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Flame,Plus  作者: 鉄箱
20/42

第十三話 Let,怪談!

「――↓――」と「――↑――」の間には、怖い話が入っています。

残酷な描写も入るので、苦手な方はご注意ください。

暗い部屋の中、蝋燭の明かりだけが、頼りなく揺れる。

四本の蝋燭を取り囲む、四つの人影があった。


場所は、特別に使用許可を貰った、旧校舎。

その中でも、崩れる心配のない場所。


特に気温の高い真夏日に、クーラーのない部屋に集まるその理由は、一つだけだ。


夏の醍醐味と言えば、代表的なものがいくつかあげられる。

スイカ、海、虫取り、かき氷、扇風機……。


その醍醐味の中でも、特に“涼しくなる”ことができる、独特なイベントがあった。


そう――――“怪談話”である。











Flame,Plus












その日は、うだるような暑さだった。

普段でさえ、エアコンの効いた部屋にいながら、差し込む光で暑くなる。

だというのに、そんな炎天下の真夏日に、学院の校舎のエアコンは止まっていた。


特に実家に帰ってもすることがない、もしくは学院にいた方が楽しい。

そんな諸々の理由で実家に帰らず、椿たち四人は学院にいた。


ラミネージュは帰ってもする事が無く、奈津とレイアは学院の方が楽しい。

椿は、宗一が懸賞でペア旅行を手に入れたというので、送り出してすぐに学院に戻ってきた。ゆっくりさせてあげたいし、自分も友達と遊びたい。


椿が、そうして学院に戻ってきた翌日、校舎設備の一斉点検のため、施設内の全ての機能が、結界を残して一時的に解除されたのだ。


その結界も、予備と交換しつつ点検することになっていた。


この暑い日に何をすればいいのか?

椿は冷たい麦茶を飲みながら、宿題をやっていた。

質素な生活を送ってきた椿は、夏場でもエアコンなど使っていなかったのだ。


だから、この暑さの中、薄手のタンクトップに短パンという軽い服装で、麦茶片手に宿題片付け興じていたのだ。暑いので、長い髪はポニーテールにしている。


「自由研究かぁ……共同でも良い?……うーん」


今日のノルマを片付けて、宿題の一覧に目を通す。

自由研究、夏休みの友、各教科の宿題……。

数ある宿題に目を通しながら、首を捻っていた。


――コン、コン

「はーい」


ノックの音が聞こえて、切り上げる。

玄関を開けると、そこには奈津が立っていた。


「どうしたの?――とりあえず、入って」

「ありがとう~」


奈津は汗を流しながら、部屋に入る。

服装は、黒のタンクトップにトレパンだ。


「もう、暑くて暑くて……椿はどうやって涼んでる?」

「私は慣れてるから、冷たい麦茶に扇風機でもあれば、それで問題ないかな」


エアコンは各部屋に取り付けられているのではなく、健康管理のために寮全体で調整するようになっている。そのため点検で止まってしまうのだが、冷蔵庫などの理由があるため、電気は通っていた。


基本的に、エアコンの中で過ごしてきたお嬢様達は、実家から扇風機を取り寄せるという発想すらなかったのだ。


奈津は扇風機の前に座ると、だらしのない顔で風を浴びる。

風圧で髪が後ろに靡き、何とも言えない表情になっていた。


椿は宿題を机から片付けると、冷蔵庫から麦茶を取り出して、ガラスのコップに注ぐ。

そこへ、冷凍庫から取り出した氷を入れて、お盆に乗せた。


「はい、麦茶」

「う~ん?……あぁっ!ありがとうっ!」


奈津はお礼を言って麦茶を受け取ると、それを喉を鳴らして飲む。


「んぐ……っはぁ~っ」


実に幸せそうな表情である。

頬が緩んで、蕩けそうな顔だった。


「なんか涼しいこと無いかなぁ」

「涼しい事って……どういうこと?」

「こう、すきっとするような……」


扇風機と麦茶を堪能しながら、奈津がそう嘯いた。

椿も麦茶を飲みながら、一緒に涼む方法を考える。


――コン、コンコン


再びノックが聞こえて、椿は席を立つ。

玄関を開けると、今度はラミネージュが立っていた。


「暑い」


声が小さいのは、暑さで元気が出ないからだろう。

五月の始めの時点で、すでに夏服だった彼女は、暑いのが大の苦手だった。

この気温は、ラミネージュにとって、灼熱地獄のようなものなのだろう。


「あはは……さ、入って」

「うん」


椿に促されて、部屋に入る。

すると、一直線に扇風機の前に座った。

奈津と並んで、風を受けている。


ラミネージュにも麦茶を出して、涼む。

そうしていると、本日三度目のノックが響く。

インターホンの電源は施設のものなので、みんなノックなのだ。


「いらっしゃい、どうぞ」

「ありがとう、椿。ってやっぱり集まっていましたのね」


案の定、入ってきたのはレイアだった。

結局、四人で麦茶を飲みながら、扇風機にかじりつく形になってしまった。


「涼しいこと……涼しいこと……」


奈津は、ぶつぶつと呟きながら考えていた。

隣のレイアが嫌そうな顔をしていても、気にしない。

レイアはこの隣人から気を逸らすために、麦茶を口に含んだ。


「そうだっ!!」

「ぐふっ!?!!」


突然大声を上げた奈津に驚いて、咽せる。

鼻を押さえてのたうち回るレイアから目を逸らすのは、友達としての優しさだ。

もっとも、ラミネージュは目を逸らしただけでなく肩も震わせていたが。


「納涼だよっ!そう!夏と言えば――」

「言えば?」

「ぐふっ、おぅふっ!?」


鼻を押さえて震えるレイアから目を逸らしながら、椿はそっとレイアの背中をさすった。

意味があるかは、不明だ。


「――怪談話だよっ!!」


奈津が、声高らかに宣言する。

暑い日は、怖い話で盛り上がる。


それこそ、夏の醍醐味と言えた――――。















それからは、トントン拍子に事が進んだ。

怪談話が出来そうなところはないかと、奈津がノリの良さそうなマリアに相談し、旧校舎の一室が提供された。


崩れる心配のない部屋を借り、立ち入り禁止区域を教えて貰う。

怪談話をしたいのなら夜が良いだろうと、夜の時間帯の使用許可まで貰えた。

自由研究のテーマにするという理由で、青筋を立てていた莉子も説き伏せて、一同はレポートを書いて、本当に自由研究として提出することを条件に、怪談話の機会を手に入れた。


蝋燭を準備して、直前まで涼んでいた椿の部屋から出る。

そして、雰囲気を出すために、提灯のみで暗い夜道を歩いて行く。


「いやー……怖い?レイア」

「な、にを言い出すかと思えば」


一瞬、声が裏返る。

その様子に、奈津はにやにやと笑みを零した。


さて、魔法使いが召喚する精霊の中には、悪霊や怨霊、果ては都市伝説と呼ばれるものまで存在する。多種多様な精霊が存在するが、彼女たちはそれらを怖いと思ったことはない。

もちろん、畏怖の感情はあるが、恐怖の感情はなかった。


その大きな理由として、精霊は魔法使いの力なくして、現実世界に長く止まることが出来ない、というものがあった。


魔力を供給されていないと、現実世界から弾かれて、幻想世界へ強制送還される。

そのため、現実世界に長く存在している邪霊以外の存在は、彼女たちのように神秘の術を操る魔法使いにとって、未知の敵といえた。


人間が、理解できないものにに対する時、感じることでもっともケースが多いのは、恐怖という感情だ。稀に知的好奇心でそれを乗り越えるものもいるが、それはごく僅か。


有り体に言えば――――わからないものは、怖い。


レイア達もその例に漏れず、怖がっていた。

奈津はまったくその様には見えないが、彼女は怪談話は聞くまで怖くないタイプ――つまり、聞いてから怖がる人間だった。


事前に怖がったりはしないのだ。

そのため、ホラー映画も平気で見る。

そして、夜に一人でトイレに行けなくなるのだ。


そして、一同はついに旧校舎に到着した。


旧校舎のおどろおどろしい雰囲気に気圧されながらも、足を踏み入れる。

これで鴉でも鳴いていたら、嫌な意味で、完璧だ。


地図を見て使用許可の下りた部屋に行くと、そこは図書室跡だった。

本は全て回収されている訳ではない。古くなって完全に中身が読み取れないものは、放置されていた。


朽ち果てる本と、古びた室内。

演出は、ばっちりだった。


奈津は蝋燭を四本並べる。

一人一話ずつ、それで十分だろうという判断だった。


カーテンは締め切って、窓は開ける。

蝋燭に火を灯すと、四人の顔がぼんやりと浮かび上がった。

この時点で、すでに怖い。


先陣を切るのは、奈津だ。

奈津は得意げな表情で、最初の話を始めた――。









――↓――









その日、男性は登山のために山へ来ていた。

そこは、男性が幼少時代に良く来た山だった。


昔なじみの友人や、母校の教師に挨拶をして回る。

そのうち男性は、ある噂を聞きつけた。


山へ登ると、どこからともなく声が聞こえる。

その声に返事をしたら、帰ってこられなくなる。


その噂を、男性は一笑した。

帰ってきていないのなら、何故その噂が蔓延しているのか?と。


すると、その噂を男性に教えた母校の老教師は、それもそうだと笑って見せた。


男性は、その噂を忘れたまま、登山を開始した。

長く登っていない山を見て胸を躍らせながら、楽しんでいた。


――おい


そうしているうちに響いてきた声に、身を竦ませた。

噂が本当だったことに驚きながらも、返事をしなければいいのだと冷静になった。


――おい


だんだんと、声が大きくなる。

男性は耳を傾けまいと、耳を押さえて首を振る。


――おい

――おい

――おい

――おい


恐怖心から、戻って下山し始めた。

気味が悪くて、いられなかったのだ。


そして、漸く麓に辿り着き、一息吐く。


「おい」


あと一歩で山を抜けるという場所で、足を止めた。

肉声だったことに疑問を持ちながら、男性はゆっくりと振り向いた。

そこには、噂を教えてくれた老教師が立っていた。


「は、はは、驚かせないでください。先生」

「いや、すまん」


男性が困ったように笑う。

一気に気が抜けたのだ。


男性は、突然現われた恩師に要件を聞こうとして、固まった。

そう、この教師は――背後から“突然”現われたのだ。


「言い忘れていたことがあった」


そういって近づく老教師の目から、逃れることが出来ない。

老教師は男性を覗き込むと、焦点の合わない、濁った目で、ゆっくりと告げた。


「あの噂の最初の被害者は――」

「あぁ、うぁ」

「――私なんだ」


男性が下山することはなく、合う予定を立てていた地元の友人が、捜索願を出した。

この山は、数年前、彼らの恩師が“失踪”していたのだ。


だが、いくら立っても見つからず、結局失踪扱いとなった。


それから数年後、この地を訪れた観光客が、歩いていた“登山服の男性”に声を開けた。

男性は、観光客に快く、山の“噂”を教えた。


そして、今日も……どこかの山で、声が響いた。









――↑――









奈津が、ふぅっと蝋燭を消した。

確かに、怖かった。レイアも身を震わせていた。


「はっはっはっ……さて、これ以上の怪談話が、できるかな?」


奈津が胸を張って言うと、レイアが果敢に挑戦した。

今度は、レイアが語り部となるのだ。


「吠えずらかかせて差し上げますわっ!」


そう言って、ゆっくりと蝋燭の炎を見つめた。









――↓――









誰しも、女の子ならば幼少時代に、人形遊びをする。

特に気に入った人形を、姉妹のように可愛がり、大人になっても大切にしていたりする。


外国のある国のその女性も、そんな、人形を可愛がっていたかつての少女の一人だった。


だが、その女性の人形は、今はない。

それは彼女が少女だったころに、遊びに行った祖母の家で、なくしてしまったからだ。

当時は泣きわめいたが、彼女は今は、もう大人。その人形のことは忘れて、日々を過ごしていた。


そんなある日のことだった。

営業先の会社に飾られた、一体のビスクドール。

そのビスクドールをネタに、幼少の頃の話などで盛り上がり、結果的に好意的に話が纏まった。おかげで、思い出したのだ。昔の人形のことを。


女性は次の休暇で、かつての祖母の家を訪れることにした。

現在祖母の家は、彼女の母親が住んでいた。祖母は、元気の良いまま天寿を全うした。


帰郷して母に挨拶をして、よく遊んだ祖母の部屋に来る。

少女が抱えて持てるサイズだったはずのビスクドールは、どこに無くしたのだろうかと首を捻った。


そうしてぼんやりと祖母との思い出をあさっていると、ふと思い出したことがあった。

鍵のかかった、机の引き出し。祖母の日記入れだった。


試しに開けてみると、すんなり空いた。

亡くなった時に、鍵は開けて日記を取り出したのだろう。


その奥に残された、古びた鍵。

それは彼女が秘密の宝物置き場として使用していた、机の大きな引き出しのものだった。


なんで忘れていたのだろうかと苦笑いを零すと、その鍵でもって引き出しを開ける。

開きづらかったが、それはさびていたからだろう。


そこには――かつて彼女がなくした、ビスクドールがあった。


懐かしさに微笑むと、それを自分の部屋に持って帰った。

だいぶ古くなっていたが、修復すれば直る程度だ。


その後、母と夕食を食べて、何事もなくベッドに潜り込んだ。

だが、深夜になって、彼女は急に目が覚めた。


翌日には帰らなければならない身としては、早く寝ておきたい。

だが、起きてしまったものは仕方がないと、部屋を出て祖母の部屋へ行った。

眠れなくなったらここへ来るという、幼い頃の習慣が出てしまったのだ。


祖母の部屋の机の上には、あの人形が置いてあった。

確かに部屋に持って行ったはずの人形が、何故かそこにある。

そのことに、女性は薄気味悪さを感じた。


踵を返して、ドアノブに手をかける。


――ことん


そして、何かが落ちる音に、ゆっくり振り返った。

だが、そこには、なにもなかった。


見間違いだったのかと、視線を落とす。

その先には――人形があった。


「っ」


急いで、部屋を出る。

それが理解できないものだと、女性は気がついていた。


――おいていかないで


声が聞こえる。

聞こえてはならないものの声が聞こえる。


――おいていかないで


足をもつれさせながらも、走る。

何度か転びそうになりながらも、走る。


――おいていかないで


それは、女の子の声。

彼女の幼少時代のそれと、何一つ変わらない声。


――おいていかないで


なんとか自分の部屋に駆け込んで鍵を閉める。

目を伏せて息を整えて、ドアに耳を当てた。

そして、もう声が聞こえないことに安堵して、ベッドに向かおうと、振り返る。


「おいていかないで」


彼女は目の前に出現したビスクドールに、声を上げる暇もなく気を失った。


翌日、彼女はゆっくりと目を覚ました。

そこは、祖母の部屋だった。


祖母の部屋で寝てしまったから、あんな夢を見たのだと、嘆息する。

朝食を食べに行こうとするが、身体が動かない。


何故か顔を動かすことも出来ずに、ただじっとしているしかなかった。

そのうちに、あることに気がついた。視点が、低いのだ。


周りのものが、やけに大きく見える。

机の上から見れば、こんな視点だろうかと首を――動かないので、気分で――かしげる。


やがて扉が開いて、母が入ってきた。

助けを呼ぼうとするが、声が出ない。

もっとも、こんなところで固まっていたら助けてくれるだろうと、じっとして待った。


だが、一向に母は、自分を見ない。

そして、母の後ろから、もう一人、入ってきた。

別居中の父かとも思ったが、それは女性の姿だった。


そう――自分の、姿だった。


女性は楽しそうに微笑みながら、手鏡を取り出し自分に向ける。

そこに移る自分の姿は、あのビスクドールのものだった。


ゆっくりと、扉が閉まる。

絶望する“人形”に、“女性”はゆっくりと口を開いた。


――こんどはわたしが、おいていってあげる


今でもその人形は、古びた洋館に、佇んでいるという。









――↑――









レイアの前の蝋燭が、消える。

人の話を聞いて、奈津が始めて震えだした。


「ど、どうだったかしら?」

「ど、どどど、どうってことないねっ」


強がる奈津の横で、椿は二度の話にノックダウンしそうになっていた。

次は椿の順番だ。早く終わらせようと、意気込んだ。


涼しくはなったが、今日は眠ることが出来るのか、心配だった。


ラミネージュは、無表情のまま小刻みに震えていた。

携帯電話のバイブレーションのように見える。


「つ、次は、私……だね」


椿はそう言うと、蝋燭を見つめながら、ゆっくりと語り始めた。









――↓――









その男は、妻と二人で、日々をまっとうに生きてきた。

山へ猟に出かけて、鳥や猪を捕って生活していた。


慎ましくも平穏な日常だったが、それも長くは続かなかった。

男の妻が、流行病で亡くなったのだ。


男は悲嘆に暮れた。

そして、妻の亡骸に、二度と誰も娶らないと誓って、埋葬した。


それから、季節が二巡したころ、男の下に町娘が通うようになった。

その娘は、男が以前、猪に襲われていたところを助けた娘だった。


娘が通いはじめて、再び季節が一巡した。

すると、だんだんと娘に愛着が生まれてきた。


やがて、男と娘は情を交すようになり、翌年には娘を娶ることになった。

男は妻の墓に一言報告して、許しを願って、娘との生活を始めた。


だが、そうしたとたん、娘がだんだんと衰弱するようになっていった。


心配して、なけなしの金で医者にかけるが、原因はわからずじまいだった。

衰弱していく娘が心配で、いてもたってもいられなかった、そんなある日の晩のこと。


男が一人で晩酌をしていると、娘がすぅっと部屋から出て行った。

どこへいくのだろうと後をつけると、そこは死んだ妻の墓だった。


そう、娘に教えていないはずの、墓だった。


娘は墓を、素手で掘り返し始めた。

何度もそうしていたのだろう、土は掘り返しやすくなっていて、すぐに妻の骨が出てきた。


娘はそれを――あろうかとか、貪り始めた。


毎晩そうしていたのだろう。

骨はあと少しだけ、頭蓋骨のみ残っていた。

娘は踵の骨を食べ終わると、頭蓋の骨に手を伸ばした。


「な、なに、なにを、している」


男は、意を決して、そう言った。

すると、娘は衰弱した顔のまま振り返って、笑う。


『おや、どうなさったのですか?あなた』


その声は、死んだはずの妻のものだった。

男はその場に腰を抜かして、後ずさる。


「なん、で」


漸く零した、言葉。

その言葉に、“妻”はくすりと笑った。


『もう誰も娶らないと、おっしゃったではありませんか』


そして、狂気の混じった顔で、口の端をつり上げた。


『ですから、私のために――若くて美しい“からだ”を用意してくれたのでしょう?』


亡骸を喰らわせることで、男の妻は娘の身体を徐々に乗っ取っていたのだ。

そして、残すところは、あの頭蓋骨だけだった。


「う、うわぁぁぁあああぁっ!!!」


男はそう叫ぶと、“妻”を押しのけて頭蓋骨を掴んだ。

そしてそれを、崖の方へ向かって投げ捨てた。


その男の首に、白い手が、巻き付く。


『ふふ、あれは猿の頭蓋骨ですよ』


追い詰められたことを理解する。

だが、何もかもが、手遅れだった。


『ずぅっと一緒に、在りましょう』


その後、男の姿を見たものも、女の姿を見たものもいない。

だが、誰もいないはずのその夫婦の家には、今でも時折、明かりが灯るという――。









――↑――









蝋燭を消して、息を吐く。


「以上です」

「あわわわ」

「うぅぅぅ」


だんだんと追い詰められてきた、レイアと奈津。

椿もそろそろ、限界だった。


「大丈夫、私の話は、そんなに怖くない」


そう言うラミネージュに、椿たちは内心安心していた。

いつも微妙にずれたことを言う当たりで、きっと生理的な恐怖というベクトルで話をするのだろうと、踏んでいた。


ラミネージュは蝋燭の前に立つと、火を消した。


「いやいや、早いからっ!」


奈津が慌てて、もう一度火を点ける。

ラミネージュは満足したような顔で、頷いた。


この時点で、椿たちから緊張感は抜けきっていた。

そのことに、心の中で感謝を述べる。


「始めます」


ラミネージュはまずそう前置きして、最後の怪談話を始めた。









――↓――









その少女の特徴を一言で表すなら、そう――“平凡”で事足りるだろう。


特に美人でも、醜悪でもない。

成績は中の上だが、上の下というのには少し足らない。

友人の数もそこそこで、とくに険悪な関係はない。

家族仲も良好、といっても、一般家庭としてというレベルだ。特別仲が良い家庭ではない。


彼女は、その日もいつものように、学校から家へ帰るために、住宅街を通っていた。

その日の彼女について言うことがあるとすれば――そう、その日は、少しだけ運が悪かった。


学校では嫌な教師に当てられて、体育では盛大に転んで足を擦りむいた。

保健室へ行ったら、いつもよりもしみる消毒液を使われて、少しだけ目を潤ませた。

放課後は教材を運ぶことを手伝わされて、下校する頃には夕方になっていた。


今日は運が悪いと自覚していた少女は、足早に帰路を急ぐ。

もう少しで家に辿り着くという曲がり角を、安心しながら曲がった。


――ぱき


足の下で鳴った音に、身を竦ませる。

何を踏んだのだろうと足をどかせると、そこには罅の入ったコンパクトミラーがあった。


誰かの落とし物なのだろう。それならば悪いことをしたと思いつつ、せめて接着剤で修復しようと、そのコンパクトをポケットに入れて持ち帰る。


家に帰り、家族と食卓を囲み、入浴して、ベッドに潜り込む。

今日のコンソメスープは美味しかった、明日も食べようと考えながら、緩やかに眠りに落ちた。


そして、何事もなく、朝を迎えた。


目覚まし時計を止めて、ベッドから這い出る。

いつものように制服に着替えて、二階の自室から一階のリビングに降りる。


昨晩のコンソメスープの匂いにつられて食卓へ顔を出すが、そこには誰もいなかった。

キッチンにも、庭にも、ベランダにも、人影が見えない。


煎れかけのコーヒー、テーブルに置かれた朝刊、玄関に用意された弟のスポーツバック、煮込まれているコンソメスープ、犬小屋の前に置かれたドッグフード。

つい先ほどまで誰かいたという、人の気配があるのにもかかわらず、そこには誰もいなかった。


少女は、わき上がる不安を抑えるように、家中をかけずり回る。

父の書斎、母の趣味の部屋、両親の寝室、弟の部屋、お風呂場、トイレ、物置……。

全ての部屋を見て、完全に家の中に、誰もいないということに気がついた。


ローファーを引っかけて、街に出る。

周囲に人影は無いのに、誰かいたという名残がある。


近所のコンビニ、馴染みの料亭、老夫婦のクリーニング屋。

友人の家、学校、交番、消防署、病院、駅、バス停。


そのどこにも、人影は無い。

だというのに、生活感は残っていた。


息を荒くしながら、家に帰る。

そこでふと、コンソメスープを思い出した。

とたんに家族が恋しくなり、母が趣味で買った大鍋に近寄る。

火がついていて、沸騰していたので慌てて止めた。


その匂いはかぐわしく、少女は鍋の蓋を開けた。

お玉を使って、かき混ぜる。すると、一際大きな具にぶつかった。

そんな大きな具が入っていたのかと疑問に思いながら、お玉を持ち上げる。


そこには――――黒い髪に覆われた、母親の頭部があった。


「ひっ」


お玉を落として、後ずさる。

唐突にこみ上げた吐き気を我慢できずに、トイレに駆け込む。


出てきて、おそるおそるコンソメスープを覗き込む。

頭頂部が見えていたことに、少女は腰を抜かして座り込んだ。


声も出ずに、這いながら玄関まで来る。

弟のスポーツバックをどかそうとするが、一向に動かない。

正常な判断力も、冷静な思考も停止していた少女は、そのスポーツバックのファスナーを降ろした。


そこに詰まっていたのは、サッカーで鍛え上げられた、弟の両足だった。

不思議なことに出血はなく、綺麗に“断面”が見えていた。


「――――っ」


最早悲鳴を上げることも出来ずに、家の中を走る。

外に出ようとしたが、犬小屋から見えた赤黒い固まりに、怖くなって戻る。


そして、悩んだあげく、父の書斎に飛び込んだ。

幼い頃はよくここで遊んだと、古い記憶を呼び起こして、平静を保とうとする。

昔、壊してしまって怒られた、ボトルシップを思い出して、少女は無性にそれが見たくなった。


書棚を開けて、一番上。

そこへ手を伸ばし、ボトルを手に取る。

ゆっくりとそれを眼前に持って行き……取り落とす。


――がしゃん


ガラスが割れて、中身が出る。

どうやって詰めたかもわからない、父の両手首が、そこにあった。


「あ、あぁぁあぁぁぁああぁっ!!!」


声を上げて、自分の部屋に飛び込む。


そして、原因を探ろうと、自分の部屋の一角に目をやって、気がついた。

自分の勉強机の上に置かれた、コンパクト。怪しいものなど、これしかない。


少女はそれを掴むと、思い切り床にたたきつけた。

少女の手によって修復されたコンパクトは、少女の手によって無残に砕け散る。


すると、周囲の空間に罅が入って、だんだんと景色が崩れ始めた。


そのことに歓喜の笑みを浮かべて、少女は気を失った。


――そして、翌日、何もごともなかったかのようにベッドから出た。


安心するために、リビングに走る。

コンソメスープの匂いは、悪い夢の中よりも強かった。


食卓に顔を出すと、床がびっしょりと濡れていることに気がついた。

それは、台所から流れ出した、コンソメスープだった。


少女がおそるおそる台所を覗きこむと、そこには倒れた鍋と――母親の、頭部があった。


「あはっ」


少女はその光景に、ただ狂ったように笑い続ける。



その後、発見された少女は――衰弱した身体で笑い続けていたという――――。









――↑――









ふぅっと蝋燭の火を消す。

ラミネージュの顔は、無表情でよくわからない。

いつものことだが。


「ぼく、きょう、ねむれないかも」


消え入りそうな声で、奈津がそう呟いた。

椿とレイアも、涙目で何度も頷いた。


肝心なところで予想を外れた行動をとるのは、ラミネージュの習性だった。


蝋燭を片付けて、図書室を出る。

風の音と床が軋む音が、いちいち怖い。


四人は、ぴったりと寄り添って、歩いていた。


暑いかと問われれば、きっと暑いのだろう。

だが、手にはびっしょりと冷や汗をかき、背筋を通る寒気に凍えていた。


図書室から出てから、正面玄関への道のりが、妙に長く感じる。

物音がする度に、四人が同時にびくりと震える。


「奈津、貴女、ヒーローでしょう?お化けくらいどうにかなさいよ」


冷静に聞こえるのは、声だけだ。

身体は、石のように固まっていた。


「ヒーローにも、出来ないことはある」


涙目だ。

ぎゅっと、両隣の椿とレイアの手を握る。

椿も、隣のラミネージュの手を握った。


「ねぇ、もうエアコン使えるよね?みんなで一緒に寝よう?」

「さ、賛成!僕は賛成っ!」

「し、仕方ありませんわねっ!お願い致しますわっ!」

「助かる」


椿の提案に、勢いよく賛成する。

ラミネージュに抑揚はないが、誰よりも速く首を縦に振っていた。残像が見える。


――ことん


嫌な……とても聞きたくない、音がした。

さび付いているかのような、ぎぎぎ、と軋む音を発しながら、ゆっくりと振り返る。


プラチナブロンドの髪に、青のエプロンドレス。

廊下の真ん中に鎮座するのは、不自然すぎるビスクドール。


――おいていかないで


一斉に、走り出す。

応龍祭の時よりも、ずっと速い。


「レイアっ!君、人形捨てたことあるのっ!?」

「私のメアリーちゃんは、毎日手入れして飾ってありますわっ!」


混乱して、言わなくてもいいことを言ってしまっているのだが、誰も気がつかなかった。

気にしている余裕があれば、足を動かす。


階段を勢いよく、降りる。

後ろを振り向くと、ビスクドールを抱いた、登山服の男性が立っていた。


「おい」


もう、振り向かない。

ただただ走る。


「あわわわわわわっ」

「うぁうぁうぁうぁうぁっ」

「えぅっえぅっえぅっ」

「――っっっ」


最早自分でも、何を言っているのかわからない。

ただ、途中で人骨のような白いものを口に含んだ女性の姿からは、全力で目を逸らした。


「こここ、この次って、まさか」

「むむむむ、無限ループですの?!」


最早涙目どころではない。

落涙していた。


漸く正面玄関に辿り着く。

その玄関に鎮座するものは――――。


「コンソメスープだァーっっっっ!?!?!!」


沸騰する、鍋。

かぐわしい、スープの香り。

そして、ごとんと、中身が零れる。


中から出てきたのは、男性の顔で骨を咥えたビスクドールだった。


――ブチッ


何かが、切れる音がした。

幻聴だろう、きっとそうだ。

でもその音は、確実に空気を震わせていた。


同時に、戦鎧を装着して、魔力を流す。

最初に動いたのは、レイアだった。


「【豊穣を司りし・大いなる水の神よ・エルストルの契約に基づき・我らを害する者を・その力強き激流を以て・大河の底に沈めよ】」


激流が、ビスクドールを押し流す。

この攻撃が当たった時点で、その正体が邪霊であるのは、確定だった。

結界を予備と切り替える隙を突いて、入ってきたのだろう。


「【四元素が一柱を司どる・灼熱を統べし槍の火蜥蜴よ・我が手にその穂先を与えん】」


次に、椿が動く。

駆け寄り、炎刃を以て、すれ違いざまにビスクドールに斬撃を入れた。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に疾風の加護を授けん】」


それを、高速で回り込んだ奈津が、蹴り上げる。

最後にラミネージュが、装霊器をパージして、長剣を出した。


「【雷霆纏いし・稲妻の神よ・戦車を駆りし・苛烈なる英雄よ・力の象徴たる・金剛杵を用いて・世を乱す悪を討て】」


巨大な雷の、槍のようなものが出現した。

ラミネージュがそれに手をかざすと、雷の槍は空に浮かんだビスクドールに飛来して、跡形もなく焼き払った。


後に残ったのは、静寂だけ。

四人は再び手を繋ぐと、げんなりとしながら寮へ帰る。


その日、エアコンの中で、四人は寄り添っても中々眠れなかった。




そして、しばらくは一人でトイレに行くことが出来なくなるのだった――。

最近暑くなってきたので、怪談です。

書いていて、私は寒くなりました……。


次回は、第二章への繋ぎになります。


それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。


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