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Flame,Plus  作者: 鉄箱
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第二十話 虹睨祭編③ 準備と兆し

それは、疑問に思っていた。

この人間の多い場所で、なぜ未だに“餌”にありつくことが出来ないのか?……と。


少しずつ移動して、人の多い場所へ向かう。

それは“本体”である以上、積極的に行動することが出来なかった。

そのため、ゆっくりと、ゆっくりと移動していた。


やがて、自分と同じような形をした“物”が大量に置いてある場所に、辿り着いた。

それは、活動するその瞬間以外では、自分の正体を悟られないという特性を持っていた。


自分のその特性を理解していたそれは、その場所にひっそりと身を隠す。

いずれ、“餌”が油断して動く気配を見つけたら、活動を開始するために……。


それは――備品置き場と書かれた部屋で、息を潜めた。











Flame,Plus











十月七日、木曜日。

この日は、午後から虹睨祭の準備期間になる。


そのため、椿たちはミアによって、立ち振る舞いの指導をされていた。

彼女は、男性の兄弟が非常に多い家庭だったため、自然にできるようになったのだという。


「歩くときは、大股に。それでいて仰々しくならないように、堂々とするんだ」


やや難しい注文だが、こなしていく。

できあがれば、男性らしい形になっていくのだ。


「何も完璧に男性になる必要はない。女性からの“理想的な男性像”も加えていくんだ」


ターゲットは、むしろ男性よりも女性である。

女性から見た男性の“理想像”を動きに加えていくことが、重要だった。


「礼をするときは、目を伏せすぎるな。じっと相手を見つめるといい。ただし、やりすぎるなよ?あくまで自然に、だ」


ミアはきびきびと指示を出す。

水を得た魚のように、生き生きとしていた。


「座るときは、やや足の間を空けるんだ。手は膝の上で、軽く握り拳を作る。胸はなるべく張れ。……あぁ、水戸川、君は少し猫背で上目遣いにした方が良い。テーマは“年上のおねーさんに甘える少年”だ」


どんな男性がミアの趣味なのか。

気になりはするが、気にしない方がいいのだろう。


「イクセンリュート、君はなるべく気軽に笑わないようにするんだ。目があったら、口元を手で隠しながら、あからさまに目を逸らせ。テーマは“堅物クールで赤面性”だ」


ルナミネスは、げんなりとした表情だ。

それでも、やるのだが。


「大寺門は、粗暴で良い。それでいて、触れそうなときは宝物を扱うようにするんだ。テーマは……そうだな“不器用な美青年”でいこう」


なんでも快活に笑って受け流す明里が、引きつった笑顔を見せている。

珍しいことだが、気持ちはよくわかる。


「椿は、動作や仕草以外はなるべく自然体でいてくれ」

「え?……それでいいの?」

「もちろんだ。……テーマは“天然ジゴロなアイドルボーイ”だ」

「天……え?」


首をかしげる椿を華麗にスルーして、ミアは奈津を見た。

奈津は、練習のためにと椅子に座らせた女生徒に、世話を焼いていた。


「ほら、大丈夫?心配しないで、僕がついてるよ」


普段から磨いてきた少年らしさを、最大限利用したフォルム。

動作はどこか、紳士然としていた。


「ふむ……いいぞ、佐倉。テーマは“青薔薇の王子様”で決まり、だな」


最早意味がわからない。

だが、それにツッコミを入れることが出来る猛者は、ここにはいなかった。















放課後の部室で、奈津は上機嫌だった。


「一時はどうなることかと思ったけど、やってみると楽しいね、男装喫茶」

「そ、そう?……私としては、なんだか“ホスト”っぽくなっちゃってる事の方が、気になるかも……?」

「ほすと?」

「う、ううん。なんでもないよ」


ホストを知らないのか、流石お嬢様だっ……などと驚愕している椿に気がつくこともなく、奈津は、衣装合わせに期待を寄せていた。


「クラスの出し物にこだわるのも結構ですが、まずはこちらの話を進めますわよ」


そんなテンションを抑えたのは、レイアだった。

よく見れば、神楽も苦笑していた。ラミネージュも、心なしか何処か不満げだった。


「私たちの衣装ですが……それはどうしますの?」

「うーん……学校で特注……して、作ってくれるかなぁ?」

「自分たちで作る、とか?」


ラミネージュはそう言うが、それは中々難しい。

ヒーロースーツは、装飾品なども飾られる。魔法の力で制作時間が短縮できるため時間は気にする必要はないが、それも専用の施設を持つ職人にのみ、許されたことだ。


「職人……職人……そうだっ!」

「ど。どうしたんですかっ?」

「心当たりがあるの?奈津」


奈津が勢いよく、立ち上がる。

肩を震わせた神楽の横で疑問符を浮かべていた椿に詰め寄ると、その手を掴む。


「いるじゃないか!ヒーローファンの、職人さん!」

「え?……え、えーと――――あぁっ!!」


奈津の言葉で思い出したのか、椿も手を打って答えた。

そう、いるのだ。ヒーローファンで、腕の立つ、職人が――――。















ラミネージュが奈津と相談しつつみんなの意見を取り入れて、デザイン画を書き起こした。

それを持って、ヒーロー研総出で、装霊器の施設に入った。


初日に相談した受付の女性に頭を下げると、早速奈津が用件を切り出した。


「あの、柿沼荘厳さんは、いらっしゃいますか?神崎椿とその仲間達がやってきたっ……と伝えていただければ、解ると思うので……」

「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいね」


女性は、すぐに内線を繋ぐ。

そして、一言二言交してから、要件を告げた。


「はい……はい、そうです……はい…はい…畏まりました」


女性は電話を置くと、奈津達に微笑む。

営業スマイルと一言で割り切ることが出来ない、奇麗な笑顔だ。


「四階の四○六号研究室で、お待ちしているそうです」

「ありがとうございますっ……さ、いこうっ」


椿たちを先導する形で、エレベーターに乗り込む。


「ちょ、ちょっと奈津!いったい誰の元へ連れて行こうとなさっているんですのっ?」

「気になる」


レイアとラミネージュに問われて始めて、奈津は自分が説明していなかったことに気がついた。神楽は、ただ苦笑いをしている。テンションについて行けきれないのだ。


「僕と椿の装霊器と戦鎧を作ってくれた職人さんだよ。熊みたいだけど良い人だよ」


熊みたい、は人格に関係する特徴ではないだろう。

熊が凶暴だという考えは、レイアとしては頷きにくい。

くまさんのぬいぐるみを手作りしてしまう程度には、レイアは熊が好きだった。


「っと、着いたみたいだね」


歩きながら話していたせいか、移動はあっという間だった。

四○六号と書かれた部屋をノックする。すると、ドアの向こうから野太い声で返事か来た。


「失礼しまーす」

「失礼します」


奈津と椿が先導して、研究室に入る。


短く逆立った髪。

適当に生やした無精髭。

胡乱げだが鋭い目。

強ばっていて厳つい顔。

熊のように大きな身体。


「お久しぶりです、荘厳さん」

「おう、椿の嬢ちゃん!久しいな!」


そう、世界最高峰と謳われる装霊器、戦鎧職人――――柿沼荘厳である。


「よう、坊主も久しぶりだなっ」

「あっはっはっ……熊の言葉は理解できないから人間に生まれ変わって人の言葉を勉強し直すと良いんじゃないかな?」

「二人とも?」


言い合って、窘められる。

長い間会っていなかったのに、息のあった動きだ。


「初めまして、ミスタ。私は、レイア・イルネア・エルストルですわ」

「千堂・ラミネージュ・オールアクセン」

「顧問の、東雲神楽です!」


レイアとラミネージュと神楽が、椿の後ろから出てきて頭を下げる。

すると、荘厳は豪快に笑って名を名乗る。


「おう!俺は柿沼荘厳だ!よろしくな!」


手を組んで笑う姿は、豪放磊落という言葉がよく似合う。


「それで、今日は総出でどうしたんだ?」

「あぁ、うん……それなんだけどね――」


一度の言い合いですっかり敬語のとれた奈津が、今日来た理由を説明した。

すると、荘厳は目を丸くして驚いていた。


「こんなに沢山、同士がいたとはっ!」


そう言って男泣きする荘厳の様子に、神楽はあからさまに怯えていた。

高位の魔法使いでも、怖い物は怖いのだ。


「いいだろう、この柿沼荘厳、全身全霊にかけてスーツを作ろう!さぁ、ラミネージュの嬢ちゃん!デザインを見せてくれ!」

「うん」


ラミネージュがデザイン画を渡すと、荘厳はそれに目を通して、すぐに研究室の奥にある作業場に入っていった。


後に残された奈津達は、その様子を呆然と見送った。


「あー……できたら、お届けしますね」


作業場から顔を出した助手の霧が、一言そう告げた。

彼女は、始めから作業場にいたようだ。


奈津達は顔を見合わせると、安心したようにその場を去った。

これで、大きな問題は、解決したのだ。















翌日の金曜日は、丸一日虹睨祭の準備をする。

普段、実戦授業で丸一日使用するため、この日に準備を入れるのは、教師達としてもカリキュラムが組みやすいのだ。


本番のために三日間と後片付けに丸一日使ってしまうため、なるべく今後の授業のことを考えた時間取りがしたかったのだ。


お嬢様学院というだけあって、教室の内装は豪華だ。

授業を受ける環境ということを考慮して、目に痛くはならない程度にしているが、教室と解っていなければ、ちょっと質素な白亜の宮殿といった内装だった。


そのため、教室を改造しただけでも、十分見栄えの良い場所になる。


「第一班は丸テーブルを配置するように」

「委員長!カーテンは?」

「第三班が今用意している」

「委員長、メニュー表なんだが」

「あぁ、それは私が行こう」

「委員長!こっちも」

「しばし、待て」


中心で指揮を執るミアは、忙しそうに動き回っていた。

そんな中、椿たちは着慣れない男性の服になれるために、ジャージとサラシを着て準備を手伝っていた。


「うぅ、胸が苦しい」

「あっはっはっ、そこは慣れないとな」


胸を押さえて呟く椿に、明里が陽気に答えた。

サイズは、明里も椿もそう変わらない。


そんな二人の後ろで、項垂れる二人の姿があった。


「チェリカはどう?サラシの方は」

「奈津は?どうなの?」

「ふふっ……巻いてない」

「…………わたしも」


巻いているように見える、とは、言ってはならないだろう。

現に、そう呟いたルナミネスは、二人に睨まれて竦んでいた。


「委員長!飾り付けはどうしますかっ?」

「備品置き場から何か借りてこよう」

「委員長、簡易厨房セットのことなんですけど」

「うむ、今行こう」


簡易厨房セットとは、教室に入れられる携帯型厨房のことだ。

窓際に設置することで換気扇も取り付けられる。人数の割りに無駄に広い教室だから、厨房とフロアを区切る仕切りを作っても、十分な広さが得られるのだ。


仕切りは、ベニヤ板が張られる。

だが、当然それだけでは終わらない。


その上から土属性の魔法によりコーティングして、風景に溶け込ませる。

これによって、実に自然なフロアができあがるのだ。


看板も同様に、まずはデザインを起こして、それをもとに下書きをベニヤ板に書く。

その下書きに合わせて土属性の魔法でコーティングすれば、やはり綺麗な看板が完成するのだ。


土属性のコーティングと聞けば、当然思い浮かべるのは“土”だろう。

けれど、鉱石、鉱物の類も土属性に分類される。そのため、大理石などで看板や壁を作れたりもするのだ。


精密な魔法になったりもするので、そう簡単に完成はしない。

これは、残りの二日間を使用して、じっくりと完成させるのだ。


焦ってもいいことはない。重要なのは、より丁寧に行うことである。

――これは、ミアの持論だった。


「委員長、備品持ってきましたー」

「ありがとう。デザイン斑!置き場所を決めよう!」


足早に、ミアが動く。

この忙しさも含めて、虹睨祭――文化祭の、醍醐味なのだ。















放課後には、フランチェリカと桃乃達の協力の下、ヒーローショーのリハーサルが行われていた。立ち回りをある程度早く覚えたラミネージュは、一端その場から離れてマリアから音楽指導を受けていた。


ちなみに、桃乃達の衣装も荘厳に依頼済みだ。

正義の味方を映えさせるのは、悪役の印象を強くする必要がある。

そう言って、荘厳は張り切っていた。


神楽は、土属性の魔法使いのため、舞台の土台を作っていた。

練習をしている場所は、やはり屋上なのだが、舞台が完成している訳ではないので、その脇で練習をしなければならないのだった。


「集合ポーズの後は、背後で爆発をさせた方がよろしいのでは?」

「でも、それだとお子様が……」


立ち回りの休憩時間に、舞台装置について話し合う。

ここで爆発!……などとシナリオを作ったはいいが、実際にやろうとすると難しい。


「煙を中心に、なるべく驚かないようにする、とか?」

「チープな感じも醍醐味ですわ」


椿の言葉に、レイアが頷きながら同意する。

レイアはここまで染め上げられてしまえば、もう後戻りは出来ないのだろう。

可愛い物と裁縫が趣味、というのが今までの彼女の知られざる内面だったのだが、いつの間にか“特撮好き”という、なんとも似合わない趣味が足されていた。


本人が満足そうなので、それは良いことなのかもしれないが。


「あたしとしては、こう……ヒーローを悪の道に引きずり込むことも必要だと思うのよ」

「長編なら一度は入れるべきだけど……すっかり板についてるね、赤谷さん」

「あったり前じゃない。あんたこそ、しっかり椿さま……神崎さんの台詞に“アレ”を入れてくれていたじゃない。佐倉」

「まぁ、それが条件だしね」


桃乃が出した条件とは、ある台詞を椿に言わせることだった。

その台詞自体違和感が無かったのですぐ取り入れることが出来たため、交渉成立となったのだ。


もちろん、椿はそんなことは、全く知らない。

むしろ、敵意を持って自分に接していた桃乃が、好意的に“椿のため”と言って協力してくれたのだ。裏事情など知らずに喜んでいた。


その喜ぶ姿が、“会”の士気向上に繋がるとも知らずに。


準備は、着実と進んでいた――。















それから――。

土曜日、日曜日は休憩をほとんど挟まずに、追い込みとなった。


内装はミアの的確な指示により土曜日の内に完成して、日曜日は衣装を着た練習となった。

もちろん、料理の練習も含まれている。


看板は日曜の夜まで時間を必要とし、非常にミア達の肝を冷やしたが、それでも急がずにしっかりと作った結果、満足のいく出来映えになった。


メニュー作り、チラシ作り、宣伝用の手持ち看板作りとすることも多かったが、ミア自身も着手して、早々に終わらせることが出来ていた。


ヒーロー研の方も同様に、ローラーで移動させることが出来る専用の舞台を完成させた頃には、荘厳の元から衣装が届いた。


それを合わせて、本番同様に爆煙を使用したリハーサルもこなした。

立ち回りを煮詰めたり、フランチェリカの演技が結構よかったりと、特に大きなハプニングが発生することもなく、準備は整っていった。


翌日の月曜日は、ついに――――虹睨祭の、幕開けだ。















虹睨祭の準備が続けられているため、校舎には未だ明かりが灯っていた。

校庭にも人が集まり、屋上からも声が聞こえる。


そんな中、校舎の最上階に位置する学院長室で、蓮はじっと外を眺めていた。


部屋の電気は消えていて、室内は暗くなっている。

その上俯いているため、表情を伺うことは出来ない。


その瞳が讃える色に、気がつくものは、存在しなかった。


「まだ、早い」


零れた声は、細く弱々しい。


学院に張り巡らされた、結界。

それが、今までのような効果を出せずにいた。


それに“気がついた”のはいつだったか……蓮は、そう考えた。


「あぁ……“遠峰雅人”を雇ったときか」


蓮は小さく“彼が弾かれなかった、な”と呟いた。

雅人が邪霊王として潜入したことを知っているのは、直接戦闘した椿だけ。

――確かに、そのはずだった。


学院長室に、明かりが灯ることも、なく。



――ゆっくりと、夜が更けていった。


今回で、準備期間は終了です。

虹睨祭編は、残すところあと三話。

一日目、二日目、三日目です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。

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