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Flame,Plus  作者: 鉄箱
14/42

第八話 応龍祭編⑥ 応龍杯

夜のドームの中は、室内だというのに夜空が広がっていた。

この広大な空も、環境設定で整わせたものだった。


夜空に、いくつもの花火が打ち上がる。

七色に彩られた夜空を、椿たちは力強く見上げていた。


応龍祭の一大イベント。

騎士団副団長の前で己の力を見せる、絶好の場。

椿たちにとっては、みんなの努力を、結ぶ場所。


――――応龍杯の、始まりである。











Flame,Plus











『それでは、ルールを説明します』


莉子の声が、会場に響く。

この説明は、観客に向けたものだ。


『四人一組のチームが、トーナメント形式で試合をしていきます』


ぱっと、上空のモニターにトーナメント表が現われる。

完全にランダムで決められた相手で、椿たちB組の一回戦は、D組――紅組だ。


『制限時間は十五分。その間にリーダーの腕章をとるか、リーダーを倒すか、もしくはリーダー以外を全滅させれば勝利となります』


椿は、左腕の腕章を見た。

この腕章は、ヒットポイントが四分の三以下になるまでは、決して外れることはない。


『主な説明は以上です。それでは、梓川先生、お願いします』

『はいはーいっ。一回戦はドームの中で全て同時進行で行われますっ。他の試合の情報は、クラスメートから集めてくださいね~。さて、それでは学院長先生!お願いします!』


補足説明が行われた後、蓮が立ち上がった。

その姿は、今度は少年のものだ。


『我が校の一大行事、応龍祭の中でも、この応龍杯は後の世に大きな軌跡を残していく、大切な行事です。日頃の学んできた全てをここに費やして、己の力を試しましょう。正々堂々と戦った後には、大きな絆と信頼と――栄光を得る』


蓮はそこで言葉を句切ると、大きく息を吸い込んだ。


『さぁ、競い戦え!――――魔法使い達よ!』


始まりの合図。

椿たちは意を決して、会場に足を進めた。


透明の壁に区切られて、一学年四つのグループに分けられる。

その後、正面のグループを残して、周囲の選手が靄に包まれて見えなくなった。


そして、正面の選手と向き合って、頭を下げる。

それを合図に、周囲の景色が変わった。


『一回戦の会場は、ジャングルだーっ!』


鬱蒼と茂る森。

空を見れば、いつの間にか朝に変わっていた。

それも早朝というような時間だ。


『それでは、レディ――――スタート!』


開始と同時に、椿を守るように明里が前に立つ。

その後方にルナミネスがついて、フランチェリカは大きく前に出ていた。

あまり練り合わせる時間がなかったため、椿は息を合わせることよりも、互いに戦って互いの動きを知ることに集中した。


好きに動いても、互いの邪魔にならない。

あとは、椿が司令塔というよりも、物見台になるだけだ。

周囲を見て、位置を教える。椿が武器にするのは――“信頼”だ。


「【探索・感知】」

――HP1000 MP990 T:14:50:15


探索はマジックポイントを十使って開始する。

十メートルで十ポイント。一メートルごとに+五ポイントで、持続に一分ごとに十ポイント必要になる。


待ちの体勢は、相手もそうしていた場合、時間を無駄に消費することになる。

だからポイントが低いが、低いのならやらないということ。それを考えて、椿はあえて待ちに入った。


「チェリカ!上に二人!」

「うん!」


声が届いた事を確認するために、必ず返事をさせる。

フランチェリカはハンマーを頭上に掲げることによって盾にして、剣を振り下ろした二人の攻撃を弾いた。


フランチェリカが大きく下がると、探索効果により奇襲が通じないと判断した敵のチームが出てきた。剣が二人に弓が二人の遠・近距離主体のチームだ。


剣士二人が、息のあった動作でチェリカの攻撃を捌く。


「明里!」

「おう!」


その間に放たれた弓からの射撃を、明里が全て拳で迎撃する。


「【固有魔法・魔弾】」


後方からルナミネスの声が響く。

ルナミネスの放った黒い弾丸は、空に登って消えた。

目の前の相手に集中していた敵のチームは、そのことに気がつかない。


フランチェリカが大降りの構えをすると、剣士はそこを狙って攻撃を仕掛ける。


「【弾丸・射出】」

――HP1000 MP930 T:13:25:22


放たれた弾丸が、隙を突こうとした剣士の横腹に命中する。

その怯んだところを狙い澄ませて、フランチェリカのハンマーが剣士を叩いた。

大きく吹き飛び、リーダーを巻き込んで倒れる。


「明里!」

「わかった!」


明里は椿の元を離れて、駆け抜けた。

もう一人の剣士はフランチェリカが相手をしているため、明里はリーダーめがけて走る。

その隙に弓兵が椿を狙うが、空に登ったはずの弾丸が、弓兵の手元を撃ち抜いた。


一撃当たれば、わりと大きく削られる。

弓兵が怯むと、椿はその弓兵に弾丸を浴びせた。


そうしているうちに、明里が、吹き飛ばされて気を失った剣士の下から出てこようとしたリーダーを、その拳を以て打ち倒した。


気を失ったリーダーから腕章をとる。

その様子を見て、フランチェリカの相手をしていた剣士が、大きく肩を落として剣を引いた。


試合開始から四分。

実に良いペースで、椿たちは初勝利を飾った。















休憩時間の間に反省点を纏めて情報収集をする。今度の相手はG組、蒼だ。

だが、休憩時間は五分と短く、相手の武器の情報のみを纏めて次の試合に臨むことになった。


『さてさてさてっ!二回戦、いきなり準決勝は、荒野のステージだーっ!』


時間は昼時に設定してあるのだろう。

頭上では太陽が爛々と輝いていた。


さらに、気温が非常に高く、長時間戦えば熱中症で倒れてしまいそうな温度だ。


『それでは、レディ――――スタート!』


今度は隠れる場所がないため、聞いた武器の情報が無駄になってしまった。

待っている必要はないと、今度は一気に走り出す。


一番前で明里とフランチェリカが並走し、その後に椿、ルナミネスと続く。

相手の装霊器は、短剣が後方のリーダーで、その前に盾が二人、迎え撃つのは槍使いだ。


フランチェリカがハンマーを繰り出すと、槍使いは高速の突きを放った。

その一撃を横から手を出した明里が弾いて、ハンマーによる一撃を放つ。


敵のリーダーが放つ炎の弾丸を、椿が弾丸で迎撃して、ルナミネスが固有魔法の追尾弾でリーダーを狙う。


だが、盾使いが的確に防御をするので、あまり効果がない。


「明里ちゃん、行くよ!」

「おう!」


フランチェリカが腰だめにハンマーを構える。

すると、明里はフランチェリカの前に飛んだ。

自分に向けた明里の足に、フランチェリカは勢いよくハンマーを乗せた。

フランチェリカから大きな一撃が来ると予想していた槍使いは、大きく下がっていた。


斜め上に向かって、フランチェリカは明里を射出した。

上がった明里を目で追って上を見た槍使いを、近づいたフランチェリカが吹き飛ばした。

それにより盾使いが一人巻き込まれて、もう一人の盾使いは椿に足を撃ち抜かれて転んだ。


走って近づくフランチェリカを迎撃しようと、敵リーダーは油断無く短剣を構えた。


「せいやぁっ!」


だが、流星の如く突撃してきた明里によって、あっけなく意識を刈り取られた。

椿たちは、固有魔法を一つ見せるだけという好成績で、二回戦も勝ち残ったのだった。















早いもので、次はもう決勝だ。

情報を得る時間は五分と短いが、今度は、控え室での休憩時間が十五分もある。

次の試合はA組――レイアのクラスで、蒼組だ。


トントン拍子だったとはいえ、いやだからこそ、緊張と不安を取り除くことが出来ないでいた。ここまで来られたのは、作戦を練るのではなく個々の動きに合わせることからできた、臨機応変の柔軟さだ。


それが、緊張からしっかり“しすぎた”作戦を練って、突発的な椿たちに対処しきれなかった。

それが、相手のチームの敗因だ。


だが、決勝となるとそれまでのようにはいかない。

相手のチームは、これまで固有魔法を一つも見せずに、息のあったフォーメーションで勝ち進んできた強敵だ。


チームメンバーの名前と装霊器しか、わかる事がなかった。


「確認するね。相手のチームはリーダーが銃使いで、名前がリィ・リリア・サイミル。メンバーは、短剣の沖田五十鈴、斧使いのナリナ・フィイズ、手甲使いの、大寺門蘭香?」

「あぁ、あたしの従姉妹だよ」


明里は、そういって苦笑いをした。

昔はコンプレックスを持っていた、橙色の髪。

明里は、今はどうだろうと考えて椿を見ると、椿はきょとんと首をかしげた。

その様子を見ながら、明里は自分がもうコンプレックスを抱いていないことをなんとなく感じ取り、自信を持って笑った。


「全力を出そう」


椿は、大きく深呼吸をすると、そう呟いた。


「みんなで、一生懸命やって、楽しかったーって笑おう」


顔を上げて、見回す。


「勝てたら嬉しいって笑って、負けたら悔しいって顔を上げよう」


その双眸に浮かぶのは、揺るぎない意志の炎。


「どんな結末でも胸を張れるように、全力を出そう!」


その炎が、明里達の胸に、火をつけた。


「よし、遅れるなよ、二人とも」

「明里こそ。足を“引っ張らせない”でよね」

「それを言うなら引っ張るな、だよ。ルナちゃん」


もう、揺らぐことはない。

彼女たちは立ち上がると、円陣を組んだ。

そして、右手を出して円陣の中央で重ねた。


「行くよ、みんな!」

『おーっ!』


椿たちは、先ほどまでの不安を微塵も感じさせないしっかりとした足取りで、控え室を出たのだった。















決勝戦のために、敵のチームと向かい合う。

蒼組の、ブルーの腕章をつけたのが、リーダーのリリアだ。


金髪に細目の清楚なお嬢様風の少女がリリア。

鮮やかなオレンジ色の髪をツインテールにした少女が蘭香。

黒髪黒目のボブカットで、妙に地味な少女がナリナ。

モデルのようにすらりと高い身長に怜悧な目元を持つ、なぜか口元を黒い布で覆った少女が、五十鈴だ。黒い長い髪を、首の後ろで結んでいる。


「お互い、頑張りましょうね」

「はい、頑張りましょう!」


余裕な態度を崩さずに挨拶をするリリアに、椿は負けじと胸を張って答えた。

全く気圧されない様子に、リリアは警戒度を少し上げていた。優秀な軍人を輩出し続けているサイミル家にこのような態度がとれる、その自信。レベル3は伊達ではないのだろうという評価だった。


もちろん、まさか椿がサイミル家を知らないなどということは、考えてもいなかった。


ドームに靄がかかり、フィールドが出現する。

急激に下がった気温に、椿は身体を震わせた。


『決勝戦のステージは――極寒の、氷山だーッ!!』


滑りやすく、足場の悪い氷の地面。

超低気温による、判断力の低下。

吹雪と真夜中という環境設定による、視界の悪化。

それでいて障害物はないという、やりにくさ。


ここが、応龍杯の最終ステージだった。


『それでは、ラストバトル……レディ――――スタート!!』


開始と同時に、椿は探索魔法を発動させる。

すると、いきなり頭上に気配を感じて飛び退いた。


「散開!」


同時に指示を出すと、明里達も飛び退く。

椿の上から落ちてきたのは、ナリナだった。


ナリナは椿に向かって、斧を振り上げる。

椿はあえて一歩前に出て、振り上げたナリナの肩に体当たりをした。


「くっ!」


ナリナは体勢を崩しながらも、追撃を恐れて飛び退いた。

そして再び、気配が消える。


「みんな!さっきの子は、たぶん近づくまで気配がわからない魔法を使ってる!」


椿の言葉を聞いて、ばらばらの位置で頷いた。

声に出してはいるが、吹雪で上手く届かない。

椿の声が届いたとたん、吹雪が強くなったのだ。

これは、時折吹雪が強くなる、というフィールドの設定だった。


椿はとりあえず、仲間を信じて走り出した。

まだ動いていた方が、気配の無い敵相手にはやりやすいだろうという判断だった。















リリアは、蘭香達に各個撃破の指示をしていた。

危険があるとすれば、レベル3の椿のみ。フランチェリカの情報はあまりないが、ルナミネスは学者の家系で、明里は蘭香が揺さぶることが出来る。


ならば、椿からまず散り散りにさせて、各個撃破で三人を仕留める。

リリアは射撃型の利点を生かして、遠くからちまちまと足止めをすれば、全滅で勝利と成る。


もっとも、とどめは刺さずとも、身動きをとれなくしてしまえば、集まってあとは椿を討てばいい。イレギュラーが発生するとしたら、それはフランチェリカだけだが、フランチェリカには時間稼ぎを得意とするナリナがついている。


蘭香は、作戦を受けてまっすぐ明里の下へ向かっていた。

そして、茶色がかったオレンジ色の髪を見つけると、一気に駆け寄った。


「さぁて、お手並み拝見!」


まずは軽く、右のストレート。

その大降りの一撃を、明里は左手で弾いた。

だが、蘭香は弾かれることも想定した動きで左のジャブをすると、引き戻した右で再びストレートを放った。


「疾ッ!」


そのストレートを、半身になることで避けながら、その動きすら速度に入れた蹴りをカウンター気味に放つ。蘭香は咄嗟に後ろに飛んだが、頬をかすめてヒットポイントを削られた。


「強いなぁ、相変わらず」


そう、明里に聞こえないように呟いた。

親類が明里のことを“くすんでいる”と嘲る一番の理由は、この強さに対する劣等感が理由だった。だから、彼女に打ち勝つためには、まずコンプレックスを持っている髪のことを持ち出して、調子を崩す。


それが一番良い方法で、いつまでも効いてしまう方法だった。

自分は優勝するためにここにいる。ならば、使わない手はない。


「相変わらず濁った髪だね。本当に大寺門の血、流れてるの?」


そう嘯きながら、俯いて目元を隠す明里に接近する。

蘭香は、上段を狙った回し蹴りを放つ。明里はそれを手で受け止めると、右のストレートを放った。だが、その動きは先ほどまでよりも、ずっと単調だ。


「(かかった!)……汚れた髪、泥色の血、それが、体術の名家たる大寺門に相応しいとでも、思っているの?――かわいそうに」


哀れんだ目で言うと、その目に拳が飛んでくる。

蘭香は予測済みだったその一撃を難なく避けると、腕を掴んで引き寄せた。


「生まれ変わって、出直した方が良いよ。生きていて、恥ずかしいでしょう?」


耳元でそう呟くと、あえて身体から離れる。

ここまで挑発すれば当分頭は冷えないだろうと判断して、蘭香はおおぶりの胴回し蹴りを放った。ここで避けるのは難しい。普段ならともかく、冷静を失った今では無理だろうと、蘭香は蹴りを放って勝利を確信した。気を失わせれば、ヒットポイントを削りきると言う時間のかかることをする必要もない。


「え?」


蘭香は、思わず呆然とした声を上げた。

回し蹴りに手を添えられて、勢いを殺さずに流される。

明里は左手の甲で押すように蘭香の身体を流すと、自分の身体を回転させて流した左手を使った裏拳を放った。


すぐに防御に回ろうとするが、動揺から上手く動くことが出来ない。

結果的に盾にした腕を巻き込む形で肩に当たり、防御を抜けたダメージとしてヒットポイントが削られた。


痺れの残る右手をかばいながら、網膜投射の数値を確認する。

その数値に、蘭香は息を呑んだ。


――HP650 MP950 T:12:43:46


一撃。

たったの一撃で、肉体強化により硬度が上がっているはずの防御を抜けて、三百五十も削られていたのだ。蘭香は、明里の不敵な笑みを見て、自分が嵌められたことに思い至った。


「くっ……コンプレックスはどうしたの?明里ッ」

「さて、ね」


明里は答える気は無いと言うように、左半身の構えをとった。

リーダーに自信満々に倒せると言ったことを今更ながらに後悔しつつも、苦戦するが勝てると自分の中で自信の軌道修正をした。


「使わずに勝つつもりだったけど……いいよ、見せてあげる。【固有魔法・瞬閃】」


蘭香の固有魔法、瞬閃は、一歩の超高速化だ。

これにより、蘭香は目にもとまらない速度で明里の死界に移動した。

ストレートを放つ時の空を切る音で反応されるが、それでは防戦一方になる。


蘭香の作戦は、シンプルに削って勝つことだった。


「そらそらそらぁっ!」

「くっ!」


一瞬しか魔力を使わないため、非常に低コストで使い続けることが出来る。

それを使って、蘭香は四方八方から明里を追い詰める。


「そういえば、あたしも蘭香と同じ事思っていたよ」

「くすんでいるって?」


防戦しながら呟いた明里に、蘭香は「強がりだったか」と安堵していた。

それならば、勝機はずっと上がる。


「使わずに、勝とうと思ってたんだ」

「なにを……っ」

「【固有魔法・千里眼】」


高速で移動する蘭香相手に、明里は棒立ちになる。

効果を発しない魔法を不思議に思いつつ、諦めたと判断して背後から踵落しを放つ。


「なっ!?」


だが、明里はそこに出現したことを知っていたかのように振り返り、避けながらカウンターで膝蹴りを放った。目の良い明里は、正面から来るのならいくら速くても捉えてくる。

だから後ろに回ったのに、まるで正面から見ていたかのような動きだった。


――HP300 MP882 T:10:06:11


あと一撃受ければ、脱落する。

リーダーが二人倒せば、などというのは、有ってないようなルール。

ならば、正真正銘あと一撃で、終了だ。


今度こそとカウンターに気をつけながら、明里の左斜め後ろに移動する。

そして、超低姿勢からアッパーカットを放った。

ぎりぎり視界に入らない位置からの鋭い一撃。


これで戦況を覆せるだろうと、蘭香は不敵に笑った。


「づっ!?」


だが、望んだ状況は手に入らなかった。

アッパーカットを一歩右に移動するだけで避けられて、がら空きの胴体に体重を乗せた蹴りを放たれた。


――HP0 MP784 T:09:02:13


網膜投射に映された、リタイアの文字。

その文字を無感情に見つめながら、蘭香は気を失った。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


明里はそんな蘭香を見て、気をが抜けたようにへたり込んだ。

明里が契約したのは、多くの目を持つ巨人“アルゴス”だ。

全周囲を見続けるというのは、並の集中力ではできない。


だから、打ち倒したはいいが、疲労で身動きがとれなくなっていた。


「ごめん、椿。少し休む」


それでもリタイア扱いにはならないようにと、明里は気だけは失わないようにうなだれた。















近づいてくれば、気配がわかる。

遠ければ、気配がわからない。

近づいては離れて、離れては近づく。

ヒットアンドアウェイにしても攻撃力が足らなすぎて、戦っている気がしない。


そんな地味すぎる戦法に、フランチェリカは苛立ちを隠せずにいた。


――HP1000 MP600 T:10:31:77


刻々と過ぎていく時間と武装強化の持続によるマジックポイントの減少。

どうしようもないと諦めるのは簡単だが、フランチェリカはそれをしたくなかった。


「ちっ!」


再び近づかれ、斧を振り下ろされる。

今度こそ逃がすまいと、ハンマーを振った。

今まで迎撃しようとしていたが、今度は吹き飛ばしを狙う。


「っ!」


狙いどおりに、ナリナが吹き飛ばされた。

そしてすぐに気配が消えるが、吹き飛ばすことにより、フランチェリカはナリナが消えた方角をしっかりと把握していた。


「【固有魔法・烈風】」


広範囲に風を吹かす。

それは相手の体勢を崩す程度の風だが、見えない相手を捉えるのなら、これに以上必要ない。


「うわわわっ!?」


その声に一直線に走ると、フランチェリカは大きくハンマーを振り下ろした。


「へっ?!」


ナリナは混乱した声を上げると、そのまま叩きつぶされた。

怪我はできない仕様なので、ナリナは地面で目を回すだけに、とどまった。


「さて、と」


網膜投射に現われた数値に眉をしかめる。


――HP1000 MP250 T:09:13:88


広範囲に使用するという条件の下、がっつりと削られたマジックポイント。

著しい減少のため、肉体強化をかけて駆けつけたら、下手をすれば到着と同時に切れてしまう。そうならないためにも自分の足で走り出そうとして――フランチェリカは、どちらへ向かえばいいのか、方角がわからないことに気がついた。


『大寺門蘭香選手、リタイアですっ!』


その実況に、フランチェリカは安堵の息を吐いた。

瞬間――背中が切られた感触に、フランチェリカは目を見開いた。


背後には、黒いマスクの麗人が、短剣を振り抜いていた。

麗人――五十鈴は、短剣を逆手に持つと、その柄をフランチェリカの鳩尾に当てて、意識を刈り取った。


「ナリナ、君の仇はとったぞ」


そういって、五十鈴は倒れ伏したナリナに一礼すると、踵を返した。

いくら地味だからって死んだことにしないで欲しい――ナリナは夢の中で、五十鈴にそう突っ込んだ。まともな初台詞である。















素早い動きに翻弄されて、ルナミネスは防戦一方になっていた。

魔弾を上空に放つが、落ちてくると解っていれば怖くはない。

ルナミネスの前に立つ“五十鈴”は、降り注ぐ魔弾を問題なく躱していく。


――HP820 MP700 T:11:39:44


もう四分近く、こうしていた。

低コストの魔弾のおかげでなんとなっているが、これではじり貧だ。


「【固有魔法・魔弾】」


それでも放ち続けるルナミネスに、五十鈴は呆れたように視線を向けた。

落ちてくる時間も、次を放つタイムラグも、全て頭に入っている。

だから、五十鈴はルナミネスが弾丸を放った直後を狙って、接近した。


そして、短剣を振り上げた。


――ダンッ

「ぐっ!なに!?」


空に登ろうとしていたはずの黒い弾丸が、直角に落ちた。

この軌道で来るとは思わずに、体勢を崩す。


「【弾丸・射出】」


魔弾よりも高コストだが、その分威力が高い弾丸。

その弾丸が、避けられない体勢だった五十鈴を撃ち抜いた。


さらに、薄暗くてよく見えなかった地面から、実はまだ残っていた魔弾が跳ね上がった。

ずっと残しておくには魔力を食い過ぎるため三発だけだったが、その全てが体勢を崩していた五十鈴を貫く。


――HP240 MP450 T:09:02:01


減った体力に、眉をしかめる。

大きく息を吐くと、五十鈴は魔力を集中させた。


ルナミネスが、さらにフェイクで忍ばせておいた一発を、五十鈴の背後から襲いかからせる。五十鈴はその弾丸に気がついていなかった。


――ザンッ


だが、その弾丸を切り落としたのは、他ならぬ“五十鈴”だった。


「なんっ…で…?」


そう、ルナミネスの前には、二人の五十鈴が居たのだ。

五十鈴はもう一人の自分と手を合わせる。すると、後から来た五十鈴が虚空へ消えた。


「呼び戻す嵌めになるとは、思わなかったよ」

――HP480 MP500 T:08:21:33


五十鈴の固有魔法は“分身”だ。

それは、自分をもう一人作るという、反則的な技。

分身体は防御力が低く、また消えると分身を作った五百ポイントは戻ってこない。

そういったデメリット補えるほど、使い勝手の良い技だった。


分身を吸収すると、ポイントは現在の丁度倍になる。

マジックポイントは、離れた分身を呼び出すのにがっつりと使ってしまったため倍になっても半分だったが、十分だ。


「【剣真・装填】」


短剣から、魔力の刃が伸びる。

それを順手で構えて、上段から振り下ろす。


「【固有魔法・魔弾】」


ルナミネスは、大げさに左へ飛びながら、魔法を放つ。

体術が苦手なため、最小限の動きというものが出来ないのだ。


五十鈴は、短剣を用いて魔弾を迎撃しようと薙ぐ。

だが、魔弾は刃にまとわりつくように動き、五十鈴の顔面に飛来した。

それを、顔を傾けて避ける。


「【弾丸・射出】」


直線だが、高速。

その一撃を避けようとしたところで、既に避けた魔弾がUターンして、五十鈴の足に当たった。それにより再び体勢を崩し、弾丸を貰ってしまう。


「【弾丸・射出】」


流石に次は当たらず、五十鈴は完全に体勢を立て直した。

そして、数値を見て舌打ちした。


――HP250 MP450 T:07:55:91


残り二百五十という低い体力。

魔力はまだ余裕があるが、時間の問題だ。


「もう、油断はしない」


そう呟くと、一気に走る。

鍛え上げられた肉体を用いた疾走は、魔力を用いていないのに、ルナミネスの視界からその姿を消した。


咄嗟に“嫌な予感”がして、振り返って棒を盾にした。


――ガキンッ


鋭い音と共に、ルナミネスは後方へ弾かれる。

その動きに合わせるように、五十鈴は滑らかな動きで身を乗り出した。


「シャッ」


一息一閃。

咄嗟に身を縮めたルナミネスの肩を、魔力の刃が切り裂いた。

一度対象に当たると砕けるため、すぐに補充する。そして、二度目の魔力刃が、後ろに転んだルナミネスの腹を切り、更に往復した刃が倒れたルナミネスの足に当たった。


――HP200 MP200 T:06:11:39


五十鈴はトドメとして一撃で仕留めるために、ルナミネスに馬乗りになった。


椿に関わる前ならば、ここで諦めているだろう。だが、椿と関わって、ルナミネスはこの試合を“勝ちたい”と、競うことを真剣に行いたいと、始めて思っていた。


だから、ルナミネスは、こんなところで諦めない。


「させないっ!【固有魔法・弾丸】!」


放たれた弾丸を避けても、Uターンする前に仕留めることが出来る。

術者がリタイアすれば、魔法は少しの間残るが、誘導は切れる。


だが、予想に反して、魔弾は五十鈴の前で制止した。

その意図を理解して、五十鈴は焦って刃を振り下ろした。


「スプレッド!」


ルナミネスが契約したのは、幻想世界に存在する“魔女”だった。

魔力を操るという一点においては、現実世界の魔法使いとは比べものにならない技術を持つ魔女の力を使って、変幻自在の魔法を操ることが出来る。


登録できる範囲は狭く、空中での集束散開や超高速射出は出来なかったが、散弾は可能だった。動きによって必要魔力が変化する魔弾。それに、ルナミネスは全ての魔力を込めて散弾させたのだ。


「ぐぅっ!」

「あうっ!」


振り下ろされるのと、発射は同時だった。

散弾したため、避けきることは出来ず、気を失ったルナミネスの横に転がる。


――HP2 MP0 T:03:06:41


気だけは失いたくないと、五十鈴はなんとか瞼を持ち上げる。

満足そうに転がるルナミネスの顔を覗き込んで、五十鈴は楽しそうに笑った。


それは、マスクの下からでもわかる、優しい笑みだった。















――HP1000 MP950 T:13:50:11


足止めのつもりだと解る弾丸を、椿は一直線に駆け抜けながら切り落としていた。

死線を走る、怪我をしない限度。それが、実戦経験で椿が得たものだった。


命の取り合いとなれば、それでも怪我はする。

けれど、これは試合だ。命を刈り取ることがないと解っていれば、心にも余裕ができる。


走っても中々到着しないことに、疑問を覚える。

弾丸の魔法は、そこまで射程が長い訳ではないのだ。


十三分を切ったところで、漸く銃を向けるリリアの姿を捉えた。

リリアは、不思議そうに首をかしげていた。


「あら?よくあの弾丸の中、ここまで来られましたね」


穏やかな口調も、余裕な態度も変わらない。

そのことが、椿の警戒心を高めた。


「【弾丸・射出】」


弾丸を撃つ。役割は、様子見だ。

リリアはそれを理解していながら、あえて手の内を見せた。


「【弾丸・射出】【固有魔法・必中】」


放たれた弾丸を一瞥しただけで、たいして狙いもせずに打ち落とした。


「私の魔法は、私の視界に入ると、凶悪ですよ」


視界に入らなければ攻撃することが出来ない。

それがわかっているからこそ、リリアはあっさり明かして見せた。


椿はここに来るまでの間、自分の身体に当たりそうな弾丸を全て打ち落としてきた。

その時に、椿は打ちもらしがなかったことに気がついた。

それは、言い換えれば、全て自分の身体に当たる軌道だった。ということに他ならない。


リリアが再び弾丸を放つ。

それを、椿は切り落とそうとする。

だが、こことは違う場所で行われている、ルナミネスの魔法が五十鈴の剣にまとわりついてきた時のように、椿の剣を滑るように弾丸が剣を避けた。

そして、それは椿の顔面に飛来する。


「【弾丸・射出】」


それを、なんとか打ち落とす。

余分に魔力を使ってしまったのは惜しいが、仕方がない。

そんなことを考えていると、二発目、三発目と発射された。


ルナミネスの魔弾ほど自由度は高くないが、視界にいる限り必中になる効果と、速射性は脅威の一言に尽きる。


椿はルナミネスに近づくことが出来ないまま、いたずらに時間と魔力を消費していく。


だが、こんなところであっさり終わったりは、しない。

椿の長所は、その思い切りの良さにある。どうせ体力を削られるのなら、削られることを利点として捉えればいい。どうせ怪我をするのなら、最低限でなんとかするために、邪霊の前に踏み込むことが出来る、椿だからこその思考パターンだ。


「はぁっ!」


勢いよく、前に飛び出す。

弾丸が身体に当たり、痛みが走る。

だが、それを顔には出さずに、一直線に突き進んだ。


「えっ?」


ここで、はじめてリリアが余裕の表情を崩した。

だが、すぐに冷静になって腕章を狙う。もう四分の三以下になっているだろうという、動揺を超える素早い判断だった。


「せいっ!」

「【結界・展開】っ!」


思っていたよりもずっと速い剣速に、リリアは驚いて結界を作った。

椿ならば気にせずに腕章を打ち落とすだろうが、ここで経験の差が現われた。


――ガツッ キインッ


椿が弾かれると同時に、結界が砕かれた。

その様子に、リリアは始めて目を開き、その緑色の双眸に驚愕の感情を宿した。

こんなに簡単に破壊されたということは、それだけ強い一撃が入ったということだった。


「一撃でも受けたら、大変ですね」


焦りをすぐに隠すと、冷静だという仮面を被る。

そのうちに仮面は溶け込んで、すぐ、本当に冷静になる。


『ナリナ・フィイズ選手、リタイアですっ!』


その言葉に眉をしかめるが、リリアにとってはまぁ予想の範疇だ。

だが、続く実況に焦りを覚えることになった。


『大寺門蘭香選手、リタイアですっ!』


これで二人、減った。

あと一人というのは、リリアとしてもまずい。


『水戸川選手、リタイアですっ!』


今度は、椿が眉をしかめる。

だが、動揺はない。焦りは、彼女たちの努力を潰すことになる。

その表情の変化につられて、リリアは冷静になった。その皮肉に、今は感謝する。


「【固有魔法・必中】【弾丸・射出】」


固有魔法が先に来たということに、椿は“嫌な予感”がして身構えた。

弾丸は氷の地面に当たると、氷を砕いて礫にする。そして、その礫全てに“必中”の効果が宿った。


「なっ……くっ……【弾丸・射出】」


椿はその礫に弾丸を射出した。

そんなものでどうすると、弾幕を張ったリリアは薄く笑った。

その礫の弾幕に、更に必中弾丸まで織り交ぜて。


「せやっ!」

「なんですって!?」


椿は、自分で放った弾丸を、魔法ではないため攻撃には全く使えない微弱な魔力を纏わせた剣で切り裂いた。すると、魔力の反応である虹の爆発が起こり、礫を全て叩き落とした。

更に、返す刃で弾丸も切り落とすと、再び駆け出す。


何度も動揺してしまう自分の身体を隠しながら、リリアは弾丸を放つ。

登録するための制限で、腕章を狙うという細かい設定は出来ないのだ。


振り上げる動作で弾丸を切り、そのまま振り下ろす。

一撃で割れたとしても、一撃に耐えられるのなら隙が出来る。

その結界を、椿は剣真ではなく柄で攻撃して、砕いた。


砕いた反動で振り上げて、ほとんどタイムラグをつくらずに、リリアを切り裂いた。

咄嗟に後ろに飛んだので衝撃を和らげることが出来たが、気を失うのを防いだ、という程度の差だ。それでも、それなら覆す手段はあると考えることが出来るのだ。


リリアは追撃されないように弾丸を放って礫を仕掛けながら、後退した。

礫全てを必中にするのは魔力を多く必要とするため、何度も出来ることではない。


――HP300 MP420 T:04:46:18


一撃で七百も削られた。

そのことを悔しく思いながら、椿を見る。


椿は、息も切れて、辛そうだ。

事実、椿は長期戦が苦手なため、苦痛を感じていた。

時間制限でドローでは、頑張ってくれた仲間達に申し訳が立たない。


――HP280 MP200 T:04:31:99


礫は、必中が無くても、確実に体力を削っていた。

そう何度も受けられる攻撃では、ない。


息を整えて、リリアを見る。

リリアも同じように、息を整えて椿を見ていた。


「はぁぁっ!!」


気合いと共に、駆け出す。

弾丸を打ち落として、剣を突きの体勢にする。

リリアは弾丸を四発放つと、それを椿に打ち出した。

必中のかかった対象は、椿の装霊器。武器を打ち落とそうとしたのだ。

それにより勢いを殺されて、椿の剣は結界を破壊しきれずに、中程まで貫いて止まった。


「捕らえましたよっ!!」


そう、始めから狙いはこれだった。

自分の結界で、椿の動きを止めること。

さらに、椿の周囲に弾丸を放つことと、剣を狙うことにより、絡め取りやすい突きの形に持って行かせること。全てが、計画通りだった。


『イクセンリュート選手、ついにリタイアです!これで、動ける選手は、実質リーダーの二人だけとなりました!接戦です!』


これで、大丈夫。

あとは椿を倒すだけだと、腕章に腕を差し出した。

その魔法を以て、終止符を就けるために。


だが、リリアは知らなかった。

この体勢が、椿を勝利へ導いてきた、必殺の構えであると言うことに。


「【固有魔法・炎刃】」

「くぅっ!?」


リリアは、自分の胸に突き刺さる炎の剣を見た。

椿は、絡め取られた状態から動くことなく、剣を伸ばしたのだ。


「ふふっ……完敗、ですね」


リリアは、そう呟くと、その場に崩れ落ちた。


――HP20 MP0 T:00:03:00


ラスト三秒の、決着だった。















勝利が告げられて、会場が歓声に包まれた。

その中央で、椿たちはA組の選手達と握手を交す。


「見直したわよ、明里」

「また手を合わせよう、蘭香」


仲直りを果たした、親戚同士。

親戚からは疎まれ続けてきたからこそ、明里の顔は嬉しげだ。


「なんかあんまり記憶ないや」

「うん、私も」


フランチェリカとナリナは、微妙に落ち込んでいた。

フランチェリカの方は勝ったからまだ良かったが。


「この日を忘れないと誓おう、ルナミネス」

「私も楽しかった。けど、そんなこと誓わなくても良いよ」


そう肩を竦めながらも、ルナミネスは嬉しそうだ。


「貴女と戦えたことは、私の財産になります。ありがとう、椿」

「ううん。私も、リリアと戦えて良かったって、心から思うよ。ありがとう」


椿もリリアと、熱い握手を交した。


この後に残るのは、閉会式と表彰だ。

充実した一日の終わり。


その終わりに、どうしてか“嫌な予感”がすることに、椿は大きな不安を感じていた。




――どこかで、誰かの……笑い声が、した。

第八話は、次回で終了です。

なんだか、やけに長くなってしまいました。


少し時間がとれそうなので、次は近いうちに更新できる……ようにしたいです。


それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も、よろしくお願いします。

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