなさん、はじめまして」


そうしている内に、騎士がやってきた。

その中には、フィーリの姿もあった。


その騎士の中、一人の男性を見つけて、目を見開く。

黒い癖毛に緑がかった目の男性で、銀色のマントをしていた。

銀色と言うことは、レベル九。シルバークラウンの高位魔法使いだ。


椿はその顔を見て……息を呑んだ。


「椿?」

「香宮――さん?」


男性は、生徒達に挨拶を済ませると、自分を見る椿の視線に気がついた。

すると男性は、小さく……それでいて、どこか嬉しそうに、笑った。


「誰なの?あの人?」

「香宮陣、さん。私を――火事から救いだしてくれた人」


椿を“化け物”と呼んだ騎士は、名を騙る偽物だった。

火事の跡から椿を助けたのは彼――香宮陣だったのだ。


そう、彼は――最初に、椿に手を差しのばした人だった。















騎士演習、要は依頼をこなすのだが、今回は内容自体はシンプルだ。

舞い込んでくる依頼によって、捜査から始めないとならないケースなども、もちろんある。

だが、今回は見敵必殺……見つけたら倒せばいいと、それだけだ。


クラスごとに担当する地区を分けられて、更に二人一組で広範囲を探索する。

いつでも助けを呼べるように専用の通信機も持っておく。


騎士団監督のため、死者は出ない。

だが、稀に重傷者は出ることがある。


これは実際の“依頼”だ。

当然、卒業したら舞い込んでくることなのだ。


研究者のような立場を望むものにだって、その可能性がないわけではなかった。


魔法使いとして一定以上のレベルを持っているのなら、苦手でも矢面に立たなければならないことはある。それは、普通の人間から外れた力を持つ、魔法使いという“職業”に就いたもの達の、義務だった。


一人では、時に冷静な判断を下せないことがある。

世に出ればそんなことは言っていられなくなるが、ここは学校。

就職が関わる三年生までは、二人から三人一組で任務をこなすことが許されていた。


「うぅ、廃病院とか、僕たち運無いなぁ」

「ホントだよ……」


ペアは、自由に作ることが出来る。

安全性を考慮した結果のペアシステムだ。

ここでランダムにして、危険をあげてしまったら本末転倒と言えるためだった。


椿と奈津は、当然のように二人でペアを組んだ。

そして、椿たちが割り当てられた場所が――街の、廃病院だったのだ。


ぼんやりと光る蛍光灯。

病室で時折揺れるカーテン。

ひび割れた窓とくすんだ壁。


確実に、“なにか”がでそうな場所だった。


「こういう時は、怖い話をすれば逆に怖くなくなるっ」

「無いから」


奈津の渾身の冗談は、椿にばっさりと切り捨てられた。

こういう時にそう言った冗談を実行するのは大抵奈津な為、そう言った方面での信用は皆無と言えた。自業自得である。


『オォ』

「っ!」


暗く、低い声。

二人は即座に装霊器に魔力を流した。


詠唱はまだ唱えない。

敵のタイプによって、使う魔法を選択する。


それは、回避能力の高い二人だからこそできる、戦法だった。


『オオォ』


聞こえてくる。

だが、位置までは把握することが出来ない。


『オオォオオォッ』

「椿、上!」

「【四元素が一柱を司どる・灼熱を統べし槍の火蜥蜴よ・我が手にその穂先を与えん】」


即座に、炎刃を展開する。

天井に張り付いていた邪霊が、椿たちめがけて黒い“舌”を伸ばす。


「せいっ!」

『グゥッ!?』


それを、一歩後ろに下がりながら、椿が炎刃をふるって切り落とす。

その頃には、奈津は炎刃から避けつつ上に飛んでいた。


舌を切り落とされて蠢くのは、カメレオン型の邪霊。

邪霊は、周囲の色と同化を始めるところだった。


奈津はそれを阻止するために、空中で回転して天井の邪霊に蹴りを放つ。


『ギャウッ』


天井から離れて落下する邪霊を、椿が振り抜いた炎刃を返すことで、切り裂いた。

邪霊は咄嗟に尻尾を犠牲にして、その場から逃げようとする。

だが、それを見逃す奈津ではない。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に疾風の加護を授けん】」


速度を上昇させた状態で、天井を蹴る。

邪霊の僅か上空で回転すると、勢いの乗った踵落しを、邪霊の脳天に決めた。


『ガギャッ!』


邪霊は短く断末魔の声を上げると、塵となって消えた。


「ふぅ……透明になって近づいてくるとは、ね」

「もっと注意した方が良さそうだね」


椿が「用心しよう」というと、肩の雅人が同意を示すように、短く鳴いた。

邪霊はこの一体ではない。これで済むのなら、わざわざ騎士団に頼む程ではない。

まだまだ、先は長いのだ。















それから二時間程、椿たちは探索を続けていた。

だが、最初のカメレオン以外で、邪霊が見つかることはなかった。


そこで、一度休憩を入れることになった。


休憩の時は、簡易結界装置を設置して、一定空間の安全を図る。

適当な病室を選んでそこへ設置することにして、休憩をとり始めた。


ちなみにこの簡易結界装置は、騎士団御用達、騎士専用の支給品だ。

だが、今回は特別と言うことで、最大で三回まで使用できる物を、生徒達に渡してあった。

通常では手に入らない、一級品である。


「そういえば、さ」

「うん?」


奈津が小さく、呟いた。


「さっき、騎士の人……香宮さん、だっけ?……を、見て驚いてたみたいだけど、知り合い?」


目を見開いた、椿の顔。

唯一知っている騎士として椿が名をあげた、男性。


「香宮陣さん、だよね」

「うん、その人」


奈津がそう言うと、椿は懐かしむような顔をした。


「私はね、お父さんとお母さんを、邪霊に殺された……それは、前にも話したこと、あったよね?」

「……うん」


椿は、奈津とレイアとラミネージュ……この三人には、神霊者などの事情を省いた説明をしていた。その中には、火事の“跡”から助け出されたと言うことも、含まれている。

まだ神霊者のことを知られるのは怖い。だが、それ以外のことまで隠しているのは、嫌だったのだ。


「火事の跡で、倒れていた私を助けて、背負って病院に駆け込んでくれたのが、香宮さんなんだ」

「へぇ……それじゃあ、命の恩人ってこと?」

「うん、そうなる、かな」


椿はそう、照れながら笑う。

気恥ずかしいのだ。


「その後、騎士の格好をした人が、火事の跡から助け出された私に対して“悪い噂”を流しちゃったんだけど、その噂を消すために奔走してくれたのも、私の血縁を調べて、おじいちゃんとおばあちゃんを探してくれたのも……みんな、香宮さんがやってくれたんだ」


化け物と椿を罵った男は、騎士の名を騙る、偽物だった。

邪霊に恨みを持つ者が、椿のような人間や奈津のような向こう側の子供達に対して、悪質な悪戯をする。そういったケースは、多くはないが、確かにあるのだ。


「最初に私に手を差し伸べて、笑顔をくれた人。私の――恩人」

「そっか……大切な人、なんだね」


椿にとっての“憧れ”は、なにも祖父母だけではない。

そうやって助けてくれた陣も、“憧れ”の対象だった。


「そっかそっか、その人が椿の初恋の人かー、なるほどね」

「うん、そう。私の初恋の…………って、えぇっ!?」


流れで、椿はうっかり聞き流すどころか乗るところだった。

真っ赤になった顔でベッドに腰掛ける奈津を見ると、奈津は生暖かい目で椿を見ていた。

目で、“自分は理解しているよ”と語っていた。


「大丈夫、僕は解っているよ」


口にも出していた。

椿は真っ赤な顔のまま、頬を膨らます。

その様子を見て、奈津は一際大きく笑い声を上げた。


「奈津」

「ぷっ……くくくっ……な、なに?」


笑い声を上げていたため、気がつかなかった。

椿が、非常に良い笑顔をしていたことに。


椿は奈津の名を呼ぶと、笑顔で近づく。

そして、その頬を両手で優しく包み込んだ。


「へ?」


目を合わせられる形になった、奈津は訝しげな声を出した。

そんな奈津に、椿は綺麗な、笑顔を見せた。


そして――――渾身の力で、その頬を外側に引っ張った。


「あいたたたたたっ!?!?!!」

「変なことを言うのは、この口かなぁ?」


廃病院の一室に、奈津の叫び声が、いつまでも響いていた。















怒っていますと言いたげな椿の横で、奈津は真っ赤になった頬を両手で押さえていた。


「うぅ、ごめんよ、椿」

「はぁ……まったく、もう」


しょんぼりと肩を落とす奈津を、椿は大きくため息を吐いてから、許す。

休憩も切り上げて、現在は探索に戻っていた。


「後、残っているのは……死体安置所、かな」

「うへぇ」


椿が気乗りしない声で、地図を見ながらそう言った。

奈津も、それに嫌そうな声を漏らす。病院で、トイレの次に怖い場所である。

一番怖いのがトイレというのも、おかしな話だが。


「場所は……地下、だね」

「地下かぁ」


奈津は、がっくりと肩を落とした。

行きたくない。だが、行かないわけには、いかなかった。


ゆっくりと、階段を下りていく。

地下に近づく度に、小さな音にも敏感になる。

水の滴る音に身を竦ませて、震える。


地下に到着すると、そこには無数の死体がプールに漬かっていた。

プールといっても、泳ぐためのそれではない。死体を洗うための、浅いプールだ。


「とにかく、奥へ進もう」

「う、うん」


ここまで来ると、先に吹っ切れたのは奈津だった。

奈津は椿を先導する形で、進んでいく。


更に奥の扉を開けると、人一人が入れるサイズのロッカールームのような場所に出た。

ここに、寝かせた状態の死体を入れるのだ。


「これ以上奥はない、かな」

「それなら、戻った方がいいよね?」

「うん、さっさと戻ろう」


再び奈津が先導して、踵を返す。

だが、戻ることは叶わなかった。


――バタンッ!


扉が勢いよくしまり、身を竦ませる。

奈津は急いで駆け寄るが、開かない。

椿はその様子に、得心がいったような顔をした。


「ねぇ、奈津……ここって、何年も前に潰れた病院なんだよね?」

「くっ、開かないか……。え……う、うん」


ドアノブを回していた奈津は、戸惑いながらも椿に答えた。


「それなら…………なんで死体が“まだ”残ってたんだろう?」

「え……って、そうか」


怨霊の類。

もちろん、そうは言わない。

ここは確実に“邪霊”が出ると言われている場所。

それならば、怖がるよりも先に、やることがある。


真紅と緑の光が、装霊器を駆け巡る。

暗い地下室にぼんやりと光る魔力が誘蛾灯の様な役目をして、邪霊を呼び寄せる。


――ガタタン


ロッカーから音を立てて転がる死体。

だが、それは所詮、死体を象った邪霊に過ぎない。


ならば――椿たちに、怖がる必要はなかった。

死体が、ゆっくりと起き上がる。その数は、扉の向こうと合わせれば、三十数体程度になるだろう。


「【大気を統べる風の主よ・我が身体に宿り・我が身に烈風の加護を与えん】」

「【四元素が一柱を司どる・灼熱を統べし槍の火蜥蜴よ・我が手にその穂先を与えん】」


二種類の魔法の光が、煌めく。

椿の炎刃が死体を象った邪霊を焼き払うと同時に、奈津の蹴りが扉を突き破る。

塵となった邪霊に振り返りもせずに開いた扉に左手をかざすと、炎刃を解除する。


「【四元素が一柱を司る・火焔を呼ぶ槍の火蜥蜴よ・我が敵を・その吐息で焼き尽くせ】」

「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に旋風の加護を与えん】」


椿が放った火炎放射の中を、奈津が突き進む。

炎で焼き尽くされて崩れ落ちる邪霊。その邪霊を盾にして生き延びた邪霊を、奈津が片付ける。


その絶妙なコンビプレーの前に、邪霊の三分の二が、塵となった。


残る十体と少しの邪霊を、二人は睨み付けた。

固まる邪霊の、その中央。赤黒い肌をした邪霊が、おそらく本体なのだろう。


『おおおおぉおお』


邪霊は小さく吠えると、瞬く間に密集した。

それは、精霊の“レギオン”によく似た姿。

大きな肉のかたまりに、十と三の顔が浮かんでいる。


その左右には、同じく肉のかたまりが浮かんでいた。

右が“腕”の集合体で、左が“脚”の集合体。

なんとも奇妙なその邪霊の身体は、人間の脊髄のようなもので繋がっていた。


『おまえおおおまえおおおおおまああああええええ』


邪霊はその口の全てから、声を出す。

その声は、年齢も性別も問わずに、奇妙な合唱を歌っていた。


「目に悪いねぇ」

「本当だね」


奈津が軽口を叩くと、椿もそれに頷く。

地下室という閉鎖空間で戦うのは、奈津も椿も得意とするところではなかった。


『ころこころろろろろすすすころすすすすすすすろろろろろろろす』

「あーもーっ耳障りなんだよ!」


まず、奈津が走る。

先ほどの魔法は、まだ解除していない。


右側の腕の集合体から巨大な“腕”が生えて、奈津に襲いかかる。

それに連動するように、左側から伸びた巨大な“脚”が、本体を守るために壁になる。


奈津は自慢のスピードで、腕を難なく避ける。

そして、超越者の能力で身体強化を施して、身体のバネを使った蹴りの体勢を作った。


「【四元素が一柱を司る・火焔を呼ぶ槍の火蜥蜴よ・我が敵を・その吐息で焼き尽くせ】」


身構える脚を、椿が奈津の後ろから、奈津ごと炎で覆う。

奈津は魔法の効果により炎を寄せ付けないため、奈津をすり抜けるように邪霊の防御だけを綺麗に焼いた。


「一撃必殺」


奈津が、小さく呟いた。

腰だめから放たれるのは、ローリングスバット。

その一撃が、邪霊の本体の額を、容赦なく貫いた。


『ななななあななななんんんんんんああああああ』


断末魔の悲鳴を上げながら、邪霊が暴れる。

その結果、天井に罅が入った。


「げっ」

「へ?」


邪霊は、塵になる。

だが、その代償に、天井が崩れた。

このままでは……生き埋めだ。


「まーくん!」

『にゃあ』


雅人と協力して、“壁”を生み出そうとする。

だが、奈津の前で使うことに、ほんの一瞬、ためらいを見せた。


「椿!」


奈津が、椿に降ってきた、一際大きな破片を蹴り砕く。

だが、それは大きな隙となった。


最早、逃げられないタイミングで、更に大きな破片が椿と奈津を襲う。

決意と躊躇の間で揺れ動く椿に、それを防ぐ暇はなく、破片を砕いたことで体勢を崩した奈津に、それに対応する時間はなかった。


――ガキィンッ!


やがて、押しつぶされるというところで、光の結界が二人を守った。


「え?」

「あれ?」


疑問符を浮かべる、二人の頭上。

そこには、穴の開いた地下を、一階部分から見つめる影があった。


黒い癖毛に、緑がかった目。

銀のマントを翻して、両手剣を象った装霊器を向ける、男性。


「ふぅ、ここまで見回りに来て、良かったよ」


一年B組を担当する、監督の騎士。

香宮陣が、胸をなで下ろしていた――――。

今回は、前編です。

後編はかなり長くなります。


その他の後書きは、後編にて。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

後編も、よろしくお願いします。


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