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Flame,Plus  作者: 鉄箱
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第八話 応龍祭編⑦ 過ぎ去った世界

閉会式は、空調が効いたドームの中で行われる。

応龍杯のメンバー以外は制服に着替えているので、椿たちも指定された時間に制服に着替えていた。足下のスポーツバックには、競技用装霊器と交換された、通常の装霊器が入っている。


いよいよ、点数発表だ。


『まずは、個人競技の合計ですよっ!……たらたらたらたら、てんっ!』


マリアは、擬音を口ずさむ。

音楽教師だけあって、妙に上手だ。


『どん!』

――紅組 350 蒼組 650


蒼組から、歓声が上がる。

個人競技は、全学年を通すと蒼組の圧勝だったようだ。


『ではではでは~っ――団体競技を足しちゃいましょう!どんっ!』

――紅組 1050 蒼組950


今度は、紅組が押した。

これに足されるのは、応龍杯だ。


『さてさてっ!いよいよ応龍杯の得点が足されちゃいます!どどんっ!』

――紅組 1300 蒼組 1700


更に差が開き、紅組から落胆の声が響いた。

応龍杯で紅組が優勝したのは、椿たちのみだった。


『ここから、特別賞がプラスされるよーっ!落胆には、まだ早いっ!』


その声に、期待に胸をふくらませる。

頭を下げるのは、まだ早いのだ。


『まずは、一番戦略を魅せた、作戦賞は――一年A組の、リィ・リリア・サイミル選手です!おめでとうございます!』

――紅組 1300 蒼組 1900


驚いて目を丸くするリリアに、椿は離れたところから笑いかけた。

リリアはその視線に気がついて、恥ずかしそうに頬に手を添えた。


『続きまして、もっとも美しい戦いを魅せた、三年D組に、美闘賞ですっ!』

――紅組 1500 蒼組 1900


三年生のブースで歓声が聞こえる。

あとで録画した映像を見せて貰えないものだろうかと、椿は密かに考えた。

美しい戦いというものが、非常に気になるのだ。


『そして、チームを率いる素晴らしリーダーシップと、信頼を手に戦う絆を魅せた、一年B組の神崎椿選手に、カリスマ賞をプレゼンツっ!』

――紅組 1700 蒼組 1900


その意味に、椿は呆然とした。

隣りに立っていた奈津に抱きつかれて、漸く我に返る。


「す、すごいや椿!カリスマだよっ!カリスマ賞!」

「あ――え、えぇえっ!?」


慌てふためきつつも、目頭が熱くなっていく。


『続きましてはっ……リーダーが二人倒せば一人復活という、有ってないようなルールを見事成功させて、チームを勝利に導いた、二年F組のリーダー、獅子堂吉良選手にチャレンジ賞だーっ!もってけこんちくしょう!』

――紅組 1900 蒼組 1900


並んだ。その事実に、会場がわき上がる。


『連続で行くよ!チームの中で堅実に支えてきた、一年A組のナリナ・フィイズ選手に、縁の下の力持ち賞を授与します!お疲れ様です、アトラスさん!』

――紅組 1900 蒼組 2100


残す賞は、あと一つ。

そのことに集中しすぎてスルーされたナリナは、近くにいたフランチェリカに慰められていた。だが、フランチェリカも続きが気になって気も漫ろだ。


最後の賞は、ゲストから贈られるのが、習わしだ。

だから、フィーリがモニターの向こうで立ち上がった。


『最後は、どのような状況においても、最後まで諦めず、仲間達への信頼を大切にした。そんな絆を魅せた彼女に、VIPを贈りたい。――一年B組の、ルナミネス・イクセンリュート選手!君が、応龍賞だ!』

――紅組2200 蒼組2100


応龍賞の300点が入り、会場が赤一色に変わる。

真紅の花火が打ち上がり、ここに応龍祭の優勝が決まった。


『わぁぁぁあぁぁぁぁっっっ!!!!!』


大歓声の中、椿は真っ先にルナミネスの元へ駆け寄った。

そして、その手を握りしめる。


「つ、椿、わた、わた、し」

「おめでとう……おめでとう!ルナ!」

「あ、あぁ、ぅあぁぁぁ」


思わず泣き出すルナミネスを、椿は抱き締めた。

居ても立ってもいられず、駆け寄ったフランチェリカがルナミネスに笑いかけた。


「チェ、チェリカ」

「おめでとう、ルナちゃん!みんな!胴上げしよう!」

「えぇっ!?」


戸惑うルナミネスを胴上げしようと、クラスメート達が集まる。

その中には、なぜか蒼組の五十鈴の姿があった。


持ち上げられて空中浮遊に顔を青くする中、ルナミネスは小さく呟いた。


「――楽しかったって、笑えたよ。椿」


だんだんと高くなっていく高度に顔を青くして、儚く微笑んだ。

周囲にはそれが辞世の句のように聞こえて、慌てて降ろすことになった――。











Flame,Plus











閉会式が幕を閉じると、後片付けに入る。

椿は、奈津と二人で医務室にいた。


念のため、怪我をした場所の診断をするためだった。

奈津は、アンジェリカに呼ばれた時に、偶々一緒にいたので付き添いだ。


「後遺症もないみたいね。念のため、今日はゆっくり休みなさい。お疲れ様」

「ありがとうございます、アンジェリカ先生」


診断を終えると、椿はアンジェリカに頭を下げた。

この後は、もう寮へ帰るだけだ。


「それでは、失礼します」

「さよなら、アンジェリカ先生」

「ええ、さようなら」


椿と奈津はアンジェリカに頭を下げると、医務室を出た。

アンジェリカは教員用の玄関から帰るため、椿たちとは別の方向へ去っていった。


「いやー、僕も来年は、応龍杯に参加したいなぁ。できるかなぁ?」

「あはは、くじ引きだもんね」


余韻が冷めぬまま、ゆっくりと廊下を歩く。

過ぎ去った興奮の名残か、頬が朱に染まっていた。


――…………

「――っ」


のんびりと話している最中、椿は急に感じた頭痛に眉をしかめた。


「椿?」


奈津が心配そうに覗き込む。

椿は一言「大丈夫」と呟いて、頭を抑えた。


――……来い


頭に響く声。

頭痛と声が反響して、椿は体勢を崩した。


「椿っ!?」

――来い

「どうしたの、椿?」

――来い、来い

「大丈夫?」

――来い、来い、来い

「……椿?」

――来い、来い、来い、来い来い来い来い来い来い来い来い


すっと止んだ、頭痛。

なんだったのだろうと首をかしげる前に、校舎が邪悪な気配に包まれた。


「な、なに?これ……」


校舎の天井、壁、床、窓。

あらゆるところから、黒いスライムがにじみ出てきた。


椿はすぐにスポーツバックから装霊器を取り出すと、装着する。

戦鎧も装着した時点で、我に返った奈津も装霊器を嵌めて、変身した。


「こんなに、邪霊が……いったいどうやって?」


対して強くもなさそうな邪霊が、校舎へ侵入する。

それは、あり得てはならない事態だった。


――来い、こっちだ、来い、来るんだ

「っ……また」


今度は、頭痛は伴わなかった。

ただ自然に、頭に響く声。


「行かなきゃ」

「え?椿?」


声を辿らなければ、この事件は解決しない。

そんな“予感”は確信となり、椿は呼ばれるままに従って走り出す。


「椿!」

「あっ……奈津」


だが、走れば当然のように奈津の方が速いため、椿はすぐに追いつかれて肩を掴まれた。

そして、声をかけられて、正気に戻る。


「大丈夫?」

「うん……ごめんね、心配かけたね」

「ううん。それよりも、どこかへ行こうとしてたみたいだけど……」


不安げに覗き込む奈津に、椿は理由を答える。

奈津は、椿がどこか遠くへ行ってしまう気がして、不安になっていたのだ。


「声がね、聞こえるの」

「声?」


首をかしげる奈津に、椿は簡潔に伝える。

スライムが活動を開始する前に、動かなければならなかった。


「来い、来いって。だから、私――」


自分にしか聞こえない声。

それがどれだけ奇妙なことだか解っていたからこそ、椿は言いにくそうにしていた。

それでも続けようとした椿を、奈津はすぐに遮った。


「――信じるよ」

「奈津……」


奈津のまっすぐな目に、椿は安堵から息を吐いた。


「行こう!」

「うん!」


これ以上はもう、言葉はいらない。

ただ、進むだけだ。この事態を、解明し解決するためにも。















ドームは、騒然としていた。

閉会式も終わり、観客はほとんど帰宅していた。

だが、当然残っている人もいる。


「怯むな、魔法使い達よ!」


激励が飛ぶ。


白銀の鎧と白銀のマント。

白銀の長剣と白銀の盾。

白銀の髪を靡かせて、邪霊を打ち払う白銀の騎士。


フィーリ・インスエルは、未熟な生徒達を鼓舞しながらも護り、そして戦う。

そして、生徒達を守るのは、彼女だけの義務ではない。


教師達も、ドームの外や校舎、施設、寮の付近で戦っていた。

スライムが地面から現われ群れと成る。





―/―





ドームの外、邪霊が生徒達を襲っていく光景が、そこにあった。

実戦経験の無い下級生達の前に、マイク型の装霊器を持ったマリアが立った。


「【打ち砕き・狂い惑わせ】」


呟いたのは、自創言語。

オリジナルのその詠唱は、妙にこぶしがきいていた。


『【散華】!!』


増幅された声が衝撃波となり、スライムを纏めて倒す。

その豊満な体つきと妖艶な声は、月明かりに照らされて、見るものの背筋を震わせるほどの美貌を魅せていた。


「さてさて……次はだれが、散りたい?」


戦鎧も纏わず佇むマリアに、意志の低いはずの邪霊達は、静かに圧倒されていた。





―/―





施設の周囲にまで逃げてきた生徒達に、スライムが飛びかかる。


尻餅をついて後ずさる生徒の目に映ったのは、自身の命に関わる絶望的な状況などではなく、銀の閃光によって二つに分かれ、消滅したスライムの姿だった。


「最近は生徒を守ることも出来なくてな」


そう呟いたのは、日本刀型装霊器を構える、楓の姿だった。


「今日の私は、機嫌が悪いぞ」


銀の刀真に映る、鋭い目。

その目は、有象無象の邪霊達を、確かに捉えていた。





―/―





校舎のグラウンドでは、ベンチの後片付けをしていた生徒達が、邪霊と戦っていた。

その中央には、治療専門の魔法使いであるアンジェリカが、邪霊を打ち払う程の“聖”のオーラを放って、生徒達を守っていた。


「なるべく私の側にいなさい」

「は、はいっ!先生!」


アンジェリカの側にいる限り、数だけの邪霊に後れをとりはしない。

彼女たちもタマゴとはいえ魔法使い。それも、二年生にもなれば、実戦も経験している。


生徒達の魔法で打ち払い、体力や魔力の疲労さえ完全に癒す。

その永久機関の前には、邪霊達などものの数ではなかった。





―/―





寮には、まだ帰っていなかった観客や、戦闘経験の無い生徒達が集まっていた。

流石に寮の中まで事前に入り込んでおくことは出来なかったのか、結界の弱い正面玄関から入り込もうと、集まる邪霊の姿があった。


もぞもぞと蠢き、邪霊は集まって固まる。

腰の高さ程のスライムが集束して二メートル程になると、力も膨れあがった。

それが十、二十と集まっていく。


地面を滑りながら侵入しようとするスライム。

だが、鈍色の閃光と共に、その身体がはじけ飛んだ。


「あらあら、こんなところまで入り込んではいけませんよ」


穏やかな口調でそう言葉を紡ぐのは、ミファエルだった。

その手には、ナックルガードの下まで刃が延びて、握り手よりも下一メートル程長い、全長三メートルにおよぶ片刃の大剣が握られていた。


超重量のそれを片手で持ち上げて、振るう。


「【喰らえ】」


学生時代から使い続けてきた自創言語。

たった一言で彼女の精霊は意図を理解して、その力をミファエルに宿す。


――ドンッ


剣が振るわれ、スライムに当たる。

すると、黒い霧状のものが、スライムを食い尽くした。


「さて、久々に頑張りましょうね。ベヒさん」


装霊器に装填された、黒い精霊石。

暴食の悪魔ベヒーモスが、彼女の背後で低く呻った。















声に導かれるまま、突き進む。

道中の邪霊は、無視するか薙ぎ払い、兎に角先を急いだ。


だが、スライム達もただでは通さない。

進むにつれ、合体した大きいものが現われるようになった。

追いかける速度も速くなり、前を向いて走るのが危険になって、仕方なく振り返る。


「まずどうにか数を減らさないと、どうしようもないかな」

「うん。そうみたいだね」


装霊器を構える。

ここで余計な消耗をするのは良くない。

だが、だからといって致命傷でも負ったら、そこでリタイアだ。


それでも、覚悟を決めた――その時だった。


銀色の光が走り、スライムを貫く。

椿たちの後ろからやってきて、十文字槍を突きだした、男性の姿があった。


「こ、こんなところで、ど、どうしたんですか?は、はやく、避難しなさい」

「遠峰、先生?」


授業の時の雰囲気は戦闘時には適用されないのか、どもった口調で雅人が椿たちを守った。

その槍捌きに、奈津も目を丸くしていた。


「先生!僕たち、どうしても先に行かなくてはならないんです!」

「佐倉、さん?」


スライムに間合いを詰められないように牽制する雅人に、奈津が訴えかけた。

椿も、それに倣う。ここで避難して、退く訳にはいかなかった。


「お願いします、行かせてください!遠峰先生!」

「か、神崎さん……」


二人のまっすぐな視線に苦笑すると、雅人はスライムの群れを睨み付けた。


「わ、私は、い、言ってみたかった、セリフが、あ、あるんです」

「先生――?」


そう呟くと、雅人の雰囲気が、授業の時のそれに変わった。

その独特な雰囲気に、椿と奈津は息を呑んだ。


「――――ここは、私に任せて先に往け」

「先生――ありがとう、ございます!」


真剣な表情に促されて、二人は勢いよく頭を下げた。

そして走り出す二人を追撃しようとした二メートルサイズのスライムが、切り裂かれて石に変わった。


「我が精霊、コカトリスの毒。その身に受け、身の程を知れ」


十文字槍が、夜の校舎に煌めいた。















二人が辿り着いたのは、校舎の屋上だった。

白い満月が照らす中、一人、背を向けた男性が立っていた。


「三上院、先生?」

「って、学年担当の?」


男性――三上院慎二郎は、怪しく笑いながら、振り向いた。


「遅かったですね。神崎君。余分なおまけもいるようですが……まぁいいでしょう」

「なに、を」


酷薄に笑う慎二郎の姿に、言いしれぬ不安が走る。

そんな二人を、慎二郎は、ただただ笑って見ていた。


「――先生達の援護には、行かれないんですか」


椿は装霊器を構えながら、問いかけた。

奈津もそれに合わせて、身構える。


「もう、解っているでしょう」


そういって、三上院が指を弾く。

すると、スライム型の邪霊が現われた。

その姿は、。他のスライムと違って、大きな目がついていた。


「見るからに、親玉って感じだね」

「何故なんですか……三上院先生!」


引きつった顔で呟いた奈津に、険しい顔で椿が続いた。

慎二郎は笑みを浮かべたまま、左目に手をやった。


「こういうことさ」


慎二郎の手からこぼれ落ちたのは、カラーコンタクトレンズだった。

魔法で作られたものなのか、アスファルトに落ちる前に、塵となって消えた。


「っ……まさ、か」


奈津が、震える声で呟いた。

椿もその目を見て、息を呑む。

紫色の瞳に浮かぶ、ローマ数字の「Ⅰ」とも「I」ともとれる紋章。


「“遮断”の紋章というのだが……まぁ、それはいいか」


二つを分ける。

その紋章は、みれば確かに“壁”のようだった。


「邪霊に魂を売ったっていうの?!」

「契約、したんですか?」


激昂する奈津に、慎二郎は笑みを深めた。

そして、震える声で問う椿に、頷いた。


「そう、私は“魔人”だよ」


邪霊と契約して、紋章を刻まれた人間。

――それが、慎二郎だった。


「だが――君が憤るのも、おかしな話ではないかね?……佐倉君」

「っ!」


奈津が、こわばった顔で固まった。

どうしてそこで奈津のことが出てくるのか解らず、椿は戸惑いを見せた。


「君は、私たちと同類だろう?ねぇ――」

「っそれを」

「――“向こう側の子供達”よ」


しんと、静まる。

その声を聞いて、奈津は強く唇を噛んで、俯いた。


「アビス、チルドレン……?」


噛みしめるように反芻した椿に、慎二郎は笑い声を上げた。

震える程強く拳を握りしめる奈津の様子に、椿は意味を呑み込んだ。

邪霊に拐かされて、能力を植え付けられた子供。それが、奈津だった。


「おや?知らないのかい?勉強不足は減点対象だよ、神崎君」


何も言わずに俯く椿に、慎二郎はあざけ笑うように言い放った。

その嘲笑に、奈津は不安げな声を零す。


「椿……僕は……」

「そう!彼女は、私たちと同じ――」


不安げな声と、残酷な声。

それに重なるように、椿が口を開いた。


「奈津は」


その一言の続きを、二人は別の希望から求めた。


化け物だと罵ることを期待する慎二郎。

人間だと慰める言葉を求める奈津。


そんな二人の視線の中、椿はゆっくりと顔を上げた。


「奈津は――――“ヒーロー”だよ」


椿の瞳に映るのは、揺るぎない“信頼”だった。

その、無限の煌めきを宿した目に、慎二郎は悔しそうに唇を噛んだ。


「椿……椿っ……」


いいたいことも伝えたいことも全て置き去りにして、バイザーの下から涙がこぼれ落ちる。

とどめなく溢れる涙を止めることもせず、ただ、信じてくれた“親友”の名を呼んだ。


「私は三上院先生に行く。邪霊はお願いできる?」

「もちろんだよっ……行こう、椿!」

「うん、奈津!」


風を纏って走り出す奈津と、炎の刃を携えて駆ける椿。

その姿に、慎二郎は血がにじむ程強く、唇を噛んだ。


「行け、邪霊“群像”よ!」


スライムが、三メートル程の大きさになって突進してくる。

それを、奈津が正面から蹴り飛ばした。


「ぬあっ!?」


スライムは、その弾力でもって奈津を弾く。

そして、校舎裏の方まで弾かれて、奈津が屋上から落ちるコースを辿った。


「奈津っ」

「このくらいどうって事無いっ!任せてっ!」


奈津は短くそういうと、空中で体勢を立て直して、落ちた。

スライムも、奈津を追って落ちていく。


「気にしている余裕があるのかい?神崎君……っ!」


慎二郎は、指先を椿に向けた。

その指先に黒い球体が現われ、そこから高速のレーザーが放たれた。

椿はそれを、すんでの所で躱した。


長い夜は――まだ、始まったばかりだ。















屋上から落下しながら、風の力で校舎の壁に着地する。

そのまま壁を走り降りて、地面の近くで壁を蹴って、滑りながら着地した。


『ロォォォオオオオォォォオオオオオ!!!!』


どこから響いてくるのかもわからない、不気味な声。

同じく屋上から落ちてきた邪霊が、奈津の正面に着地した。


『ロァアアアアッッ!!』

「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に疾風の加護を授けん】」


速度を上げて、スライムが身体から伸ばした触手を避ける。

避けた触手は、地面に当たる度に、大地を溶かした。


「溶解液、か――ますます悪役っぽいなぁ」


その威力に引きつる顔を隠すように、軽口を叩く。

左右へステップして避けながら、触手に蹴りを当ててダメージを与える。

だが、スライムは消耗しているようには、見えなかった。


「あの、心臓みたいなのを潰さなきゃ、だめだろうな」


廊下にいたミニスライムも、核を潰さなくては消滅しなかった。

それを思い出して、奈津は小さく息を吐いた。


そのためには、この攻撃をくぐり抜けて、接近しなくてはならないのだ。


「でも、やらない訳にはいかないから、ねっ!」


地面が陥没する程強く、踏み込む。

足に装着された装霊器が、緑色の魔力に包まれて強く輝いた。


飛んでくる触手を、踏み台にして避ける。

更に襲いかかる触手を全て踏み越えて、スライムに接近した。

その舞うような動作は、スライムごときに捕らえられる速度ではなかった。


近距離まで近づくと、奈津は鋭い蹴りを放った。

右足の蹴り、それを弾力によって弾かれる前に引いて、もう一度。

それを何度も何度も、短い時間に繰り出す。


――蹴る、蹴る、蹴る、蹴る蹴る、蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴るッ!!

――ズン、ズン、ズン、ズンズン、ズンズンズンズンズンズンズンズンズンッ!!


だんだんと表面が削られて、心臓に近づく。

あと少しというところで、スライムの反応が追いついた。


『ルゥアッ!!』


スライムは奈津の左足を触手で掴むと、遠心力に任せて振る。

そして、スライムの背後にあった校舎の壁に、奈津を叩きつけた。


「づっ!?」

――ドゴンッ


壁が崩れる程の、衝撃。

辛うじて頭はかばったが、足を捕まれているので衝撃は殺せない。


『ラァァウッ!』


スライムは、今度は自分の正面の地面に、奈津を勢いよく叩きつけて、そのまま触手を離した。当然、勢いは消えずに、地面をバウンドしながら大きな木に激突した。そして、それだけでは終わらずに、その木をへし折って更に後ろの木にぶつかる。


「かはっ!」


短く、息を吐きだした。

地面に身体を落とし、さらに咳き込む。


「がはっ!……か、ふっ」


どろりとした血液をはき出して、その鉄くさい味に眉をしかめる。

内蔵を傷つけたか、肋骨がどこかに刺さったか。

そんなことを考える余裕があることに、奈津は内心苦笑した。


「ヒーローは、諦め、ないっ」


痛みを振り払い、立ち上がる。

その瞳は揺らがない。揺るぐことがない程に、信頼されていたことを自覚したからだ。


「僕は、ヒーローになりたい」


満身創痍といった様子の奈津を、邪霊は警戒してにじり寄るに止まっている。


「悪の組織に改造された身体を、正義のために使う“ヒーロー”」


邪霊に拐かされて、要りもしない能力を植え付けられた。

その事から、家族は彼女に憐憫の感情を与え続けた。

ヒーローになりたいという彼女の夢を、憐憫の込められた目で、侮蔑した。


「僕は、そんなヒーローに」


何度も挫けそうになった。

化け物とも呼ばれた。

諦めかけたし、弱音も吐いた。


それでも――――信じてくれる、最高の“友”ができた。


「ヒーローに――なるんだっ!!」


大きく目を開く。

すると、バイザー越しでも解る程強く、奈津の瞳が紫色に輝いた。


右足を踏み出す。

――風が、吹く。

左足を踏み込む。

――風が、啼く。

更に右足を踏み込み左足を踏み出し右足で大地を蹴る。

――すると、風が止んで、音が消えた。


奈津が邪霊に植え付けられた能力は――“超越者|≪ハイブリッド≫”。

人間の限界を遙かに超えた、超身体能力だった。


まっすぐと、上空まで飛び上がる。

八メートル程の高さまで飛び上がると、身体が軋んで痛みが走る。

唇の間から零れ出す血液。その赤を吐き出すと、大気の壁を蹴りつけた。


自身を砲弾にした、超高速の突進。

その最中に体勢を変えて、スライムに右足を向ける。

左足は曲げて、歯を食いしばる。


「【大気を統べし風の主よ・我が身体に宿り・我が身に烈風の加護を授けん】」


風が奈津の右足に集まり、突撃槍を象った。

貫通力を強化された力が、飛んでくる触手すら切り裂いて直進する。


「穿てッ!これが“正義”の力だッ!!!!」

――ズドンッッッ!!!


邪霊の心臓を穿ち貫き、勢い余って地面に巨大なクレーターを作る。


『ログァァァアァァァァアアアアアァァ!!!!』


断末魔の悲鳴を上げて崩れ去る邪霊に背を向けて、奈津は震える手で決めポーズを作った。


「正義は――――勝つ」


それだけ言うと、奈津は痛みと疲労から、意識を手放した。















連続で発射される黒いレーザーを、椿は円を描くように走りながら避けていく。

埒があかないと解っているから、多少の怪我は覚悟して、紙一重で避けながら近づいていく。戦鎧を切り裂く威力だ。まともに喰らえば、命はない。


それでも、タイムラグがほとんど発生しないレーザーから避けるには、こうするしかなかった。近づかなくても、どのみち勝つことは出来ない。


「どうして、どうしてこんなことを!?」


問いかけずには、いられなかった。

聞いても何も出来ないだろう。でも、だからと諦めて聞かないのは、嫌だった。


「はっ――答えるとでも思ったのかい?平和な頭だねッ!」


更に連射速度が上がる。

それを身体に掠めて血を流しながらも、椿は折れることなく慎二郎の目を見つめた。


「くふっ……いいよ、それなら教えてあげるよ――私の、絶望を!」


それでも、弾幕は止まない。

ただ避けることしかできない。大胆に近づく、決心がつかない。


「私の家――三上院は、よくある名門の一つだった」


ぞくり、と背筋が粟立つような感覚に、椿は身を屈めた。

すると、レーザーが横に振られて、薙ぎ払われる。もう少し遅かったら、首と胴が泣き別れをしていただろう。


「家の名誉と体面ばかり気にする大人達は、私に“長男”としてなんでも出来るように、跡継ぎとして有能であれと、実の子供に対してではなく道具に対するような態度で、厳しく育てた。全ては、三上院のために」


レーザーと薙ぎ払い。

両手を使って同時に使用されると、椿はますます近づくことが出来なくなった。


「私も、子供ながらに期待に応えようと必死だったよ。――その努力が、いかに無駄なことかなど、知る由もなかったからね」


薙ぎ払いが止まる。

今度は、通常のレーザーよりもずっと太いレーザーが、椿を襲う。

だが、少し速度が遅くなっていたので炎刃で斬り払う。


「私が六つを数えた時に、弟が生まれた」


斬り払ったはいいが、衝撃に体勢を崩す。

その隙に放たれた通常のレーザーを、辛うじて避けた。


「跡取り用の長男には厳しく接して、愛玩用の次男には優しく接する。私は愛など受けたことは、一度もなかった――だけど、それでも構わないと思っていた」


通常の高速レーザーと、太い高威力レーザーの連携に、椿は圧倒されていた。


「私は長男だ。長男として、跡取りとして、次男を守るべきだと思っていた。自分に懐いてくれた、弟を、守ればいいと思っていた!」


太いレーザーと慎二郎の視線が重なる一瞬に、椿はレーザーの下を通り抜けながら接近した。慎二郎は、空中から黒い靄を生み出すと、それを腕に纏わせた。


「だが、奴らはっ――弟の方が高い才能を持つといって、私を切り捨てた!」


振るわれた腕を受けようとしたが、嫌な予感がして避ける。

すると、アスファルトに大きな亀裂が生まれた。


「体面ばかりを気にして、弟と――慎二郎と、私の名前を入れ替えた!」


レーザーと腕の間合いの中間まで、身を退く。

慎二郎は、大きく手を広げて、怒りに満ちた表情で、笑って見せた。


「私は――――“俺”は、この世界がっ……魔法使いが憎いんだよォッ!」


咆吼と共に衝撃波が生まれる。

椿は避けることなく、手をかざした。


「【四元素が一柱を司る・炎燐を纏う槍の火蜥蜴よ・我が身を・その炎で覆い護れ】」


炎の結界が生まれて、咆吼を防ぎきる。

慎二郎は、変わらずそこに佇んでいた。

その姿には、さきほどまでの怒りは見えない――。


「だから、俺は契約したのさ。やつらを見返す力が欲しかった」

「力を手に入れて――一体、何を?」

「くはっ……やつらの大事な体面も名誉も伝統も格式も――全て喰らって、焼き尽くしたのさ」


――代わりに、そこには歪んだ狂気があった。


「俺は三上院の正式な跡取りとなり、最後の一人になった!そして、魔人となった俺が居ることで、三上院の歴史は泥にまみれる!――素晴らしい、復讐だろう?」


高笑いをあげる。

その声に、椿は顔を上げて、力強く睨み付けた。


「――どうした?神崎君?まさか私に、暴力の権利を問うか?」

「っ……誰にも、誰かを傷つけていい権利なんかありません。先生」


それでもまっすぐと目を見る椿に、慎二郎は心底おかしそうに笑いだした。


「くっははははっ」


そして、淀んだ目で椿を見る。

その中に浮かぶのは、憎悪と憤怒と――――“憐憫”だった。


「傷つけられた俺には、傷つける権利があるッ!それは――」


慎二郎は、黒い靄を剣の形に変えると、それを振りかぶった。

椿の炎刃と衝突すると、暗い虹と成って残滓が散る。


「それは貴様も“同じ”だろう!神崎椿!」

「なに、がっ!」


打ち合う度に、押される。

それは、純粋な腕力か、膨大な魔力か、身に纏う狂気か。


「邪霊に襲われて、“全て終わった後に”助け出されて、世間は君をどう見た?――俺は知っているぞ!神崎!」


大きな一撃で、弾かれるように下がった。

慎二郎はそこから動かずに、言葉を続けた。


「邪霊がやったなどと、証拠もない、“有りもしない”ことを言う、狂った子供ッ!」


当時の状況が、椿の中に蘇る。

実家に勘当されていた父親と、天涯孤独の母親。

その親族である宗一と牡丹が見つかり、引き取られるまでのたった一日。

――――その間に、手の終えないところまで広がった、噂。


「親殺しの――“化け物”だと!」


いつしか椿は、周囲の全てから、化け物と呼ばれていた。


「――――君には、“権利”がある」


静まりかえった屋上に、慎二郎の声が響く。


「君を傷つけた人間達に、復讐をする権利が――」

「――私はッ!」


力強く声をあげた椿を、慎二郎はきょとんと見た。

なぜ受け入れないのかという、純粋な疑問だった。


「他の人が、なんというおうと」


それでも、そんな周囲の目をはね除けてくれた人がいた。

宗一と牡丹は、疑うことなく、椿は人間だと――自分たちの孫だと、受け入れた。


「私は、私が愛されていたことを知っている」


死んでいった両親は、椿に無償の愛を注いでくれた。


「私は、私を愛してくれる人が――愛してくれている人がいることを、知っている」


椿を迎えてくれた、優しい祖父母。

学校で始めに言葉を交して、親友になった奈津。

それから言葉を交すようになって、かけがえのない友達になったレイアとラミネージュ。

応龍杯がきっかけになり、友達になったフランチェリカ、ルナミネス、明里。

それから知り合い、交友を結ぶことが出来たミアや、事件で知り合った梓。


沢山の優しい人に支えられて、椿は今ここにいる。

信じられる――信じてくれる、友達がいる。


愛されることも、愛することも。

憎まれることも――憎む、ことも。


すべてその十五年の生で、椿は体験し、実感してきた。


「人を憎めば、憎しみは広がる」


声が、響く。

薄っぺらい言葉なんかじゃない。

経験の一言で片付けられるものでも、ない。


「広がった憎しみは、愛した人を傷つける」


心に直接響き渡らせる、快不快を通り越した、なにか。

言葉に力を持たせる、人の心を掴み取る、カリスマ。


「私は“傷つけたくない”――――愛した人を、守りたいから」


魔力だけの圧倒ではない。

言葉だけの威圧ではない。

二つが合わさっただけの、言霊でも、ない。


「貴方には、いなかったんですか?」


本当に?と問う、言葉。

記憶を掘り返す、残酷な、ことば。


「貴方を、愛してくれる人が」


慎二郎は、自分の唇が震えていることに、気がつかない。

退くことも進むことも、逃げることも遮ることも。

許されることなく、暴かれる。


「貴方を――――“許して”くれる人が……!」

――ごめんね、“兄さん”


言葉と重なって響くのは、全て焼き尽くした後、最後の最後まで“なぜか”殺さなかった、弟の言葉。泣きそうな顔で、ただ自分を“許す”、弟の言葉――。


「黙れ」

――僕は

「黙れ、黙れ」

――僕は、兄さんのこと

「黙れ、黙れ、黙れッ」

――大好きだよ


腕に纏わせた、黒い靄を凝縮させて、殴りかかる。

椿はそれを真正面から受け止めて、弾いて見せた。

圧倒しているのは、椿だった。精神も、肉体も、魔力も、すべてにおいて、椿が圧倒していた。


「俺は、俺は――――俺はもう、戻れはしないんだぁッ!!!」

――願うことなら、兄さんと、一緒に……


慟哭。

嘆きと後悔と、捨て去ったものに目を背けることしかできなかった、人生の贖罪。

激しい感情をそのまま力にして、椿に振るう。だが、その目に映しているのは、椿ではなく――――過ぎ去った、過去だった。


「今からでも、遅くなんかない!」


縦に振るった炎刃が、大きく慎二郎を弾く。

慎二郎は体勢を崩しながら、屋上の縁まで吹き飛んだ。


「今、誰も貴方を許してくれないのなら、私が許します!足らないかもしれないけれど、貴方の一歩を手伝います!」


息を荒げながら、慎二郎は襲いかかることなく佇んでいた。

俯いていて、その表情は伺えない。


「誰も貴方を愛さないのなら!――私が」

「その先は、俺にはもったいないよ」


一瞬、呟かれた、優しい声。

弟を守りたいと、努力を重ねてきた、兄の声。


そして、椿は――――目を見開いた。


「先、生?」


指先から徐々に、灰に変わっていく。

今にも崩れてしまいそうなのに、その顔には優しい笑みが浮かべられていた。


「強い力を求めた、代償だよ」


それでも、心で負けて無用の長物になった、と乾いた笑みを零す。

だが、その表情に、悔いはない。


「――まったく、もっと早く、君のような人に、出逢いたかったよ」

「先生!」


ゆっくりと、屋上から身を投げ出す。

椿はなんとか助けようと、走り寄る。


「まったく――」

「先生――“慎一郎”さん!」

「――かなわないな」


掴み取った手は、灰に変わってすり抜ける。

呼ばれた名に驚いて、すぐに満足した笑顔に変わった。


「おまえのところには、いけないけれど、これで俺も、楽になれるよ――慎二郎」

「慎一郎さんっ!!」


最後に見た椿の顔が、涙に濡れていたことが――慎一郎は、ひどく残念に思えた。


月光の下。

校舎の屋上には、いつまでも椿の慟哭が響いていた――――。

これにて、応龍祭編は終了です。

結構かかってしまいました……。


次の第九話は、扱いとして伏線回収編です。

一つの節目であり、重要なお話になります。


なるべく早くあげたいとは思いますが、少しまた忙しくなりそうです……。


それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。

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