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Flame,Plus  作者: 鉄箱
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第十五話 英雄と猫と足音 ―第二章・開始―

雨の日だった。

ざぁざぁと、激しい雨が降る。


学院の敷地の端。

旧校舎よりも更に向こう側に、草原があった。


激しい戦いでもあったのか、所々、草が燃えて、枯れていた。

その場所に、一匹の猫が在った。


猫は、弱々しく一声鳴くと、ただ一点を見つめて歩き出した。


その視線の先には、生徒達が暮らす、学院寮があった――。











Flame,Plus











長かった夏休みが終わり、始業式も終わると、授業が始まる。

二学期最初の授業は、歴史――新任教師、東雲神楽の授業だった。


童顔で小柄なため、神楽はちまちまと動く。

その姿は、同年代の少女が一生懸命頑張っているようで、微笑ましい。


神楽は教壇に立つと、まず丁寧に頭を下げた。


「初めまして。遠峰先生の後任として歴史学を担当することになった、東雲神楽です。みなさん、よろしくお願いしますねっ」


そう言って、笑う。

見るものを和やかな気分にさせる、癒し系の笑顔だった。


「それではっ……授業を始めたいと思います。よろしくお願いします」


神楽は丁寧に頭を下げるとチョークを手に取った。

初回のテーマは――“天恵”と書かれた。


「二学期最初の授業でお話しするのは天恵……俗に謂う“超能力”というものについて、お話を進めていきたいと思います」


生徒の八割が、首をかしげる。

超能力という響きは、いつの時代でもどこの世界でも“うさんくさい”のだ。


「古代より、超能力者と呼ばれる存在は、数多く伝承されてきました。ですが、その九割は、特殊な精霊魔法を扱うことのできる、魔法使いでしかありませんでした」


彼らは、自分を超能力者と名乗ることによって、“特別”であろうとした。

そうすることによって、自分を擬似的な“神”として、教主たる立場に座ろうとした。

そういった存在は、これまでも数多く確認されていた。


「最初に、正式に超能力を扱う者が確認されたのは、今から二十二年前のことです」


神楽は、そう言いながらやや背伸びをしつつ黒板に書き込む。


「地方に現われた邪霊を倒すために派遣された騎士団に、地元の自警団の青年が協力を申し出ましました。当時の騎士様は、それを承諾しました」


黒板に、さらに書いていく。


「彼は、魔力を持たなかったのにも関わらず、岩を持ち上げて邪霊にぶつけていました。それも、魔力を使わない攻撃なのに、邪霊を傷つけるという結果を残して」


魔法でなければ、邪霊は倒せない。

だというのに、彼が持ち上げた岩は、魔法で持ち上げた岩と同等の効果を生み出して見せた。


「当時は、騎士様も“向こう側の子供達”ではないのか、と判断して、彼らの立場の確立のためにも、と協力を承諾されたようです」


向こう側の子供達が、どのような扱いを受けているのか知っていた騎士は、この協力を承諾することで、彼らの立場にかかる重圧を削ろうと考えていた。


「この騎士様は、後に向こう側の子供達を保護する団体……“帰るべき家”を設立し、騎士を引退したあとも、会長として彼らを助けています」


そこまで話して、神楽は「このお話は、また次の機会で」と切り、本題に戻る。


「……ですが、彼は邪霊に拐かされた、という過去はありませんでした。そこで詳しく調査を続けた結果、彼は生まれながらにして特別な能力を持っていたことが解りました」


そして、黒板に“天恵者”と書き綴る。


「そのように特別な能力を持つ人間を、私たちは“天恵者|≪ギフトホルダー≫”と呼称しています。要注意ポイントですから、覚えておいてくださいね」


天恵者の文字の下に、黄色いラインを引いて強調する。

これはテストに出るだろうな、と生徒達もノートにラインを引いた。


「また、先天的な天恵を“先天天恵|≪プロギフト≫”と呼び。逆に後天的な天恵を“後天天恵|≪エピギフト≫”と呼びます」


天恵者の下に書き、今度は青いラインを引いた。

次点で重要ということだろう。


「身近な天恵者は、私の先任の遠峰先生と……」


ちなみに、雅人は天恵者ではない。

情報の撹乱のために、邪霊として邪霊を感知する能力と、遮断の力によって天恵者を語っていただけだ。


そのことを唯一知っていた椿は、今更ながらに情報を操作しきった理由に納得した。


「……あとは、私も天恵者です。っと、今日はここまでですね。ありがとうございました」


神楽は最後までのほほんと授業を終えて、退出していった。

この適度な、肩の力の抜け具合は、雅人の授業では感じ得なかったものだった。















放課後は、いよいよ部活動の開始だ。

空き部屋を部室として提供される手はずになっていたので、椿たちは提示された場所へ早速向かうことになった。


「ねぇ、この地図……どう見ても校舎から離れるんだけど」


奈津が、げんなりとそう呟いた。

奈津の手元の地図を、椿も覗き込む。


「えーと……あれ?本当だ」

「ちょっと見せてみなさい」


レイアも、その地図を覗き込む。

すると、確かに校舎から離れていた。

――そして、その場所から目を逸らすのを、やめる。


「旧校舎に、見える」


ラミネージュが、どこか嫌そうに呟いた。

そう、地図で提示された場所は、どう見ても旧校舎だったのだ。


「崩れたりとかは、大丈夫なのかな?」


それなりにぼろぼろだったはずなのだ。

しかも、怪談の時の邪霊騒動で、校舎にダメージが入っている。

そう考えると、非常に危険だ。


不安を押し隠しながら、旧校舎に到着する。

そのおどろおどろしい雰囲気は、夏休みのトラウマを掘り返させる。


「で、旧校舎のどこ?」


奈津が、地図を見る。

そして、首をかしげた。


「あれ?……裏庭、になってる」


宝の地図の如く印された、赤い×印。

その示す場所は、旧校舎の裏側だった。


訝しがりながらも、裏に回る。

そこには――お嬢様学院らしからぬ、真新しいプレハブ小屋があった。


扉に張られた、一枚の紙。

そこには、何故か学院長直筆で伝言が綴られていた。


【青春と言えば、プレハブだよね】


思わず、レイアが頭を抱える。


どこで聞きつけたのか?

――ただ単に、申請の最終確認は学院長が行うというだけの話だった。


「と、とりあえず、中に入ってみよう」


奈津が提案して、頷く。

椿は、出来たばかりの部活に対して二階建てのプレハブ小屋というのは、いささか大きいように感じた。一部屋七坪とかなり大きく、旧校舎の施設から持ってきたため、水道も電気も通って、風呂場とトイレ付き。


プレハブと入ったが、見た目だけでかなり豪華な仕様だった。


もっとも、そう感心したのは椿だけで、奈津達は「少し小さいかな」などと考えていた。

暮らしてきた、環境の差である。


中は、冷暖房完備の厨房付き。

冷暖房は、ここに通っている電気を使う形なので、施設点検の際も使用できるようになっていた。これで、最悪ここに寝泊まりすれば、点検中の暑い日も乗り越えられる。


ゆったりとした広さを堪能できる仕様だ。

ここまでくれば、ここで生活することが出来るだろう。


「さて!初日はまず、英雄、ヒーロー達の名鑑でも作ろうか!」


奈津は、生き生きと言った。

よほど楽しみにしていたのだろう、目が輝いていた。


「とりあえず、知っているヒーローをあげていこうよ」

「ヒーロー……英雄と言われている人たち、ですわね」


奈津が頷くと、とりあえず代表的な人間を思い浮かべようと、顎に手を当てて考え始めた。

椿とラミネージュも、同じように、頭の中から名前を探す。


――コン、コン


レイアが思い浮かんで答えようとした時、丁度ノックが響いた。


「すみませんっ!遅れました!」


入ってきたのは、神楽だった。

神楽が入ってきて始めて顧問の存在を思い出した奈津達は、冷や汗をかきながら優しく迎え入れた。


「うぅ、初日から遅れてしまったのに、みなさんお優しいのですね」


項垂れながらも感激する神楽に、四人は目を逸らした。

――罪悪感である。


「えーと……そう、とりあえず、覚えている英雄をあげてみようって事になったんです」

「なるほど、良い内容ですねっ。それなら先生も……」


とりあえず妙な空気を流すことが出来たので、改めてレイアが口を開く。


「やはり、現代の英雄と言ったら“カイン・アッシュ・ミリゴート”ではありませんこと?」

「えーと……騎士団元帥?」


現役の魔法使いで、この国では唯一のレベル十――金色のクラウンを持つ騎士である。

いまいち魔法使いに疎い椿でも知る程の、大魔法使いである。


「最年少の元帥で、確か二つ名が……」

「“天災|≪オーバーロード≫”」


奈津が首をかしげて思い出そうとしていると、横合いからラミネージュが答えた。

およそ“正義の味方”には似つかわしくない二つ名である。


「僕は、“華王”ルイン・フルクトさんをあげておこうかな」


奈津が、頷きながらその名を出す。

椿が聞き覚えのない名前に首をかしげると、神楽が捕捉をする。


「魔法の使えない魔法使いって言うのが、一番近いでしょうか?肉体強化しか使えなかったから、身体と技術のみを鍛えていたのです。それで、詠唱を封じる能力を持った魔人を、鍛え上げた肉体と錬磨した技術のみ。……ダメージを与えるために薄く魔力を纏っていたけど、それだけで倒しちゃったんですよ」


のほほんと説明する神楽。

同じ歴史学教師の雅人とは違った意味で、聞き取りやすい説明だ。


「すごい人なんですね……」


思わず、感心してしまう。

そして、程度は全く違うが、椿は一瞬イストのことを思い出していた。

椿は、そもそもの彼の精霊自体、知らないのだが。


「それなら私は、大寺門星矢、で」


ラミネージュが、小さく呟いた。

大寺門、という名字なら、椿も知っている。

応龍杯で共に戦った、友達だ。


「大寺門って、武闘の名門、ですわよね?……ヒーローなんて、いたかしら?」

「大寺門星矢は、対邪霊で伝説を作った英雄じゃないからねぇ」


知っているのか、奈津はそう何度か頷きながら、零した。

そこで、漸く思い至ったのか、神楽が手を打つ。


「あぁっ!星砕きの!」


だが、その一言で更に解らなくなる。


「ねぇ、奈津。星砕きって?」

「その人、魔法で肉体強化して、半径二キロ位を吹き飛ばす小型隕石を、迎撃したんだよ」


すなわち、色物英雄と呼ばれる人物だ。

やったことはすごいことだし、多くの人を救った英雄と言える人物だろう。

ただ、やった理由が“腕試し”なのだ。普通は隕石で試さない。


「大寺門の先々代かその前くらいの当主の人なんだけど、まだご存命だよ。長老やってるって聞いたことがある」

「大寺門先々代当主で、現在はご意見番という地位にいますね」


奈津の説明に、神楽がすかさず捕捉をした。

生きる化石などと呼ばれる老人で、未だに大寺門において“最強”を名乗っている。

ちなみに、大寺門は未だ、彼に勝つことが出来る武闘家は輩出していない。


「椿は、誰か思い浮かぶ?」

「えーと……」


椿は、どちらかというと架空のヒーローが好きだった。

魔法使いの英雄は、あまり知る機会が無く、また祖父母から話してくれる以外では、聞くこともなかったのだ。


「確かおじいちゃんが、同僚の“京佳”さんって人がすごいって言ってた」

「京佳、さん?聞いたことがあるような?」


ヒントが少なかったためか、奈津が首をかしげる。

その横で、神楽とレイアも同じように首をかしげていた。


そんな微妙な空気を打ち破ったのは、ラミネージュだった。


「それ、お祖母さま。千堂京佳」

「っえ?!ラミのおばあちゃん!?」

「うん」


そこまで聞いて、神楽が再び手を打った。


「“雷迅氷華”!」


それが、京佳の二つ名だった。

イストに、子供には優しく、と幼い頃から叩き込んだ、張本人である。


「数々の事件を解決した、騎士団の“三騎士”の一人ですよっ」


神楽は、どこか興奮しているようだった。

英雄好きとしては――ヒーローファンとしては、身近にヒーローがいるというのは大きいことなのだ。


「神楽先生は?」


身内のことでつまらなかったのか、ラミネージュが先を促す。

神楽は、興奮してしまったのが恥ずかしかったのか、顔が赤いことをごまかすように、はにかんだ。


「私はやっぱり、大松原幸太郎さん、かな?」

「“帰るべき家|≪ホーム≫”の設立者で、現会長さん、ですよね」


奈津が、優しい目で、そう言った。

奈津が“向こう側の子供達”であるということを知っているのは、彼女の両親と事件に関わった人間、そして椿だけだ。


だから椿は、そんな奈津を優しい目で見ていた。

もう、大丈夫。奈津はもう、大丈夫なのだ。















そうして、英雄について語り合っていると、外が橙色に染まり始めたことに、気がついた。

もうそろそろ、解散しないと、寮母さんに怒られてしまうのだ。


夕暮れの帰り道、もうすぐ寮に辿り着くというところで、椿が足を止めた。


――……。

「椿?」


奈津が、そんな椿に話しかけるが、椿は答えない。


――……ぁ。

「っ!」


弱々しい、声。

それを聞きつけて、椿は草むらに向かって走った。


「ど、どうしましたの!?」

「椿っ」


草むらをかき分ける。

すると、木の根元に、一匹の黒猫が蹲っていた。


「この子の声が、聞こえたの」


椿はそう言うと、ゆっくりと抱き上げた。

奈津は衰弱している猫を見て、踵を返す。


「アンジェリカ先生呼んでくるっ!」


走れば、奈津が一番速い。

レイアとラミネージュは、その場に残って椿が抱きかかえる猫を見る。


「外傷はないようですわね」

「まだ子供。親がいないのかも」

「親が……」


子猫が、衰弱する。

それは、事故かそれに近い理由で、親が死んでしまったということだ。

稀に、育児を放棄する親もいるのだが、親がいないという一点においては、変わりはない。


「連れ来たっ!」

「早いですわねっ!?」


アンジェリカをおぶって、奈津が帰ってきた。

アンジェリカは文句の一つも零すことなく、子猫を診断する。


「……これなら、消化に良いものを食べさせて、暖かくしてあげれば大丈夫。念のため動物用の点滴もうっておきましょう」


アンジェリカがそう言って、子猫を抱える。

そして、歩き出したアンジェリカに、椿たちがついていく。


「規則があるから、付き添いは一人まで。後は帰りなさい」

「あの、みんな……」


アンジェリカが注意をすると、椿が不安げに願いかけた。

レイア達は苦笑して、頷く。


「ちゃんと元気になったところを、見てあげなさいな」

「明日、教えてね!」

「約束」


口々にそう言う三人に、椿は笑顔で頷いた。


「うんっ。みんな……ありがとう!」

「さ、行くよ」


椿は三人に手を振ると、抱えられた子猫を、やはり不安そうに見る。

そんな椿に、アンジェリカは薄く微笑んだ。


「寮は動物を飼うことも出来るし、一緒に居られる、他の手段だってある」

「え――?」


小さく、それでいて椿の耳に届くように、アンジェリカが呟いた。


「だから、よく考えておきなさい」

「先生――はい。ありがとう、ございますっ」


思わず頬を緩ませる椿に、アンジェリカは優しく微笑んだ。



小さくも、大きな――――始まりの、足音がした。


今回、次回とやや短めです。

腱鞘炎が悪化してしまったので、前ほど思うように書けず、ペースは遅れ気味になります。

……申し訳ありません。


今回から、第二章がスタートします。

本格的にお話が進み始めるのは、次々回からになる予定です。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。

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