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Flame,Plus  作者: 鉄箱
17/42

第十話 絶海バカンス!

爛々と輝く太陽。

吹き抜ける風。

どこまでも続く蒼。


水平線の先に目を向けて、椿は風を思い切り吸い込んだ。


「……っはぁ……良い風」


大きく手を広げて、タイタニックごっこをしてみる。

だが、一人でやるのも味気ないし、こんなことに付き合わせるのも恥ずかしい。

椿はそう考えると、一人で納得して頷いた。


妙にテンションが高くなるのは仕方がない。

なにせ、ここは海の上。


そう、ラミネージュの保有する。バスという名のクルーザーの上で、椿は夏を満喫していた。


絶海の孤島。

オールアクセンの保有する島での、バカンスへ行くのだ。











Flame,Plus











事の始まりは、終業式が終わった翌々日のことだった。

椿たちが、一学期の終了と共に、戦鎧を展開する時に装霊器も一緒に展開されるように設定して貰い、寮に帰る道で歓談していた時のことだ。


「夏休みー♪夏休みー♪楽しい楽しい夏休みー♪」

「音が外れまくっていますわ」

「音痴」

「が、がんばれ!」


なんとなく口ずさんでいただけなのに散々な言われ方をされて、奈津は静かに落ち込んだ。

さりげなく椿が奈津の音痴を否定しなかったのも、ダメージとして加算されていた。


「夏休みかぁ……なにして過ごそうかなぁ」

「エルストルの別荘でも行きます?」

「佐倉もあるよ、別荘」


ブルジョワジーな二人の言葉に、今度は椿が落ち込んだ。

変な見栄を張るつもりはないが、ここで「私も」と言えないことが、少しだけ寂しかった。


「それなら、私のところへ来ると良い」


奈津に一言告げてから、ずっとぼんやりとしていたラミネージュが、漸く口を開いた。

暑いのが苦手なようで、ふらふらとしていた。


「オールアクセンの別荘ですの?」

「うん。バスで行く」


バスという言葉に、椿は五月のリムジンを思い浮かべた。

その時ラミネージュはなんと言っていたか?それを思い出して、椿は顔を引きつらせた。


「絶海のリゾート。海の幸が美味しい」


その言葉に、奈津とレイアも賛同し、椿も願ってもいないと頷いた。

海に島に美味しい料理。おまけに避暑地でのんびりリゾート。


こうして椿たちは、ラミネージュと共に旅行へ行くことに決まったのだ――。















クルーザーから正面を見ていると、一際大きな風が吹いた。

その風に体勢を崩しそうになると、それを後ろから支える手があった。


「大丈夫ー?」

「っと、うん。ありがと、奈津」


奈津は椿の右に立つと、見えてきた目的地に指を指した。


「あれじゃない?ラミの別荘」

「すっごーい……」


周囲を海で囲った緑の島。

適度に手入れがされた、絶海の孤島。


個人所有の島など見たことがなかった椿は、感嘆の声を零した。


「そろそろ、中に入って」


後ろからかけられた声に、椿と奈津は頷いた。

クルーザーの中の客室では、すでにレイアが寛いでいた。

レースのドレスと、傍らには白い日傘。近世の貴族のお嬢様のような出で立ちだ。


ラミネージュは白いワンピースで、首に麦わら帽子を引っかけている。

奈津は黒のタンクトップに白い上着、紺のジーパンというボーイッシュな格好で、椿は水色のロングスカートに白いシャツと浅葱色の上着というシンプルな格好だ。


レイアはワイングラスを片手に、窓の外を見ていた。

未成年云々は関係ないのだろうかと椿は首をかしげていた。

奈津やラミネージュも別に気にしていないようだし、案外お嬢様達にとっては普通のことなのかもしれないと、椿は納得していた。


魔法使いは、酒で魔力を充填する家もある。

そのため、そういった一部の酒は普通に飲んでも良いのだが、そうでない酒は当然のことながら禁止されている。


そんなことを知るはずもなく、椿は自己完結した。


「ねぇねぇ、なんでレイアはそんなとこで深窓の令嬢ごっこしてるの?似合わないよ」

「人の立ち姿にいちいち文句をつけないでくださる?」

「え?似合うと思うけど……」


茶化した奈津に、レイアはジト目で反論した。

椿はそんなレイアに、つい感想を言ってしまった。

金髪縦ロールの美少女が、ワイン片手に海を見る。絵になる姿だった。


「あら、ありがとう。椿。誰かさんとは違って見る目がありますわ」

「ぬぬぬ……」


剣呑な視線でにらみ合う。

そこに悪い空気が流れないのは、互いになんだかんだで楽しんでいるからだろう。


「奈津には似合いませんものね」

「いいよー。僕は悪徳貴族に浚われたお姫様|(椿)を助ける、王子様やるから」

「ほう?悪徳貴族……」


椿は何故自分まで寸劇に巻き込まれているのか疑問に思いつつも、奈津の王子様が妙に似合いそうで苦笑いをしていた。ボーイッシュな美少女の男装は、映える。


「椿、到着したよ」

「あ、うん!」


未だに言い合いを続けている奈津とレイアを置いて、先導するラミネージュについて行く。

船着き場にとめられたクルーザーから降りて、椿は島を見た。


「すごい……」


思わず、息を呑む。


透き通った青い海。

緩やかに広がる白い砂浜。

ほどよく手が入れられた南国の森。

その向こうにそびえる、赤い屋根の大きな屋敷。


バカンスを楽しむにはうってつけの、リゾート地が椿たちを迎え入れた。


「おお!結構いいねー」

「あら、割とセンスの良い島を持っているようね。ラミネージュ」


遅れて出てきた奈津とレイアも、感心したようにそう言った。


「まずは屋敷に、荷物を置こう」

「うん、そうだね」


ラミネージュがそう呟いたので、椿はそれに頷いた。

そして、上がっていくテンションに気分を良くしながら、ラミネージュと手を繋いで歩き出した。















屋敷の中は、煌びやかな調度品に溢れているという訳ではなかった。

だが、作りは繊細で、細かいところにお金がかかった、質素だが上品な高級感が漂っていた。


椿は、あてがわれた個室に入ると、再び感心した。

広いベッドに、水色を基調とした涼しげな内装。

白いカーテンの向こうにはテラスがあって、更にその向こう側には青い海と緑の森が広がっていた。高級ホテルにでも行かなければ見られない、絶景だった。


椿は荷物を置くと、小さなバックに水着を入れて部屋から出る。

まずは泳ぐ。それは、クルーザーの中で立てた計画の、第一段階だ。

計画といっても、ぎちぎちにスケジュールを決めて訳ではなく、なんとなくこうしたい、程度のもだ。こういった旅行は、緩く考えた方が楽しいのだ。


廊下を歩いていると、メイド服姿の女性に遭遇した。

ラミネージュが、沢山人がいることは好きではないため、使用人は最低限。

オールアクセンの使用人二人に料理人二人、外部の漁師が二人という内訳だ。


今日は貸し切りではなくオールアクセンの親族も訪れているが、そちらはまだ、椿は見ていなかった。その人物も、人が多いのは好きではないのだ。


「おや、お嬢様のご友人ですね。お部屋はいかがでしたか?」

「あ、はい。神崎椿です……とても素敵なお部屋でした」


赤茶のセミロングの髪をアップにした、焦げ茶の目の女性だ。

成人はしているという話だが、童顔な為年齢が解らない。


「おや、先に名乗らせてしまいましたね。私は林一里です。以後、お見知りおきをよろしくお願いいたします」

「は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」


頭を下げる一里に対して、更に深く頭を下げる椿。

その様子に、一里は好意のある笑みを零してから、一礼して仕事に戻っていた。


ラミネージュの部屋に着くと、ノックをする。

すると、丁度用意が出来たのか、外に出てきた。


「ラミはどれくらい泳げるの?」

「少し」

「私も少しだなぁー」


そういって笑いながら、ラミネージュと連れたって奈津達に割り当てられた部屋まで歩いていた。


丁度曲がり角を曲がった時、今度は男性の遭遇した。

銀に近い金色の髪と、鳶色の目。

がしっしりとした体つきに、高い身長と鋭い目。

マフィアと言われれば「やっぱり」と返しそうになる、強面の男性だった。


「あ?――アルトのとこのガキか」

「――伯父様」


アルトとは、ラミネージュの父親の名前だった。

この男性は、ラミネージュの父親の兄に当たる親戚だ。


「は、はじめまして!ラミの友達の、神崎椿です!」


緊張しながら頭を下げる椿には目もくれず、ラミネージュを見て舌打ちをした。

椿は完全に無視されたことに、少しだけ腹を立てて、同じくらい落ち込んでいた。

いきなりこんな厳しい状況になるとは、思っていなかったのだ。


「無表情か――――相変わらず気色の悪いガキだな」


その言葉にラミネージュは反応を返すことなく佇んでいた。

その様子に、男性は苛立たしげに息を吐いた。顔が怖いため仕草の一つ一つが非常に怖い。


そんな、誰が見ても人を殺していそうな顔をした男性の前に、椿が立ちふさがった。

そして、男性の鋭い目を、真正面から睨み付けた。


「訂正してください」

「は?なんだ、てめぇ」


すごむ男性に怯みもせず、椿は続けた。


「ラミは、“気色の悪いガキ”なんかじゃありません。――訂正してください」

「ハッ」


そんな椿の横を、鼻で笑って通り過ぎる。

椿は、ラミネージュが袖を引くのにも構わず、声を上げる。


「逃げるんですか!?」

「ガキが――――類は友を呼ぶってか」


そう言い捨てて去っていく男性に、椿は拳を握って唇を噛んだ。


「私は、大丈夫だから」


ラミネージュの言葉で、我に返る。

そして、怒りから我を失った自分に恥じ入り、身を縮こまらせた。


「ごめんね、ラミの印象も、悪くしちゃったよね」


そういって目を伏せる椿に、ラミネージュは首を振った。


「伯父様は誰に対してもあんな感じだから。それに――――怒ってくれて、嬉しかった」

「ラミ――みんな、迎えに行こうか?」

「うん。――――うん」


椿は気分を切り替えて、今を楽しむために、奈津達を迎えに歩いた。















浜辺近くの更衣室で着替えて、海辺に出る。


椿は、タンクトップとミニスカートがセットになった、タンキニという種類の水着で、浅葱色の涼しげなデザインだ。

ラミネージュは白のセパレートタイプで、やや上品な感じだ。

奈津は緑と白のストライプの、ワンピースタイプ。これならば体形が気にならないだろうとぼやく姿が、印象的だった。

レイアはゴージャスにビキニ――とくるかと思いきや、白地に金のラインが入った、ゴージャスな競泳水着を着てきた。思い切り泳ぐことが目的だという。


「綺麗だねー」

「ホントだねー」


感嘆する椿の横で、奈津が感心して頷いた。


「さーて、まずはっ……第二回チキチキビーチバレーダブルスファイッ!!」


奈津がそういって手を振り上げる。

すると、ラミネージュがすっと籤を出した。

その間に一里がどこからか現われてコートを設置し、去っていった。

見事な手際である。


ちなみに、籤は温泉の時に椿が作ったものをラミネージュが保管していたらしく、同じものだ。


その籤を、一番にレイアが引いた。


「あっ!いつの間に!」

「私も」


先を越されておののく奈津をよそに、ラミネージュも続けて引いた。

続いて椿も手を出そうとして、奈津に止められる。


「ど、同時に引こう!椿!」

「え?う、うん」


その雰囲気に圧倒されながら、椿は頷いた。

レイアが青、ラミネージュが赤。まだ決まっていない以上、チャンスはある。

奈津は自分にそう言い聞かせて、籤を掴んだ。


「せーの」

「えいっ」


声を合わせて同時に引く。

これで――チームが決定した。


――奈津&レイア“金色蝶々”

――椿&ラミネージュ“雷光紅蓮”


今回のチーム名は、スペシャルサンクスの一里命名だ。

椿が炎使いだと知らずに紅蓮とつける当たり、勘が良い。


二手に分かれて試合を開始する。

審判は必要ない。自分たちで数えて適当にやるのも、醍醐味だ。


ジャンケンに勝利した奈津が、サーブをする。

スイカ型のビーチボールを持ってきたのは、他ならぬ奈津だ。


「必殺――疾風・ドランク!!」


名称に警戒して、椿とラミネージュは一歩下がった。

だが、予想に反してボールは緩やかな動きでコートぎりぎりを越える。

椿が走って飛び出すが一歩間に合わず、先制を奈津にとられる形となった。


「卓球の時のようには、いかないよ」

「ヒーローらしくはありませんけどね」

「うっ」


椿は二人のやりとりを見ながら、ラミネージュと顔を見合わせて、頷く。

まだ、始まったばかりなのだから――。















結局三十分ほどぶっ続けで試合をして、奈津とレイアの圧勝で幕を閉じた。

だんだんと、この二人のチームワークが良くなっていた。


ビーチバレーを終えると、海に入る。

椿は足先から感じる心地よい寒気に、笑顔で身を震わせた。


屈んで海水を手にすくって、大きく手を広げるように海水を蒔く。

すると、小さな虹が出来た。椿はその虹に顔を綻ばせると、今度は少し進む。


ラミネージュは砂浜で、砂の城を造っていた。

椿の身長を超えることが予想されるサイズの土台だ。

レイアと奈津は、早速競争に乗り出していた。

奈津のクロールもさることながら、レイアのバタフライも異様に速い。


椿はそんな二人の姿を見ながら、少しずつ前へ進んでいく。

泳ぎ方は、平泳ぎだ。この泳ぎ方が、一番落ち着くのだ。


足が着かないほど進むが、例えおぼれてもすぐに這い上がれる程度の深さまで来て、止めておく。奈津やレイアのように、競争が出来る程得意ではないのだ。


仰向けになって、ぷかぷかと浮かびながら太陽を見る。

太陽という大きな“炎”を見ていると、心なしか胸が痛んだ。

その場所は、紋章の浮かび上がった場所だ。


そんなことを考え始めると、雅人の言葉が頭を巡った。

人は、異なるものを嫌う、臆病な生き物だ。不安な要素を取り除くためならば、どこまでも残虐になることが出来る、生き物だ。


椿の能力が知られたら、世間の目は椿を離してくれなくなるだろう。

化け物と呼ばれるのは辛い。でも、自分のせいで誰かが傷つくことになることの方が、もっと怖かった。


化け物と呼ばれて、それまでの友人達になにも無いなんて、あるはずがない。

椿は見ているのだ。化け物と呼ばれた自分を匿ったことで、大好きな祖父母が、世間からどう見られてきたのか、そんな単純で恐ろしい、黒い感情を見続けてきたのだ。


そんな視線に、奈津達を晒すのは、嫌だった。


「でも――今考えても、仕方ないよね」


椿はそう呟くと、泳ぐことを再開した。

ここへは遊び――バカンス――に来ているのだ。

遊ばなければ、損。


ならば遊び倒してやろうと、椿はその顔に、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた。















ラミネージュが二メートル程の砂の城を造り終わり、奈津とレイアの決着もついた。

ドローという戦績だが妙に清々しい顔をした二人と、椿とラミネージュはスイカ割りをしてスイカを食べた。


そうして遊び倒すと、空は茜色に染まっていた。


水平線に落ちる朱色の太陽と、同じ色に染まった海。

その様子を感慨深く見つめてから、四人は屋敷に戻った。


屋敷に戻ると、コックが用意してくれた食事を食べる。

刺身や焼き魚といった、純和風の食事だ。屋敷に似合わないことこの上ないが、その味に一同は舌鼓を打った。


「すっごくおいしかったです!」


デザートの水羊羹まで食べ終わると、椿は目を輝かせて控えていた料理人に言った。

コックの川上博人と、パティシエールの御厨美奈子だ。美奈子は既婚者な為名字が違っているが、博人の妹だ。


「そういっていただけると、料理人、冥利に尽きます」

「そうかい、ありがとうよ!嬢ちゃん!」


穏やかな物腰で丁寧に頭を下げる博人と、豪快に言葉を受け取る美奈子。

実に対照的な兄妹だった。


「なにガキと遊んでんだ、博人」


そんな和やかな雰囲気を壊したのは、夕食を取りに食堂に来た、ラミネージュの伯父だった。彼は博人に一言、そう吐き捨てた。その言葉に、博人は怒るどころか笑って答えた。


「あぁ、イストも混ざる?」

「――おまえに言った俺がバカだった」


嫌みではなく、素である。


「美奈子、おまえの天然アニキ、どうにかしろ」

「できるんなら苦労しませんよ」


げんなりとした二人の様子に、日頃からどれだけ博人がずれた発言をしてきたのかが伺えた。そして、付き合わされていると言いつつも関わることを止める様子のない男性――イストの姿に、椿はイストの人柄を修正していた。案外、そこまで悪い人ではないのかもしれない、と。


「こちらにおられましたか!」


微妙な空気を打ち破ったのは、茶色の髪をなでつけた男性だった。

執事服を着ていることから、使用人であるということが伺える。


「おや、氏倉さん。どうかしたんですか?」

「い、いえ、実は――」


オールアクセンの使用人である氏倉直道は、ラミネージュ達に一礼すると、イストに小声で要件を告げた。


「あ?……ったく。明日まで待って、話はそれからだ」

「はい……畏まりました」


そう言って去っていく直道の後ろ姿に、椿は言いようのない不安を覚えた。


「どうしたんだろうね、ラミ」

「うん。なんだろう?」


首をかしげるラミネージュの様子は、特に気にしたように見えない。

レイアと奈津は全く動ずることなく食後の日本酒を楽しんでいて、誰も気にした様子がない。


椿は、自分が警戒しすぎているのだろうと、頭を振った。


「ほーらー、椿も一杯っ!」

「あ、うん――――」


それでも不安が拭いきれなかったためか、椿は全く気がつかず、真っ赤になった奈津に差し出された日本酒を、一気飲みにした。


「おぉっ!すごい!」

「なにが――って、お酒!?」


コップ一杯に注がれた日本酒。

割と度数の高いそれを一気飲みにしたことで、顔が熱くなる。


こんなところで未成年四人が酔うのはいくら魔法使いでも止めておいた方が良いだろうと、実は宗一と酒盛りをしたことがある椿は自重していたのだが、つい飲んでしまったのだ。酒盛りと言っても、身体をこわさないように、味だけ覚えておく程度だったため、そんなに量を飲んだこともなかった。


「むむむ、奈津からだけでなく私の酌も受け取りなさいな」

「え、ちょっ――――むぐっ!?」


酌と言いつつ、頬に朱を刺したレイアは、半ば押し込む形で椿の口にに一升瓶からお酒を注いだ。なんとか全部飲んでしまう前に自力で脱出したが、四分の一ほど飲んでしまった。


「――――きゅぅ」


結果、椿は真っ赤な顔で倒れ伏した。


その横で、全く酔わない体質のラミネージュが、伏した椿の様子を見ていた。

急性アルコール中毒を心配したのだが、椿は赤い顔で寝息を立てているだけだった。


「二人とも、あまり飲むと、明日が辛い」

「……それもそうですわね」

「あーうん。やめておこう」


折角の旅行なので、すぐに止める。

言われて止めるだけの理性が残っているのに椿に飲ませてしまったのは、ノリというやつだ。椿が倒れるまで言わないラミネージュもラミネージュだが。


「それにしても、このメンバーは、昔なら想像も出来なかったなぁ」

「中流貴族に大家の双璧、それを纏めるのが庶民出、ということですわね?」

「確かに、そう」


奈津が感慨深そうにそう言うと、レイアとラミネージュも、心なしか楽しそうに、そう言った。奈津は事情が少し違うが、レイアもラミネージュも、学校で気の置けない友人が出来るなど、想像もしていなかった。


「本当に――椿と出会えて、良かった」


わざわざ言葉に出して同意する必要はない。

そんなことは、はじめて一緒に食事をとるようになってから、ずっと思っていたことだ。


もともとそんなに酔っていなかったため、お酒はすぐに抜けた。

素面になって、和やかな雰囲気で博人が煎れてくれたお茶を飲む。

こんなに静かな雰囲気も、久しぶりのことだった。


そろそろ椿を起こそうかという段階になって、椿が起き上がる。


「あれ?もう大丈夫なの?」


奈津が覗き込むと、椿が笑顔で奈津の方に顔を向けた。

その顔が未だに赤かったので、奈津はまだお酒が抜けきっていないのかと心配した。


「いや、大丈夫なの?椿っ!?」


椿は奈津の身体を軽々と持ち上げると、自分の膝の上に乗せて、後ろから抱き締めた。

何が起こっているのか解らず顔を真っ赤にして固まる奈津に、椿は奈津の身体を横にずらして体勢を低くさせて、奈津の頬に頬ずりをし始めた。


「なんっ、なっ、え?な」


呂律が回らない奈津の頭を撫でたり優しく抱き締めたり、とにかく可愛がる。

泣き上戸に笑い上戸、絡み上戸など、人には多種多様の“酔い方”がある。


そして、椿のそれは――“可愛がり上戸”だった。


完全に動かなくなった奈津を存分に可愛がると、そっと奈津を横に降ろす。

一言も声を漏らさず、ずっと笑顔なのが、妙に怖かった。


その光景に固まっていたため身動きのとれなかったラミネージュに、椿は音もなく近づいて捕獲した。そして、やはり膝の上に乗せて可愛がる。徹底的に猫っ可愛がりする。


「あぅあぅあぅ」

「――――♪」


顔を赤くして目を回したラミネージュを横に置くと、逃げようとしていたレイアを羽交い締めにした。


「お、おちつきなさ――!?!!」


二度と酒は飲ませないと誓うレイアをよそに、奈津は時々こっそり飲ませようかと考えていた。


「やっぱり、恥ずかしいや」


考えては見たが予想以上に恥ずかしいだろうと思い、止めておく。

こっそり、ラミネージュが飲ませようと考えていることなど、知らずに。


旅行の一日目は、なんとも締まらない終わりだった――。

今回から数話、夏休み編になります。

夏休み編を終えてから、第二章に入ります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。

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